あまり歩いたことのない町内の小道を散策してみました。
「歴史」を感じる残る物、場所、ばかりではなく、「心癒される」風景もたくさんありました~~♪
まずは、我が町を代表する産業である「石材業」にゆかりの場所へ。
「小松石」という銘石が出る土地であることは知られていますが、その「先祖」を称えた「碑」がある場所はここです。
平安末期に石材業を始めた「土屋氏」や、江戸城造営の採石にあたり、小松石の「口開丁場」を開拓した「黒田長政」の支配下であった「7人の石工」の業績を称えた碑ですが、江戸末期に再建されて今に至っています。
この碑を見るのは10年ぶり以上。
長い石段を登りながら「こんなに急で長かったかしら?」と、思いつつ頑張りました~~(笑)。
途中には、「疲れて一休みしたいと感じる人たちのためか、「小松石のベンチ」が置かれていました。
さすが「小松石」の産地ならではですね~~。
その碑のある場所からは、同じ道を戻るのもなぁ・・・と考え、一度も歩いたことのない道を進んでみました(笑)。
「どこかに出るだろう・・・急ぐ旅でもなし・・駄目なら引き返そう」と、まったく無謀な私(笑)。
小さな路地で迷いましたが、「私有地につき・・・」と書かれている看板の道を何人かの人が通っていたので通り抜けさせていただきました(ごめんなさい)。
電車の線路に沿った知っている大きな道路に出たのでほっ~~~(苦笑)。
そこを少し歩いて「I地区」へ降りる道へ~~。
「赤い帽子を被った小さなお地蔵さん」と、まだ若い「紅白の梅の木」が、とてもマッチしている可愛い風景を見つけ、思わず「ニコッ」~~♪
その坂を下りた所には、三年前まで「子ども達の元気な声」が聞こえた小学校があるのですが、今はもう一つの小学校に統合されてしまいましたので、静か・・・。
校舎も校庭も「し~~ん」として寂しい・・・。
水色のきれいな校舎です。私も何度か授業のお手伝いをさせて頂いた学校ですので・・・思い出がたくさんあります。
学校の横にある古いお寺は「龍門寺」→本堂の「藁屋根」がいいですね~~♪
ここも、数年前までは「保育園」を経営していました。その名残の「すべりだい」や「鉄棒」が、今でもそのまま・・・。
龍門寺の 山門に向かって右側には、大きな「五層の搭」があります。
これは、廃寺となった「岩松山光西寺」にあった遺物だそうですが、造られたのは江戸初期(1654年)。
何よりすごいのは、この「搭身」が「一つの石」で造られているということです!
当時の「彫刻技術」や「石工の腕の水準」の高さを表す貴重な資料となっています。
改めてその腕に「感心」しながら(笑)、ゆっくり眺めて海岸方面へ~~。
そうそう、「閻魔大王様」にも会って行こう~~と、思いつき「如来寺跡」という場所に寄りました。
10年くらい前、家々の横の細い道をグルグル回って行った記憶があったのですが、数年前には、とうとう分からなくて・・・(トホホ)。
あきらめて帰ってきてしまったので、今日も心配でしたが、案外すんんなりと分かりました~~♪
今から380年ほど前の1620年に建てられたといわれる「帰名山如来寺」の跡で、古い境内には
石窟があり、中に石造りの十王像や菩薩形座像(聖観音像)、地蔵菩薩像などが配置されています。
「厳かな雰囲気漂う石像たちが眠る洞窟」と書かれているパンフもありますが・・・私には「暗くて怖い・・・」という印象です(苦笑)。
この砂浜は、夏はたくさんの海水浴客で大賑わいしますが、その他の季節は「釣り客」に人気のある場所です。
この海の上に造られているのは「有料道路」です・・・最初は「景観」が・・と気になりましたが、今では馴染んでしまっているから不思議ですね(苦笑)。
橋のたもとは、漁船の並ぶ港です。
時には、ブラブラと町の中を散策するのもいいものですね~~♪
知らなかったこと、新しいこと、いろいろは発見のある楽しい時間になりました。