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背番号5のFW

2010-08-05 19:14:57 | 浦和レッズ
日曜日の神戸戦、負傷の田中達也に代えてサヌのFW起用が有力という新聞記事を見ました。サヌの背番号は5番なので、背番号5のFWが出現するのは、浦和の歴史でも珍しいです。いくつか記憶をたどってみます。

・堀孝史(1996年)

1993年シーズンは本当にFWだった堀ですが、このシーズン無得点の不振で弱い浦和の象徴にされてしまいました。翌年の横山監督が堀を右アウトサイドにコンバートして、堀自身もFWをきっぱりあきらめたことが彼の選手生命を延ばしてくれました。

しかし、そんな堀も、1996年にFWに負傷者が続出したシーズンにわずかな間ですがFWをやっています。当時リーグ戦は固定番号ではなかったですが、天皇杯は固定番号だったので、突然出現した背番号5のFWには相手チームも驚いたことでしょう。

・室井市衛(2002年)

今でも思い出す初めてのナビスコ杯決勝、CBの控えとしてベンチ入りしていた彼ですが、敗色が濃厚になった終盤にFWとして投入されます。しかし、時間が短かったこともあってあまり有効なプレーはできずに不完全燃焼で試合を終えます。

・ザッペッラ(1999年)

当時の原監督が苦しいときに一度だけ打った手です。しかし、FWとしては決して向いていたとは言い難く、ペトロビッチのFWとともに原監督の采配ミスの一例として覚えています。

・ネネ(2005年)

当時のブッフバルト監督が敗色濃厚の展開で闘莉王をFWにすることはよくありますが、同じ長身DFでありながらネネをFWにしたことは一度しか記憶にありません。当時は当然のように闘莉王がCFに入っていて、前後逆転布陣になっていましたが、効果なく敗れました。

こうして振り返ると、機能した背番号5のFWは堀だけです。サヌもどちらかと言えばスピード型なので、堀を再現する可能性はあります。最初はどういうプレーをするか相手も知らないので、大きな驚きを起こす可能性もあります。
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