変形性股関節症に負けない『心と身体』を目指して -運動指導士 彦坂惠子-

踊りが命と舞台と指導に明け暮れていた私が突然変形性股関節症と言われ、手術をし引退したが現在運動指導士として活躍中

ドリトル先生

2010-10-29 16:35:14 | Weblog
 強い台風が来そうです。
昨日の寒さには、ビックリしました!
 気温9℃なんて… 真冬ですね。冬のコートを引っ張り出して、
完全防備で兄の迎えに行きました。
 兄が無事に退院しました。大事にならず、簡単な手術と
一週間の入院期間ですみました。
 今、仕事に復帰するために、まずは近所の散歩から始めました。
たった3日間病院のベッドで、安静にしなければいけなかったため、
歩かないでいたら、フラフラして歩けない、と言ってます。

 歩くことの重要性、当たり前のように歩いていた時は、
これっぽっちも思いませんが…
 歩けなくなると…やっぱり思い知りますね。


 今日は、小栗旬君があるテレビ番組で獣医の役を颯爽とやって
いますが、新聞記事の現実のドリトル先生のお話です。

         『獣医師の誇り』    鎌田慧
 もう報じられることもなくなったが、宮崎県の口蹄疫被害のとき、
牛や豚の「殺処分」に従事した獣医師さんたちは、どんな思いだった
のだろうか、と気になっていた。
 動物のいのちを助ける仕事なのに、食肉にするのならまだしも、
ただ撲滅のための処分である。
 このような疑問に応えたのが、「自治労文芸賞」への応募作品
長崎県職員・古賀啓三さんの「口蹄疫撲滅に向けた戦い」である。

 彼は6月、長崎から宮崎へ、一週間の応援に駆けつけた。
疫学調査にまわされないか、との期待があったが、担当業務は
殺処分だった。
 北海道もふくめて応援は全国から。白い防護服を着け、ゴーグル
マスク、二重の手袋。危険はウイルスの感染だけではない、暴れる
牛に顔を蹴られたり、集中力が切れて自分に注射針を刺したりする
人もいる。ホテルに帰ると、食事も取らずにベッドに倒れこんだ。

 数百頭のうしがいた牛舎が、帰るときには生き物の気配がまったく
感じられなくなってしまう。心の中が空っぽになった。
 それでも、ウイルスの感染と拡大防止は、「獣医師の誇りと名誉
だ」と自分を励ました。
 夜、ホテルにいて、友人に
「辛くて過酷な仕事だ」とメールを打ちながら、涙が流れた。
「誰かがしなければならない、尊い仕事です」
 と返ってきた。
 空っぽになった牛舎と農民の物語はこれからである。
 

泣けました。数ヶ月前、ただテレビの四角い中から、流れる音と
 映像からは、この方達のご苦労と心が私には、見えません、
 分かりませんでした。やっぱり、人の立場になってみたり、考えたり
 することは、とても難しい!
  人の心が理解できる人に、私はなりたい! と思った!
コメント
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