prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「血祭」(シナリオ)

2023年01月02日 | 映画
<登場人物>


鷹野武史  27 … 売り出し中のヤクザ
鷹野美津子 25 … 武史の妻
鷹野時枝  50 … 武史の母親
柴田康晴  28 … 武史の同僚・ライバル
三木健三  53 … 武史と柴田の親分
津川正三  42 … 三木の隣のシマの親分
坂本 48 … 三木の子分・幹部・知性型
杉浦 43 … 同上・情緒型
他幹部若干名

山下 23 … 柴田の部下・のち武史の部下
       津川のシマに送られ、殺される
笹谷 18 … 同上
千葉 17 … 同上
伊藤 19 … 柴田の部下・武史の罪をなすりつけられて殺される

釘尾 24 … 武史の生え抜きの部下
金田 60 … 武史と柴田にゆすられる男
竹見 55 … 武史が飼っている悪徳医
リリー 18 … 商売女・津川に殺される
真弓 22 … 商売女・美津子に雇われる
可愛 20 … 同上
河野  … 津川に雇われた殺し屋
森下  … 同上
宇田川 … 同上

通夜客A
通夜客B
火葬場の係員
チンピラたち若干名
T ウィリアム·シェイクスピア「マクベス」より
1 地下室
椅子に縛られている男(金田)の後ろに、二人のヤクザがいる。
そのうちの一人(鷹野武史)が、拳銃を持って金田に近寄る。
リボルバー式の拳銃の弾丸をいったん全部抜いて、一発だけこめ直すのを金田に見せ、弾倉をぐるぐる回して止める。
ロシアン・ルーレット。
もう一人の男(柴田康晴)が、唯一自由にしてある金田の右手を取って、前に広げた書類にサインさせようとする。
金田、けっという感じで柴田の手を振り払う。
柴田「まだ強情を張るのか」
武史、銃の安全装置を外し、金田の頭に向ける。
金田「撃てるもんか」
武史、引き金を引く。
金田「(声にならない悲鳴を上げる)」
かちり、という音だけで弾は出ない。
武史、またゆっくりと撃鉄を起こす。
今度は金田の口の中に銃口を突っ込む。
金田のズボンにみるみる小便のしみが広がっていく。
武史「頭蓋骨は固いから、弾が跳ねて助かることがあるが、口の中なら確実に脳みそがふっとぶぜ」
金田「(さらに声にならない悲鳴をあげる)」
柴田「(聞こえないふりをして)なんだって?」
武史、銃を口から抜いてやる。
金田「する。
サインする」
柴田「結構」
*   *
金田が書類にサインし、押印する。
柴田、縄をほどいてやる。
武史「いいものを見せてやろう」
と、銃の弾倉を出して見せる。
弾丸は一つもこめられていない。
金田「…だましたな」
柴田「殺しちゃあ、サインさせられないじゃないか」
と、にやにやしている。
武史、改めて弾を一発銃にこめる。
柴田「(それを見とがめて)?…何をしてるんだ」
武史、いきなり銃を金田に向かって構える。
金田「(吐き捨てるように)けっ」
銃が火を噴き、弾が金田の耳をかすめる。
腰を抜かす金田。
武史「壷振りと一緒でな。
俺が出ると決めたら、弾は出るんだ」
柴田「(武史に詰めよる)何するんだよ」
武史「銃は撃つもんだ」
と、出ていく。
柴田「(取り繕って金田に武史のことを)ああいう奴だ。
たれこもうなんて思うなよ」
柴田も出ていく。
金田、腰が抜けたまま動けない。

2 熊野組・事務所・外
見たところただのビルの一室で、暴力団事務所には見えない。

3 同・中
組長の三木、サインさせた書類を眺めている。
三木「(書類に目を落としたまま)…鷹野、おまえ手荒な真似が好きみたいだな」
武史「ええ、まあ」
  三木「これからのヤクザはな、手荒な真似してちゃ出世できないぜ。
なんべん言わせるんだ」
と、言いながら机の上のメ社長・三木健三モという金文字のネームプレートを袖で磨く。
武史「(むっとした表情)」
三木「熊野組はな、れっきとした会社だ。
会社をやっていくには、協調性って奴が必要なんだ。
わかってるな」
机に置いたネームプレートを、三木に代わって自分の洒落た柄のハンカチで拭く柴田。
武史「ええ…」
三木「俺はな、社会からはみでたおまえらみたいな連中を拾って、また社会の中で生きていけるようにしつけなおしてやってるんだ。
言ってみれば、親代わりだ。
その恩を忘れちゃいけねえぞ」
武史「(むかっとする)」
柴田「(その様子を見てとって)社長、今度の津川組との親睦会はどこでやりましょう」
三木「(虚をつかれ)ん、そうだな…考えてなかった」
柴田、またプレートをきゅっきゅっと磨いて机にうやうやしく置く。
拭いたハンカチはきれいに折って胸ポケットに伊達男気取りでさしてお く。
柴田「鷹野には俺からよく言って聞かせますので、きょうはこの辺にしておいてください」
三木「いいだろ」
柴田「じゃあ、あした、また…おい」
と、武史をうながして出ていく。

4 道
武史と柴田が並んで歩いている。
武史「俺はヤクザだ。
会社員じゃない」
柴田「今じゃ、似たようなもんだ」
武史「手荒な真似ができないで、ヤクザが勤まるかよ。
全部人に危ない橋を渡らせておいて、何言ってやがる」
柴田「だからさ、こっちも早く出世して危ない橋を渡らせる側に行かなきゃ、つまらないってことさ」
武史「どうだか、な。
会社員やってちゃ、偉くなればなったで、もっと親分に頭が上がらなくなるんじゃないか」
柴田「頭が上がらないのが嫌だったら、なんで今のかあちゃんと一緒にいるんだ」
武史「うるせえ、おまえこそ物を拭いたあとのハンカチを気取って胸にさしておくな。
…独身男が」

5 武史のマンション
それほど贅沢な作りではない。
武史の妻、美津子がテーブルの上のコップにビールを注いでいる。
美津子「きょうは、いい仕事あった?」
武史「ああ、(指を一本立て)これぐらいにはなるだろう」
美津子「よかったわね、でも」
武史「なんだよ」
美津子「十年前にこれぐらい稼いでたら、組が持てたでしょう」
武史「しょうがねえだろう、上がつまってるんだから」
美津子「今度しょうがないなんて言ったら縁切るからね」
半分冗談、半分本気の言い方だ。
黙ってビールを飲む武史。
美津子「ああ、そうだ。
これ、あなたじゃない」
と、新聞の尋ね人欄を示す。
「鷹野武史へ 父死す 連絡乞う 母時江」
と、ある。
武史「…俺だな。
名前が全部合っている」
美津子「家を出てから十年もたつのに、尋ね人を出すなんて珍しいわね」
武史「(しばらく考え)…死んだか。
それはよかった」
美津子「よかった?」

6 武史の実家・外
数少ない通夜の客が帰っていく。
通夜客A「…ずいぶん寂しいお通夜でしたね」
通夜客B「まだ若いのに」

7 物陰 に隠れて全員引き上げるのを待っている武史。
ときどきポケットウィスキーをあおっている。
その後ろに美津子。
美津子「何も隠れることないじゃない」
武史「おまえこそ、親子水入らずを邪魔することないだろう」
美津子「だって、お義母さんにまだ紹介してもらってないもの」

8 武史の実家・中
武史の母・時江が一人残っている。
表の戸を開けたてする音。
時江「どなたですか」
武史が入ってくる。
武史「ただいま」
時江、武史の顔を見る。
ゆっくりと近づき、確かめるように武史の顔に手を当てる。
時江「…(現実のものと思えないよう)」
さらにゆっくりと愛撫するように武史の体のあちこちを触り、やがて抱 きしめる。
美津子「…(さめた目で見ている)」
武史と時江、やっと離れる。
武史、霊前に飾られている故人の写真を伏せる。
時江「通夜に来てくれたんじゃないのかい」
武史「やっと邪魔者がいなくなったから、会いに来たのさ」
と、また抱きしめる。
美津子「紹介してくれないの」
武史「ああ、そうだ」
と、美津子のそばに立ち、
武史「俺の嫁さんだ」
時江「…いつ結婚したんだい」
武史「三年前」
時江「三年間、知らせなかったのかい」
武史「悪かったよ」
時江「だったら、ずっと知らせなければよかったのに」
美津子、むっとするが抑えて、気をきかせたつもりで故人の写真を元に 戻す。
武史「やめてくれ。
顔も見たくない」
美津子「死んだのに?」
と、ちょっと時江の顔をうかがう。
時江「いいんだよ」
美津子、釈然としない様子で写真を伏せる。
武史、通夜の客が残していった酒を手酌であおりだす。
*   *
酒瓶が数本空になって転がっている。
武史「(誰に言うでもなく)死んでよかった」
美津子、さすがにどきりとする。
武史「ああいう子のためにならない親は、早く死ぬべきなんだ」
美津子「ちょっと…お義母さんの前で」
時江「いいんだよ」
美津子「…(当惑する)」
時江「おまえが家を出て行った時、よっぽどあたしも出て行こうかと思った」
武史「なんで出て行かなかったのさ」
時江「おまえの足手まといになるから」
武史「(間をおいて)…なってたよ」
時江「え?」
武史「家から出ていたって、縁が切れていたわけじゃない」
時江「出世したかい」
武史「まあまあだ」
時江「おまえは父さんとは違う」
武史「そうとも」
時江「おまえは大物になる男だ」
武史「(一瞬躊躇し)…そうとも」
時江「何をやってもいい。
でも大物になるんだよ」
武史「なんべんも聞いた」
時江「(断言する)おまえは大物になる」
武史「そうなったら、迎えに来る…これもなんべんも言ったか」
武史、ふらふらと立ち上がる。
武史「(呟く)…畜生、何も変わってない」
美津子、遺影をまた立てる。
武史「見せるなって言っただろうっ」
お銚子が投げつけられ、遺影のガラス一面にひびが入る。

9 帰り道
歩いていく武史と美津子。
美津子「大口を叩いて」
武史「大口なものか」
美津子「だったら、具体的にどうするつもり」
武史「…」
美津子「どうするつもり」
武史「子のためにならない親は、早く死ぬべきだ」
美津子「そう思う?」
武史「…」
美津子「思うんだったら、実行しなさい」
武史「…」
美津子「何をやってもいいんでしょ」
武史「…」
美津子「それとも、やっぱり酔った勢いで大口叩いただけ?」
武史「焚きつけるのか」
美津子「いつも焚きつけてきた」
武史「本気か」
美津子「いつも親分の悪口を言っていたのは、ただの憂さ晴らし?」
武史「…」
美津子「平穏無事が望みなら、サラリーマンと結婚している」
武史「…おまえは生まれつきヤクザの女房になるように出来ているみたいだな」
美津子「ヤクザの娘で、ヤクザの女房。
三下の末路がどんなものかもよく知っている。…で、どうするつもり」
武史「言っただろう」
美津子「もっと具体的に」
武史「折りを見て…」
美津子「折りを見て?」
武史「社長を…」
美津子「(単刀直入に)そのままにしておくの」
武史「そこまで手荒な真似をしなくても…」
美津子「黙って我慢して、何年かかる?」
武史「なぜおまえが消せって言う」
美津子「代わりに言っているだけ」
武史「…(自分に言い聞かせるように)社長を、消す?」
実感が持てない様子。
(F・O)

10 地下室
がらんとして、誰もいない。
武史、リボルバーに弾を一発こめ、宙に向かって引き金を引く。
かちり、と撃鉄が下りる。
弾は出ない。

11 熊野組・事務所
三木の前に立っている武史と柴田。
三木「親睦会の件だが、鷹野」
武史「はいっ」
三木「おまえが仕切れ」
武史「はいっ」
三木「適当な所はあるか」
武史「クラブ東洋がいいと思います。
美人ぞろいだし、泊まる施設もついています」
三木「結構…柴田」
柴田「はいっ」
三木「警備はおまえだ」
柴田「はいっ」

12 武史のアパート
武史、手酌でビールを飲んでいる。
武史「これは、チャンスだ」
美津子「そうね」
武史「無事に済ませれば、株が上がる」
美津子「(不満そうに)そういうチャンス?」
武史「なんだと言うんだ」
美津子「どうせ無礼講になって飲んで女を抱いて、荒れるわけでしょ」
武史「だろうな」
美津子「きっと隙ができる」
武史「柴田が警備にあたるんだ」
美津子「ますます好都合じゃない。
警備係が裏切って親分を殺したように見せかければいい」
武史「そんな…、会は俺が仕切るんだぞ」
美津子「会って誰の会? あんたの?」
武史「社長は柴田でなく、俺に仕切らせてくれた。
俺の方を高く買ってくれているんだ」
美津子「買われて喜んでるの」
武史「…文句を言えというのか」
美津子「いつも言ってるじゃない」
武史「(声を荒げ)もうこの話は終わりだ」
コップをテーブルにどんと置く。
ビールが泡立ち、あふれかける。

13 クラブ東洋
盛り場から離れた場所にぽつんと建っている。
暗い中、やたらとけばけばしい外装が何やら気味が悪い。

14 同・フロア
もうどんちゃん騒ぎが始まっている。
ある者は飲み、ある者はばくちをし、ある者は女を口説いている。
その中で油断なく目を配っている柴田と、その部下(山下と伊藤)。
店内はかなり暑く、柴田はしきりとハンカチで汗を拭いている。
 三木と津川(津川組組長)が両脇に女をはべらせて一緒に飲んでいる。
三木「いやあ、きょうはとことんいきましょう」
武史「いや、津川さんはあした早々にたたなくてはいけないはずです」
三木「(むっとして)うるさいな。
気をきかしているつもりか」
津川にビールを注いでいた女(リリー)、誤って津川の膝にビールをこぼす。
リリー「ごめんなさい」
と、おしぼりで拭く。
リリー、拭き終わってにこにこしながら津川の顔を見る。
その顔がこわばる。
津川、ものも言わずに持っていたコップをリリーの顔に叩きつける。
コップが割れ、ビールと血が飛び散る。
顔面を押さえ悲鳴を上げるリリー。
津川、それでも許さず、リリーを殴り続ける。
今まで談笑していたのとは別人のような豹変ぶりだ。
武史、あわてて割って入ろうとする。
床に崩れ落ちるリリー。
津川、その顔といわず頭といわず蹴飛ばす。
武史、その勢いに対抗する格好で津川を無理矢理引きはがそうとする。
津川、急に暴力を振るうのをやめる。
そして恐ろしい目で武史を見る。
武史、思わずたじたじとなる。
三木「津川さん、まあ機嫌を直して…」
と、コップを渡し、ビールを注ぐ。
注がれたビールを武史をにらんだまま飲む津川。
コップを放り捨てると、リリーの髪をつかんで引きずって行く。

15 寝室1
津川、リリーの髪をつかんだまま、中に放り込む。
山下が追ってとんでくる。
津川、指でメ6モと示す。
山下「あした、六時に起こすのですか」
津川、黙ってうなずいてドアを閉める。

16 フロア
武史「…(いささかあっけにとられている)」
三木「(武史に)おい、何をやっているんだ」
武史「え?」
三木「ご機嫌を損ねたじゃないか」
武史「…(返す言葉がない)」
三木「おまえに任せたんだぞ、まったく…柴田」
柴田「はい」
と、飛んでくる。
三木「(柴田に)寝る」
柴田「はい」
三木「今からあしたの朝まで、おまえが仕切れ。
」
と、去る。
立ちつくしている武史。
柴田、あえて何も言わずに去る。

17 楽屋
汗を拭きながらやってくる柴田。
そこにいた女(真弓)「すごい汗」
柴田「そうだな」
ぐちょぐちょのハンカチに気づく。
真弓「これ使いなさいな」
と、おしぼりを渡す。
柴田「サンキュー」
と、受け取り汗を拭く。
真弓「ハンカチは洗っとく」
柴田「いいのかい」
と、にやにやしながらハンカチを渡す。
柴田「なんて名前」
真弓「真弓」
柴田「今夜はだめだが、いずれどう」
真弓「機会があればね」
と、気を持たせるように去る。

18 裏口・外
出てくる真弓。
そこで待っていた美津子にハンカチを渡し、 真弓「これでいいですか」
美津子、広げて見る。
凝った柄、ネームが入っている。
美津子「いいわ、ありがとう」
と、金を渡す。
真弓、金を受け取ると、中には戻らずに行ってしまう。
やがて、武史が中から現れる。
自信喪失の態。
美津子「どうしたの?」

19 寝室2
三木が入ってドアを閉じる。
伊藤が外に不寝番に立つ。

20 寝室1
山下が同様に不寝番に立っている。
中からひっぱたくような音と、女の悲鳴がきれぎれに聞こえてくる。

21 フロア
人がぞろぞろと出ていく。
見送る柴田。

22 裏口
美津子「…言わないこっちゃない。
初めから柴田さんを推すために、あんたを二階に上げてはしごを外したんじゃないの?」
武史「今さらどうこう言うな」
美津子「今さら? これからよ」
と、ハンカチを見せる。
武史「柴田のじゃないか…まさか」
美津子「何がまさかよ。
基本じゃない」
武史、寒いふりをして中に入る。

23 事務所
武史、入ってくる。
美津子、追ってくる。
武史「そんなあざとい工作が通じるものか」
美津子「ごまかすためにやるんじゃない。
力を握るためにやるのよ。
力があれば、気づかれたって手を出せない」
武史「…」
美津子「それとも一生減点を抱えたまま飼い殺されるつもり」
武史、立ってウィスキーのボトルを取ろうとする。
美津子「酒はやめなさい」
と、取り上げる。

24 フロア
にボトルを持ってくる美津子。
もうがらんとして人の気配はない。

25 事務所
ボトルを置いて戻ってくる美津子。
武史が金庫を開け、中から出した拳銃と覚醒剤を机に並べている。
武史「また取り上げるのか」
美津子「こっちだけ」
と、銃は金庫にしまう。
美津子「これを使って」
と、布に包んだ短刀を出す。
武史、おもむろに腕をまくり、上腕部をゴムホースで縛って覚醒剤を注 射する。
美津子「…(見ている)」
武史「…(薬が効いてくる)」

26 寝室2
三木がぐっすり眠っている。
その傍らからそっと女(可愛)が抜け出す。

27 外
服を着た可愛が出てくる。
伊藤「行くのかい」
可愛「時間だから…そうだ」
と、バッグからドリンク剤を出す。
可愛「余ったから、あげる」
伊藤「ついでにあんたもくれないか」
可愛「また、今度ね」
と、去る。

28 裏口
可愛、待っていた美津子に金をもらって去る。

29 事務所
美津子「(戻ってきて)もうすぐぐっすりよ」
武史「用意のいいことだな」
美津子、武史にまずハンカチを渡して、短刀を持たせる。
武史、手を短刀の柄にハンカチで縛り付ける。
美津子、鍵の一つを取る。

30 寝室2
に来る武史。
睡眠薬入りのドリンク剤を飲んでぐ っすり眠りこんでいる伊藤。
そっと鍵を開けて中に入る武史。

31 同・中
三木が一人で寝息をたてている。
以下、恐ろしくゆっくりと時間が流れる。
近づく武史。
三木の上に馬乗りになるようにのしかかる。
手に縛った短刀の先端をそっと三木の喉仏に当てる。
三木、相変わらず寝息をたてている。
武史、短刀の柄の頭を胸に当て、一呼吸おいて、一気に体重をかける。
三木の目が張り裂けそうに大きく見開かれる。
が、声は出ない。
代わりに喉から泡まじりの血がひゅーひゅーと吹き出る音がしている。
武史、跳ね上がりそうになる三木の体を押さえつけるようになおも体重をかけ続ける。
やがて、抵抗がやむ。
武史、体を離す。
血まみれのハンカチがほどけ、三木の喉に刺さったままの短刀から手にひっかかって離れ、ぼろのようにぶら下がる。

32 事務所
武史、血まみれの手にハンカチを持ったまま戻ってくる。
糸が切れた操り人形のようだ。
美津子「…(ばかっ)」
美津子、無言でハンカチを取り上げ、洗面に武史を連れて行って手を洗わせる。

33 寝室2
美津子、やってきてハンカチに染み込んだ血を伊藤の手に塗り、ハンカチをそのポケットにつっこんで戻る。

34 クラブ東洋・事務所
洗面で手を洗う美津子。
手を洗い終えると、洗面はトイレ用洗浄剤で洗っておく。
ふと見ると、武史は呆然と座り込んでいる。
美津子「まだ終わったわけじゃないわよ」
その服のあちこちに血がついている。
美津子「血がついてる。
脱いで」
武史、言われるままに上下とも脱ぐ。
美津子「(武史の下半身を見て)…頭はぼんやりしている癖に、下半身は目をさましているのね」
武史はまだぼんやりしている。
美津子「座って」
もとのように座る武史。
美津子、下着を脱いで、その上にまたがる。
ゆっくりと体を動かしていくうちに、武史の頭の方も醒めてきて、自分で 動き出す。
セックスが高まるにつれ、やがて武史の目がらんらんとして、力がみな ぎってくる。
(F・O)

35 早朝の街

36 クラブ東洋・寝室1・外
ドアが開いて身なりを整えた津川が姿を現す。
もうきのうのどんちゃん騒ぎが嘘のようにぴしっと部下たちが集まっている。
柴田「(来て)おはようございます」
津川「(表情を変えずにうなずく)」
柴田「お早いおめざめで。
三木はまだ寝ておりますが」
津川「(時計を見る)」
柴田「では、起こしてまいりましょう」
津川「(首を横に振る)」
と、部下を引き連れて歩いていく。
津川は終始一言も喋らない。
柴田、寝室を覗いて(リリーが津川のサディスティックな趣味の為に惨殺されているのを見て)撫然とする。

37 事務所
一発一発楽しむように銃に弾をこめている武史。

38 表玄関
車に乗って出ていく津川たち。

39 事務所
また覚醒剤を注射している武史。
拳銃をしまった引き出しを膝で押して閉める。

40 寝室1・外
柴田「(山下に)おい、もう起こしてこいよ。
楽しみすぎじゃないか」
山下「はい」
と、去る。

41 寝室2・外
山下、来る。
見張りに立っているはずの伊藤がいない。
山下「(首を傾げ)…何をやってるんだ」
武史「(平静を装い)おはよう」
と、やってくる。
山下「おはようございます。
…見張りはどこに行ったかご存知ですか」
武史「いいや?」
山下「持ち場を離れて、何をしている」
と、ドアをノックする。
山下「社長、おはようございます」
返事はない。
山下「社長…社長?」
ノブを回してみると、鍵がかかっていない。
山下「(ドアを開け、中を見る)うわあーっ」
ものすごい声を出す。
この時とばかりに中に踏み込んだ武時、さらに大きな声を振り絞って叫ぶ。
武史「うおおーっ」

42 寝室1
柴田「…(何事か)」

43 寝室2
武史「社長が殺されたぞーっ、社長が殺されたーっ」
叫びながら走り出てくる。

44 寝室1
武史「やりやがったな」
と、すっとんで来て、柴田に目もくれずに飛び込む。

45 同・中
武史「(ぐるりを見渡す、死んでいるリリーには気にも止めず)…野郎はどこに行った」
と、柴田に詰めよる。
柴田「帰ったよ」
武史「帰った? 帰したのか」
柴田「どうしたんだ」
武史「どうしただと」

46 廊下
集まってきた子分たちに柴田を差し置いて命令を下す武史。
武史「社長が殺された」
一同、騒然とする。
武史「津川の野郎の仕業だろうが、自分で手を下したわけじゃあるまい。
津川の野郎とは後で本格的な戦争をしてやるが、まず殺した奴を捕まえろ。
野郎の手下で怪しい奴はいなかったか」
山下「…(顔色を変える)」
武史「(山下に)いたか」
山下「…けさから伊藤が…」
柴田「まさか」
武史「(柴田に)だったら、どうする。
(子分たちに)捜せ。
さぼっているだけかもしれない」

47 あらゆるドア
が開け放たれる。

48 事務所
いらいらと待っている柴田と武史。
「いたぞーっ」
声が響いてくる。

49 裏口
に止めてあった車の運転席に横たわっていた伊藤が山下と釘尾(武史の子分)に引き出される。
山下・釘尾「…(顔を見合わせる)」
伊藤のポケットに、血だらけのハンカチが突っ込まれている。
中に連れ込まれる伊藤。

50 事務所
ぐったりとしたまま連れてこられる伊藤。
武史「…(伊藤の腕をまくる)」
注射の跡。
武史「薬で元気をつけて社長を殺したはいいが、量を間違えて逃げる途中に寝込んだってところか」
*   *
洗面に顔を突っ込まれる伊藤。
やっと正気づく。
しかし、一体自分がどんな状態に置かれているのかわからない様子。
武史、おもむろに引き出しから銃を出し、伊藤の頭につきつける。
武史「誰に頼まれた」
伊藤、なぜか自分が銃をつきつけられているのに気づき、狂乱に近い恐怖に襲われる。
伊藤「(柴田の姿に気づき、すがりつくように)兄貴、これはどういうことですか」
武史「誰に頼まれた」
伊藤「なんで、俺が、俺は、ただ、見張っていただけで」
武史「誰の命令でだ」
伊藤「兄貴の」
武史、じろりと柴田を睨む。
柴田「寝ずの番を命じていただけだ」
武史の剣幕に押され、言い訳がましい言い方になっている。
武史「柴田」
柴田「なんだ」
武史「津川が泊まった部屋には何があった」
柴田「ゆうべ奴が相手した女、だろ」
武史「もと、女だ。
どっちにしても死体を処理しなくちゃいけないってわけだな」
武史、左手を開いて銃の横に添えるように立てる。
武史「知ってるか」
柴田「何を」
武史「こうやって掌でよけないと、脳みそを浴びることになる」
銃が火を噴く。
武史、左手を振って伊藤の脳の破片を払い、返り血を浴びたままの銃を、今度は柴田に突きつける。
武史「誰に頼まれた」
柴田「(仰天する)何をやってるんだ」
武史「とぼけるな」
武史、釘尾が出した血のついたハンカチを広げてつきつける。
武史「こいつ(伊藤)が持ってた。
おまえのだろう」
柴田「知らん、そんなもの」
武史「とぼけたってだめだ。
おまえが身につけているもので、人にみせびらかさなかったものがあるか」
柴田「…(思い出す)そうだ、きのう女に渡したんだ」
武史「なんて女だ」
柴田「真弓といってた」
釘尾「(まじめに)そんな女はいません」
柴田「そんなばかな」
武史「シャブ中を選んだのが失敗だったな…いつ寝返った」
柴田「銃を置け」
武史「代償はなんだ。
社長のシマ全部か。
もっとか」
柴田「おまえは正常じゃない。
銃を置け」
武史「いいや…正常さ」
ゆっくりと銃の撃鉄を戻す。
柴田「…(ほっとしかける)」
武史、弾倉を出し、弾を抜く。
そして、弾を一発だけこめ直す。
柴田「何をしている」
武史、弾倉を戻し、回して止め、改めて柴田に銃を突きつける。
武史「俺は正常だ。
だから、弾は出ない」
柴田「やめろ」
武史「寝返ったな」
柴田「違う」
武史「伊藤に命令して社長を殺させた」
柴田「ふざけるな」
武史「弾は出ないんだ。
だから正直に言え」
柴田「…(出るか出ないかわからない分、混乱している)」
武史、のしかかるように銃を突きつけるので、柴田はうつ向く格好になる。
(床の上の伊藤が目に入っているはず) 武史「おまえだな」
柴田「…(答えられない)」
武史「おまえがやった」
柴田「…」
武史「おまえだ」
武史、ゆっくりと撃鉄を上げる。
カチャリという音を耳もとで聞かされ、 柴田「(悲鳴をあげるように)俺だ。
俺がやった」
武史、引き金を引く。
かちり、という音だけ。
弾は出ない。
武史「出ないと言っただろう。
…連れて行け」
痴呆のようになって山下と釘尾に引きずり出されていく柴田。

51 廊下
ぐったりとしたまま引きずられていく柴田。
突然、思いだしたように恐怖がぶり返してきて、嘔吐しだす。
山下「汚ねえな」
きのうまでの親分に対し、うって変わって冷たい態度。
汚いのを嫌って手がゆるむ。
柴田、その隙をついて、一瞬のうちに手を振り払って逃げる。
釘尾「野郎…逃げたぞ」
必死に走る柴田。
武史をはじめ、一同追ってくる。

52 裏口
から飛び出してくる柴田。
とめてあった車に転がるように乗り込んで出す。
武史「追え、逃がすな」
ほとんどの子分、一斉におのおのの車に乗って追いかけていく。
武史「(残った釘尾に)ドクターを呼べ」

53 道路
逃げる柴田の車。
ふらふらした運転。
道路を外れ、路肩に突っ込む。
車を捨てて逃げ出す柴田。

54 事務所
汚い白衣の上にコートを羽織った怪しげな風態の医者(竹見)が釘尾に 連れてこられる。
武史「三人、頼みたい」
竹見「一度にかい」
武史「必要なのはとりあえず二人だがね、あと一人は冷凍しておいてくれ」
竹見「その分割り増しはもらうよ」
武史「わかってる。
一人は死亡日時のところを空けておいてくれ」
*   *
竹見が死亡診断書を書く。

55 フロア
テーブルの類が片づけられ、三人の死体を入れたビニール袋が床の上に 並べられている。
その袋を畳んで段ボール箱に入れ、荷物のように見せかけて運び出す。

56 裏口
持ち出された段ボール箱は、駐められていたトラックとバンに二・一に分けられて分けられて運ばれていく。

57 交差点
二手に分かれる二台の車。

58 葬儀屋
に入っていくトラック。
やがて、代わって霊柩車が出てくる。

59 火葬場
係員に二枚の死亡診断書が渡される。
焼き窯に送り込まれる二つの棺。

60 竹見医院
につけられるバン。

61 同・霊安室
段ボールが運ばれてくる。
迎える竹見。

62 熊野組・事務所
次々と止められる幹部たちの車。

63 同・中
入ってきた幹部たち。
と、前に三木が座っていた椅子にもう武史が座って電話をしている。
武史「どこに逃げたって…いや、無理に捕まえなくていい。
それより、津川の縄張りでめぼしいところを先回りして張っていろ。
…捕まえるな。
逆に追い込んでやれ」
電話を切る。
坂本(幹部の一人)「社長はどこだ」

64 竹見医院・霊安室
にしまわれる三木の死体。

65 熊野組
杉浦(同じく幹部の一人)なんで葬式をあげないんだ」
武史「今葬式をあげるとしたら、津川の野郎も呼ばなくちゃならない。
あげるとしたら片づけてきれいにしてからだ」
杉浦「戦争を始める気か」
武史「もう始まってるんだ」
杉浦「おまえが指揮をとるのか」
武史「かたがつくまではな」

66 火葬場
窯が開かれる。
二つの死体はわずかな骨のかけらを残してほとんど完全に消え去った。

67 熊野組・事務所
武史「(また電話している)…完全に消えてなくなったわけだな。
ご苦労。
あとは適当に捨てて戻れ」
と、電話を切る。
武史「医者と葬儀屋を束ねれば、人ひとり完全に合法的に消せるってわけだ」
坂本「人ふたりだろ…手際いいな」
武史「普段の準備だよ」
坂本「(言い募ろうとする杉浦を抑え)今は大事な時だ。
中でもめるのはまずい」
杉浦「…(不満そうだが、口にはしない)」
坂本「鷹野に指揮を任せよう。
(一同に)いいな」

68 同・外
出てくる幹部たち。
杉浦「本当に任せるのか」
坂本「津川に戦争を仕掛ける奴にかい。
ぼろが出るのを待つだけだ」
と、去る。

69 同・中
三木健三のネームプレートを手に取る武史。
毒々しい笑みを浮かべて、ゴミ箱に放り込む。

70 街
憔悴して歩いている柴田。

71 パチンコ屋
目だたないように張っている山下。

72 ゲーム喫茶
同じく見張っている笹谷。

73 カラオケボックス
で見張っている千葉。
前の柴田の、今は武史の子分たち。

74 武史の実家(昼下がり)
買い物帰りの時江が戻ってくる。
と、家の前に豪華な車が止まっている。
車から下り立つ武史。
ばかみたいにめかしこんでいる。
時江「(当惑し)どうしたんだい」
武史「約束通り迎えにきた」
時江「…」
武史「こんなに早いとは思わなかっただろう」
時江「…」
武史「母さんの予言通りだ」
時江「…」
武史「乗って」
と、ドアを開ける。
まごつきながら乗り込む時江。

75 洋品店
武史同様にめかしこんで出てくる時江。

76 宝石店
新しいダイヤの指輪をはめる時江。
にこにことそれを見ている武史。

77 フランス料理店
差し向かいで料理を前にしている武時と時江。
眼下に広がる街。
時江「やっぱりおまえは人の上に立つ男だ」
武史「そうとも。
これからもっと贅沢させてやるから。
おやじに邪魔されていた十年の埋め合わせをするんだ」
ワイングラスを合わせる。

78 車の中
食事を終え、満足した態でいる時江と武史。
時江「(窓の外のキャバレーをさし)おまえもああいう店を持っているのかい」
武史「持っているとも。
前は預かりものだったが、今は俺のものだ」
時江「見せて」
武史「いいとも」

79 クラブ東洋
の前で車が止まり、武史と時江が下り立つ。
時江「立派なクラブだねえ」

80 同・フロア
昼間なので、がらんとしている。
前に死体が三つ並べられていたあたりも今はきちんと机やテーブルが並 べられている 武史、照明を入れ、音楽を流す。
武史「何か飲む」
時江「ワインあるかい」
武史「さっき飲んだじゃないか」
時江「また飲みたいんだよ、おいしかったから」
*   *
すっかりほろ酔いかげんの時江。
暑くなってきたらしく、立ち上がって上着を脱ぐ。
それを受け取る武史。
そのままふらふらする時江を受けとめる格好で、ダンスになる。
流れ続ける音楽。
他にはバーテン一人いない。
良い気持ちでいる二人。
そこに美津子が入ってくる。
武史、不機嫌な顔をする。
美津子「親子水入らずのところを失礼」
武史「何の用だ」
と、時江を席につかせ、自分もつく。
美津子「用だったらいくらでもあるでしょう。ここにこうしていられるほど安泰な時期だとは思えないけど」
武史「祝い事っていうのはな、いいことがあったらすぐやるもんだ。
いつまでもいいとは限らないんだから」
美津子「それはいいけど、祝う相手が違うんじゃない」
武史「つけてきたのか」
美津子「あたしがここにいたっておかしくはないでしょう。ここを手に入れるのには、あたしも一役かったんだから」
時江「(武史に)取り込み中のようね」
美津子「お義母さんはゆっくりなさっていて下さい。なんでしたら、あたしが代わってお相手いたします」
武史「いやみを言いに来たのか」
美津子「(武史の耳に口を寄せて小声で)… もうあなたが社長を殺したという噂が流れてるのよ」
武史「(一瞬ぎょっとするが虚勢を張って)噂じゃあないだろう」
美津子「だから何にも手を打たないで、ここでのんきにお参りしてるつもり?」
武史「わかったよ…(時江に)悪いけど、急用ができたから。…ここに泊まれるから、ゆっくりしていて」
と、席を立つ。
時江「武史」
武史「…何」
時江「(じろっと美津子を見て)この人はおまえの為にならない」
一瞬、しんとする。
美津子「お気づきではないかもしれませんが    か あ …私がお義母さんの予言を実現しているんですよ」
と、武史をひっぱっていく。
一人残される時江。
と、美津子がまた帰ってきて武史が座っていた席につく。
美津子「では(と、グラスを取って)、乾杯しましょう」
やがて、敵意に満ちた目で美津子をみつめながら時江もグラスを取る。
かちり、と静かに、しかし激しくぶつかる二つのグラス。

81 熊野組・事務所・中
入ってくる武史。
それまで何事かごそごそ話していた釘尾たちが、武史の姿を見るとあわ てて話をやめ、直立不動で迎える。
武史「何をべちゃべちゃ話していた」
一同「(答に困る)」
その時、電話が鳴る。
ほっとした表情の釘尾たち。
武史「(出て)もしもし」

82 パチンコ屋
の従業員室の窓からちょっと顔をのぞかせる柴田。
少し離れた路上から移動電話をかけている山下。
山下「…柴田の居場所がわかりました」

83 熊野組・事務所
武史「(うんうん聞いている)…いや、少し待て。夜になってからだ。いいな」
電話を切る。
武史「(釘尾に)幹部連を集めろ」
釘尾「すぐですか」
武史「今晩七時」
釘尾「ここにですか」
武史「パーティが開ける所だ」
釘尾「え?…なんのパーティです」
武史「途中からパーティになるんだ…知らせが入り次第に」
釘尾「何の知らせですか」
武史「柴田を殺った知らせだよ」

84 パチンコ屋・外
日が暮れてきている。
待っている山下。

85 ホテル・貸し会議場
集まってきている幹部連。

86 同・トイレ
緊張に備え、こっそり覚醒剤を注射している武史。
ふーっと大きく息をつく。
武史「(時計を見て携帯電話をかけ)…やれ」

87 パチンコ屋
電話を切り、歩いていく山下。

88 ホテル・会議場
入ってくる武史。
杉浦「鷹野、一体何の用で呼び出したんだ」
武史「柴田の居場所を突き止めた」
杉浦「片づけたのか」
武史「おいおい報告が来る」
杉浦「報告するなら、もっと前にするべきじゃなかったか」
武史「報告の義務があるのは、上司に対してだけだ」
杉浦「手柄を一人占めにしようったって、そうはいかないぞ」
武史「俺に任せたんだろう。
最後まで任せてもらう」
坂本「鷹野、柴田を始末するのはいい。
しかし、柴田は今、津川のシマに逃げ込んでいる          って聞いている。それを殺ったらまずくないか」
武史「何を言っているんだ。
津川が先に手を出してきたんだろうが」
一同を気合いで圧倒し、
武史「びくびくするな、もう後戻りはできないんだ」
雰囲気は完全に武史の方に傾いている。
武史「…(勝った)」
その目に、入り口のドアが映る。
すうっとそのドアが開く。
武史「…?」
青白い顔をして生気のない柴田が入ってくる。
武史「…(ショック)」
机の向こう側に立った柴田の胸の赤い染みがみるみる広がっていく。
一転して狼狽の極にたたき込まれる武史。
武史「この…野郎」
他の幹部たちはきょとんとしている。
柴田の姿が見えるのは、武史だけなのだ。
武史「みんな、何をやってるんだ。殺せ、ぶっ殺せ」
体のあちこちを探るが、拳銃は用意していない。
狼狽のあげく、椅子を振りあげようとする。
坂本「何をしているんだ」
と、制止する。
その時はずみで武史の腕を強くつかむ。
武史「(針の跡をつかまれ)痛えっ」
坂本「…?」
おとなしくなった武史、息をはずませながら、またドアの方を見る。
誰もいない。
椅子を置き、頭を振る武史。
坂本、武史の服をゆるめるふりをして、腕の注射跡を確かめる。
坂本「(そしらぬ顔で)どうした。誰をぶっ殺すんだ」
武史「…柴田だ」
坂本「それはわかってる」
武史「…(置いた自分の椅子を見る)」
柴田が座っている。
武史「(柴田に)…それは…俺の…椅子だ…どけっ。そこをどけっ」
杉浦「誰が座ってるっていうんだよ」
坂本「(わかってくる)柴田か」
武史、はっとして坂本の顔を見、また椅子に視線を移す。
椅子には誰もいない。
息をつく武史。
いきなり、武史の携帯電話が鳴り出す。
武史「うわあっ」
滑稽なぐらいびっくりする。
ぶざまという他ない。
幹部連、一転して完全に武史をなめてかかっている雰囲気。
武史「(やっと電話に出る)…ああ、俺だ。
          や どうした…殺った?…たった今?」
あたりを見渡す。
まだ柴田がいるようで気持ちが悪い。
武史「わかった…」
電話を切る。
坂本「じゃあ、柴田も殺ったようだし、俺は失礼しよう」
と、出て行こうとする。
武史「ちょっと待てよ。これからのことを決めるんだ」
坂本「(にべもなく)おまえに任せるよ。勝手にしてくれ」
と、出ていく。
杉浦「てめえのケツはてめえで拭くんだな」
と、続く。
あとの幹部連も右にならえで出ていってしまう。

89 同・ロビー
坂本「(並んで歩く杉浦に)…あいつもシャブで幻覚見るようじゃ、長いことねえな」

90 同・会議室
一人ぽつりと残された武史。
武史「(ぼんやりと)…そうだ、呼び戻さないと」
電話を出す。

91 パチンコ屋・従業員室
胸を撃たれて死んでいる柴田。
武史の幻覚(?)と同じ姿。
その傍らから離れる山下。

92 同・外
出てくる山下。
何歩か歩いたところで、携帯電話が鳴る。
山下「(胸に手を入れかけて、何かを見てはっとする)」
ばすっという鈍い音がする。
山下の胸が撃たれる。
さらに続けざまに何発か撃ち込まれる。
電話に弾が当たり、呼出音が途切れる。
地面に転がる山下。
消音器つきの銃で撃った男(河野)の後ろから姿を現す津川。

93 ホテル・会議室
武史「(呼びだし音が消える)?…どうしたんだ」

94 パチンコ屋そばの路上
河野、自動車に乗り込み、発進させる。

95 ゲーム喫茶・外
笹谷が背後から絞刑具で首をしめられ、ずるずると崩れ落ちる。

96 カラオケボックス・外 千葉の死体が物陰に引き込まれる。

97 クラブ東洋
に車で乗り付ける武史。

98 同・フロア
がらんとして、時江や美津子の姿もない。
ふらりと釘尾が現れる。
武史「(釘尾に聞く)ここにいた二人は」
釘尾「年輩の方が飲み過ぎたとかで、奥で休んでいただいてます」
武史「そうか…きょうは休みの日じゃないだろ」
釘尾「はあ」
武史「なんで客が入ってないんだ」
釘尾「開けてないからで」
武史「なんで開けないんだ」
釘尾「…」
武史「(あたりを見渡し)他の従業員はどうした」
釘尾「噂が伝わるのは早いので」
武史「…何の噂だ」
釘尾「…」
武史「俺はまだここのオーナーだぞ」
釘尾「そういう話ではないのですが」
武史「じゃあ、どういう話だ」
釘尾「ご存知ないのですか」
武史「何をだ」

99 道路
車を走らせる河野。
*   *
また別の道を走る森下(同じく津川に雇われた殺し屋)。
*   *
宇田川(同上)。

100 クラブ東洋・フロア
武史「全員やられたのか」
釘尾「そのようです。こっちが柴田を殺るのを手ぐすねひいて待っていたみたいですね」
武史「…集合をかけろ」
釘尾「かけました」
武史「…だったら、なんでここにおまえしかいない」
釘尾「(ひとりごとのように)ついてないから」
武史「何をっ?」
釘尾「(取り繕う)いま集合をかけたばかりですから…」
武史「くそっ」
うろうろする。
武史「…お袋はどこだ」
釘尾「はあ?」
武史「年輩の客だ」

101 同・寝室2
やってくる武史。
ノックして中に入る。

102 同・中
以前、三木を殺したのと同じ位置に時江が寝ている。
そばに美津子がついている。
武史「(美津子に)なんて所に寝かせるんだ」
美津子「ふさわしい所だと思うけど」
武史「(時江に呼びかける)母さん…母さん」
美津子「寝てるわよ」
時江「(目を開き)なんだい」
武史「(美津子に)ちょっと外してくれないか」
美津子「相談ごと?」
武史「おまえに関係ない」
美津子「そんな筈ないでしょう」
武史「いいから、行け」
美津子「(やむなく)…事務所にいる」
と、出ていく。
武史、くたびれたように時江が寝ているベッドに腰掛ける。
時江「(寝たまま)迷うことはないよ」
武史「わかるかい」
時江「おまえが何をしているのか、今どんなことになっているのか、細かいことは知らない。でもおまえは小さい時からよく言うことを聞く子だった。なんだってあたしの言う通りにした。それが父さんには気に入らなかったみたいだけど。今度だって、あたしの言う通りになったじゃないか」
武史「そうだね」
時江、むっくりと起き上がり、武史の背後からささやくように続ける。
時江「人間、やろうと思ってできないことはない」
武史「そうだね」
武史、代わりにベッドに横になる。
時江、上からのしかかるようにする。
時江「駄目だなんて思ったら、本当に駄目になる」
武史「そうだね」
時江「おまえにできないことはない」
武史「そうだね」
時江「おまえは誰にも負けない」
武史「そうだね」
時江「そうとも」
武史「母さん」
時江「なんだい」
武史「母さんは俺の味方だろう」
時江「もちろんだ。あたしの目の黒いうちは、誰にもおまえに指一本ささせない」
武史、起きあがる。
力が湧いてきた。
武史「じゃ、行ってくる」
時江「行っといで」
武史、出ていく。

103 同・事務所
入ってくる武史。
あたりを見回すが、美津子はいない。
武史「美津子…美津子?」
答がないので、またあたりを見回し、机の引き出しを開ける。
覚醒剤と注射器がある。
出して腕をまくったところで、その手が止まる。
入り口に立った美津子が銃を構えている。
美津子「いつまでそんなものに頼ってるのよ」
武史「これから一働きするのに要るんだ。そんなものは下ろせ」
美津子「覚醒剤だけの話じゃない」
武史「(時江との会話を)聞いていたのか」
美津子「さあね」

104 道路
走る宇田川の車。
*   *
森下の車。
*   *
河野の車。

105 クラブ東洋・事務所
武史、ゴムホースで腕を縛る。
美津子「やめなさい」
注射器を出す。
美津子「やめなさい」
注射器を腕に近づける。
美津子「これが最後よ。やめなさい」
武史「薬を、かい」
美津子「…」
武史「そうじゃないだろう」
注射針を腕に突き刺す。
美津子「…」
武史、注射器を抜く。
美津子、武史から注射器を取り上げ、代わりに拳銃を机に置いて出て行こ うとする。
武史「お袋を避難させてくれ」
振り向く美津子。
美津子「(何を思ったのか)避難ね…」
出ていく。

106 外
宇田川の車が停まる。

107 事務所
釘尾がかけ込んでくる。
釘尾「怪しい奴らが…」
武史「来たか」
薬が効いてきた。
武史「集合をかけた連中は」
釘尾「来ません」
武史「ネズミどもめ、沈没なんかせんぞ」
銃を取り、銃弾を多数用意する。
釘尾も銃を出す。
武史、弾を投げてやる。

108 フロア
釘尾、銃の安全装置を外しながら来る。
はっとする。
宇田川の影が玄関にちらりと見えた。
とっさに横っとびに逃げる、後ろの酒瓶が銃弾で砕かれる。
釘尾「(大声で)来た!」

109 事務所・外
飛び出てくる武史。

110 フロア
油断なくじりじりと玄関に近づく釘尾。
武史「(来て)どいてろっ」
と、一発ぶっぱなす。
玄関の横手に逃げ、すんでのところで被弾せずにすむ宇田川。
武史、来て、電動式のシャッターを操作する。
じりじりと下がりだすシャッター。

111 玄関・外
宇田川、飛び込むチャンスをうかがうが、ちょっと体を乗りだしかけると、すぐ武史が撃ってくるので手が出ない。
やがてシャッターは閉まってしまう。

112 フロア
武史「裏口も閉めてこいっ」
釘尾、飛んで行く。

113 裏口・中
釘尾、ドアに鍵がかかっているのを確認する。
念のため、モップをしんばり棒にし、鍵が壊れても開かないようにしてお く。
ドアは木製である。

114 廊下
戻りかける釘尾。
釘尾「?…(妙な水音を耳にする)」
事務所の中から聞こえてくる。

115 フロア
釘尾「(戻ってきて)社長、来て下さい」
武史「取り込み中だ」
釘尾「奥様がおかしいんです」
武史「…逃げてなかったのか?」
と、事務所に向かう。

116 事務所・外
近づく武史。
水音が大きくなる。
武史、中を覗く。

117 同・中
美津子が洗面の水を出しっ放しにして、しきりと手を洗っている。
裸で、下もほとんど脱いでいる。
武史「(異様さにうろたえ)どうしたんだ、逃げろと言っただろう」
美津子「…(答えず、手を洗っている)」
武史「何を洗ってるんだ」
美津子、何かぶつぶつ呟いているが、一向に聞き取れない。
武史「何だって?」
ふと床に脱ぎ捨てた服に目をやる。
武史「…(手に取って見る)」
血の跡がべっとりとついている。
武史「この血は…なんだっ」
美津子「(まだ手を洗っている)」
武史「いつまで洗ってるんだ、もう血はついてない」
水道を止める。
しかし、手を洗う動作は止まらない。
武史「…(ぞっとする)」
改めて、血のついた服に目をやる。
武史「この血は…」
弾かれたように、部屋から出ていく。

118 寝室2
飛び込んでくる武史。
三木とそっくりのポーズで仰向けになって死んでいる時江。
喉が破れ、おびただしい量の血があふれ出ている。
その中に半ば沈むようにして先が砕けた注射器が刺さっている。
武史「(呆然と、その傍らにへたりこむ)」
時江の喉に刺さっていた注射針を抜 く。
すさまじい勢いで刺されたものらしく、ひしゃげて曲がっている。
武史「(妙に客観的に)…針がついた注射器を突き刺して…何度も突き刺して…先が割れたら、割れたガラスをまた突き刺した…」
時江、目を閉じている。
武史「あたしの目の黒いうちは、か」
武史、線が切れたように笑い出す。

119 フロア
に響いてくる武史の高笑い。
釘尾「…(気味悪くなる)」

120 事務所
の前を通る武史。
武史「(中の美津子をちらと見て)…てめえが手を汚したら、これだ」
ぼそっと言って去る。

121 フロア
武史がやってくる。
釘尾「どうしたんです」
武史「悪かったな、こんなことになって」
釘尾「…?」
シャッターの鍵が壊される。
がしゃーん、とシャッターを突き破って宇田川が飛び込んでくる。
緊張する釘尾と武史。
宇田川、態勢を立て直す。
釘尾「野郎っ」
その胸を宇田川が撃った銃弾が貫く。
武史、その後ろに隠れる。
さらに連射してくる宇田川。
釘尾の死体を楯に、応戦する武史。
共に弾が切れる。
武史、とっさに釘尾の手を上から握って釘尾の銃を撃つ。
撃たれてふっとぶ宇田川。
武史、銃ごと釘尾の体を投げ出し、自分の銃に持ちかえる。

122 裏口・外
森下、銃で鍵を壊す。
ドアをむりやり開けると、からーんというモップが床に倒れた音がする。

123 フロア
音を聞きつけ飛んで行く武史。

124 裏口
飛び込んでくる森下。
廊下の反対側の武史に向かって連射を浴びせる。
反撃する武史。
森下、さらにドアの蝶番を壊して楯にして突っ込んでくる。
撃ちまくる武史。
ぽつぽつと穴が開きながら一つの生き物のように進んでくるドア。
武史「…(ドアが迫ってくることで、空間が突然縮まってきたような錯覚をおぼえる)」
森下、ぶすっと頭のすぐ上を撃ち抜かれて、開け放しになっていた傍ら の寝室2の入り口に楯を立てかけて、

125 寝室2
に飛び込む。
そこに転がっている時江の死体に目を丸くする。

126 廊下
森下の声「うわあっ」
武史「(それを聞いて呟く)殺し屋が死体にびっくりしてどうするんだ、馬鹿野郎」

127 寝室2
武史の見た目ム楯が動き出す。
するすると前進しだしたので、また連射をしかける武史。
楯、今度は事務所の前で止まる。

128 事務所
まだ手を洗っている美津子を見て、二度びっくりの森下。
森下「なんだっ、おまえ」
もう洗面にこだわらず、部屋中歩き回りながら手を洗っている(パント マイム)。
焦点の合わない目のまま、森下の方に歩いてくる。
森下「うわあっ」
思わず銃を向ける。

129 廊下
銃声。
武史「…」
また楯が動き出す。
武史「いいかげんにしろっ」
目一杯の連射を浴びせかける。
楯の動きが止まる。
どうっと楯ごと森下がつっぷすように倒れる。
武史、残った銃弾の数を調べる。
武史「きっかり6発か」

130 玄関
から堂々と入ってくる河野。
対峙する武史。
一瞬の気合いの後、撃ち合いが始まる。
床を転がり、机やカウンターの陰に隠れ、あるいは突然飛び出しては一発一発大切に撃っていく。
武史「一発…二発…」
河野も一発、二発と撃ち返す。
武史「三発…四発…」
河野は三発、四発と撃ち返してくる。
武史「五発」
隠れたまま、いったん弾を出し、たった一発残った熱い弾を握りしめる。
かすかに肉が焼ける音と臭いがする。
後の弾を全部捨てて、一発だけこめて弾倉を回す。
武史「俺が出ると決めれば、弾は出る」
武史、上のミラーボールを見る。
河野が移動しているのが映って見える。
武史、先手をとって物陰から飛び出し、一気に河野を視野に納める。
河野、狼狽する。
武史、最後の一発を撃つ。
胸を撃たれた河野、反射的に撃ち返す。
河野が放った弾丸は武史の顔をぶち抜く。
同時に倒れる二人の男。
その上ではミラーボールが空しく揺れている。

131 道路
隊列を組んで霊柩車が走る。

132 竹見医院・霊安室 まだ冷凍されたままの三木の死体。
<終>




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