尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

フィリピン映画「ローサは密告された」

2017年09月04日 22時41分20秒 |  〃  (新作外国映画)
今、世界で最も映画がアツい国はどこか? いろいろあるだろうけど、間違いなくフィリピンはアジアで一番の注目国だ。80年代から、台湾やイランや韓国…とアジアの映画に注目が集まった。東南アジア諸国は出遅れていたけれど、タイやインドネシアには重要な映画作家がいる。フィリピンにもかつてリノ・ブロッカという巨匠がいて、「マニラ 光る爪」などの作品は日本でも見る機会があった。だけど、その後長いことフィリピン映画は(フィリピン経済と同じく)停滞していた。

 フィリピン映画なんか見たことがないと言われてしまうかもしれないけど、実は東京ではこの夏2本のフィリピン映画が公開された。一本はトランスジェンダーをテーマにした「ダイ・ビューティフル」で、2016年の東京国際映画祭で主演男優賞と観客賞を得た。(東京では上映修了。)そしてもう一本がフィリピンを代表する巨匠となったブリランテ・メンドーサ(1960~)の「ローサは密告された」である。カンヌ映画祭で女優賞を得ている。内容、形式ともに圧倒されるような作品である。

 画面はずっと暗い。夜のマニラのスラム街を手持ちカメラで描き続ける。親子がスーパーストアで買い物をしている。ものすごい量のまとめ買い。スーパーのレジでは、お釣りの小銭がなくて、飴玉いくつかで代用にしてくる。それに抗議しているのが、主人公のローサジャクリン・ホセ)である。一緒に来た次男はもういいから出ようという。ちゃんとしたスーパーで、お釣りの代わりに飴をよこすというところで、もう「なんだ、これ?」という映画世界に引き込まれる。

 ローサは「サリサリ・ストア」というコンビニのような雑貨店を経営している。そういう店があるという知識はあったけれど、これで見るとスーパーで買ってきたお菓子や雑貨を小分けして、それを売っている。おいおい、というビジネスだけど、たくさんの量は必要ない貧困層はそれでも買いに来る。そして、そんな「雑貨」の中に、「アイス」(覚醒剤)もある。これも小分けされていて、街の人々が気楽に買いに来ている。ローサの夫、ネストールも隠れてクスリをやっている。

 そんなローサとネストール夫婦が、突然警察に連行される。覚醒剤を売っているんだから、当然と言えば当然かと思うと、警察の要求は「金を払わないと釈放しない」ということだった。要求額は20万。カネがないと言うと、では売人を密告しろと言う。売人を何とかだまして呼び出すと、警察は売人の持ってたカネと麻薬を取り上げて皆で山分けする。売人がひそかに上級警部にメールすると、殺しかねないようなリンチを加える。売人の妻が呼ばれ、10万払えと言われるが、5万しかないという。

 警察は明らかに腐敗した暴力集団で、何をしでかすか判らない。警察で恐ろしい目に合うローサの表情が凍り付く。結局、売人を売っただけでは20万に達しなかったので、警察はローサ夫婦が残りの5万を払わないと釈放しないと言われてしまう。もうムチャクチャとしか言えないんだけど、それを断ることができない。そこにローサ夫婦の子どもが3人親を探しにやってくる。(もう一人小さな子がいるが、警察に来る年齢ではない。)そして、子どもたちが金策に走り回ることになるのだ。

 長男、次男、長女は街を走り回る。(長女役は実際にジャクリン・ホセの子ども。)その中で、ローサの店が密告された事情も判る。仲が悪い親戚、同性愛の相手などマニラの様々な姿を見せながら、何とか金をかき集めるが…。それは5万になったのか。そして、どうなる? それはここで書かないことにするが、「マニラ地獄めぐり」のような子どもたちの奔走を見ると、家族で団結して生き抜いていく強さを感じる。頼りない夫を抱えて、ローサは子どもたちを育て上げてきたのだろう。

 ブリランテ・メンドーサは、2009年の「キナタイ―マニラ・アンダーグラウンド―」でカンヌ映画祭監督賞を取っている。この映画は映画祭受賞作品を集めた特集上映で短期間上映されたときに見ているが、やはり警察の腐敗を扱っている。全編が暗い画面であることも同様だけど、僕はのその作り方がよく判らなかった。今回見て、街のノイズをそのまま取り込み、カメラが一緒に動き回るようなドキュメント的な作りは同じ。そのあり方を石坂健治氏がパンフで「中平卓馬や森山大道らが主導した『アレ・ブレ・ボケ』写真の感触」と評している。なるほどと納得した次第。

 それにしても、この映画の成功はジャクリン・ホセの存在感につきる。80年代からリノ・ブロッカ作品などに参加、その後テレビで人気女優となったという。日本でもそこらへんにいるおばさんみたいなんだけど、ずっと見ているうちにするめのように味がじわっと効いてくる。とにかく確かにそこにいる、という感じを全身で発信している。カンヌ映画祭で女優賞を得たアジア人俳優は、マギー・チャン(「クリーン」)、チョン・ドヨン「シークレット・サンシャイン」に次いで3人目。日本人はまだない。

 この夏は家族の事情であまり新作映画を見られず、7月29日に公開された「ローサは密告された」も9月9日からは夜21時から一回上映となる。(渋谷のシアター・イメージフォーラム。)東京以外での上映は今後始まるところが多い。フィリピン映画では、この後「怪物作家」と言われるラヴ・ディアス監督の「立ち去った女」が公開される。4時間を超える映画だから一般向けとは言えないが、昨年のヴェネツィア映画祭金獅子賞受賞作品である。(フィリピン映画で、麻薬問題や警察の腐敗を描くというと、現在のドゥテルテ大統領の政策への批判を読む向きもあると思う。しかし、この映画はそれ以前から企画されていて、またいわゆる「社会派」的な告発を目的としていないので、ここでは強調しない。)
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