尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

学校に英語という「教科」はない

2014年04月20日 00時43分18秒 |  〃 (教育問題一般)
 英語教育の話に戻って。英語そのものや、英語教育のスポット的問題(小学校での英語導入や大学入試など)を脇に置いて、学校教育の中で英語がどのような位置を占めてきたかを振り返っておきたい。人は自分の学校時代をもとに「教育論」を展開しがちだけど、実際はずいぶん変わっていくものである。特に高校の新学習指導要領において、英語は一番「科目名」が変わっている。教員でも、英語の先生以外は案外知らないものだ。

 現実問題として英語は重要なわけだけど、どうも英語、英語と言い過ぎではないかと言う気がしてならない。そもそも、中学でも、高校でも、「英語」という「教科」はない。では何という教科なのかというと、「外国語」である。「教科」と「科目」というのは、例えば「理科」が教科であり、「物理」「化学」「生物」「地学」が科目ということになる。(実際は、新指導要領では「物理基礎」と「物理」などと科目が分かれる。旧指導要領では、物理Ⅰ、物理Ⅱなどとなっていた。)つまり、「外国語」という「教科」の中に「英語の各科目」があるわけである。じゃあ、英語以外の外国語でもいいのか。今はそれは(普通は)できない。しかし、昔は高校の「外国語」の中に、「ドイツ語」「フランス語」という科目があった時代もあるのである。

 だから、英語も大事だけど、「これからの生徒にとって、外国語教育はどのようにあるべきか」が本来は一番大事な問いではないだろうか。そうすると、「ハングル基礎」といった科目を作ってみたらどうだろうとか、「中国語基礎」「ロシア語基礎」「スペイン語(ポルトガル語)基礎」なども、これからの高校にはあってもいいのではないかといった意見も出てくるかもしれない。現実に、東京の定時制高校にはタイやフィリピン、ミャンマーなどのアジア各国の生徒がたくさん在籍している。地域的に外国出身生徒が多い地域もあり、そういう地域の高校では「外国語は必ずしも英語でなくてもよい」のではないか。でも実際の外国人生徒(ニューカマー)は、母国語とある程度の日本語しかできない生徒が多いと思う。それらの言語を全部高校で教えるというのも、無理がある。そうすると、「やはり英語」ということになるが、その時には「アジアの諸国民の共通言語としての英語」という観点が浮かび上がってくるだろう。

 さて、ちょっと細かくなるけど、中学と高校での英語の扱いを振り返ってみたい。まず、中学だけど、長いこと「外国語は選択教科」という扱いだった。1962年から実施の学習指導要領で、選択教科という扱いは同じながら、「英語、ドイツ語、フランス語、その他の現代の外国語のうち1カ国語を第1学年から履修することを原則とする」とされたとウィキペディアに出ている。しかし、英語以外を実施した学校はほとんどないだろうから、実質的に英語が中学の必修科目になったのと同じようなものである。それ以来半世紀以上たっているから、もう日本では中学で英語があるのは当然と思い込んでいるわけである。教師も親もそれ以外を知らないわけだから。

 1972年、1981年、1993年から実施の学習指導要領でも、内容は同じだった。つまり、20世紀に中学教育を受けた人は、英語は必ずやっただろうけど、実は学校がドイツ語やフランス語を選択することもできる選択科目の一つという扱いだったのである。通知表(通信簿)を取ってある人がいたら、そこには「選択科目」の「外国語」として英語を学んでいたことが示されているはずである。それが21世紀になって、抜本的に変わった。2002年実施の学習指導要領で、「外国語が必修科目」になったのである。それは2012年から実施の新指導要領でも同じである。しかし、それでも教科名は「外国語」のままなのである。なお、2011年から小学校で実施の指導要領で、小学校5.6年に「外国語活動」が導入されたわけである。(ついでに念のために書くと、学習指導要領が「から実施」と書くのは、その年に入学した中学1年生から変わるという意味で、中学2年生、3年生には旧要領が適用されるわけである。)

 続いて、高校を見てみる。高校でも、長いこと外国語は必修ではなかった。(しかし、外国語という教科はあるので、事実上「学校必履修科目」だったのだろう。要するに、学校に置いてある科目で赤点を取ると、進級、卒業できないという決まりがあっただろうということである。)1956年から実施の学習指導要領では、やっと「外国語」の中に「科目」が設定されるが、それは「第一外国語」「第二外国語」というものだった。1963年から実施の指導要領で、「英語A、英語B、ドイツ語、フランス語」という科目ができ、1科目は必履修と決められたのである。1973年、1982年から実施の指導要領でも基本的には同じだが、英語に関しては、「英語I、英語II、英語IIA、英語IIB、英語IIC」という科目が作られた。英語Ⅰ、英語Ⅱという科目名は、その後2回の改定を生き延び30年ほど実施されたので、多くの人になじみがあるのではないかと思う。

 一方、「英語ⅡA」という科目はオーラル・コミュニケーション、英語IIBはリーディング、英語IICはライティングにあたる内容ということで、1994年から実施の学習指導要領で、OC(オーラル・コミュニケーション)、リーディングライティングと名前が変わった。まだ多くの進学高校では、英語Ⅰ、英語Ⅱと置いていたのではないかと思うが、オーラル・コミュニケーションという科目名に、英会話力重視の動きが始まっていることが判る。なお、この94年から実施の要領まで、ドイツ語、フランス語という科目が明示されている。2003年から実施の指導要領では、ドイツ語、フランス語がなくなったけれど、英語の科目名は基本的には同じである。(オーラル・コミュニケーションAがオーラル・コミュニケーションⅠといった変更はある。)

 ところで、2013年から実施の新指導要領では、英語の科目名が完全に変わっている。高校の教員以外は、ほとんど知らないと思うから、全部示しておくことにする。「コミュニケーション英語基礎、コミュニケーション英語I、コミュニケーション英語II、コミュニケーション英語III、英語表現I、英語表現II、英語会話」というのである。英語Ⅰもオーラル・コミュニケーションもなくなってしまった。学校現場では、大学入試のあり方に大きく規定されるけれど、それでも科目名を読むだけで、英語教育の方向性が見える感じがするだろう。

 また案外知らない人が多いが、英語科の専門教育高校というものが認められている。商業や工業などの専門教育を行う高校があるように、英語科の高校もあるのである。1982年から実施の学習指導要領で、初めて英語科が認められた。現在の新指導要領で認められているのは、「農業、工業、商業、水産、家庭、看護、情報、福祉、理数、体育、音楽、美術、英語」である。その英語科の高校ではどんな科目があるかというと、一般の高校と同じ科目の他に、「総合英語、英語理解、英語表現、異文化理解、時事英語」という科目を置けることになっている。

 ちょっと細かい話になったけれど、とにかく中学でも高校でも、「教科名は外国語」なのである。それなのに、「小学校で、低学年から英語を教科にするべきだ」などと論じる人がいる。日本中の学校で、英語という教科はどこにもないというのに。それは細かすぎる指摘というべきかもしれないが、教育現場ではそういう小さなところから、現場無視の議論だなあと感じていくものなのである。
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