ウクライナ問題も思った以上に長くなってしまったので、最後にこれからのゆくえを考えて終わりにしたい。今回はクリミア半島に謎の武装勢力(これはロシア軍以外に考えられない)が出現し、その威圧下で「住民投票」が行われた。だから「外国勢力の武力を背景にした領土の変更は認められない」ということになる。これは国連総会の決議である。ロシアの行為を認めてしまえば、論理のレベルで考えれば、「中国軍が尖閣諸島を制圧してもよい」となる可能性もあるから、日本としては認めがたい。中国でも「アメリカの武力を背景にして、台湾が住民投票で独立を決議してもよい」となるのは絶対に認められないので、やはりロシアを表立って擁護するわけには行かない。
そうであるけれど、ではロシアがいったん矛を収める可能性はない。「と考えられる」などとあいまいに書いておく必要もないぐらい、それははっきりしている。例えば、ロシアがクリミア統合を解消して、国連監視下で住民投票を行うことで合意するといった譲歩はない。仮にそういうことをしても、住民投票の結果は「ロシアへの統合に賛成」が大多数を占めることははっきりしている。クリミアにはロシア系住民が過半数以上いるし、少数民族政策を誤りさえしなければ、ロシアに帰属する方が様々な面で有利なのは事実だろう。ロシアからすれば「もう終わった話」であり、グルジアのアブハジア、南オセチアへの武力展開、事実上のロシア領化に対しても、いつの間にか世界は忘れてるように、「そのうち世界は忘れる」と思っているのだと思う。
ロシアは資源大国で、本格的に経済制裁をすることができない。ウクライナのエネルギーは、ロシアの天然ガスに依存している。ロシアはウクライナに対し、ガスの値上げを通告している。ウクライナ経済は現時点ではロシアと密接に結びついている。EUが全面的にバックアップすることはできないだろう。EU外のウクライナに多額の援助をするぐらいなら、加盟国のギリシャなどは我々こそもっと支援してくれということになる。EU内でもドイツを始め、ロシアの天然ガスへの依存は大きいので、「象徴的な制裁」以上はできないと考えられる。
中国の天安門事件後に、欧米諸国を中心に「制裁」が発動されたが、いつの間にかウヤムヤになって行った。アメリカのイラク戦争の時だって、フランス、ドイツなどはアメリカを痛烈に批判したわけだが、結局米英はイラクに侵攻し、フセイン政権は倒壊した。そうなってしまえば、世界は戦争による「イラク民主化」を前提にして、その先を議論していくことしかできない。ロシアによる今回の行動は、まあ「米中よりはマシ」なので、世界はいつの間にかクリミア併合をウヤムヤのうちに消極的に承認せざるを得ないだろう。
今後重要なのはウクライナの新政権がどう成立するかである。親ロシア政権ができる可能性はないだろうが、新政権の基盤が確立されるかどうか。政権基盤が強ければ、新政権がクリミアに関して、「住民の意思を尊重する」=「ロシア併合を承認する」という理由で妥協して、その代わりに「残りのウクライナ」の領土保障、ガスの提供の保障、EUとの交渉などをロシアが認めるということになるのではないか。
ロシア軍がウクライナに本格的に介入する事態は、常識的には起こらないと考えてよい。それはロシアにとっても、国際的な非難を浴びるという問題を置いておいても、「ウクライナの緩衝国家としての価値」をなくしてしまうことになるので、望ましくない。ウクライナを東西に分割して、東部をロシアに併合したりすれば、西部ウクライナがEUどころかNATO(北大西洋条約機構)に加盟することも止められないだろう。そうすると、ロシアがNATOと国境を接してしまうことになる。それは困るはずである。しかし、逆に考えれば、ロシアはウクライナのEU加盟も認めがたいと考えておいた方がいい。こういう観測を裏切る事態があるとすれば、ウクライナの新政権が混乱して、親西欧派、親ロシア派の間を縫って、極右勢力が政権を握ったりした場合で、その時はロシア軍のウクライナ侵攻が絶対にないとは言えない。
結局、「歴史的に形成されたウクライナの東西対立」がすべてのカギを握っているのである。だから、ちょっと長くなったけどウクライナの歴史を振り返っておいたわけである。ところで、ではクリミア半島の帰属は、そもそもどのように考えればよいのだろうか。前回見たように、クリミア半島は1954年にウクライナに編入されたわけで、歴史的にウクライナに帰属してきた地域だったとは言えない。移管当時はソ連時代だから、どこに帰属していようが関係なかったのである。ソ連海軍の黒海艦隊はクリミアのセバストポリにあったし、ウクライナにもソ連の核兵器が配備されていた。ソ連崩壊、ウクライナ独立のあとで、ソ連はクリミアのロシア復帰を求めたが、ウクライナは拒否し、結局クリミアを自治共和国とし、ロシア艦隊の基地はウクライナが存続を認めることで妥協した。今回クリミア問題が突然起こったのではなく、そういう経緯があったのである。まあロシアからすれば、「仲よく付き合っていた時のプレゼント」であって、「破談になったんだから返して欲しい」と内心ではずっと思っていたんだと思う。
クリミア半島には「クリミア・タタール人」と呼ばれる少数民族がいる。ロシアに征服される以前のクリミア汗国時代のムスリム系の民族である。「クリミア半島は誰のものか」という問いを立てれば、「クリミア・タタール人のもの」という答えが一番正しいのかもしれないが、独ソ戦の時期にドイツ側に付くのではないかと恐れたスターリンにより「全民族の中央アジアへの強制移住」が行われた。これはボルガ川下流域に居住していた「ボルガ・ドイツ人」などにも行われた。20世紀半ばに起こったとはとても考えれない恐るべき事態である。1960年代になって帰還が認められたが、この過酷な体験で人口も減ってしまい、クリミア半島では1割程度の人口しかいない。だから、クリミア・タタールによる自治国にすべきだといった考えは現実性がない。そのクリミア汗国を滅ぼしてロシアに併合したのは18世紀末のことで、以後もウクライナに帰属したことはないし、ウクライナ人はタタール人よりは多いというが、ロシア系住民が過半数であるのは間違いない。
ところで、今回の事態で「G8体制」は完全に崩壊した。というか、もっとはっきり言えば、もともと「そんなものはなかった」のだろう。「先進国首脳会議」は1975年にフランスの呼びかけで始まった。その時は米英独日が招かれたのだが、イタリアが強硬に参加を求め、その後カナダも加えて「G7」として続いて行った。(Gはグループの略。)90年代に入って、冷戦崩壊後にロシアを政治討議に招いて、後に正式メンバーにして「G8」となったが、ロシア経済は「先進国」とは言えないので、「主要国首脳会議」と名乗りを変えたのである。(一方、財務相・中央銀行総裁会議は「G7」で行われている。)当時としては、ロシア以外は「ロシアを入れてあげる」ことで冷戦終結をアピールでき、ロシアの方も「入れてもらう」ことで新体制をアピールできたわけである。でもロシア経済が復活していき、また中国が世界経済に不可欠の重要国になっていくと、ロシアは「G20」や「BRICS」(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の方を大事にするようになった。去年のアメリカでのサミットにプーチンは参加せず、メドヴェージェフ首相を送っている。
昨年来、ロシアはアメリカの個人情報取集を暴露したスノーデンの亡命を認めたり、同性愛者宣伝禁止法制定など、欧米との摩擦を恐れない政策を取ってきた。だから、欧米首脳はソチ五輪開会式にもほとんど参加しなかった。中国や日本、トルコなどは首脳が参加したが、欧米の主要首脳は参加しなかったわけで、そういう「失礼な国」に配慮する必要はもはや感じてないのではないか。「中国が参加しない会議で世界経済を論じても意味があるのか」とそこまであからさまに開き直っているわけではないが、まあそういうことだと思うし、それは僕もその通りではないかと思う。でも、プーチンのやり方は、後々「そこから世界はふたたび実力行使の時代に戻った」と言われかねないのではないか。どうも、プーチンの中に感じられる「冷笑」のようなリーダー性が気になってしまうのである。
そうであるけれど、ではロシアがいったん矛を収める可能性はない。「と考えられる」などとあいまいに書いておく必要もないぐらい、それははっきりしている。例えば、ロシアがクリミア統合を解消して、国連監視下で住民投票を行うことで合意するといった譲歩はない。仮にそういうことをしても、住民投票の結果は「ロシアへの統合に賛成」が大多数を占めることははっきりしている。クリミアにはロシア系住民が過半数以上いるし、少数民族政策を誤りさえしなければ、ロシアに帰属する方が様々な面で有利なのは事実だろう。ロシアからすれば「もう終わった話」であり、グルジアのアブハジア、南オセチアへの武力展開、事実上のロシア領化に対しても、いつの間にか世界は忘れてるように、「そのうち世界は忘れる」と思っているのだと思う。
ロシアは資源大国で、本格的に経済制裁をすることができない。ウクライナのエネルギーは、ロシアの天然ガスに依存している。ロシアはウクライナに対し、ガスの値上げを通告している。ウクライナ経済は現時点ではロシアと密接に結びついている。EUが全面的にバックアップすることはできないだろう。EU外のウクライナに多額の援助をするぐらいなら、加盟国のギリシャなどは我々こそもっと支援してくれということになる。EU内でもドイツを始め、ロシアの天然ガスへの依存は大きいので、「象徴的な制裁」以上はできないと考えられる。
中国の天安門事件後に、欧米諸国を中心に「制裁」が発動されたが、いつの間にかウヤムヤになって行った。アメリカのイラク戦争の時だって、フランス、ドイツなどはアメリカを痛烈に批判したわけだが、結局米英はイラクに侵攻し、フセイン政権は倒壊した。そうなってしまえば、世界は戦争による「イラク民主化」を前提にして、その先を議論していくことしかできない。ロシアによる今回の行動は、まあ「米中よりはマシ」なので、世界はいつの間にかクリミア併合をウヤムヤのうちに消極的に承認せざるを得ないだろう。
今後重要なのはウクライナの新政権がどう成立するかである。親ロシア政権ができる可能性はないだろうが、新政権の基盤が確立されるかどうか。政権基盤が強ければ、新政権がクリミアに関して、「住民の意思を尊重する」=「ロシア併合を承認する」という理由で妥協して、その代わりに「残りのウクライナ」の領土保障、ガスの提供の保障、EUとの交渉などをロシアが認めるということになるのではないか。
ロシア軍がウクライナに本格的に介入する事態は、常識的には起こらないと考えてよい。それはロシアにとっても、国際的な非難を浴びるという問題を置いておいても、「ウクライナの緩衝国家としての価値」をなくしてしまうことになるので、望ましくない。ウクライナを東西に分割して、東部をロシアに併合したりすれば、西部ウクライナがEUどころかNATO(北大西洋条約機構)に加盟することも止められないだろう。そうすると、ロシアがNATOと国境を接してしまうことになる。それは困るはずである。しかし、逆に考えれば、ロシアはウクライナのEU加盟も認めがたいと考えておいた方がいい。こういう観測を裏切る事態があるとすれば、ウクライナの新政権が混乱して、親西欧派、親ロシア派の間を縫って、極右勢力が政権を握ったりした場合で、その時はロシア軍のウクライナ侵攻が絶対にないとは言えない。
結局、「歴史的に形成されたウクライナの東西対立」がすべてのカギを握っているのである。だから、ちょっと長くなったけどウクライナの歴史を振り返っておいたわけである。ところで、ではクリミア半島の帰属は、そもそもどのように考えればよいのだろうか。前回見たように、クリミア半島は1954年にウクライナに編入されたわけで、歴史的にウクライナに帰属してきた地域だったとは言えない。移管当時はソ連時代だから、どこに帰属していようが関係なかったのである。ソ連海軍の黒海艦隊はクリミアのセバストポリにあったし、ウクライナにもソ連の核兵器が配備されていた。ソ連崩壊、ウクライナ独立のあとで、ソ連はクリミアのロシア復帰を求めたが、ウクライナは拒否し、結局クリミアを自治共和国とし、ロシア艦隊の基地はウクライナが存続を認めることで妥協した。今回クリミア問題が突然起こったのではなく、そういう経緯があったのである。まあロシアからすれば、「仲よく付き合っていた時のプレゼント」であって、「破談になったんだから返して欲しい」と内心ではずっと思っていたんだと思う。
クリミア半島には「クリミア・タタール人」と呼ばれる少数民族がいる。ロシアに征服される以前のクリミア汗国時代のムスリム系の民族である。「クリミア半島は誰のものか」という問いを立てれば、「クリミア・タタール人のもの」という答えが一番正しいのかもしれないが、独ソ戦の時期にドイツ側に付くのではないかと恐れたスターリンにより「全民族の中央アジアへの強制移住」が行われた。これはボルガ川下流域に居住していた「ボルガ・ドイツ人」などにも行われた。20世紀半ばに起こったとはとても考えれない恐るべき事態である。1960年代になって帰還が認められたが、この過酷な体験で人口も減ってしまい、クリミア半島では1割程度の人口しかいない。だから、クリミア・タタールによる自治国にすべきだといった考えは現実性がない。そのクリミア汗国を滅ぼしてロシアに併合したのは18世紀末のことで、以後もウクライナに帰属したことはないし、ウクライナ人はタタール人よりは多いというが、ロシア系住民が過半数であるのは間違いない。
ところで、今回の事態で「G8体制」は完全に崩壊した。というか、もっとはっきり言えば、もともと「そんなものはなかった」のだろう。「先進国首脳会議」は1975年にフランスの呼びかけで始まった。その時は米英独日が招かれたのだが、イタリアが強硬に参加を求め、その後カナダも加えて「G7」として続いて行った。(Gはグループの略。)90年代に入って、冷戦崩壊後にロシアを政治討議に招いて、後に正式メンバーにして「G8」となったが、ロシア経済は「先進国」とは言えないので、「主要国首脳会議」と名乗りを変えたのである。(一方、財務相・中央銀行総裁会議は「G7」で行われている。)当時としては、ロシア以外は「ロシアを入れてあげる」ことで冷戦終結をアピールでき、ロシアの方も「入れてもらう」ことで新体制をアピールできたわけである。でもロシア経済が復活していき、また中国が世界経済に不可欠の重要国になっていくと、ロシアは「G20」や「BRICS」(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の方を大事にするようになった。去年のアメリカでのサミットにプーチンは参加せず、メドヴェージェフ首相を送っている。
昨年来、ロシアはアメリカの個人情報取集を暴露したスノーデンの亡命を認めたり、同性愛者宣伝禁止法制定など、欧米との摩擦を恐れない政策を取ってきた。だから、欧米首脳はソチ五輪開会式にもほとんど参加しなかった。中国や日本、トルコなどは首脳が参加したが、欧米の主要首脳は参加しなかったわけで、そういう「失礼な国」に配慮する必要はもはや感じてないのではないか。「中国が参加しない会議で世界経済を論じても意味があるのか」とそこまであからさまに開き直っているわけではないが、まあそういうことだと思うし、それは僕もその通りではないかと思う。でも、プーチンのやり方は、後々「そこから世界はふたたび実力行使の時代に戻った」と言われかねないのではないか。どうも、プーチンの中に感じられる「冷笑」のようなリーダー性が気になってしまうのである。