尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

濱口竜介監督「偶然と想像」、オムニバス映画は成功したか

2021年12月28日 22時25分31秒 | 映画 (新作日本映画)
 2021年のベルリン映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)を獲得した濱口竜介監督の「偶然と想像」がようやく公開された。濱口監督は次作「ドライブ・マイ・カー」が先に8月末に公開され、小さな映画館に移りながら今もロングラン上映されている。諸外国での評価が非常に高く、ニューヨーク映画批評家協会賞では何と作品賞(外国語映画賞ではなく)を受賞している。3時間もあるアート作品だが、まだ見てない人は年末にチャレンジを。村上春樹もチェーホフも縁遠いという人にこそ是非見て欲しい映画。

 「偶然と想像」は121分の映画だが、ほぼ40分ずつの短編3作が集まった、いわゆる「オムニバス映画」である。オムニバス映画は異なった監督が担当した作品を集めていることが多い。昔のイタリア映画には「世にも怪奇な物語」「ボッカチオ'70」などデ・シーカやフェリーニなどが担当したオムニバス映画がいっぱいあった。日本では今井正監督が樋口一葉を映画化した「にごりえ」、和田誠監督「怖がる人々」など一人で全部作ったオムニバス映画が思い浮かぶ。今回の濱口監督も一人で全部作ったわけだが、エリック・ロメールの作品、特に「パリのランデブー」に触発されて作ったということだ。

 僕はこの映画は、人生の「偶然」を洒脱に描いた面白い映画ではあるものの、あまり好きな映画じゃないなと感じた。そういう映画はいつもは触れないことにしているが、今回は重要な映画だから感想を書いておきたい。まず第1話 『魔法(よりもっと不確か)』は「撮影帰りのタクシーの中、モデルの芽⾐⼦(古川琴⾳)は、仲の良いヘアメイクのつぐみ(⽞理)から、彼⼥が最近会った気になる男性(中島歩)との惚気話を聞かされる。つぐみが先に下⾞したあと、ひとり⾞内に残った芽⾐⼦が運転⼿に告げた⾏き先は──。」はっきり言って、僕はこの芽衣子という主人公が全く判らなかった。ここまで判らないと魅力を感じようがない。人間は「未練」や「心残り」を抱えて生きているのもだが、心を「支配」されるのは嫌だなと思ってしまった。
(古川琴音と中島歩)
 第2話 『扉は開けたままで』は「作家で⼤学教授の瀬川(渋川清彦)は、出席⽇数の⾜りないゼミ⽣・佐々⽊(甲斐翔真)の単位取得を認めず、佐々⽊の就職内定は取り消しに。逆恨みをした彼は、同級⽣の奈緒(森郁⽉)に⾊仕掛けの共謀をもちかけ、瀬川にスキャンダルを起こさせようとする。」大体、渋川清彦がフランス語の教授で、かつ小説を書いていて芥川賞を受賞したという設定が不可思議。日常的な会話を語らせるのではなく、あえて演劇的なセリフを棒読み的に続ける濱口演出に無理があると思う。それ以上に「嫌な話」だから共感出来ない。短編なのに、良い感じで終わらないのが困る。
(渋川清彦と森郁月)
 第3話 『もう⼀度』は「⾼校の同窓会に参加するため仙台へやってきた夏⼦(占部房⼦)は、仙台駅のエスカレーターであや(河井⻘葉)とすれ違う。お互いを⾒返し、あわてて駆け寄る夏⼦とあや。20年ぶりの再会に興奮を隠しきれず話し込むふたりの関係性に、やがて想像し得なかった変化が訪れる。」これは3話の中で一番面白かった。同窓会で久しぶりに会いたい人がいるが来ていない。やはり会えないかと思ったら、帰る前に偶然出会う。と思ったら…という「偶然」の二重性、三重性が効いている。その結果、思いもよらぬ人生の深いところをのぞき込んだ感慨が心に染み通っていく。
(河井青葉と占部房子)
 これで思ったのは、「ハッピーアワー」「ドライブ・マイ・カー」のように濱口作品は長大さを必要とするのではないか。ワークショップを積み重ねるなかで、次第に「熟成」していく人生ドラマが濱口作品の魅力だった。短編の場合はエリック・ロメール作品、特に「レネットとミラベル 4つの冒険」のように、楽しい中にも社会性があって後味が良くないとダメだと思う。嫌な話があると、次に影響してしまう。嫌な話なら、どんどんドツボにはまるように深い穴に落ちないと。3話にバラバラ感があるのが、どうも難点である。1話や2話を見ている時には、ああいい映画を見ているなあという気持ちが湧いてこないのである。
(ベルリンの濱口監督)
 僕が驚いたのは飯岡幸子(いいおか・ゆきこ)の撮影。話には乗れない1話、2話だが、映像には見入ってしまう。どうやって撮ったのかと思う素晴らしいシーンが多い。音楽はシューマンの「子供の情景」を使用している。東京フィルメックスのサイトを見ると、濱口監督は「シューマンのピアノ曲はシンプルで優しく、どこか不安。この音楽をかけると、感情のうねりをフラットにすることができる、感情をなだめてくれる、見るための準備をしてくれる」と語っている。なるほどなあ。また3話に出てくる仙台駅前のエスカレーターの使い方は忘れがたい。「エスカレーター映画」として「恋する惑星」に匹敵する魅力を放っている。
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