北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

「労働力」と呼ぶよりは「担い手」と呼びたい ~ 建設産業従事者の問題

2021-10-13 21:58:40 | Weblog

 

 今日も札幌周辺へあいさつ回りに出かけて、「労働力」について考えさせられました。

 一つ目の話題は、除雪車に乗って操作するオペレーターの話。

 除雪を請け負っているある建設会社の営業部長さん曰く、「昔は、農家さんが夏は農業をやってトラクターにも乗れるような人が、雪が降る農閑期にうちへきて除雪車に乗ってくれたんです。ところが最近は冬でも季節を選ばないハウス農業などをやっていて彼らも忙しいんです。
 それで『いやあ冬も忙しくて行けないわ』ということになる例が増えています。専業農家を育成して、それ一本で食っていける農家を育てるというのは、産業政策としてはありえるのでしょう。しかし、労働力それも大型車に乗れるスキルのようなものは、いろいろな隙間から供給されているものですからねえ」

 
    ◆


 外国人労働者の話題にもなりました。

「コロナ騒ぎで、海外から働いてくれる人が来なくなったのではありませんか?」
「確かにそれはありました。しかしその一方で、その時にいた人たちも帰れなくなって、残って働いてくれる人たちは結構いたんです。ところが…」

「ところが…、ってなんですか?」
「外国人労働者って、やはりお金なんです。日本にいられる間にどれだけ稼げてどれだけ仕送りができるかが一番の関心ごとなんです。そのため、仲間同士でやりとりをして『東京では日給これだけもらえるぞ』という情報が流れると、我々のところを辞めてしまってどんどん東京へ行ってしまうんです。
 例えばベトナムだと、貨幣価値が日本の10倍です。5万円仕送りができると日本だと50万円も送ってきたような感覚です。なので、皆少しでも時給・日給の高いところに集まって、安い北海道は見向きもされなくなりそうです」

「外国人労働者には、"安全への意識"がなかなか植え付けられない」と嘆いている方もいました。

 言葉だけでは通じない、意識もありそうですね。

 人口減少とともに、労働力・担い手の確保は急務です。

コメント
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