旭川で二年ぶりに開かれた、中学校の卒業クラス会に出席してきました。
このクラス会、中学校を卒業してから2年~3年おきにずーっと開催が続き、今回が13回目なのだそうで、実に良く続く不思議な集い。幹事は男女それぞれが毎回交代して真面目に声かけをしてくれるのと、地元でお坊さんをしている永代幹事がいること、そして頻繁に開催するので名簿の修正も簡単で声が掛けやすいというあたりが長続きしているコツなのかもしれません。
今回は卒業時に43人いたクラスメイトのうち、当時の生徒19名に担任の先生を合わせて20名の参加となりました。
当時の担任だったK先生も、お誘いをするといつも出席して頂いています。しかも今回は参加者に孔子の論語から「吾、十有五にして学に志す・・・」という有名な一説を書いたプリントが配られました。
この中には「五十にして天命を知る」と「七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)を超えず」というフレーズもあり、先生ご自身が七十歳になったことと、生徒だった我々が五十歳になったことのお祝いだよ、というご趣旨なのでした。
卒業当時十五歳だった我々を見送ったときの先生は三十五歳だったわけで、今の我々よりもずっと若い先生だったはずなのですが、全くそう言う感じがしないのはなぜでしょう。恩師はいつまでも恩師なのでした。
* * * * *
一言挨拶ではそれぞれの近況が語られましたが、子供のことや仕事のことなどの外に病気や健康のことが増えてきて、「みんな歳食ったんだななあ」という思いもひとしおです。
そんななか、出席者の顔ぶれはおおむね固まってきたような印象で、参加しない人はもう何年も顔を見なくなりました。
もちろん、就職や結婚で旭川を遠く離れて住んでいる人もいますが、返信葉書に一言を添えてくれていれば心は参加と同じ。近くに住んでいても音沙汰のない人は気持ちも離れているようで残念です。
で、結局どういう人が参加してどういう人が来なくなったのか、と思って見渡すと、どうやら中学校の時勉強の成績などではなく、結果として今の毎日を生命力豊かに生きている連中が参加しているという印象が強いのでした。
そうか、クラス会に参加するのも生き生きとした命の証なのか。このクラスなら全員が鬼籍に入って残り一人になるまで開催しそう。それもまたよし、です。
このクラス会、中学校を卒業してから2年~3年おきにずーっと開催が続き、今回が13回目なのだそうで、実に良く続く不思議な集い。幹事は男女それぞれが毎回交代して真面目に声かけをしてくれるのと、地元でお坊さんをしている永代幹事がいること、そして頻繁に開催するので名簿の修正も簡単で声が掛けやすいというあたりが長続きしているコツなのかもしれません。
今回は卒業時に43人いたクラスメイトのうち、当時の生徒19名に担任の先生を合わせて20名の参加となりました。
当時の担任だったK先生も、お誘いをするといつも出席して頂いています。しかも今回は参加者に孔子の論語から「吾、十有五にして学に志す・・・」という有名な一説を書いたプリントが配られました。
この中には「五十にして天命を知る」と「七十にして心の欲する所に従えども矩(のり)を超えず」というフレーズもあり、先生ご自身が七十歳になったことと、生徒だった我々が五十歳になったことのお祝いだよ、というご趣旨なのでした。
卒業当時十五歳だった我々を見送ったときの先生は三十五歳だったわけで、今の我々よりもずっと若い先生だったはずなのですが、全くそう言う感じがしないのはなぜでしょう。恩師はいつまでも恩師なのでした。
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一言挨拶ではそれぞれの近況が語られましたが、子供のことや仕事のことなどの外に病気や健康のことが増えてきて、「みんな歳食ったんだななあ」という思いもひとしおです。
そんななか、出席者の顔ぶれはおおむね固まってきたような印象で、参加しない人はもう何年も顔を見なくなりました。
もちろん、就職や結婚で旭川を遠く離れて住んでいる人もいますが、返信葉書に一言を添えてくれていれば心は参加と同じ。近くに住んでいても音沙汰のない人は気持ちも離れているようで残念です。
で、結局どういう人が参加してどういう人が来なくなったのか、と思って見渡すと、どうやら中学校の時勉強の成績などではなく、結果として今の毎日を生命力豊かに生きている連中が参加しているという印象が強いのでした。
そうか、クラス会に参加するのも生き生きとした命の証なのか。このクラスなら全員が鬼籍に入って残り一人になるまで開催しそう。それもまたよし、です。
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