豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

ロック『市民政府論』(統治二論)

2021年07月16日 | 本と雑誌
 
 上の写真は、J. Locke “Two Treatises of Government ”(1690年。P. Laslett ed., Cambridge Univ. Press,1988 Student Edition)。扉に 北沢書店のシールが貼ってあり、「1988年11月17日、北沢書店で購入」と書き込みがしてあった。当時の北沢書店は、法律書も含めた洋書専門店だった。写真の右側は北沢書店のブックカバー。Amazonが洋書の通販を始めるより以前のことである(と思う)。

 この本の中に、「自然法のもとにおいて、人を自由にするものは何か?」という問いに対して、「それは成熟の状態<State of Maturity>である、この状態に達すれば、その人(原文は‘he’だが)は法を理解することができると見なせるようになるのであり、その人は己の行動を法の制限の範囲内にとどめることができるのである」(第2部59節、307頁)という一文を見つけたときの喜びーー「しめた! これで “mature minor rule” の起源をロックまで遡らせることができる!」ーーを今も忘れない。
 
      
 
 ぼくが最初に読んだのは鵜飼信成訳『市民政府論』(岩波文庫)だが、鵜飼訳は “State of Maturity” に該当する個所を「完全に成長した状態」と訳しており(61頁)、宮川透訳「統治論」(『世界の名著(32)ロック、ヒューム』中公バックス、1980年)では「成人の状態」と訳していた(228頁)。さらに、ぼくが最初に参照した原書は Everyman's Library 版の J. Locke “Two Treaties of Government” だったが(Dent, 1986。初版は1924年。上の写真)、この部分の原文は “State of Maturity” ではなく “an estate” となっていた(144頁)。

      

 “Two Treaties ・・・” は、最初は亡命先のオランダでラテン語で出版されたものがイギリス国内に持ち込まれたというから、英語版には多くの異本があるのだろう。1980年代には歴史人口学者としてのラスレットの令名が高かったので(彼はロックを理解するためにはロックの生きた時代の研究が必要だということで『われら失いし世界』などを執筆した)、彼が校注を加えたCambridge UP 版を参照したところ、“State of Maturity” を発見したのであった。
 「完全に成長した状態」や「成人の状態」、あるいは “an estate” ではダメなのである。たとえ「成人年齢」(成年)に到達する前であっても、理解力、判断力が成熟した未成年者は「成熟した未成年者」として成人と同じに扱おう、その自己決定権を認めようというというのが、Gillick事件でイギリス貴族院判決(1985年)が示した “mature minor rule” という原則だった。
 この原則が、デニング卿(Lord Denning M.R.)の判決(1970年)に由来することはギリック判決自体が明記している。そこからブラックストン(W. Blackstone)『イングランド法釈義』にさかのぼる道程は、(これもギリック判決自体が若干触れているのだが)、内田力蔵氏と堀部政男氏の著書、論稿に支えられて辿ることができたのだが、この “state of maturity” の発見によって、ブラックストンからさらにロックにまで遡ることができたのである。
 この言葉(Maturity)のおかげでぼくの修士論文も “State of Maturity” の域に近づくことができた、と自分では思っている。

      

 ちなみに、その後に出版されたロック『市民政府論(統治二論)』の翻訳書のうち、伊藤宏之訳では「一人前の状態」(『全訳・統治論』柏書房、1997年、196頁)となっているが、加藤節訳では「成熟した状態」(『統治二論』岩波書店、2007年、235頁)となっており、「原語は state of maturity である」という訳注もついている。加藤訳が底本としたのはラスレット版ではないようだが、Laslette版を参照したと凡例に書いてある(ただしLasletteでは s と m は大文字)。おそらく今後は「成熟した状態」が定訳になるだろう(と期待する)。

 ※ 前の書込み(川北稔編『イギリス史(上・下)』)のうち、ロックに関する部分を分離独立させ、多少加筆したものです。新しい書込みだと誤解された方、申し訳ありません。
 
 2021年 7月16日 記          

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