1,200年前、伝教大師『最澄』は、日本の国の安泰と国民の幸せを祈って日本人に合った仏教を比叡山に開きました。
その教えの根本をなすものは、「個々が思いやりの心をもって一隅を照らす人になる」すなわち、一人ひとりが相手の立場に立って考え、自分の出来る事を精一杯行うことが、周りが良くなっていくことにつながると説かれています。
後世、この様な教えに基づいて、様々な高僧が集い、特に鎌倉時代には、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮などと言った祖師方が比叡山で修行されたとの事です。
和歌の世界では、山といえば比叡山のこと。 都人にとって、比叡山延暦寺はそれほどに特別な存在であった。
むろん、最澄が開いた天台宗の総本山として特別だったのだが、それ以上に、大名や法皇さえも圧倒した武力・政治力も《特別》であった。
根本中堂へお参りする大名は、1万石なら外の濡れ縁まで、5万石なら板の間まで、10万石なら畳の上まで・・・・・・・と言った具合に、その地位に応じた位置までしか内陣に近づけなかったと言われています。
そうした「比叡山延暦寺」ならではの威厳は、今もこの山全体に漂っているようです。
現代でも、その威厳は変わらない。
そんな威厳のある比叡山には、多くの文学者も参拝しております。 文中の絵をご覧ください。
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