あまでうす日記

あなたのために毎日お届けする映画、本、音楽、短歌、俳句、狂歌、美術、ふぁっちょん、詩とエッセイの花束です。

朝井まかて著「類」を読んで

2021-05-08 12:55:51 | Weblog

照る日曇る日 第1573回

森鴎外の末子である森類の人世の照る日曇る日を愛情豊かに描いた評伝小説。フィクションと断ってはあるが、まあ実際この通りの波乱に満ちた生涯だったんだろう。
森類で思い出すのは、松本清張の傑作『或る「小倉日記」伝』の「小倉日記」の実物がほかならぬ類の自宅の箪笥の中から発見されたことだが、この原稿の始末を巡る岩波書店の小林勇の態度や人柄は不愉快の一語に尽きる。
それにしても「鴎外の子」というレッテルを額に貼り付けられ、茉莉、杏奴という個性的な姉を引き合いに出されながら、ある時は画家、随筆家、小説家、またある時は書店主、家主、としてこの煉獄のごとき渡世を相渉る長い長い道行きは、けっして楽ではなかっただろう。
杏奴と2人で享楽した若き日のキラキラと輝くような青春の日々よりも、還暦を過ぎてから最愛の妻に逝かれた後で、5回もお見合いをして再婚したり、代々木病院で共産党の医師と知り合って検察官の公訴権乱用と戦ったりする晩年の事績に惹かれるのはこちとらが棺桶に両足を突っ込んでいる年代であるからかも知れない。

     トトトトと急かせる信号音が怖いとて横断歩道を渡れぬ息子 蝶人
コメント
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