尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「トレイシー」やアーレント-4月の読書日記①

2014年04月10日 21時41分32秒 | 〃 (さまざまな本)
 4月の本の話は書きたいことがたまったので、2回以上に分けて書きたい。それぞれ独立記事にしたい気もあったけど、知識的、エネルギー的にそこまで書けない気がするので、「読書日記」にまとめることにする。

 ミステリーがまだ残っているけど、3月下旬から新書に移り、それは少し先月分に書いた。また「物語 ウクライナの歴史」(中公新書)に関しては、ウクライナ史を書いた時のネタ本で使った。全く知らない人ばかり出てくる本なので、けっこう読むのは大変。
 その後、中田整一「トレイシー 日本兵捕虜秘密尋問所」(講談社文庫)を読んだ。2010年に単行本が刊行され話題になり、2012年7月に文庫化された。講談社ノンフィクション賞受賞作だけど、すぐ読まないでいるうちに時間がたってしまった。内容は副題そのもので、カリフォルニアにあった捕虜の秘密尋問所を発掘したものである。問題は「盗聴」していたことで、ずっと秘密にされてきた。日本兵は「生きて虜囚の辱めを受けず」ということで、「捕虜になる訓練」を受けてなかった。だから、いったん捕虜になれば(爆撃、砲撃で意識不明になっていれば、捕虜にならずに自決するのは不可能である)、かえって尋問に素直に応じるということになりやすい。一番最初に「宮城」(皇居)の地図が載っているけど、これほど詳しく米軍は判っていたのである。硫黄島や日独潜水艦秘話など貴重なエピソードも豊富な書。全体に、大戦中ここまで米軍はやっていたのかという驚きの書で、今もなおアメリカ認識のため、読んでおくべき本だろう。

 3月の中公新書で、矢野久美子「ハンナ・アーレント」が出た。ちょっと驚くことだが(だと思うんだけど)、これが新書で初のアーレントをまとめて紹介した本である。アーレントに関しては、去年マルガレーテ・フォン・トロッタの映画「ハンナ・アーレント」が岩波ホールで公開されて大評判になった。初めて知ったなどという人も多かったようで、なんだか「勇気あるリベラル」のように受け取られている気がして、不思議な気がした。アーレントは短い代表作がなく長大な本ばかりなので、僕も読んだことがない。でも、アーレントは生前は、むしろ保守的な学者だと思われていたので、哲学や政治学専門でなければ、まあいいかという感じだったのではないか。(ちなみに代表作の一つ、「人間の条件」は保守派の志水速雄が訳していた。)アーレントは、ナチスとスターリン体制を二つの代表的「全体主義」として考察したが、そもそもそれが「同じ扱いでいいのか」と思われていた。もちろん当時だってスターリン主義を認めていたわけではないが、「極右のファシズム」と「左の独裁」を同じ分析でいいのか、というわけである。また革命批判やリトルロック事件(白人しか受け入れてなかった高校に、連邦最高裁が黒人生徒を受け入れることを認め、白人生徒の親が抗議運動を繰り広げた事件)を批判したことなども、「保守派」というイメージを作っていた。

 当時はハイデガーとの大量の往復書簡集も公刊されておらず、映画にも出てきたハイデガーとの「運命的」な「愛」(「存在と時間」をまとめつつある35歳の妻子ある哲学教師と、まだ何者でもない18歳のユダヤ人女子学生の「不倫関係」)というドラマもほとんど知られていなかった。アーレントはその後、ハイデルベルグに移ってカール・ヤスパースに師事する。ヤスパースへの敬愛と深い師弟関係は1969年のヤスパースの死まで続いた。ナチス時代の対応で対照的だった、この20世紀の代表的なドイツ人哲学者に、アーレントはともに深くかかわったのである。他にもナチスから逃れフランスで出国を待つ時には、ベンヤミンと行をともにし、ベンヤミンの悲劇的な自殺の時期を知っていたなど、不思議なほど20世紀思想史の重大局面を身を持って生き抜いた人だったのである。そういった全体像がだんだん明らかになり、ソ連も崩壊し、21世紀になって、ようやくアーレントが言っていたことが理解されてきたというべきではないか。アイヒマン論争で、ユダヤ人の友人をほとんど失うが、その強靭な生き方が、これからの日本で、あるいは他のどの国でも必要になるのかもしれない。とりあえず、まずは紹介の意味でこの新書を読むべき。
 ゾルゲ事件に関して書くと長くなるので、いったんここで終わって、次に。今読んでるのは、王丹「中華人民共和国史十五講」(ちくま学芸文庫)で、かの王丹が台湾で学生に講義した人民共和国のすさまじい歴史で、600頁以上あって、2000円もする、とても文庫とは言えない大部の本。それはまた。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする