蔵くら日記

人生最後の数年を田舎暮らしで。2004年4月、実現のための行動開始!それは思わぬ展開でスタート・・。今では安曇野三昧

路面電車

2008年05月13日 | 駅&鉄道
路面電車(ろめんでんしゃ、Tram、Tramway、Street Car)とは、主に道路上に敷設された軌道(併用軌道)を走行する電車である。
昨今はライトレールと称し軽量軌道交通(Light Rail Transit:略してLRT)と解説されることが多いようだ。
地下鉄や鉄道の車両とバスの間のエコ志向交通機関だろうか?
先日和歌山貴志川線でネコのたま駅長室誕生で話題になったように、最近は見直されている。

所用で東京都新宿区に滞在した折、久しぶりに荒川線早稲田発の路面電車を橋の上から見た。


くもの巣のような地下鉄網と比べてなんと贅沢な交通機関だろう。
地下鉄は、路線図では一見便利そうだが、立体くもの巣ゆえ地下4階くらいの乗り換え駅までの移動が大変だ。
地震発生の暁には大パニック必至!大袈裟かもしれないが、死と隣り合わせの覚悟がいりそうだ。

おまけ1
その昔京都市電の”お別れ乗車”に子どもの手を引いて行ったっけ・・・・
おまけ2
立ち読み参考webサイト路面電車を考える館
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長野へⅡ

2008年04月28日 | 駅&鉄道
善光寺へ出かけた時の駅あれこれを乱雑に並べる

篠ノ井線明科駅

駅の食堂は本格派。6年前まではご多分にもれず立食いそば・うどんだった。
今では数え切れないメニューが並ぶ。朝はお手伝いさん、午後はオーナー、夕方からオーナー夫人と午前9時から午後9時までの3交代営業である。
店内で新聞販売もする(閲覧用とまちがえないよう”売物”)

空いた小腹に餃子を入れる。テレビの旅番組でも紹介されたとか。5個250円、看板通り美味しかったです。

坂北駅
よく手入れされた樹木は、古い民家風とちょうちん風に剪定してある

姨捨駅
スイッチバックと棚田が有名な、3大車窓のひとつ  
美しくないが捨てがたい写真。遠くに山が、下に善光寺平が開ける
桜が終わればまもなく田んぼが水鏡になる。又来たくなる駅だ


長野駅前は25日夜から盛り上がっていたらしい

長野電鉄長野駅 
入り口はJRと連絡していない。早朝6時半、暗く閑散としているのでちょっと怖い。昼前には赤い軍団がなだれ込んできて、怖かったとあとで聞いた。
ホントはいまだ自動改札でないあったかい駅なのだが・・・

善光寺下駅  
湿った感じの地下駅である。


ここから西へ軽い上り坂を8分で、善光寺の大門そばに出る。
左:途中の道端に二宮金次郎。草原で本を読んでるスタイルは珍しい。
右:草履を脱いでいるのかと思ったら、足首で折れていたのだ。
草原の情景も悪くはないね

左:本屋の看板。『あの月を とってくれろと 泣く子かな』一茶
右:マッサージの店  ■『マッサージ 萬年青とは 不老かい?』蔵

この町は青が好きなようだ

26日の帰路、長野駅でふと思いだした。確か湯田中駅にはスイッチバックがあるはず・・・
雨予想だけど。
片道1100円のチケットが、往復+入浴券つきで1500円。お得な「日帰り『かえでの湯』クーポン」である。かえでの湯は駅に隣接のかけ流し天然温泉です。

特急車両は、かつての小田急ロマンスカー、鼻高ハンサムだ。行きは最後尾席。桃の花咲く沿線を眺めながら湯田中駅に到着。帰りはもちろん最前席

残念ながらスイッチバックはもうなかった
  湯田中駅舎

沿線の北斎館にあやかったか?
  天井の幕絵は龍

駅前のタクシー待機所
  
はて? おサルが運転手ではないだろうし、社名でもなかろう
スキーシーズンには4駆のワゴン車が活躍し「外国人によくわかるように」と運転手さんは言うけど、
かえってわかりにくいような気もする

愉快な運転手さんが絵葉書を手渡す
渋温泉で餌付けしている荻原敏夫氏が捉えた1枚
こどもサルが横を向いた姿はなかなかない構図だそうです
「おサルの王国」写真展はキャノン ギャラリーで今後大阪~札幌~福岡と開催されます

お湯は良かったが駅前の町が寂れた感じだった。連休中は賑わうのかな?
いくら賑わっても長野駅前のような騒動は欲しくない

おまけ
25日泊のホテルへ戻る電車から見えた夕焼け
北アルプスのM形鹿島槍と白馬連峰(だと思うのだが)が遠くに見える
  翌日の騒動を知らない夕焼け----- 
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奈良井駅

2008年03月26日 | 駅&鉄道
我が家から車で1時間半くらいに塩尻市の中山道・奈良井宿がある。
安曇野市豊科あたりを流れる川を奈良井川といい、梓川と合流して犀川へ、千曲川から遠く信濃川へと続く。奈良井川は木曽駒ケ岳を源流とすると書いてある。ふむふむ奈良井はわかった。
奈良井が江戸時代から栄えた宿場町で、手作り町並みで最近注目されるようになったことも帰宅後に知った。

奈良井駅から車で40分くらい南の桟温泉に行ったついでに寄った駅なので、立ち寄り駅である
ここ奈良井駅は宿場の北入り口にあたり、駅前の赤い丸ポスト撮影を忘れたのが残念だけど、いい感じの駅だった。駅舎は築100年の年代ものだそうだ
磨きこまれたガラス戸は向かいの石垣を鮮明に映す

  駅舎内にテーブルがあるのは珍しい。
宿場マップを広げていざゆかん!というところか

 15分停車はたぶん「特急しなの」の通過待ちだろう

  かなり年配の委託駅長さん。元国鉄マンかな?
停車中の車両から駅舎外のトイレに出る乗客を迎える姿が美しい

宿場の街道筋を歩き出す


古い水飲場にかけてある柄杓の底に文字が見える

なになに
『奈良井一番のウォーター(水) 君は又 美しく成る』 
老いにも若きにも説得力ある名言! 早速試飲する。新鮮だが特別な味はしなかった

美しい婦人が方言でおしゃべりしている


名前に惹かれて店を覗く「花筏」 オーナーが好きな花だそうな。いつものネット図鑑を借りて調べる
笑顔の素敵な店主でこちらもつられて口元がほころぶ。
「以前お越しになった方ですか?入ってこられた時の笑顔が素敵で・・・・」
まいりました!

漆器だけでなく草木染めの服もバッグも、籠も気に入ったものだけを作家さんに製作してもらっているという。ここまでくるのには長く、苦労したようだ

さぁここらで昼食をとぶらついて、見た目で決めた店はここ。表もすごいけど中はもっと
越後屋

信州人だから蕎麦を遠慮して五平もちにする
すごい店内だ。たたみ座席のすぐそばに刀剣があり、鍵はかかっていない
串刺しの楕円形の五平もちを想像していたが、まん丸。しかもさすが漆器の町、お餅も漬物も盛り皿は漆器だった。厚さ14~15センチのテーブルも、かつては漆塗りの立派なものだったのだろう

薄紙の箸袋の文字は美しかった

またいつか散歩に来るような気がする。その時はとろりとろりと鈍行列車に揺られて・・・
「年とってひとりじゃけん、あれこれいっぺんにできんのじゃ」という駅長のおじいさん、それまで元気でいてね。また話しまひょ。
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救世主

2007年04月16日 | 駅&鉄道
小雨に濡れる山麓線沿いのシダレザクラ(コヒガンザクラは間違い)

久しぶりに聞く言葉は、北海道から発信
愛嬌あるDMV(デュアル・モード・ビークル)  ある時はバスに、ある時は電車として・・・・

鉄道⇒バスへ10秒で変身。スムーズな変身だったと乗客の感想

      バスと鉄道の乗り継ぎロスタイムがなく便利と乗客の弁

              試験的営業走行を終えて無事帰還
  鉄路ではカタンカタンと鉄道の味もあったと乗客の興奮を伝える

世界初のバス&鉄道両用車両は、過疎による鉄道事業の救世主としてJR北海道の快挙だ
開発中だよ~の報道から何年になるだろう。すっかり忘れていたが、テレビのニュースで目覚めた。
試験的営業走行は網釧線「藻琴」⇔「浜小清水」で、オホーツクに面した路線とは心憎い演出です
期間中の予約はほぼ満席。試験的走行から本格営業開始になる日を待とう
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路面電車

2007年03月05日 | 駅&鉄道
午前8時の外気温12℃、寒くはないが風の強い日だ。
午前6時の障子がうっすら赤く燃えている。すわっ朝日だ!カメラ!準備中に赤は消えた

自宅窓からの撮影で、木々の配置や電線に不都合な真実が見えるが、今回はまずまずで嬉しい2枚

しつこいが嬉しさ余って何とやらでご勘弁を・・・




さて本日の表題「路面電車」(写真拝借)
BSテレビのヨーロッパの電車紹介があったフランス・ストラスブール(ドイツに近い街)のトラム



ヨーロッパの人々に愛され続けている路面電車・トラムが、最近復活している。交通の利便性と環境保全やバリアフリーに見直されているという。

長野県では遠い将来でも望めないだろうシステムだけど・・・・
旅の記憶では
インド・カルカッタ(いまでも走ってるかいな?)
サンフランシスコ(身を乗り出して・・・)
オランダ・アムステルダム(航空会社の乗継不良のおまけ滞在)
ミラノ(スイスから鉄道で乗り入れた街)で乗車した。時間帯フリーチケットなんてのもありましたっけ

国内なら
かつて京都市にも大阪守口市にも高知市にも広島にもあったが、今は?
あっ守口市はトロリーバスだったかな? 日本の路面電車
強風で乱れる映像を見ながら、ヨーロッパの電車に乗りに行きたいなぁ~~~

おまけ
JR北海道の救世主となるか?あるときは鉄道に、あるときはバスに・・・・
デュアル・モード・ビークル

路面電車で遊んでいるうちに飴が振ってきた、じゃなくて雨が落ちてきた
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日本最古の電車

2007年02月06日 | 駅&鉄道
以前当ブログでも紹介した、日本最古の電車『ハニフ1号』の続編です。
日時限定で公開中だというので、再び自宅から30分ほどの上高地線・新村駅へ走る
年輪を重ねた雄姿だ。カメラ小僧のように車種や形式にはこだわらないが、こんな姿を見るとウルル・・・・

当日もらった説明文と職員さんの説明から
■日本初の電車運転は1895年の京都市の路面電車であるが、1904年に初の郊外電車を走らせたのが、私鉄甲武鉄道飯田町~八王子間(現在のJR中央線)だ。
その後鉄道国有化となり「ハニフ1号が国鉄電車始祖」とされる
■台車・電気機器はアメリカから輸入(tAKATA商会の銘板)し、あの時代の輸入とは凄い偉業だ。
この四輪単車の車体は木製で日本の大工さんが作った。わが棟梁や大工さんの仕事を見ているから、この電車が一種の芸術品だと納得できる
■現在の大糸線を蒸気機関車に引かれて走った時代もあり、いくつかの変遷後、松本電鉄が保管している。8両製作されたうち現存はこの1両のみで、鉄道博物館での隠居生活はホント良かったと思う。解体処分寸前に命拾いした経緯を見ても新村駅での保存の功績は大きい。
■前後に運転席があり、単体でピストン往復したという
ここらあたりを作文中によくわかるサイトを見つけましたので拝借し後はお任せします


ハは客車、ニは貨物 フは三等を意味すると、熱心な職員さんが説明してくれる
道理で狭いながら、車内は座席椅子と一部が荷物置きスペースになっている
中には入れなかったが、窓と天井は↓こうなっている。
天井すぐ下の窓なんざ、今でいう観光列車や展望車の先駆けじゃん


2007年10月にさいたま市にオープンする鉄道博物館に寄贈されので、3月27日(予定)まで新村駅に公開されている。
日時限定だから要注意 (土)(日)9:40~11:00 または 13:00~14:20 の2回
関連記事が松本電鉄サイトにあります

おまけ
倉庫へまわろうとすると、年季のはいった駅員さんが私の背中に「グッズもあるで、あとで寄ってくれや」と誘う。営業マンでもある。結局携帯ストラップと今では珍しい硬紙の入場券を購入した(右は窓口内の券棚)

そして駅舎屋根の鬼瓦は大正10年建築当時のものだから、とそれも見上げ、おまけに現役のタブレットもカメラに収めては、と準備し勧めてくれる親切さである。筋金いりの鉄道マンだ。現代若者の職員ならどうだろう?

 社章をデザインした鬼瓦(大正ロマン?)

  ガラスに映る人影は撮影者(私)

余談
○昨年お座敷列車「浪漫号」のお別れ走行が大糸線であり、ちょうど沿線にいたので停車中の聖高原駅とその近辺で写真を撮ることができた

お座敷列車なるものに乗ったことはないが、「浪漫号」(拝借サイト)はデザインと色の綺麗な車両だとおもう。どの季節に走っても景色に調和しそう
ネットで見るとお座敷列車なるものは全国に走っており、カラオケやバー、展望車など豪華な装備だ。
乗りたいとは思わないけど・・・・カメラ小僧やおじさんに混じってミーハー気分満喫!

○安曇野・田圃の中のD511
昭和20年当時広島で原爆を経験した機関車は、その後北海道で活躍し、廃車を免れ、昭和52年に安曇野へやってきた。このあたりの開発会社が小説「安曇野」を契機に町おこしの一環に設置したという。それにしてもでっかい!
隣のテニスコートが荒れ放題なので、侘しさはひとしお

○池田町のポッポ
クラフトパークへ上がる道沿いにデ~ン
クラフトshop(奥の建物)オーナーのご主人の鉄道趣味が高じて、払い下げ車両を敷地内に設置したもの。
商品代より運搬費のほうがはるかにかかったそうです。車内にも入れてくれます。
運転席もちゃんと健在、動かないけど・・・


人生色々 趣味も色々。私の趣味はいい香り、その心は種々バラバラ。トホホ奥が浅い
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安曇野の駅シリーズ 信濃松川駅

2007年01月17日 | 駅&鉄道
わが最寄駅「安曇追分駅」から白馬方面へ3つ目に「信濃松川駅」がある。
大正4年に池田松川駅、そして国鉄移管の昭和12年に「信濃松川駅」に改称した。
現在のしなの鉄道には「信濃追分駅」があり、ややこしい。
さらに北へ安曇沓掛→信濃常盤→→信濃大町、なぜ混ぜくちゃなんだ 

標高613メートルの駅は木造で特にこころ引かれる駅舎ではないが、周りは面白い。
ちょっと魅力に欠ける駅舎と隣の立派すぎるトイレ

ここは正調安曇節のふるさとだ
駅前ロータリーの石の腰掛けにげんこつやまのたぬきさん~~。他に2種あり
駅前観光案内所内のそば店。私も一日一食そばを食べれば、コレステロール値が低下するかな?

赤いを実をつける冬枯れの木と、その幹

夜間のイルミネーションに貢献する複雑な電線に絡まれる幹
 冬でも美しいツタも絡まっている。ツタだけで充分な気がする

おまけ1
駅からまっすぐ西に「こめのこ工房」なごみのがある。
お米をもっと美味しくいただくためにあれこれ工夫したパン・ピザ・クッキーなどを扱う店だ

食事はたべてしまった・・・ので、持ち帰り豆パンとりんごジャムパン。モチモチとした触感で、なかなかです

昨年10月開店した若いお母さん達経営のこぶりカフェ。座席数に比してスタッフが多いが、どうも段取りは今ひとつ。よくいえば素人っぽさが初々しいといえば確かに。ガンバレ!
しか~し、パンはおいしいぞ。当日のサンドイッチ(○コッペパンのふたつ折)は豆腐と鯖のすり身のハンバーグだったが、日替わりだそうだ

おまけ2
昨年秋撮影の駅前。高校生たちの仕業に手を焼いていたのか?
松川村は大町警察署長と信濃大町駅長管轄
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駅シリーズ番外編 別所温泉駅

2006年12月03日 | 駅&鉄道
浦里小学校とカップリング旅
別所温泉駅は、JR&しなの鉄道上田駅から上田電鉄別所線終着駅である
ここには珍しい車両が走っていた。そして復活している
ラッキーなことに丸窓つき電車がホームに入ってきた(不定期運行)


ミラーに映る昭和2年から61年まで働いた旧型車両モハ5250 構内に保管展示されている

さて駅の陣容
1921年(大正12年)開業するもいくつかの鉄道会社名の変遷をくぐりながら、今は『信州の鎌倉』と呼ばれる温泉の玄関口である
写真左:正面 ないと嬉しい自動販売機     写真右:坂の上から見るホーム

改札口付近のレトロな看板と、レトロではない女性駅員の制服は袴姿
駅そば道路脇に丸ポスト
余談
徒歩15分くらいに国宝 安楽寺八角三重の塔があります。
姿よし、珍しさは日本で唯一らしい、次の信州旅行には是非加えてください
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駅シリーズ番外編 新島々駅

2006年11月20日 | 駅&鉄道
上高地線新島々駅(しんしましまと読む)
1922年開業の島々駅は1.5キロ上高地に近かったが、台風で損傷し、その後復旧することなく廃止となり新島々駅(旧赤松駅)に拠点が移った。だから「新島々駅」なのだ。納得!

 ここは上高地と結ぶバスターミナル駅
当然ながら前も横もバスだらけ

おっと向こうに珍しい建物が・・・
旧島々駅を再現した波田町観光案内所で、商工会の運営だ
写真上:物産店の役目も  写真下:当時の島々駅  なるほど


 ボンネットバスがレトロですね
当時のバスは保管されていないのかなぁ。広い敷地があるんだから、
ここに1台展示すれば面白いのに・・・・

余談
上高地は松本市内で『松本市は楽都・岳都である』を実感する
新島々のバスターミナルは長野県東筑摩郡波田町。
波田町側から合併を望まれる松本市住民はちょっとつれない対応の印象である
”波田町のすいか”は全国でも有名ブランド。すいかだけでは合併アピールには不足のようだ
以前行ったことのある波田町役場を見たら、私でも合併話はひいてしまう。人口の割に建物が立派すぎるのだ。赤字体質だろうと推測してしまう
ガンバレ!波田町

立派な役場裏の山手を上高地線は走っている
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駅シリーズ番外編 新村駅

2006年11月19日 | 駅&鉄道
呼びにくい”新島々”という駅名に興味があったのが、”さよなら上高地”行きで納得した、が
まずはスタート駅「新村(にいむら)」から
松本電気鉄道の松本駅から7つめ、以前紹介した(2006.5.22)サイクルトレイン車両を持つ鉄道だ


写真左:大正10年開業の筑摩電気鉄道の駅舎  写真右:現在の駅名板の上に燕の巣
風情がありすぎて涙がこぼれそう。ここに丸型ポストがあればそれこそ・・・・

ひさしの下は社紋(当時の筑摩電気鉄道)と稲妻
 おしゃれなデザインだと思う
そばの看板を読むと、明治37年製造の日本で一番古い、国鉄の電車「テ九六八」を倉庫に保管している。この車両は大正4年に民間に払い下げられ、客車として蒸気機関車に連結して安曇野を走っていたという。その後松本電鉄でも活躍し、今は静かに休んでいる。が見学はできない。

写真左:ホームへ向かう横に流し台  写真右:上を見ると屋根は当時のまま
ベンチで聞こえるお年寄りの会話
じいさま「今日は冷えるのう」
ばあさま「おらの親戚の奈川じゃ、1年中暖房しとるど」(奈川は松本市内です
じいさま「ほうけ」  ここで松本行きの電車が来た
じいさま私に顔を向け「心配(しんぺえ)せんでええけ、すうぐこっちも来るで」   来た

ほなさいなら。手には5×3センチくらいの硬紙のチケットがある。懐かしい・・・
新島々駅まで16分
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