照る日曇る日第872回
「コルシア書店の仲間たち」、「ミラノ 霧の風景」「旅の合間に」「ヴェネチアの宿」「トリエステの坂道」「時のかけらたち」「ユルスナールの靴」などのエッセイを次々に読んでゆくと、このコスモポリタンというか、はんぶんイタリア人の手になる文章が、塩野七生の粗野な論文調の極悪文と違って、その繊細な感受性と知性の玄妙な営みの粒粒が、さながら干天の慈雨のように胸奥にしみ込む。
そういえばむかし私がミラノを訪れたときも、毎朝霧がかかっていた。
最近はもうそんなことはないらしいが、かつての運河の街を懐かしむように朝のラッシュアワーを茫洋と包む深い霧の彼方に大聖堂や元パルチザンを興したオリベッティ社があり、坂本龍一を好きなミラノ娘が満員の路面電車に乗っていたのだ。
原宿の本社ビルの5Fに捨てられていたレッテラ・ブラック 蝶人