あまでうす日記

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「吉本隆明全集」第32巻を読んで

2023-10-28 16:12:29 | Weblog

 

照る日曇る日 第1973回

 

1990年から2001年までの軌跡をたどる第32巻の中身は、1)「匂いを読む」、2)「写生の物語」3)「食べものの話」、4)その他、といったところ。

 

1)では匂いという言葉を臭覚以上に「色彩の光のただよい」として受容してきた先人たちの感性の変遷を、万葉、古今、新古今や芥川、漱石の文章に切り込みながら解き明かそうとしている。

 

2)は作者一流の短歌批評で、百人一首から鴎外漱石、明石海人、中也、賢治、道造、法然、中山みきや出口なおやの「おふでさき」までを多彩に引用しながら、才気煥発、自由自在に解釈&鑑賞し、理路が頓挫すると例によって「直観」が登場し、電光石火に一刀両断している。

 

さはさりながら、愉しみ乍ら読めるのは3)の食い物の話。

幼少時から買い食いした月島西仲通りの「三浦屋の肉フライ」からはじまって、じゃがいも、豆腐、カレーライス、かっぱえびせん、マクドナルド、ケンタッキーチキン、ぬれせんまでじゃんじゃか飛び出す、体験的フードライフの物語である。

 

このせつの「複雑な味を、微妙な言葉を積み重ねて、味の実情に迫ろうとする方向に高度化している」したり顔のグルメ談義に、江戸前の冷水を浴びせるような、当たり前田のクラッカー的旨いもの噺に舌鼓を打った。

 

ついでながら、「月報」に附された宇田川悟氏の「託されたバトン」を読んで、吉本隆明全集が世に出たのは、吉本ばななと対談した宇田川氏が、「昭和期の義憤の焔の持ち主」たる晶文社社長太田康弘氏に話を繋いだところ、即断即決で成就したという裏話をはじめて知り、この世には「奇跡的なバトンタッチ」があるものだなあという感慨にしばらく耽った。

 

    夢もなく希望も見えぬ出版界に光り輝く吉本隆明全集 蝶人

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