kanekoの陸上日記

毎日更新予定の陸上日記です。陸上競技の指導で感じたことやkanekoが考えていることなどをひたすら書きます。

練習の中身?

2019-01-26 | 陸上競技
なかなか。更新が間に合いません。1日遅れどころか2日遅れになっています。遊んではいないのですが。時間に余裕がない。まーいつもと同じなのかもしれないです。

木曜日。この日は3年生の学年末考査の初日。テストがあるので早く終わります。しかし、学校に残って勉強させることに。下級生も一緒に練習させたいと思っていたので。待ち時間を全て勉強に充てる。それくらいの準備はしないといけないと思います。練習と勉強の両立。ここもこれから必要になると思います。

練習に関しては前半は選手に任せる。私は1時間遅れで参加することに。アップは恒例になっているバランス系から始め基本的な練習をしてから次の段階へ。アップメニューで多くは入れられないのでそれなりに。記憶が曖昧になっています。見ていない時のメニューが思い浮かばない。どうなんでしょうか。

DMその場投げをやってからDMトントンをやる。基本的なドリルは少し省略しています。走りたい時にはこの手のパターンが多い。少し補強を挟みながら進めていきました。壁抜きをやってから加速ドリルへ。この日は色々と考えてドリルの順番を少し変えました。「加速ドリル」と書いていますが別にドリル的な動きはありません(笑)。名前が思い浮かばないのでドリルと書いているだけす。

足運びをしてから重心移動を伴う動きを入れていたのですが逆にしてみました。先に重心移動をさせてから足運びへ。通常と違う練習をする時にはできる限りグランドで動きを見たいのですが間に合いませんでした。私がグランドに着いた時には加速ドリルの後半。まーある程度は自分達でできるようになっていなければいけません。

前半の流れを作ったので40↑30→を2本程度。中間につなげていく動きです。加速段階の練習だけで終わらないようにしています。局所的な練習をしても走りに繋がらない気がしています。以前と比べるとこういう部分には気を使うようになりました。なんとなくですがその方がいいんじゃないかと思うだけです。正解かどうかはいつも通り分かりません。

休まずにシャフト補強30m。大きく動くこと、しっかりと体幹を固めること、接地時間を短くすること。この部分だけ指示。あとは任せました。少しだけですがこういう部分は互いに指摘できるようになりました。何がきっかけなのか分かりませんが。全体的に明るくなったというか。この日は久々に音楽をかけていたというのも多少なりと影響していたのかもしれません。それだけではないと思いますが。変化がある。表情が明るくなる。それだけで練習としてはプラスですね。

スパイクを履いてスピードシザース。練習の前半で加速段階の練習をしているので後半では中間の動きを意識するようにしました。しっかりと膝の引き出しで重心移動を作りだす。よくよく考えると「シザース」という言葉とやっている種目の本質的意味が違う気がします。「シザース」はハサミだと思います。単純に引き出しだけを意識するというのは違う気がしてきました。これは今blogを書きながら感じたことなので選手には何も伝えてはいません。意識するポイントの確認をもう一度してみたいですね。まー別に練習種目の名前なので何でも良いのですが(笑)

そのままTDMSを2セット。これも暗号みたいになっていますね。極秘練習です(笑)。練習メニューを紙媒体で示すようになって1年以上経過しました。これにより練習がスムーズになってきた。いちいち説明しなくて良いですからね。練習の課題を考えさせる時間もできました。その反面メニューを作る時になかなか時間がかかる。思い付き練習ではなくなっているので。更にメニュー表を1枚にしたい。沢山の文字を使うと複数枚になってしまいます。これは綺麗ではない。ということで練習の頭文字を使って示すようにしました。それだけの話しです。TDMSと書いたらすごい練習なのかと思われるかもしれません(笑)まー適当に推察してください。

中間を意識した動きを入れました。とにかく身体の前で足を動かしたい。動かすためにどうするか。そこを考えた時に何となく道具を使う方が良いなと感じています。ひたすら道具に頼っています。この手の練習をするためにはやはり学校が一番良い。狭くても練習効果が違う。移動する時間ももったいないですからね。部室-グランド-鉄棒という配置になっています。普段走る方向とは違う方向に鉄棒があります。そのため鉄棒を利用した練習はしない(笑)その距離が遠いと判断しています。コンパクトな練習。単純に面倒というのが一番大きな理由なのですが(笑)

最後に120T-120-60を。120を走る時には上述の鉄棒がある場所の方向から走ります。グランドを広く使わせてもらう。本当に短時間しか使いません。練習の邪魔にならないように気をつけながら。走る練習の最大距離は140です。物理的な理由もあります。走ろうと思っても走れないのでこの距離でやるしかない。それだけですね。

そういえばこの日、バレないように120と言いながら130地点にマークを置いていました。練習の最後なのでちょっと距離を伸ばしていても大丈夫だと思って。残念ながらバレました。一瞬で(笑)こういう所は鋭いですね。メニュー表の書き間違いなどに関してはチェックしている。グループを2つに分けて行ったのですが後半グループにバレないだろうと思って再び伸ばして待っていたのですがスルーされて本来の120のスタート地点で止まりました。また、アホみたいなことをやっているなという感じで流されているのだと思います。悔しい(笑)

走り自体は良くなってきている実感があります。少しずつ積み重なっているなと。これがきちんと出来ればシーズンは面白いと思います。少しずつ少しずつ。

練習について書いているのかどうかよくわからなくなっていますが。とりあえず記録しておきます。
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基礎的な練習

2019-01-25 | 陸上競技
水曜日。この日は3年生は練習を休みにしました。翌日からテストなので。かなり前から勉強することは言い続けています。2学期末考査の時からです。進学校では3学期に試験がないところが多い。うちはあります。範囲は狭いので早い段階から準備しておけば対応できるはずです。とはいえ前日くらいは勉強させようと。優しい。

この日までキャプテンのクラスは学級閉鎖。練習は1年生のみでした。寂しい限りです。それでもやることは変えない。私はこの日も検定課外なので任せることにしていました。更に大掃除があったので16時まで掃除。時間の確保が難しい。1年生は上級生に合わせて練習を進めています。どこかで丁寧に動きをやる必要があるかなと。いい機会なのでこの日にそこを充てました。

本当に基礎的なことを。この日は私が個人的にかなりバタバタしていました。分からないことが多すぎて。詳しい方々に相談しまくり。判定システム?などの存在も教えてもらいながら。練習中もtnk先生から話を聞く。

練習は体幹強化サーキットから。バランス系とBCTも。かなり手間取っていたようです。これまでは上級生に頼ってやっていた部分ですから。少しは苦労するべきです。有り難みを感じながらできるのでは?縄跳刑をやって台ドロップ。ハードルドリルver2を。この辺りは任せました。自分のことに必死で(笑)

とはいえ気になる動きに関しては指摘。ハードルを越えた時に膝が開きます。これにより設置されてポジションがズレる。徹底したいところです。次からはお互いに指摘し始めました。こうなると練習の質が上がります。本来やりたい形での練習になっていました。こういう取り組みができれば成果はあっという間に出ると思います。毎日やってもらいたい。

スタート5歩を少しやりました。1年生はまだまだ動きの精度が低い。ここができるようになるか。加速局面の動きを徹底できるかどうか。特に1歩目。この動きを作れるかどうかでかなり流れが変わってくると思っています。なかなかできません。中間の動きが良くなってきているSa、一歩目が全くできません。完全に止まる。これは膝は出るが重心移動がついてきていないのが大きな原因です。腰が進まないので止まることになる。なかなか・・・。

補強をやろうと思っていましたが時間が足りなくなってきたのであきらめる。また割スクワットとセラバンドウォークを。セラバンドは負荷を増やしています。これだけでかなり股関節と臀筋周りに来ます。負荷をかけてそのままスイッチング。動きにくいと思います。だからこそやる。スイッチングランまでやって終わり。スピード負荷もかけておきたかったので。ワーワー言っていました(笑)。関係なくやりますが。

練習半分、自分のこと半分という感じでした。色々とやることがあって・・・。ちょっと距離を置きながら練習をする必要性も感じましたね。自分たちでやる感覚もほしい。考えながらやることで効果も上がると思います。

バタバタ。そこに尽きます。

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スピード練習

2019-01-24 | 陸上競技
思う事があって火曜日の練習について書けていませんでした。前の記事を朝の段階である程度書いていたのですがアップするかどうかを悩んだので。リスクしかない。考え方、感じ方を示すというのは難しい部分があります。それでもこのblogは陸上競技のことを中心にしながら私自身の考え方、価値観を示し続けてきました。雉も鳴かずば撃たれまい。なんども書いています。それでも示す。

火曜日。3年生はテストが近づいているので翌日を休みにしようと思っていました。そのためこの日は比較的追い込みたいなと。3年生がこの時期にきちんと練習できるかどうかは大きいと思います。幸いうちの3年生は全く気持ちを切らさずに練習をしてくれています。昨年もしっかりできましたがそれと同等にはできている。昨年よりも考えながら意味を理解しながら取り組んでいる感じがあります。面白いと思います。

キャプテンのクラスが学級閉鎖になっているので練習参加人数が若干名少なくなります。検定課外もあるので更に。それでも練習はやります。私も課外担当なので1時間程度そちらに付き合う。練習は任せていました。

私が練習に参加した時には加速段階のためのDM投げをやっているところでした。そのままスピードスキップ。この日のメニューはスピードを意識した練習にしておきたいと考えていました。前半練習をしてからトーイング。最大スピードです。この辺りは考え方だと思います。冬の間はトップスピードが出せない。だからスピードを抑えて本数を走る。筋肉が温まらないから危険性が増す。当然考えられる話だと思います。

しかし、気温が高ければ問題はないのではないか。また、しっかりと身体を動かして筋温さえ上げておけばシーズン中と何も問題はないのではないか。実際トーイングをやって怪我をした選手は皆無です。とはいえ普通ではやらないでしょうね。冬季練習の概念からは逸脱していると思いますから。それでも走らせました。人数が足りないので私も参加して引っ張りました。4本連続で引っ張ったので私がバテる(笑)。体力がありません。

スピード刺激を入れてから合流走。これも全力で最大スピードを出します。前日にミーティングさせた時に複数の選手がやりたい練習として挙げていました。感覚が良いのだと思います。楽だからやりたいという感じではない。自分達のためになるメニューを行うという感じですね。

シャフト補強へ。この辺りは任せました。慣れてきているのはあると思います。距離も随分短くしてきます。一部分だけ負荷を増やしてもトータルとして効果がないかなと。やりたい事は複数あります。一つにだけ特化してしまうと他の部分の練習に影響を及ぼします。ここも考えながらやりたいですね。

その日の走練習は色々な組み合わせにしました。TBM走にしました。いつもと大して差はないのですが。T走DM走Sをやる。メニューを考える時にTDMにしたらどうかなと思いつきました。しかし、これは微妙かなーと。T走をすると後ろ方向への負荷がかかります。前に進む力を打ち消そうとする意味がなくなるのではないか。それでもやってみるか。一応通りかかったtnk先生に相談。複雑なことは意図がわからなくなる危険性があるので避けた方が良いだろうという意見だったので諦める。T走を2本DM走を2本、Sを1本。T走とDM走は連続で走ることにしました。ここは最近の練習ではレア。感覚の強化のつもりで実施しました。これを2セット。

最後に走練習。往復走にしました。久々。しっかりと走らせたいというのもあり、有酸素系の負荷もかけたい。どちらも一気に追い込みたいというので往復走を選択。1往復目はT走、2往復目はS、5本目はスイッチングランにして2往復半。これを20秒に1本。ほとんど休まずにですね。普段やらないのでこの手の追い込みはかなりキツイと思います。珍しくセット間を5分とりました。いつもは流れの中でやるので休まないですから。

時にはこの手の練習も必要だと思います。よく走りました。動きが保てるようになってきたかなと。これからです。
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与えること

2019-01-23 | 陸上競技
思うことを。ちょっと競技から離れるかもしれませんが。そして全力で炎上する危険性があるのかもしれない。それでも書いておきます。

今、「何かをしてあげる」ことが増えている。先日師匠との話の中で「保護者が子供のキャリーバッグを持って歩いていた」というのがあった。保護者が子供のために何かをしてあげたいと思うが故にそのような行動になるのかもしれない。実際、援助を必要とする場面もあるのかもしれないが「自分でやろうと思えば出来る事」を「何かしてあげなければ」という自己満足のために手を出す。これは本当の意味での成長を妨げるのではないか。

時代の流れなのかもしれない。様々な場面で送迎をするようになった。少しの距離でも我が子のために送迎をする。それぞれの家庭の方針もあると思うので一概に否定はできない。が、自転車で移動できる距離であれば自力で移動すれば良い。数年前、競技場で練習していた時には保護者の送迎が目立った。練習が予定より長引いたこともあり「◯時に終わると行ったから迎えにきたのに待たされた。時間を返してくれるのか?!」と言われたこともある。

練習終了時間を明確に示したことはない。それも良くないのかもしれないが。私の計画不足、配慮不足もある。どこかに遠征に行っているとか遠くで合宿をしているというわけではない。練習の流れによって変わってくる部分。全く信頼されていなかった時期なのでやることなすこと全て不満だったのもあるだろう。迎えに行ったのに待たされたという不満が生まれやすい。

これも数年前、セミナーパークで練習をすることがあった。グランドが狭いというのもあり様々な環境で練習をしたいなと。練習の状況を見て判断して「週末にセミナーパークに行く」と伝えることが多くあった。明確な練習計画を立てているわけではないのでそれはそれで「計画性がない」と言われるのかもしれない。そんな時に「早い段階で計画を立ててくれないと仕事が休めない」という話になった。送迎するために仕事を休まないといけないのにいきなり言うなという話。

「送迎が難しいのであれば電車で練習参加させて欲しい」と伝えた。が、「練習で疲れているのに駅まで歩くのか?」と。中学生は駅伝の練習などでセミナーパークを使う。その際は駅から歩く。中学校では顧問が車に乗せて移動することは皆無に近い。電車で移動して歩くという感覚は普通なのだと思う。合宿の時も終わってから電車で帰るチームもいる。これも私の感覚なので私が狂っているのかもしれない。

それぞれの価値観で判断するので難しい部分があるが「自分で出来ること」に対して手を差し伸べることが多すぎる気はする。迎えにくるというのが全て悪いと言っているわけではない。常に手を差し伸べることが本当に必要なのか。出来ることを自分でやるという感覚は必要なのではないか。

全てが与えられる。そこに慣れてしまうというのは良くない。考える必要がなくなるからです。誰かに頼めばやってくれる。自分でやらなくても他の人がやってくれる。そういう感覚があればやはり競技にとってはプラスにならないと思います。競技場面だけではない。

検定週間。必要があれば残ってこちらから教えます。本来であればこれ自体必要なのかどうか分かりません。検定に合格させてあげたいという気持ちはもちろんあります。しかし、こちらがどれだけ熱を入れても本人が「最大限の努力をしない」というのではあまり意味がないと思います。勉強をしてきて分からないところを質問する。教えてもう一度自分でやって理解する。それが勉強ではないか。

「分からないところがあるか?」とこちらから質問する。これは完全に受け身の姿勢を強化していると思います。言われるがまま、特に考えず問題を解き続ける。検定には受かるかもしれない。しかし、そこに本来的な教育の意味があるのか。単純作業を繰り返しているだけで何か身に付けるものはあるのか。与えられたことだけをやるというのでは成長には繋がらない。そう感じる場面が多い。

社会に出た時にどうなるのか。上司が常に部下に気を使って「大丈夫か?」と毎日毎日聞くようなことはない。学校では生徒のやりやすいように常に声かけをするが職場ではそうではない。それは本当に正解なのか?与えることが当たり前になりすぎてはいないか。

冷たいのかもしれない。全てをやってあげる事が本人のためになるのか。どちらかというと情熱を持って人に接するようにしています。しかし、それは時と場合によるのではないか。なんでもかんでも与える事が本当にいい事なのか。不平等だという人もいるのかもしれない。

もっと冷静に考えなければいけない。最終的にやるのは誰なのか。何もかも保護者や教員が手助けしていくことがプラスになるのか。いつかは自分で判断し行動をしなければいけない日が来る。その時に本人にどのような力が身についているのか。そこは必要だと思います。

年齢を重ねたからでしょうか。色々と思う事があります。まとまりませんが。前半部分、不安があったので親しい方にラインで送ってみてもらいました。あれこれ考えさせられます。何かあれば揚げ足を取ってやろうという世の中です。こうやってblogを書くこと自体がリスクしかないですから。

考え方に対して検閲が入る日も来るのかなと思います。とりあえずアップしておきます。

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短時間に詰め込む

2019-01-22 | 陸上競技
本当は国体合宿のことについても触れておきたいのですが。時間に余裕があればまた振り返って書きます。過去を振り返る内容をひたすら書いていたおかげで全然余裕がない(笑)。学校の練習について記録しておかなければ忘れてしまいます。センター試験があったり、高校入試について考えたり。更には中学校への進学も考えたり。一気にやることが増えています。すべてに対応することが可能なのか・・・。

月曜日は7時間授業。練習開始はかなり遅くなります。その中でどうするか。3年生は学年末考査があります。基本的には練習をするつもりでいます。考査範囲もそれほど広くないので。土日に勉強をするように伝えていますがどれだけやったか。「勉強する時間がない」ということはないと思います。同時に商業系の選手は検定週間。時間が限られます。

アップなどは短時間で。バランス系から。先日の国体合宿の時に感じたこと。うちの選手はある程度できるようになっています。しかし、慣れからか精度が低くなってきている。ジャンプ系で着地したときにきちんと軸を作れるか。崩れていないか。ジャンプの高さは保てているか。正確な形になっているか。そういう部分が問われます。うちでは毎日やる。他校ではやらない。それでも「丁寧にやる」ことで同じレベルになるかもしれません。本人たちには促しましたがそれが伝わるかどうか。

その場でのDM投げを。本当は体幹強化サーキットをやりたいのですが時間的な制限があるので。そのまま台ドロップ。接地ポジションを作ること、軸の固定をすること、空中で脚の入れ替えをすること。この3つを一気にやっています。複数の動きを一緒にやるというのは難しい。それでも実際の走りではもっとたくさんのことをやっています。最初からこの手の動きを入れているわけではありません。前段階で準備をしてからここに至る。準備です。

そのまま縄跳び走をして壁抜き。正確にやっているように見えて実際には腰の移動がないという選手がいました。意識して取り組んでいるはずですがそれでもできていない。自分だけでやることの難しさがあると思います。重心移動を簡単に作ってからスピードスキップ。通常は1本ずつなのですが帰ってくる時間が惜しいので2本にしました。往復すれば歩いて移動する時間が節約できます。両足→片足の順番で実施。スイングと重心移動を合わせました。

チューブ5歩をやる。そのままスタート5歩練習を。日誌を見ると「意識しやすい」というコメントが多くあったので早速導入。私が提案するだけではなく選手から「この練習が良い」という意見が出てくると組織としてはよくなるかなと思います。必要に応じでスイッチングを入れさせました。5歩のリズムを作るのに遅れてしまう選手がいたので。振り勝ったblogにも書いていますが「重心移動」を1歩目で生み出す。そのため2歩目3歩目の運び方が重要になります。1歩目が出ても次で遅れてしまったら意味がなくなります。丁寧に。その流れの中で前半マーク。

10バトンと25並走をやってから合流走へ。この日の朝、ミーティングで「今週やりたい練習」という中に挙げられていました。単純にやりたいというだけではなくその理由までしっかりと考えていたので入れました。競争する中でどうすればいい練習になるか。自分の動きを保てるか。2本ずつにしました。それなりの負荷なのかなと。練習の中にバトン練習を入れる。冬の間も入れていますがやはり疎かになりがちです。あれだけ徹底してやっていたのにほかの種目が増えてくるとどうしても少なくなる。バランスよく取り組みたい。

補強をしたいのですが時間がない。種目を絞って実施。実際に帰りの電車の時間があるので急ぎました。申し訳程度の補強になった気がします・・・。それでもやらないよりはまし。必要最低限の補強となりました。

そこからはBDM走を。本来は2セット考えていたのですが気がつくと時間がない。1セットやって切り上げ。どうしても最後に走練習を入れたかったので。最後に120DM-120-90を。これもいろいろと考えながら導入。うちの練習環境で何ができるか。走り込みといってもそれができる条件がない。そうであれば代わりになるような練習を考えなければいけません。競技場があったりトラックがあればまた違う形になるのかもしれません。120DMはかなりいい感じだと思っています。そのあとの120で感覚の差を感じることができる。色々なパターンを組み込みながらやる。

実際問題、かなり走りがよくなってきていると思います。どの練習が効果的だったというのはないと思います。幕の内弁当ですから。以前は「単品」を出していました。必要な部分を抜き出して「その日の課題はこれだけ」という感覚。その時は改善できるのですが次にやるまでに時間が経過してしまうので元に戻る。または、ほかの動きとの連動が出来ないので「パーツ」の性能が上がってもトータルとしてのまとまりがない感じがありました。それをなくしていくための取り組み。今のところは順調なのではないかと思いますね。

19時を少し過ぎてしました。屈辱(笑)。電車組は急いで帰らせました。問題なく間に合う時間ですが。約束事は守りたいですからね。短時間に詰め込む形になりましたがそれなりに練習ができたかなと思います。考えて取り組みたいと思います。
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練習を任せる

2019-01-22 | 陸上競技
振り返り作業をひたすらやっていたので現在のことを全く書けていません。振り返りに対しては自分の中の整理でした。書きたいことはもっとあるのですがそれぞれの段階でどんなことを考えながら指導に当たっていたのかを分析できました。今の練習にも活かせるかなという気はします。

土曜日。この日は私は国体合宿があったので学校を留守にすることに。なかなか難しい部分です。この2年間は国体候補選手を抱えていました。その流れの中で何人かはそちらの練習に参加できる感じでした。今はいませんから選手は全員学校で練習をさせることに。検定があるので学校で練習する方が効率的です。練習だけではなく勉強の部分にも配慮したい。この時期は外に出るのはかなり難しいというのが現状です。

練習は普段通りの練習を。実際に見ていないので細かい部分は書けません。一応メニューだけ記録しておきます。

バランス系をやってからDM投げ。補強系が少し不足している感じがありました。それでも走る練習もしておかなければいけない。なかなかバランスが難しい。走るイメージを作るための練習を中心に入れるとトレーニング系に割く時間が少なくなります。単純に時間を伸ばせばいいのかもしれないですが上述のように検定があるのでそれは叶わない。優先順位を考えていかなければいけない。

この日は走りを全体的に確認したいと思っていました。ハードルドリルver2を。これまでやってきたドリルを少し?変更したものです。重心移動や膝締めの感覚を段階を追って意識させる。どうしても進む動きをすると膝が開いたり動きが崩れたりします。これも経験的な部分です。以前は片脚での膝締め歩行を良くやっていました。が、本当にドリル的な動きになるので直結しないなと。意識づけという意味では効果があると思いますが走りに直結するかどうかは別問題。時期によってはやるかもしれませんが今は必要ないかなと。

そういう部分を踏まえてハードルドリルをバージョンアップ。複合的な動きを加えて実施するようにしました。それでも関西の練習に比べるとまだまだ流れが悪いかもしれません。が、休まずに練習を進めていくことができるようになりました。壁抜きも中に取り入れて実施する。やっていると自然に動きや感覚が身につきます。細かいところは周りが見てあげれば良い。本当はこの細かいところが大切だとになるのですが。これに重心移動をともなうもも上げも。

加速段階の練習をしておきたかったので膝締めとマーク5歩。更にスタブロからの出を加えて繰り返しやりました。本当は5歩でやめない方が良いとは思うのですがあまりやるのは得策ではないかなと。疲れてできなくなるので。スタブロ練習も定期的にやりたいというのもありますし練習後半でスタブロからの60を入れたかったので。ある程度やって前半マーク。40↑30→を実施。

走練習は120T-120DM-120を。うちの練習環境でできる最大のメニューかもしれません。短長は間を120スプリントでつないで5本。負荷的にはまずまずだと思います。休まずにシャフト補強。地味に補強を入れます。

そこからスプリントサーキット。思い付き練習の最たるものです。練習の流れを作り出すという部分。走りを最初から確認していきます。そこに60mSDを入れる。少しずつ積み上げていく形での練習にしています。本人たちの感覚を少しだけ聞きましたが感じ的には良かったようです。この手の動きを丁寧にやっていくことで色々な部分が変わっていくと思います。

最後にもう一度走練習。120-90-60を。前段階で作った動きが走りに活かせるかどうかですね。最後までtnk先生が見守ってくれていたようです。感謝。不在の時に見守ってくださる方が居てくれるだけで気持ちが違います。選手はその事をきちんと分かってくれているかですね。

とりあえず記録しておきます。実際に見ていないのでこちらの狙いがどこまで伝わっているか。そこだけだと思います。
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考える日々6

2019-01-21 | 陸上競技
かなり書きました。自分で書いていて少し頭が整理できたかなという気はします。かなり端折りながら書いていますが。

インターハイに複数出場を果たした翌年転勤。新しい場所での指導となりました。ある程度の事は出来ると思っていました。が、指導を始めるとほぼ「拒絶」でした。元々そこまで競技をしたいと思っているわけではないところにいきなり「本気でやろう」という指導者が来る。べつに上の大会を目指しているわけではない。それなのに強くなるための練習を求められる。

競技場に行ったときに「hoshoの荷物置き場はそこではなかった」とか「試合の前の週は山で練習するのがhoshoのやり方」というような意見がかなり出ていました。刺激をもらうために他校と一緒に練習をすれば「なんで他の学校と一緒にやらなけれらればいけないのか」という不満も出る。私の行動や発言の全てが受け入れられないという時期が続きました。指導云々ではない。かなりの反発がありました。

病みました。冗談抜きで病みました。鬱に近い感じがあったのではないかと思います。ギャップが大きすぎて。別にそこまでして競技をしたいと思っているわけではない。もちろん速くなりたいという気持ちはあったと思いますが。木曜日は30分ウエイトをやって終わり。走る日は野球部が練習を始める前の段階の30分で終わり。それからするとあまりにも求めすぎていたのかなと思います。話を聞いてもらえる人がいたので救われました。心から感謝しています。その人がいなければ職場を離れていたかもしれません。それくらいの感覚でした。

転勤する。競技をしたいと指導者に飢えている選手達がいるチームと「楽しみたい」というチームではやはりやる事が違うと思います。当時の選手は「楽しくやりたい」という部分が大きかった。それは否定するものではありません。それぞれがどのように考えてやるのかは自由。競技志向ではないからダメだとは思わない。が、どうせやるなら一生懸命にやる方がいい。雰囲気を変えていくために何をするのか。必死に悩みました。スプリント云々を考えるのではなくその前段階。

練習スタイルを一気に変えました。同じ動きを繰り返すドリルをほぼやらない。練習の合間に「遊び」を入れる。練習負荷も減らしながら。鬼ごっこをしたり、ドッヂボールをしたり。マークを使って身体を動かすメニューを考えたのもこの時期です。どうやって練習をさせるか。ここはなかなか分かってもらえないと思います。強くなりたいと思って高校に入ってきた選手だけではない。むしろ「軽い気持ち」で入ってきた選手しかいない。そんな中で高い水準を求め続けることは不可能。スプリントに関して考えるというのではなく練習をするためにどうするかを考え続けていました。

それでも少しずつ形になってきた。マネージャーの存在が大きかったと思います。この件も何度もblogには書いています。献身的にチームを支えてくれる存在。その子のためにとチームが団結したというのもあります。約1年間かけて少し「競技をする」という土台が出来たのかなと。

翌年、うちで競技をしたいと強く思ってくれる選手が複数入ってきてくれました。ある意味プレッシャーです。きちんと力を伸ばしてあげなければいけない。オーソドックスな走りをしている選手は皆無。独特な走りでした。これまでの経験が生かされない。「どうやって育てるか楽しみにしてる」と親しい指導者に言われました。それくらい難しい走りだったと思います。

毎日グランドで動きを見ながらやっていく。競技に関してはそれなりの力がありましたがそれ以外が...。上級生は何度も涙を流していました。そういう部分が変わらなければ競技力も上がらない。取り組みの姿勢の問題です。なかなか大変でした。笑えないくらい。

この頃から練習のバリエーションが増える。目指す動きがあってそこへのアプローチをどうするか。一つの手段だけで身につけさせるのではなく様々な角度から同じ方向を目指してやっていく。ここの部分をやるようになりました。見ていて思ったことを本人達と確認しながらやっていく。感覚が悪いと思えば別の練習を考える。パターン化せずに新しい刺激を入れる。あれこれやっているように思われるかもしれませんが目標は一つですからそこに向けてどうするか。

NMSを中心にチーム作りをしました。あちこちに連れて行く。大阪、岡山、宮崎。本当は全員を連れて行ってあげたかったのですが難しい部分がありました。そのことに対する不満はあったと思います。それでも外での刺激をチームに還元できるかどうかは大きな話でした。

特に大阪でmtm先生の練習を見て話をした事は大きな転換期でした。陸上が好きな選手が集まって練習をする雰囲気。さらに練習の中にスプリントに関する様々な動きが入っている。シンプルにやり続けることで明らかに動きが変わる。更に「精度」が高い。正確な動きをすることを徹底する。少しの動きのズレも許さないというくらいの練習。同じようなことをやっているとしてもmtm先生の練習と他のチームの練習は違うと感じました。

更に練習のつながり。流れ。ここがすごく大切だと感じました。何のために練習をしているのか。この動きをやったから次の動きをする。目的のためにどのような練習をするのか。ここの徹底でした。ドリル的な動きはやらない。道具を使いながら「結果的にその動きを身につける」という練習になる。選手は意味を理解しながらそれに取り組む。その形で進めて行くのだから大きな差が出ます。

走りとトレーニングの繋がりも。何のためにトレーニングをするか。ここを話しました。この時からトレーニングだけの日を作るのをやめる。これまでよりももっと練習に対して考えて計画するようになりました。全てはスプリント能力の向上のため。

こういう考え方の中で練習を作る。NMのスタートは本当にひどいものでした。全く加速できない。才能的にはあるのだと思います。が、走りとしてはかなり難しい。中学生だから走れていた。特に何も考えないから走れていたという感じがありました。そこから狙いとする動きを目指して取り組む。元々速い子だからという評価をする人もいると思います。本質的な部分が見えていない。この手の走りをする選手が何人潰れているか。こちらも預かっているので必死でした。

マーク走とチューブ走が多くなりました。練習環境としてはかなり厳しい。距離は走れません。直線で60mくらいしか走れない。時々合間を縫って120mを走らせてもらうだけ。狭いグランドでどうやって競技力を上げていくか。工夫をするしかないという感じでした。限られた環境の中だからアイデアも出てくる。オリジナルの練習を作りたいという気持ちもありましたが、自然とうちの環境でしかできないメニューになっていきました。

複合走やDM走が増えたのはその辺りの影響が大きい。走れない中で感覚の変化を作り出していく。走り込み云々ではなくこういう部分で作っていく。道具をかなり使うようになりました。それにより更に競技場に行かなくなる(笑)持ち運びができないので。

あれこれやる中で最終的に12秒15、12秒30、12秒67で3人が走りました。リレーでもインターハイ出場を果たす。周りから見れば「行くのが当たり前」と言われるのかもしれません。まー甘んじて受け入れます。同レベルの選手が集まってインターハイに行けるチームがどれくらいいるのかは分かりません。それでも行ったという事実はうちにはある。自信を持ちたいと思います。

そして今。またあれこれ考えながら練習を組み立てています。昨年やっていた練習とはまた違う形で感覚づくりをしています。バリエーションも増えました。毎日同じ練習をするのを辞めようと思って取り組んでいます。

そんな感じて今に至ります。正しいかどうかは常に疑っています。それでもこれまで一緒に競技をすることができた選手には感謝しています。悔しい想いをさせてしまった方が多かったのではないかと思います。それでもその子達との関わりの中で私自身学ばせてもらっています。

考える日々。毎日毎日色々と考えてやっている。何をすればプラスになるのか。そこに尽きます。多くの指導者に学ばせてもらっています。図々しいと思われることもたくさんあったと思います。それでも学ばせてもらうことの意味。優れた指導者というのはやはり器が大きい。何処の馬の骨とも分からない地方の高校の指導者であっても受け入れてもらえます。質問したことに対しては細かく答えてくれる。私自身は未熟ですが人には恵まれていると思います。

長くなりました。一応こんな感じで推移しているというのを自分の中で確認できました。もう一度原点に返って取り組んでいきたいと思います。
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考える日々5

2019-01-21 | 陸上競技
一気に書いてしまいたいのですがなかなか時間が確保できずに。

スプリントについて考え始めたという時期に触れました。実は時期を同時にしてmihoが3年生の時にmakinoとkanaが入学。この辺りのことは「大きなエース」と「小さなエース」として記録しています。技術指導とは全く別の部分で大変でしたから(笑)中学時代の実績は二人とも13秒2。私の中ではかなり魅力のある走りをしていました。タイムは出ていませんがもっといけるのではないか?という感覚が。

この2人がいる間、必死にスプリントについて考えました。1人は身長が170を越え、もう1人は150あるかないか。走りのタイプもストライドでグングン進むタイプと尋常ではないピッチで走るタイプ。両極端でした。オーソドックスな走りをする選手がいません(笑)。

kanaは小さい。その割にスタートで進まない。makinoは大きいのでなかなか運べない部分があるのですがkanaは運びやすいはず。その原因をスタブロの出の部分からじっくり見るようにしていました。見ていると一歩目の足運びが悪い。直線的な足運びをさせたいのですが後ろ足が跳ね上がる。ここを改善しない限り進まないだろうなと感じていました。1年生の冬の間にここを修正するための練習を徹底しました。スタート局面に関してはなかなか教えてもらえる機会がないので毎日グランドで考え続けました。

スタート。重心移動が0の段階から始まります。スタプロから出ることで移動が始まります。慣性の法則。その場に止まってる状態から動き始める。当時スタブロを前後一緒にする、足を擦るように出る。ジャマイカスタートが注目されました。色々な情報がありましたが目の前の出来事をしっかりと見るようにしました。

重心移動が0なので一歩目は重心移動を生み出すための動きになる。考え方として「一歩目を早く着く」というのがあります。早く着いた方が速く進めるというものかなと。これは前の記事に書いた「加速段階をよくするために速く動く」という部分なのかなと。しかし、考えた時に重心移動が0の段階から進めていくために「一歩目を遠くに」というイメージのほうがいいのではないかと思っていました。単純に遠くにという話ではなく膝の引き出しで重心を大きく動かすというイメージです。

そう考えて動きの徹底をしていきました。冬季練習の間にスタート練習をする。加速段階の動きを何度も何度も繰り返していく。加速段階の動きを作りながら。段階的に①壁引出②タイヤ押し③低重心walk④スケーターズジャンプ⑤ワンハンドからのタイヤ引き⑥スタブロからの出という流れで実施。これを毎週金曜日に時間をかけて実施していました。状況に応じてメニューを変更しながらという部分もありましたが。細かい部分を見ながら修正。これによりkanaは飛躍的にスタート局面が良くなりました。makinoはなかなか膝の引き出しができずに上手く乗れない。ここも課題でした。

そんな流れの中で2年生になりmakinoが春先からかなり走る。中国大会で12秒20を出してインターハイへ。本当は200mでインターハイを狙っていたのですがそれは達成できず。スピード持続が武器でしたからこちらの方が確率が高いと思っていたのですが。秋にはkanaが12秒35を出す。同じチーム内に12秒20と12秒35がいる。他の選手は13秒中盤くらいでしたが本気でリレーでインターハイを狙うという水準に来ていたと思います。

この頃から競技場に行く事をやめました。徒歩5分強くらいの距離にある競技場です。土のグランド。長い距離を走る事を一切やめていました。そうであれば競技場でなくても練習はできるのではないか。練習道具を運ぶ事を考えたら学校の方が効率的だと考えていました。近いのに行かないのか?とよく言われていました。

この頃、週に2回はトレーニングの日としていました。火曜日と木曜日。足を休めるという意味合いも強くありました。毎日走って怪我をするリスクを抱えるよりは走らない日を作って身体づくりに専念する。そのかわりかなりの練習負荷だったと思います。3時間ひたすらトレーニングです。トレーニングパターンはかなりありました。実際問題脚を休めることになっていたのかどうかは疑問ですが(笑)

この影響もあり身体作りが進みました。kanaが「先生のせいでズボンが履けなくなった」と言っていました。臀筋や足がかなり大きくなったのだと思います。makinoに関しては男子と同じ重さでトレーニングをするという感じがありました。強すぎる。

当時のメインは「タイヤ引き」と「競争」でした。さらにバトン練習。ハイスピードを出すために並走をかなりやりました。ジョグでのバトンはやらない。元々ジョグはしないので。高いスピードを出しての受け渡しを常にやる。それがスピード練習につながると思ってやっていました。並走をやると同時に3060というようなメニューも。今でも合流走のような形で実施しています。バトンの出の練習にもなるので。毎日のようにやっていました。リレーでインターハイを目指す上では必須だったと思います。

タイヤ引きは120mくらいの距離を中心に。makinoは筋力があるので男子と一緒に。kanaはタイヤ引きを嫌がるので女子と一緒に。同じ重さのタイヤを使います。体重の軽いkanaにとってはその手の練習は苦手種目だったと思います。少し重いタイヤを引くときにはkanaだけは別メニューにしていました。

この頃からスイッチングの動きをかなり入れるようになっていました。低いフレキハードルを購入していたのでそれを使いながらスイッチングをする。そのままシザースをしたりスキップをしたり。脚が遅れないような動きを入れる。これは基礎的な話だと思います。どこでもやっている練習かなと。

そうして迎えたシーズン。2人はかなり強くなっていました。最終的には中国大会でmakinoが12秒14、kanaが12秒17。2人がインターハイに進みました。4継も48秒26で4位となりインターハイ。2.3年生が4人、女子全員で7人しかいないチームでのインターハイ。スプリントに関して少し自信が持てた瞬間でした。

同時に大きな課題も。100mのタイムの割に200mが走れない。12秒17のkanaは25秒28でした。このタイムでインターハイには進みましたが、スピードレベルから考えたら24秒台に入ってもおかしくないという感じがありました。距離を踏まないという練習の中では出てくる課題なのかもしれないなと思っていました。有酸素系の練習が極端に少ない。この部分の対応策も考えなければいけないのかなと感じていました。

手応えを感じ始めていた。が、そこから転勤することに。1からというか0からというか。かなりしんどい日々でした。ここに関してはまた書きます。一応練習形態やスプリントに関する考え方のまとめという位置付けて書いています。興味のない方には全く面白くないと思いますが(笑)
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考える日々4

2019-01-20 | 陸上競技
ひたすら書いておきます。

ショートスプリントに対してアプローチを始めた年。mihoがインターハイで戦いたいという希望を持っていました。それに対してこちらも色々と考える。中間以降の伸びは抜群だったので前半部分の練習を増やしていきたい。加速段階の動きというのはなかなか難しいと思っています。中間の動きはある程度やっています。が、スタートから加速段階の動きというのは難しい。ここを勉強しながら対応したいと。

上手くスピードに乗せるために少しピッチを意識した練習にしました。マーク走や中間マークを徹底。身体を起こすのを我慢する。その手の練習を増やしていきました。こちらが見ていた時の感覚はかなり良くなっているなと感じていました。しっかりとピッチが上がって起きるのも我慢できる。手応えを感じていました。

が、2月中旬くらいに「マークが遠いので狭くしても良いか?」というのをmihoから提案がありました。ピッチを保つためにはどうするかを考えてやっていたので前半マークの幅を少しずつ狭くする事にしました。それによりピッチが保てるようになる。ここが大きな失敗の原因でした。

3月になってある程度スピードが出せるようになる。前半で遅れる事がなくなっていました。が、実際にレースに出てみると中盤以降で身体が動かなくなる。スタート云々ではなく本来の武器を失ってしまっていました。1番の課題は「重心移動」が小さくなっていること。ピッチを保とうとするあまり重心移動を疎かにしていた。移動を小さくしてピッチを保っていたのだと思います。そのことに気づく事が出来なかった。視野が狭くなり過ぎていた。本当に情けない話です。

結局、12秒5でしか走れませんでした。200mは追風参考で25秒1まで行きましたがこれはほぼ維持だけで走っただけ。本来の動きができなくなり自信も喪失。しんどかったと思います。気持ちを切らさずやってくれましたが本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。

この時、本当に何をしているか悩みました。やりたい動きがある。その動きをしっかりとさせたいと考えていました。型にはめるような形で動きを作っていく。それが大きな失敗を生んだのだと思います。元々13秒2くらいの走り。その選手が試行錯誤しながら12秒3まで力をつける。これだけで大きな事だと思います。この時はドリル的な動きをかなり入れていました。パワータイプの走りだったので接地が強い。スイッチングの動きが遅れ気味になるのでその部分をどうするか。その中で動きに関してかなり考えていました。

加速段階に関して一番考えた時期だと思います。これまでは14秒台の選手をどう伸ばしていくかという感じだったのでそこまで細かくやっていなくても記録は出ていました。スピードレベルを維持する練習がメイン。前も書きましたが「速い選手は速い」という思い込みがありました。しかし、実際はそうではない。きちんとやりさえすれば走れるようになる。感覚だけで走るのではなくきちんと動きを作っていくことで結果は出る。

mihoの12秒36に関しては彼女の潜在能力だと思います。レースの組み立てや流れかきちんとできて出たタイムではない。2年間必死にmihoと競技に向き合ってきたお陰でかなりスプリントについて考えることができたと思います。ピッチだ、ストライドだと枝葉の話をしている場合ではない。もっと根本的な部分を見直さなければいえない。そこに関して強く感じる事が出来ました。

mihoは大学でも競技を続けてくれました。思うように走れなくなっていた時期もありましたがある時「練習を高校時代の練習に戻そうと思う」という連絡がありました。それがきっかけになったかどうかわかりませんが12秒03まで記録を伸ばしてくれました。高校時代の事を考えると恨まれているのではないかという気持ちはあります。

マイルで中国大会7位になってから二度とこんな想いをさせたくないと強く思いました。インターハイを決めたrinaが「私だけがインターハイに行って良いのか」と苦悩していた。そう思って勉強したつもりでしたがまだまだ足りないものがあらというのを突きつけられた2年間でした。

完全にわたしの思い出話になっています。しかし、この中にスプリントに対する考え方の変遷が詰まっていると思います。もうしばらくこんな感じの内容になると思います。振り返り。
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考える日々3

2019-01-20 | 陸上競技
何を書いているのかよく分からなくなっていますが。それでも頭の整理のために記しておきたいと思います。

練習に対する考え方の変遷。それぞれの練習の良い部分悪い部分があるのだと思います。そこに正解があるのかどうか。結果が出たらそれは良い練習となるのか。10人いてたまたまハマった1人がいるとしても残りの9人が全く走れなかったらそれは良い練習なのか。ここは考えものだと思います。まー外部からすれば「良い練習をしているから強い」となるのかもしれないですが。周りの評価です。それはそれである意味事実なのだと思います。競技をやりたいと思う中学生の選択情報の大きな理由はそこにある。私のような練習では認知されない可能性はありますし。

話が逸れましたが。前の記事の続きを書いておきたいと思います。興味ないかもしれませんが。

150mを何本も走るという練習スタイル。これが3年くらい続いたでしょうか。結果的に400m系の選手は強くなりました。もちろん補強もかなりやっていました。女子のベンチプレスで45キロ以上を上げるような状態。投擲選手なのか?という話ですね。その時はとにかく選手が真剣でした。こちらが投げかけるものに対して全力でやる。プラスアルファでやる。そんな状態でしたから。技術的なアプローチはまだまだだったと思います。それは私自身の知識や考え方が甘かったという部分です。今の技術的な考え方や技術練習の方法であればもっと行っていたのではないかと思います。

この頃はドリル的な動きをかなりやっていました。練習の流れというのがそこまでない。膝締めの動きを徹底する感覚。重心移動の部分もやっていましたが引き出しが少なかったので同じメニューの繰り返しになる。そのやり方で感覚が作れる選手もいれば作れない選手もいる。走る量である程度補っていた感じがあります。かなりやっていました。

初めて400mでインターハイに進んだ時の3年生がかなり意欲的だった。そのお陰で練習が保てていたと思います。が、その下の学年から厳しい状態でした。練習をすると言ってもあからさまに手を抜く。上級生を平気で裏切る。情けなくて涙が出るレベルでした。本気になれない。blogには書けない内容がかなりあります。本気でない選手に対して「インターハイを目指そう」と投げかけ続けるというのは私自身苦痛でした。モチベーションが低下しつつありました。

更にマイルでインターハイを狙うというイメージでいたのですが400mを走れる選手が足りない。上述のような状況でしたから選手自身が競技に対してモチベーションが低い中で激しい練習をさせるのは不可能。当時私が始動し始めて初めて12秒台で走った選手が1年生でした。1年生の秋の県新人では100と200で2冠。この辺りから少しずつショートスプリント中心に移行していったのかなと。

そこまでは400m、400mHを中心にしていました。400mHは2年連続で3人が中国大会に進むという感じでした。当時の私は「100mでは勝負できない」という考え方がありました。ショートスプリントは元々速い選手には勝てない。ロングスプリントであれば努力種目なので練習をきちんとすれば逆転の可能性がある。ショートスプリントに目を向けるのを避けていたのかもしれません。自分の指導力の低さから目を背けていた。練習量に頼った指導をしていたのだと思います。

それでもそれなりの結果でした。まー本当にそれなりでしかなかったですが。

そんなタイミングで次年度インターハイを狙う。そうであれば100mと200mで狙う方向で考えるしかない。一番可能性が高いところにエネルギーを注ぐ。それが良いのか悪いのかは分かりません。不平等だと言われるのかもしれませんが。そこを中心にチーム作りをするという流れにしました。

そうなると練習形態も少しずつ変わっていきます。練習自体の大きな流れは変えませんが走る距離や本数は変えました。150mの50mウォーク繋ぎから歩いてスタート地点までもどる形に。一般的な練習形態かもしれない。どちらかというとパワーで走る選手だったのでしっかりと地面に力を加えるという感じがありました。

この辺りからチューブ走を入れたりマーク走を入れたりし始めました。それまでもやっていたのですがこの辺りから細かい部分まで意識するようになりました。まだまだかなり甘い部分があったと思います。私自身、この時にmihoと出会えたことは大きなきっかけでした。ショートスプリントに対する考え方の基礎はここでできたのではないかと思います。実際に指導を始めて7年目の出来事です。

指導者としてどうなのか。経験則から抜け出して数年。元々めちゃくちゃ強い選手が集まるというのはほぼ無理だと思っていました。普通の選手をどう育てるか。mihoも中学時代は13秒2位でした。それでも私が始動してきた選手の中でいえば断トツの力を。14秒台の選手を県で戦うことを目指してやっていくのとはすこしアプローチが変わりました。

翌年、mihoが2年生になりました。本数を追わない練習に移行していました。が、それでも県選手権でマイルで優勝。それなりにスピードを上げていくことで距離への対応も可能になる。その年は本当に色々ありました。県総体はかなり苦痛。指導云々ではなく。トラブルが多発していました。それでもmihoがインターハイに進むために何をするか。山口国体があった年なので練習会も頻繁に開催されていました。その中で多くのきっかけをつかむことができたのではないかと思います。中国大会で12秒36、25秒48で走りました。200mでは6位となりインターハイに進む。私自身成長させてもらったと思います。

インターハイに進んだのをキッカケに宮崎へ繋がりを作りここでかなり勉強させてもらいました。女子指導の雰囲気作りや基礎的な事をかなり。そしてここでリレーについて学ぶ。これまでマイル中心でやっていたのですがmihoがいる時にリレーでインターハイを狙いたいという気持ちがありました。細かい部分をしっかりとやっていかなければ戦えない。改めて感じた機会でした。

微妙に長くなったのでひとまずここまで。何が楽しいのか分かりませんが(笑)次はちょっとした挫折です。いや、かなりの挫折かもしれません。
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