桐野夏生『柔らかな頬』(講談社、1999年)を読んだ。
最近読んだ、江戸川乱歩賞、日本推理作家協会賞、大藪春彦賞などの受賞作とは格が違う。まったく違う。
主人公の女をぼくは好きになれなかったし理解もできなかった、けれど。
情交場面の描写も苦手だった。
とくに、女が男の傷跡の肉の盛り上がりを弄るのが不快だった。
ぼくは学生時代、アイスホッケーの試合中に左両下腿複雑骨折という怪我をした。簡単に言えば、左足の踝の骨が真っ二つに割れてしまったのである。
左足の踝を両側から切開して、砕けて肉の中に散乱した骨片をピンセットで1つづつ取り出し、残った踝の骨を元の形に医療用接着剤でくっつけ直して、釘で固定するという手術を受けた。
2ヶ月入院し、ギブスが取れてから4ヶ月リハビリに通い、6ヶ月目に再び入院して今度は骨を固定していた釘を抜く手術を受けた。
19歳の12月に怪我をして、20歳の連休が再手術だった。
二度の手術で合計40針近く縫合の傷跡が残った。神経がずたずたになったらしく、その傷跡に靴の縁が当たったりすると、名状しがたい不快感が突き上げてくる。
何も触れていなくても、突然傷跡に全神経が集中してしまうことがある。
40年たった今でも、当時ほどではないが不快感が残っている。
この文章を書いている間も、左の踝から胃に向かって不快な信号が伝わってくる。
その傷跡の不快感を抱えながら、日曜の午後から、今、火曜の夜まで、仕事の合間を縫って読みつづけた。
読んでいる間、ずっと左踝の傷跡から鳩尾に不快なものがこみ上げていた。
* 写真は、桐野夏生『柔らかな頬』(講談社、1999年)の表紙カバー。