豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

ランケ『世界史概観--近世史の諸時代』

2021年07月13日 | 本と雑誌
 レオポルド・フォン・ランケ『世界史概観ーー近世史の諸時代』(鈴木成高、相原信作訳、岩波文庫、1961年改版、原著は1854年刊)を読んだ。前に書いたとおり、この本は歴史家ランケが時のバヴァリア国王マクシミリアン2世に行なった講義と両者間の質疑応答(対話)からなっている。

 読むきっかけは、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』に書いたとおり、買ったきっかけもそこに書いたとおり、学生時代のゼミの先生の(ドイツ語の)先生の翻訳だったから。訳文は読みやすく「達意の日本語」と言ってよい。達意すぎて、本当にドイツ語の翻訳なのかと思うくらいである。

 ランケは(古代)ローマの後世に対する寄与の第一として法の発展を挙げる。「ローマ人特有の学問的天才は、元来法律的な性質のものであった・・・、彼らは・・・民法のそれにおけるほど独創的であったことはなかった。ローマ人は、そもそもその建国の初めから法的諸概念を鋭くとらえ、整然たる論理性をもってそれらを組織した」のである(60頁)。
 ぼくは法学部生になったきわめて初期、「法解釈学」といわれるものを身につける前に、ジェローム・フランク『裁かれる裁判所』(古賀正義訳、弘文堂)や、末弘厳太郎『嘘の効用』(日本評論社)などを読んで、「法解釈」というものの嘘くささを感じてしまったため、現在に至るまで上記のような古代ローマ人の発明品のご利益にあずかることができないままにいる。

 ランケによれば、古代ローマ人は、「最初から宗教や道徳の点で独自の精神を有し、世界の他のいかなる民族よりもはるかに豊富に厳格な道徳観念をもっていた・・・。たとえばローマ人が結婚に関して抱いていた高い観念を思って見よ。ローマ人は最初数世紀の間は離婚なるものを知らずに過ぎたのである。その他、ローマ人の家庭生活や父権の制度などを考えて見るがよい。これらの道徳的傾向(は)はるか後に至ってローマが極度のはなはだしい退廃の時代に入ってからも、なお作用し続けたのである」(68頁)。
 しかし、弓削達『ローマはなぜ滅んだか』を読んだ後では、この記述には首をかしげざるを得ない。「離婚」は禁じられていたとしても、別居、姦通、蓄妾などは上流階級にあっては日常茶飯だったろう。離婚禁止時代にあっても、それこそ法律家が、「未完成婚」ーー婚姻の外観はあるが実は婚姻はまだ成立していなかったーーなどという法律構成で当事者を婚姻から解放する方便(抜け道)を作ったことをぼくたちは教えらて知っている。

 ローマ教会の建設に際して、「キリスト教においても僧侶は一般人民(ギリシャ語原語省略)に対して、神の選択(ギリシャ語略、訳注ーー抽選の意。)と考えられた」(71頁)。
 ランケでまで「抽選」、くじ引きに出会うとは思わなかった。くじ引きによる決定など、民主社会にあってはならないことと思ってきたが、ホイジンカ、ホッブズ、ランケとつづけて「くじ引き」の肯定に出会うと(モンテスキューもそうだったか?)、いよいよ「くじ引き」の合理性は考え直さなくてはならないと思う。
 ぼくは現役時代に職場の労働組合の忘年会の「くじ引き」で1等賞を当てたことがある。景品は横浜ホテル・ニューグランドのペア宿泊券だった。突然壇上に上がってスピーチを求められ、ついつい「こんなことに(!)運を使いたくないです」などと言ってしまい、司会者の不興を買ってしまった。あれも、実はぼくがきちんと組合活動をし、言うべきことを言ってきたので運命がほほ笑んでくれたのだったかもしれない。

 ローマの衰退に関してランケは、ローマ帝国が抱えていた内部の弊害として「腐敗しやすい、暴力的干渉に流れ勝ちの行政」に加えて、「荒廃をもたらす内乱、漸次起こって来た結婚回避その他の理由から、帝国は底知れぬ人口減少に悩んだ。キリスト教なるものもきわめて早く禁欲主義的傾向を現わしたゆえに人口増加には何の寄与もできなかった」と指摘する(73頁)。
 弓削さんの本にはローマの人口減少の話題は出てこなかったように思うが、人口が減少しつづけているうえに、ローマ社会に同化したゲルマン人を排除する運動が起こったのでは滅ぶしかないだろう。「滅ぶ」といっても弓削さんの言葉ではローマが「中心から周縁」に変化した(転落した?)ということだが。ランケのこの本はまさに「周縁」だったドイツが「中心」に近づく過程を論じている。

 後半においては、17世紀のフランス、ブルボン王朝のヨーロッパ席捲に対抗する3つの勢力として、イギリス、ロシア、そしてオーストリア及びプロシアの動向を概観し、最後にアメリカ独立、フランス革命、ナポレオンのヨーロッパ制覇、ナポレオン後の立憲主義時代で結ばれるのだが、ここまで書いてきて疲れてしまった(ワクチン接種の副反応か?)。

 ホッブズを読むための背景理解としての読書だったので、イギリスだけを簡単に触れておくと、基本的にはエリザベス(1世)からジョージ2世にいたる200年弱の同国における国王と議会との抗争、結局は議会の歴史的に獲得してきた諸権力(憲法)の承認が述べられている。印象に残ったことは、クロムウェルが議会を転覆させ国王を刑死させたことに対して「不忠の父と呼ばれるのももっともだ」としつつ、英国統監として重商主義的政策によって英国民に利益をもたらしたことを評価している記述であった(224頁)。
 「クロムウェル」という映画があったと思うが、クロムウェルを再評価する立場からの映画であれば、見たいものである。

 2021年7月13日 記


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