法隆寺は姫路城や屋久島、白神山地と並び日本の世界遺産第一号であり、その建物が美しく後世の建築に大きな影響を与え、日本仏教史でも重要な役割を果たしたと言う事が、世界遺産に登録された理由だそうです。
世界最古の木造建築として有名な法隆寺は用明天皇が自らの病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを誓願しましたが、その実現を見ないまま崩御され、その遺志を継がれた推古天皇と聖徳太子が、推古15年(607)に寺とそのご本尊『薬師如来』を造られたのが、この法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれています)であると伝えられています。
現在、法隆寺は五重塔・金堂を中心とする西院伽藍と夢殿を中心とした東院伽藍に分けられています。
広さ約18万7千㎡の境内には、飛鳥時代を始めとする各時代の粋を集めた建築物が軒を連ね、沢山の宝物類が伝来しています。 国宝・重要文化財に指定されたものだけでも約190件、点数にして2300余点に及んでいるそうです。 このように法隆寺は聖徳太子が建立された寺院として1400年に及ぶ輝かしい伝統を今に伝えています。
金堂 (飛鳥時代) 法隆寺の御本尊を安置する聖なる殿堂が金堂で、威風堂々としたこの建物の中には、聖徳太子の為に造られた『金銅釈迦三尊像』(飛鳥時代)、太子の父君用明天皇の為に造られた『金銅薬師如来座像』(飛鳥時代)、母君穴穂部間人(あなほべのはしひと)皇后の為に造られた『金銅阿弥陀如来座像』(鎌倉時代)、それを守護するように、樟(くす)で造られた我が国最古の四天王像(白鳳時代)が、邪鬼の背に静かに立っています。 その他、木造吉祥天立像・毘沙門天立像(平安時代)が安置されているとの事です。
五重塔 (飛鳥時代) 塔はストゥーパとも言われ、釈尊の遺骨を奉安するためのものであり、仏教寺院において最も重要な建物とされています。 高さは約32.5m(基壇上より)で、我が国最古の五重塔として知られています。
百済(くだら)観音堂 秋篠寺で伎芸天立像と言う優婉な姿を見学いたしましたが、この法隆寺にも素晴らしい立像が見られました。それは『百済観音菩薩立像』。 百済観音像(飛鳥時代)と呼ばれていますが、我が国の仏教美術を代表する仏像として世界的に有名であります。 また、日本の仏像には珍しい八頭身のすらりとした姿と、優美で慈悲深い表情は多くの人々を魅了しています。
夢殿(奈良時代) 西暦601年に造営された斑鳩宮(いかるがのみや)跡に、行信僧都(ぎょうしんそうず)と言う高僧が、聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739)に建てた伽藍を上宮(じょうぐう)王院といいます。その中心となる建物が、この夢殿です。 八角円堂の中央の厨子には、聖徳太子等身の秘仏『救世(くせ)観音像』(飛鳥時代)を安置し、その周囲には聖(しょう)観音菩薩像(平安時代)、聖徳太子の孝養像(鎌倉時代)、乾漆の行信僧都像(奈良時代)、平安時代に夢殿の修理をされた道詮(どうせん)律師の塑像(平安時代)なども安置しています。 この夢殿は中門を改造した礼堂(らいどう)と廻廊に囲まれ、まさに観音の化身と伝える聖徳太子を、供養するための殿堂としてふさわしい神秘的な雰囲気を漂わせています。
法隆寺参拝パンフレットより
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