リング・ラードナー/加島祥造訳 二〇〇三年 ちくま文庫版
ことし10月に古本まつりで見つけた文庫。
発行当時の定価より高い値がついてたが、まあ気にするほどぢゃあなかったので、手にとったらすぐ買ったさ。
(ときどき文庫でも驚かされるような値段のが混じってて驚く、このときもある一冊は二の足を踏んでとうとう買えなかった、しかしそれをワゴンに置くかね、って不思議だった。)
うん、本年はラードナーをいくつか読むことができて幸せだった、どうしてとっくに読んどくことができなかったんだろうと過ぎ去った時間のこと考えると悔やまれるけどね。
原題「You Know ME AL」は1916年の発行だという、アメリカ国内の移動は列車、海外渡航は船の時代だ。
原題の意味は訳者解説によると「アルよ、君はおれのこと、よく知ってるよな」って意味らしい、RCファンの私としては「アル、君が僕を知ってる」くらいに訳してみたい気もするが、この小説はそんなやさしい感じぢゃあない。
主人公はジャック・キーフという新人ピッチャーで、彼が友人のアルに手紙を書き送るという形式で物語はつづられている、
>アル、もう新聞でよんだと思うが、おれ、ホワイトソックスに売られたんだ。みんなも驚いただろうけど、おれもびっくりしたぜ。(p.10)
で始まり、全編その調子だ。
インディアナ州ベッドフォードってとこの出身で、身体でかくて、大喰な若者なんだけど、なかなか球は速いようで、メジャーのシカゴ・ホワイトソックスに昇格する。
牽制球とかバント処理とか細かいことは苦手みたいだけどね、本人そんなことうまくなろうとは思ってないっぽい。
邦題のとおりうぬぼれ屋、天狗というかお山の大将というか、怖いものないんだが、ちょっと間が抜けてる部分があってチームの監督や選手はからかって楽しんでる、本人はもちろんへらず口を言い返す。
おれが本気で投げりゃ誰も打てねえぜとか、一点あればおれは勝てるからなとか、ビッグマウス言ってるうちはいいんだけど。
ヒット打たれたっていうけどあれは野手がまともだったら捕れたフライだとか、審判が完全にストライクなのをボールと言ったしファウルなのをヒットにしやがったとか、他のひとにもケチつけるんだが、まあ明るくて面白いからいいか。
>ヒット三本ゆるしたが、そのうちの二つはバントで、ロードがやる気を出せば十分捕れたんだ。(略)けどかまやしない。ボストンの連中は、シャベル使っても打てなかったのさ。(p.68-69)
とか、
>(略)おれも二人三人は歩かせたが、ランナーが出ると全力で投げて、一点も許さなかった。あんなにフォア・ボール出したのは、おれの球がホップしすぎたからなんだ。あんまり速すぎて、審判のエバンスにゃ半分も見えなかったんだろう。胸元へぴしゃっと投げ込んだ球をボールだっていうんだぜ。(p.78)
とかって調子。
どうも勝利投手の概念みたいなのもわかってないようで、自分がリリーフ登板とかして勝った試合は、おれが勝ったんだぜみたいに考えてるっぽい。
野球場以外で滑稽さをあおるのは、どうも細かいカネにうるさいところ、シカゴは物価が高くて自分の故郷ぢゃこんなにカネかかんなかったぜみたいにブツブツ不満を言うのが、プレイスタイルが豪快そうにみえるだけにギャップあっておもしろい。
意外な一面としては、作中ではあっという間に結婚して、あっという間に子どもが産まれるんだが、奥さんがベビーシッターを頼んで球場に応援に来てたりすると、おいおい子どもに何かあったらどうするんだって、集中力をなくしてまともなピッチングができなくなっちゃうようなところがある。
子どもと一緒にいたいからオフの海外遠征には行かないぜって意思表明をするんだけど、
>(略)日本の王様から大統領宛に手紙が来て、ホワイトソックスとジャイアンツが日本に来るときはスター選手をみんな連れてこなければ入国を許さないと言っているそうだ。それで大統領はコミスキーにスター選手をみんな連れていってくれないか、でないと日本は腹を立ててアメリカに戦争をしかけてるかもしれない。それでは立場がなくなると言うんだ。コミスキーはすぐに大統領に電報を打ってマシューソンは年を取っていて行けないが、ジャック・キーフという一流選手がいるからこの選手を連れていっていいいかと問い合わせたわけ。(p.241)
みたいな作り話を監督たちから吹き込まれて、ずるずるとどこまでもチームに同行していくことになる、監督たちの操縦術がだんだん巧みになっていくのもおもしろい。
第一章 メジャー・リーグに移った青年が友達にあてた手紙
第二章 新米の選手、またビッグ・リーグにカムバック
第三章 ブッシャーのハネムーン
第四章 ルーキー・ブッシャーの逆襲
第五章 田舎者(ブッシャー・リーグ)の息子
第六章 ブッシャー海を渡る