尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大沢在昌「新宿鮫 暗約領域」を読む

2021年01月22日 22時45分46秒 | 〃 (ミステリー)
 政治関係が続いていたが、この間の読書はミステリー。いつも正月にミステリーを読むけど、今年は馳星周の犬小説を読んでいた。その後に大沢在昌(おおさわ・ありまさ)の新宿鮫シリーズの最新作「暗約領域」(光文社)を読んだが、700頁もあって重たい。2019年11月に出た時はスルーしたけど、「このミステリーがすごい!」に入選したので読みたくなってしまった。

 「新宿鮫」シリーズは1990年に出た「新宿鮫」に始まり、「暗約領域」が11作目。10作目の「絆回廊」が2011年刊行なので、ずいぶん時間が空いた。内容的には前作直後から続く物語となっている。知らない人のために簡単に書いておくと、このシリーズは新宿署の生活安全課に属する「ワケあり」の鮫島警部の活躍を描いてきた。鮫島は本来はキャリア官僚として警察庁に入庁したが、公安部内の暗闘に巻き込まれ「ある秘密」を握ることになった。そのため辞めさせることも出来ず、現場の生活安全課に定年まで留め置かれるだろうという境遇にある。

 しかし、それは本人にとってそれほど不満のあるものではない。誰とも組むことなく一人で捜査せざるを得ないが、「遊軍」で独自の捜査を続けているうちに重大な事案にぶつかることが多い。暴力団と群れることが嫌いだが、その孤高の姿勢が裏社会でも評価され「新宿鮫」と呼ばれて恐れられている。原則として一人だけの捜査は許されないはずだが、そんな鮫島の捜査能力と独自性を評価する桃井課長が何かにつけバックアップしてくれていた。しかし、前作で桃井が捜査中に死亡し、鮫島はその過去を背負っている。またロックグループ「フーズハニー」のヴォーカル「」(しょう)と同棲していたが、その関係も破綻してしまった。

 全部読んできたが、8作目の「灰夜」(はいや)が出張先の鹿児島を舞台にしている他は、すべて新宿が舞台になっている。鮫島が新宿署にいるんだから当然だが、新宿の裏社会を定点観測する一大ノワールシリーズになっている。「暴対法」が出来るなど、裏社会の様相も最初の頃から比べてずいぶん変わってきた。当初から外国人マフィアが登場しているが、国籍もずいぶん変わっている。薬物や売春などの裏情報もたっぷりで、「情報小説」にもなっている。大沢在昌の小説はいつも情報解説が多すぎるが、だからこそ読みやすくて判りやすい。
(大沢在昌)
 今回は覚醒剤密売に関するタレコミを受けて、ある場所を張り込むことになる。もともと商店だった場所がいつの間にか「ヤミ民宿」になっているらしい。そこがコロナ以前の東京を表している。新宿署で唯一鮫島と交友がある鑑識のに頼んで、真ん前の部屋にカメラを設置したが、そこには誰も張り込んでいなかった時間に謎の銃撃音が記録されていた。こうして単なる覚醒剤案件が殺人事件になってしまうが、その後に突然公安部が出張ってきて事件を取り上げてしまう。裏を探っていくと国家的機密に触れることになってしまったのである。

 その間に冒頭では鮫島が「課長代理」になって会議に出たりしている。新宿署ではもう鮫島が課長でいいというが、本庁は認めず後任に女性を送り込んでくる。新課長は例外的捜査を認めず、鮫島に新人として赴任した矢崎を付けることにする。鮫島は自分と組むと後輩が将来不利になると言うが、課長は例外を認めない。そんな事情も抱えつつ、鮫島はヤミ民宿の事情を探りながら真相に迫っていく。そしてある人物が行方不明になっていることが判る。途中から「犯人側」の様子も出てきて交互に描かれるが、両者がどのように絡んでいくのか、最後まで予断を許さない。

 この小説は面白いには面白いが、今までの最高傑作ということもないだろう。今まで読んでない人が初めて読んでもあまり面白くないと思う。謎やアクションもあるが、それ以上に人間関係のもつれた糸の絡まり具合が面白いからだ。ミステリーの約束として、ここで真相を書くことは出来ないが、ここで提出されている「陰謀」がいかにもありそうで、それを読む意味があると思う。「北朝鮮」や「中国」が中心的テーマとして出て来るが、その描き方は情報小説として特に珍しくはないが驚くような内容には違いない。疑問や反発を感じる人もいるかと思うが、エンタメ小説としてのフィクションとはいえ、大きな意味では僕はありそうな話だと感じた。

 その後に読んだスウェーデンのヘニング・マンケルクルト・ヴァランダー警部シリーズは、ここでは書かないことにする。発表から10年以上翻訳が遅れている間に作者が亡くなってしまった。ヴァランダー最後の「苦悩する男」は上下2巻の大作で、内容も読み応えがある。このシリーズで記事を書いたものもあるが、今回は「冷戦」時代のスウェーデンが背景になった作品で日本人には遠いテーマか。でも翻訳が素晴らしく読みやすい。ミステリーは筋を書けないので、今回は何を書いているのか伝わらないと思うけど、世界の秘密に触れることで「耐性」を付けておくことも「陰謀論」に欺されないために必要だと思う。
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