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“太宰治記念館を訪ねて”

2014年01月24日 | 文学者

御坂峠への旧道を上るとトンネルの手前に1軒の茶屋がある。

その茶屋が天下茶屋である。                           建築されたのは、昭和9年の秋。木造二階建で、八畳間が三間あって、富士見茶屋、天下一茶屋などと呼ばれていた。                                   天下茶屋と呼ばれるようになったのは、徳富 蘇峰が新聞に紹介した記事がきっかけとなったようです。

太宰 治が、滞在した天下茶屋から三代目にあたるこの建物は、昭和58年4月1日に開店されました。                                  二階の、富士山と河口湖を一望できる六畳間に、ささやかながら記念館を設置されたとの事であります。

                                                                                            一般にあるような記念館とは違い、太宰 治のすべてを知り得るようなものではなく、太宰 治が滞在した部屋を復元し、当時使用した「机」や「火鉢」などを置いて、太宰 治を偲んで頂きたいとの趣旨のようです。

                                                                                                               特に床柱は、初代の天下茶屋のものをそのまま使用したものだそうです。

                                            

作品『富嶽百景』から抜粋

甲府市からバスにゆられて1時間。御坂峠へたどりつく。

御坂峠、この峯の頂上に、天下茶屋という、小さい茶店があって、井伏 鱒二氏が初夏のころから、ここの二階に、こもって仕事をして居られる。

私は、それを知ってここへ来た。

ここから見た富士は、むかしから富士三景の一つにかぞえられているそうであるが、私は、あまり好かなかった。

まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割(かきわり)だ。

どうにも註文(ちゅうもん)どおりの景色で、私は恥ずかしくてならなかった。

3,778メートルの富士の山と、立派に相対峙し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草は、よかった。

富士には、月見草がよく似合う。

                                                   

太宰 治が、はじめて天下茶屋を訪れたのは、昭和13年9月13日との事です。   それまでの生活に区切りをつけ、思いをあらたにする覚悟での、天下茶屋滞在であった。

                                                                                                11月15日までの三か月余りを、2階の一室で過ごし、ここでの生活は作家としての意欲に燃え、大きな転機となったようです。

 

 


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