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『ラーメン屋vs.マクドナルド』(竹中正治著 新潮新書)という本を読みました。
帯には『そうだったのか! 政治、経済、食、文化…俗説を覆す日米比較』とあります。著者の竹中正治さんは1956年生まれで、現職は(財)国際通貨研究所経済調査部長という肩書き。
著者が2000年過ぎから4年暮らしたワシントンでの生活体験を元にして、日米の文化論を語っているもので、柔らかい話から専門の金融分野の硬い話まで6章立てになっています。
著者曰く、この本の狙いは二つあって、ひとつは受け入れやすい通俗的な解釈やその虚構にだまされることなく日本とアメリカの比較を通して、経済、文化、政治、宗教の諸問題を読み解くこと。そして二つ目は、日本とアメリカの経済、文化モデルの比較を通じて、我々日本人の軸足を考えること、なのだそう。
ちょっと切り口が新鮮な日米比較になっていました。
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まずは「マクドナルドモデル」対「ラーメン屋モデル」から。
著者は、2007年の秋にある雑誌で「マンガがアメリカを制覇する。日本のマンガがポップ・カルチャーを変える」と題した特集記事を掲載しているのを見たそうです。その後も全米各地で開催されて大盛況のジャパン・アニメフェスティバルの様子などからそれを「ジャパン・インパクト」と呼びます。
そしてその特徴の一つは、異なる文化的要素をぐちゃぐちゃに取り入れて、そこから突然変異的な新機軸を生み出す文化的ダイナミズムだ、と捕らえます。まさに、私が昨日書いた『魔改造』のような側面です。
そして二つ目の特徴として、それらを創作する環境が小さな資本と職人的価値観に支えられていることを指摘しています。
これに対してアメリカではピクサーがディズニーに買収されたように、アニメ業界も大資本によるビッグビジネス指向になるのだと言います。
「ビッグビジネスは大きな興行収入を目標に掲げなくてはならないので、市場の最大公約数的な需要・好みを対象にして制作される。それを繰り返していれば、必然的にパターンのマンネリ化や標準化に陥る」
つまり筆者は、アメリカのアニメは大資本によって大衆の最大公約数的な好みをビッグビジネスにしようというやり方で、それはまさにビッグマックがアメリカのどこでも同じ味で提供されているという食文化の貧困と表裏一体だ、と言うのです。
これに対して日本のアニメやマンガには、「ラーメン屋的供給構造」が根強く残っていて、最大公約数の好みよりも、制作者が自らのセンスにこだわって多種多様なものを創出し、供給しているのが特徴なのだ、と考えます。
それが面白いという強みは逆に、一種類のラーメン屋が世界を席巻することがないように、日本のアニメもビッグビジネスにはなりづらいという弱さも含んでいます。
マクドナルドに対抗するのが日本のラーメン屋軍団だ、というのが面白い視点でした。
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つぎに面白かったのが、第5章の日米のヒーローに見る「一神教vs.アニミズム」の比較論でした。
こちらはティモシー・ホーニャックさん(以下「ティム」)という科学ジャーナリストによる「なぜ日本人はロボットを愛するのか?」という講演から始まります。ティム氏は日本人のロボット好きは欧米のそれとは異なるという日本人論を展開したのだそう。
ティム氏によると現代日本人にとってのロボットのイメージが「鉄腕アトム」であるのに対して、アメリカのそれは「ターミネーター」なんだそう。日本は可愛い人間のパートナーで、アメリカは恐ろしい殺戮者というこの対比は一体どこから来るのでしょうか。
講演でティム氏は「キリスト教文化のアメリカでは『我々とそれ以外』、『人間と間』、『善と悪』という対立的、二元論的なイメージの影響が強く、『ロボット→間→異質な脅威』という連想が働くのだ」と語ったそう。
では日本人がロボット好きなのはなぜ?
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著者の見解では、アメリカ映画の中の三大ヒーローと言えば、スーパーマン、スパイダーマン、バットマンなのだそう。その特徴は、いずれも人間(型)であることで、その理由はそれらのヒーローが自己の分身だから、つまり自らのヒーロー願望の化身だからだと言い切ります。それは女性でもバイオハザードのアリス(ミラ・ジョヴォビッチ)やエイリアンのリプリー(シガニー・ウィーバー)に端的に見られる特徴。
一方、日本の三大ヒーローと言えば何か?定説はないけれど著者は自分の好みも含めて鉄腕アトム、ウルトラマン、そしてゴジラを挙げます。この三つはロボット、非人間型宇宙人、海獣という取り合わせ。
これらに日本人が重ねている共通概念は何か?著者はそれを「アニミズム神の概念」ではないか、と考えています。ゴジラは「破壊神」、ウルトラマンは「天空神」、アトムは「機械神」なのだ、と。
異質な世界から来てその異能の力で人間に恩恵を与えてくれるものは何でもかんでも神だ、という日本の神観にまさにぴったり、というわけです。
実は同様にポケモンもこれまたアニミズムの八百万の神であり、アニミズム文化の現代版なのだと著者は考えています。ポケモンキャラは「火ポケモン」、「水ポケモン」、「風ポケモン」、「岩ポケモン」などのカテゴリーに分類されていて、それぞれが火、水、風などに関連した技を持っています。著者はそこに火、水、風の精霊の姿を感じ取っているのです。
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どうでしょう、なかなか面白い文化比較論を読みました。
世界中の子どもたちが知らず知らずのうちに、日本的アニミズムの多様性に対する寛容の心をもち、その心地よさを覚えていてくれたら、宗教上の争いもなくなりはしないか…、なんてこれは夢物語でしょうか。
たくさんのアニメヒーローに姿を変えた八百万の神さまたちの力を借りたいものです。
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