照る日曇る日 第1972回
杉﨑選手の死後、哀惜してやまない「かばん」のメンバーたちによって編まれた2冊目の、そして最期の歌集です。
まずタイトルがいい。
パンセパンセパン屋のパンセ にんげんはアンパンをかじる葦である
空洞のないクオワッサンを売っているパン屋ありませんかパン屋ありますか
パゲットの長いふくろに描かれしエッフェル塔を真っ直ぐに抱く
次に詠まれている歌が、いい。
休日のしずかな窓に浮き雲のピザがいちまい配達される
むせかえる蝶の匂いを妖精の匂いといってはおかしいですか
雪ふればふるとてかなし理髪屋のねじりん棒の無限上昇
ひとかけらの空抱きしめて死んでいる蝉は六本の脚をそろえて
「きたかまくら」を「きたまくら」って誤読するこの頃おれはどうかしている
それから、生きるよろこびと哀しみと。
高原の風に揺れゆれ誰よりもしあわせなのはコスモス自身
ゆっくりと桜を越ゆる風船に等身大の自由あるなり
クリオネは氷の下にほのかなる生命を点す わたしはここです
新しき夏靴下を掌にのせる死んだカナリアの一羽のおもさ
微粒子となりし二人がすれ違う億光年のどこかの星で
忘れてはいけないのが、しゃれたユーモとウイット。
よく乾く之騎馬の一軒の洗濯ばさみには象でもなんでも吊るしてあげる
鬼を打つ資格あるもの真っ先に豆をなげうて優位にたちて
冬空に神さまがいてもいなくても飛行機雲は意思を貫く
アップデートしますかなんて聞いてくる素敵なデートでもあるまいし
石鹸がタイルを走りト短調40番に火のつくわたし
最後に、ありふれた所に、思いがけない発見があることの感動がある。
山上の垂訓に似て夏雲の空より下降してくるコンテナ
やさしくて怖い人ってあるでしょうたとえば無人改札機みたいな
たった二つの関節もてば単純な生き物のごとく眼鏡あるなり
のけぞりて目薬をさすにんげんの頸は90度まがらぬものなり
冷蔵庫には卵のための指定席秋のコンサートが始まるらしい
単純な生命線もちゃんとある足の裏おやこんにちわ
この歌集が編まれてほんとうに良かった。
「個人的な意見ですね」といわれてる個人的でない意見がどこにあるのか 蝶人