読みたい本がいつも積まれているが、年末になってミステリ-ベストテンの季節になると、ついついミステリーを読みふけることになる。ブログが更新されない日は、体調不良や多忙じゃなくて要するにミステリーが佳境に入っているんだと思って貰った方がいい。各種ベストテン上位の大著に挑む前に、これまたついついマイクル・コナリーの新作「警告」(講談社文庫)を読んでしまった。これはミステリーとしての興趣はイマイチだったけれど、中で取り上げられた問題が重大だから簡単に紹介しておきたい。

「警告」(Fair Warning)はマイクル・コナリー34冊目の作品である。原著は2020年に刊行されている。コナリーの翻訳は今年2作目だが、ようやくタイムラグが1年になってきた。しかし、何しろ多作の人なので、すでに未訳の新作が2冊もある。こんなに多作だと、どうしても中身が薄くなるのは避けられず、近年ではミステリーベストテンなどでは入賞しなくなっている。でも、サクサクッと軽く読み進めるのが良いのである。ミステリーは「驚くべき真相」に向かって二転三転する叙述テクニックを楽しむ小説だが、あまりにも鮮やかなドンデン返しがお約束になっているジェフリー・ディーヴァーなんかだと疲れてしまう。それに比べてマイクル・コナリーの軽さが程良いときがある。
マイクル・コナリー最大のシリーズはハリー・ボッシュもので、20冊以上にもなっている。続いて「リンカーン弁護士」で登場したミッキー・ハラーのシリーズがあり、この二人は驚くべき因縁があって、最近は「共闘」することも多い。しかし、他にも独立したシリーズがあって、「ザ・ポエット」「スケアクロウ」の新聞記者ジャック・マカヴォイが登場するシリーズも面白い。今回の「警告」は久しぶりのマカヴォイものである。前の2作は謎の連続犯罪者を追う展開がスリリングだった。
デンヴァーの地方紙にいたマカヴォイは「ザ・ポエット」の調査報道で有名になり(本も書いて今でも僅かずつ印税が入ってくる)、ロサンゼルス・タイムズに移籍した。しかし、アメリカの新聞業界は厳しい状況にあって、今では「フェアウォーニング」という消費者問題を扱うネットニュースで記者をしている。最後にある著者但し書きによると、このサイトは実在し、編集者のマイロン・レヴィン(小説に登場する)が実際に創設したものだと出ている。それどころか、著者本人がこのニュース会社の取締役だという。そういう背景を知ると、この小説がミステリー風味よりも、社会に警鐘を鳴らす調査報道っぽい理由が納得できる。

ある日、刑事二人組がマカヴォイを訪ねてくる。殺された女性クリスティナ・ポルトレロという女性を知っているかと聞かれる。ティナとは1年前にバーで会って、一度だけ関係を持ったことがあった。しかし、この段階ではマカヴォイも容疑者であり、DNA検査に応じることになる。マカヴォイは詳しい事情を知りたくなり、独自に調査に乗り出すが、警察は捜査妨害とみなす。その間に独自の殺害方法に着目して、同様の事件がないか調査を始めると、似た事件が数件あることを知る。ティナのFacebookを見てみると、最近今まで知らなかった姉を見つけたと出ていた。遺伝子調査会社に依頼して、調べたらしかった。
その殺害方法というのは、「環椎(かんつい)後頭関節脱臼」というもので、絞殺や首つり自殺などでは見られない特異な症状だという。そんなことを言われても全然判らなかったが、「環椎」で検索すると詳細を知ることが出来る。頭蓋骨と脊椎(せきつい)をつなぐ骨の一番頭側である。その骨は前後にしか動かないが、この骨が外れて「断頭」されているのである。作中では映画「エクソシスト」で少女の頭がグルッと回る、あんな感じのことをされたと言われている。それには異常な力が必要なはずで、そんな力持ちは普通に首を絞めたり頭を殴れば殺せるわけだから、わざわざそんな変な殺し方をする殺人犯はいない。
(モズと早贄)
後に判るが犯人は自らを「百舌」(モズ)と称していた。鳥である。今じゃ東京では知らない人が多いらしい。僕は長らく東京23区の一角に暮らしているが、そこは昔(僕の小学生時代)には単なる稲作地帯だった。米所の新潟出身の妻だが実は新潟中心部で育っていて、僕の方が田んぼを知っているのである。自宅で飼っていた鶏がイタチに襲われて全滅したぐらいである。だから周りにはモズもいっぱいいた。モズは秋になると、冬に向けて餌となる昆虫などを木に串刺しのようにして残す。これを「モズの早贄(はやにえ)」と呼ぶ。家の周囲にはいっぱい早贄が残されていた。このモズが餌とする虫を捕るときに、「断頭」のようにするのだという。それが犯人の自称の由来だった。
さて、では犯人はどのようにして被害女性を見つけていたのか。マカヴォイが調べていくと、被害者は同じ遺伝子情報会社にDNA検査を依頼していた。格安で応じる会社があったのである。無論会社側は個人情報の保護をうたっているが、連邦の規制は事実上ない状態だという。そこがこの小説の一番重大な指摘で、そのため遺伝子情報を提供者に無断で売り渡しているのではないか。そういう疑惑が持ち上がり、同僚のエミリー・アトウォーターや昔からの因縁のある元FBI捜査官レイチェル・ウォリングとともに調査を進めていくと…。そこら辺からはミステリ-だから書かないけれど、まあそういう遺伝子情報の取り扱いに警鐘を鳴らしている。
その指摘も重大ななのだが、僕が思ったのはアメリカ社会の「DNA幻想」の強さである。移民国家であるアメリカでは、自分のアイデンティティを探し求める動機が他国より強いんだと思う。いわゆる「白人」であっても、自分の祖先の故郷は具体的にはどこの村で、同じ祖先の子孫が今も生きているのかどうか。「黒人」の場合も同様で、アフリカのどこの出身なのか。実際に自分の過去の出自が判ったという話もよく聞く。一方、この小説では、知られたくない個人情報から家庭が崩壊したりする場合も出ている。
検索すれば、日本でもDNA鑑定を手掛ける会社はいくつもある。ただし、どうしても親子関係を確認したいという場合などが多いと思う。10万円以上はするようだから、そうそう誰もが利用するものではない。小説ではそれが23ドルで請け負うという設定である。これは確かに破格に安いだろう。それで集めた情報を売る悪漢が会社に潜んでいたらどうなるか。今までの経験では、どんな業績のよい会社でも、不正や横領など何か事件が起こりうる感じである。
「警告」では「性的に開かれた」、つまりニンフォマニア(色情狂)的な因子がDNAで確認出来るという設定になっている。そこまで行くと「DNA決定論」みたいで疑問が大きい。性的生活などは経済、文化などの影響の方が大きいような気がするが。そんなところもアメリカ的である。それはともかく、アメリカではここまで「遺伝子産業」が盛んなのかと思わせられた。まあ小説的誇張もあるかと思うが、日本でも考えて置くべき問題を「警告」しているなあと思った次第。

「警告」(Fair Warning)はマイクル・コナリー34冊目の作品である。原著は2020年に刊行されている。コナリーの翻訳は今年2作目だが、ようやくタイムラグが1年になってきた。しかし、何しろ多作の人なので、すでに未訳の新作が2冊もある。こんなに多作だと、どうしても中身が薄くなるのは避けられず、近年ではミステリーベストテンなどでは入賞しなくなっている。でも、サクサクッと軽く読み進めるのが良いのである。ミステリーは「驚くべき真相」に向かって二転三転する叙述テクニックを楽しむ小説だが、あまりにも鮮やかなドンデン返しがお約束になっているジェフリー・ディーヴァーなんかだと疲れてしまう。それに比べてマイクル・コナリーの軽さが程良いときがある。
マイクル・コナリー最大のシリーズはハリー・ボッシュもので、20冊以上にもなっている。続いて「リンカーン弁護士」で登場したミッキー・ハラーのシリーズがあり、この二人は驚くべき因縁があって、最近は「共闘」することも多い。しかし、他にも独立したシリーズがあって、「ザ・ポエット」「スケアクロウ」の新聞記者ジャック・マカヴォイが登場するシリーズも面白い。今回の「警告」は久しぶりのマカヴォイものである。前の2作は謎の連続犯罪者を追う展開がスリリングだった。
デンヴァーの地方紙にいたマカヴォイは「ザ・ポエット」の調査報道で有名になり(本も書いて今でも僅かずつ印税が入ってくる)、ロサンゼルス・タイムズに移籍した。しかし、アメリカの新聞業界は厳しい状況にあって、今では「フェアウォーニング」という消費者問題を扱うネットニュースで記者をしている。最後にある著者但し書きによると、このサイトは実在し、編集者のマイロン・レヴィン(小説に登場する)が実際に創設したものだと出ている。それどころか、著者本人がこのニュース会社の取締役だという。そういう背景を知ると、この小説がミステリー風味よりも、社会に警鐘を鳴らす調査報道っぽい理由が納得できる。

ある日、刑事二人組がマカヴォイを訪ねてくる。殺された女性クリスティナ・ポルトレロという女性を知っているかと聞かれる。ティナとは1年前にバーで会って、一度だけ関係を持ったことがあった。しかし、この段階ではマカヴォイも容疑者であり、DNA検査に応じることになる。マカヴォイは詳しい事情を知りたくなり、独自に調査に乗り出すが、警察は捜査妨害とみなす。その間に独自の殺害方法に着目して、同様の事件がないか調査を始めると、似た事件が数件あることを知る。ティナのFacebookを見てみると、最近今まで知らなかった姉を見つけたと出ていた。遺伝子調査会社に依頼して、調べたらしかった。
その殺害方法というのは、「環椎(かんつい)後頭関節脱臼」というもので、絞殺や首つり自殺などでは見られない特異な症状だという。そんなことを言われても全然判らなかったが、「環椎」で検索すると詳細を知ることが出来る。頭蓋骨と脊椎(せきつい)をつなぐ骨の一番頭側である。その骨は前後にしか動かないが、この骨が外れて「断頭」されているのである。作中では映画「エクソシスト」で少女の頭がグルッと回る、あんな感じのことをされたと言われている。それには異常な力が必要なはずで、そんな力持ちは普通に首を絞めたり頭を殴れば殺せるわけだから、わざわざそんな変な殺し方をする殺人犯はいない。

後に判るが犯人は自らを「百舌」(モズ)と称していた。鳥である。今じゃ東京では知らない人が多いらしい。僕は長らく東京23区の一角に暮らしているが、そこは昔(僕の小学生時代)には単なる稲作地帯だった。米所の新潟出身の妻だが実は新潟中心部で育っていて、僕の方が田んぼを知っているのである。自宅で飼っていた鶏がイタチに襲われて全滅したぐらいである。だから周りにはモズもいっぱいいた。モズは秋になると、冬に向けて餌となる昆虫などを木に串刺しのようにして残す。これを「モズの早贄(はやにえ)」と呼ぶ。家の周囲にはいっぱい早贄が残されていた。このモズが餌とする虫を捕るときに、「断頭」のようにするのだという。それが犯人の自称の由来だった。
さて、では犯人はどのようにして被害女性を見つけていたのか。マカヴォイが調べていくと、被害者は同じ遺伝子情報会社にDNA検査を依頼していた。格安で応じる会社があったのである。無論会社側は個人情報の保護をうたっているが、連邦の規制は事実上ない状態だという。そこがこの小説の一番重大な指摘で、そのため遺伝子情報を提供者に無断で売り渡しているのではないか。そういう疑惑が持ち上がり、同僚のエミリー・アトウォーターや昔からの因縁のある元FBI捜査官レイチェル・ウォリングとともに調査を進めていくと…。そこら辺からはミステリ-だから書かないけれど、まあそういう遺伝子情報の取り扱いに警鐘を鳴らしている。
その指摘も重大ななのだが、僕が思ったのはアメリカ社会の「DNA幻想」の強さである。移民国家であるアメリカでは、自分のアイデンティティを探し求める動機が他国より強いんだと思う。いわゆる「白人」であっても、自分の祖先の故郷は具体的にはどこの村で、同じ祖先の子孫が今も生きているのかどうか。「黒人」の場合も同様で、アフリカのどこの出身なのか。実際に自分の過去の出自が判ったという話もよく聞く。一方、この小説では、知られたくない個人情報から家庭が崩壊したりする場合も出ている。
検索すれば、日本でもDNA鑑定を手掛ける会社はいくつもある。ただし、どうしても親子関係を確認したいという場合などが多いと思う。10万円以上はするようだから、そうそう誰もが利用するものではない。小説ではそれが23ドルで請け負うという設定である。これは確かに破格に安いだろう。それで集めた情報を売る悪漢が会社に潜んでいたらどうなるか。今までの経験では、どんな業績のよい会社でも、不正や横領など何か事件が起こりうる感じである。
「警告」では「性的に開かれた」、つまりニンフォマニア(色情狂)的な因子がDNAで確認出来るという設定になっている。そこまで行くと「DNA決定論」みたいで疑問が大きい。性的生活などは経済、文化などの影響の方が大きいような気がするが。そんなところもアメリカ的である。それはともかく、アメリカではここまで「遺伝子産業」が盛んなのかと思わせられた。まあ小説的誇張もあるかと思うが、日本でも考えて置くべき問題を「警告」しているなあと思った次第。