尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

陣内秀信「水都 東京」を読む

2021年01月03日 22時40分27秒 | 〃 (さまざまな本)
 年頭所感のようなことを書いた年もあったけれど、毎年毎年「一年」が単なる時間の連なりにしか思えなくなった。もともと「初詣」なんかしないので、今年も例年と同じ日々である。まあ多少はいつもよりノンビリ寝正月になってしまった。ちょっと具合が悪いかなあと思ったが、寝ていて治ったようだった。例年インフルエンザが大流行してる年でも、インフルエンザになるより「ちょっと風邪気味」の人の方が多いだろう。今年だって、具合が悪くても、「新型コロナ」じゃなくて「ちょっと風邪気味」の方が圧倒的に多いに違いない。

 読んだ本も出来るだけ記録しておきたいと思う。陣内秀信氏の「水都 東京」(ちくま新書)は2020年10月に出た本で,陣内氏の東京研究の集大成のような本だった。読んだのは「小説 琉球処分」どころか、「アジア太平洋戦争」(「戦争と文学」)よりも前で、12月半ばのことだった。すぐ書く必要もないと思ってたら、年を越してしまった。ちょっと「業績報告」みたいな本だし,東京の人しか関心が無いような本かなとも思った。スルーする気だったが,やっぱり書いておくことにする。

 陣内秀信氏(1947~)は建築史都市論の研究者で、長く法政大学教授を務めた。(現在は名誉教授。)1985年に出た「東京の空間人類学」やヴェネツィアを初めとするイタリア都市論で知られている。今回の本は副題が「地形と歴史で読みとく下町・山の手・郊外」と題されている。「水の下町」「坂の山の手」とよく言われる二項対立的な安易な通説ではなく、郊外、山の手、下町を通じる「江戸の水構造」を極めている。
(陣内秀信氏)
 東京論の本だけど、水の循環構造水をめぐる歴史水辺景観の復元など全国どこでも役立つ論点が詰まっている。その意味では「原理論」として東京以外にも応用できるんじゃないかと思う。東京では、都庁移転(現在は西新宿、元は有楽町の東京国際フォーラムの場所にあった)や、盛り場の移動(浅草、上野から銀座、新宿を経て、渋谷、六本木などへ)を見ても、「東から西へ」「下町から山の手へ」「川の町から坂の町へ」へと移り変わってきた。

 それを象徴するのは「坂道シリーズ」と呼ばれるアイドルグループの命名法だろう。2020年の紅白歌合戦では「AKB48」が落選して、アイドルグループでは「乃木坂46」「日向坂46」「櫻坂46」の3組が出演した。「乃木坂」は乃木将軍の家が残る実在の地名だが、厳密に言えば「日向坂」(ひなた坂)「櫻坂」は実在しない。(「日向坂(ひゅうが坂)」「さくら坂」はあるらしい。旧名の「欅(けやき)坂」は存在する。)テレビ局やコンサートホールなどが渋谷区、港区周辺に多いのは事実だから、イメージとして「坂道」が命名されるのも理解は出来る。

 しかし本書を読むと、「川系」とか「橋系」のグループもやがて出てきて欲しいなと思った。今は「小名木川46」とか「清洲橋46」なんて言われても、オシャレなイメージを喚起しないかもしれないが、ホントはもっと美しいイメージで語られるべきなのだ。この本では隅田川も出てくるが、次に日本橋川を取り上げているのが貴重。日本橋の下に流れるのが日本橋川だが、僕もどういう流れになっているのか、すぐには判っていなかった。神田川から分かれて隅田川に注ぐ短い川だが、流域には貴重なモダン建築群がまだあるらしい。
(日本橋川)
 また「外濠」の重要性も大切な指摘だ。「内濠」は江戸城(皇居)の周りにあってランニングの名所になっているから,今もよく判る。でも「外濠」は東京でも道路の名前としてしかイメージできない人が多いだろう。埋め立てられたところも多くて、全部は残っていないからだ。法政大学は外濠に近いので,著者を中心に理科大など近隣の大学にも声をかけて学際的研究が行われてきた。玉川上水から続いて、内濠とも関連する水循環があった。僕も知らなかったけれど、東京都の事業としても外濠復活に向けた取り組みが入ったという。
(外濠の「カナル・カフェ」=飯田橋) 
 さらに山の手の地形を読み解き、著者の「原風景」にあたる杉並区の成宗(なりむね)をモデルに分析している。それってどこという感じだが,地名変更によって今はない地名で「成田東」になった。そして武蔵野から井の頭池神田川玉川上水を取り上げる。最後に多磨地区から、日野を「水の郷」として分析し、また国分寺崖線と湧水を扱っている。
(井の頭池源泉)
 自分は長く東京の東部に住んできたから、どこかへ行くときに川を渡るのが当たり前になっている。逆に坂道を歩くことは日常にはなくて、東京が平地のように思ってきた。昔から「都市空間論」として東京の歴史を考えてきた。改めて東京の地理的、歴史的な文脈から現代文化を考える大切さを思った。今もどちらかと言えば、家から近い浅草や上野に親近感がある。東京東部の再発見のためにも役立つ本だ。まあ、ちょっと業績羅列的なところが多かったけれど。
コメント
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