チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

博多「かろのうろん」

2015年09月07日 | 日々のこと

曇り,28度、87%

 博多の総鎮守「櫛田神社」の裏道に,とっても古いおうどん屋があります。ちょうど大通りと裏道に挟まれた三角地帯の角っこです。「かどのうどん」が訛って「かろのうろん」。

 櫛田神社のすぐ前が実家の菩提寺です。お盆、暮れ,お彼岸,命日とお寺参りを欠かさなかった両親とお寺の行き帰りに立ちよ寄る「かろのうろん」。母がうどんや蕎麦を家で作ってくれた事はありません。父はおうどんが大好物、うどんや蕎麦は外で食べるか出前で取るものと思っていました。

 博多のうどん,麺は昨今流行の讃岐のように腰のある麺ではありません。稲庭のように細く喉越しがいい麺でもありません。小麦粉を伸ばしましたと言わんばかりのやや太目,柔らかい麺です。お出汁は,関東のように茶色くはなく関西風の底が見えるお出汁です。博多はラーメンも有名ですが,このおうどんのチェーン店も沢山ある麺好きなお国柄です。

 小さい頃の私は指しておうどんもお蕎麦も好きではありませんでした。食も細かったので,両親に分けてもらっていたのでしょう,何を食べていたか記憶にありません。大きくなってからは,月見うどん一辺倒です。「かろのうろん」ばかりか,博多のおうどん屋さん、おうどんお蕎麦の他に必ずあるのが「かしわのおにぎり」、鶏ご飯をおにぎりにしたものです。お腹持ちは今ひとつのおうどんお蕎麦、そこでおにぎりを。 「かろのうろん」の外の板塀に掛かっているお品書きです。実は、「かろのうろん」店内は撮影禁止です。古いガラスの引き戸を開けて店に入ると,6つばかりのテーブルと二階にも席がありますが、小さな店です。お昼時ともなれば長蛇の列,中には観光ブック片手の韓国人、中国人も並んでいます。テーブルの上には,大盛りの大ネギの刻んだ物、一味唐辛子。おうどんですから長居をする人はいません。

  墓掃除に向かう私は櫛田神社の裏口側から,「かろのうろん」の裏小路に入ります。櫛田神社の裏口には、これまた博多の名物「梅が枝餅」(太宰府天満宮のお石茶屋が発祥だそうです。)が香ばしく焼ける匂いを嗅いで,角を曲がって細い裏小路に入ります。そうですね,200mもない小さな裏小路です。この小路の出端が「かろのうろん」。小路に入ると,「かろのうろん」のお出汁の匂いが満ちています。雨の日は湿っぽく感じるお出汁の匂い,暑い日だってむっとする蒸気に似たお出汁の匂い。ここに来ればこの匂いがするのは私の記憶に畳み込まれているので,当たり前に匂っていました。

 一昨日,この小路に足を踏み入れた途端,また「かろのうろん」の匂いです。この匂い,あれ?私がおうどんのお出汁をとる時と同じ匂いだと初めて気が付きます。羅臼昆布をたっぷりとかつを節も菜箸が立つほどたっぷりと、あとは淡口醬油にみりん少々、これが私のお出汁です。母から受け継いだお出汁ではありません。同じ博多生まれの主人と私がそれとなく落ち着いた先のお出汁です。「かろのうろん」の立て看板の前に止まって思わず声を上げて笑ってしまいました。私のお出汁のルーツはここにあったのです。

 「かろのうろん」,昔からお店の隅に大きなたらいに入った羅臼昆布の出しがらが置いてあります。「ご自由にお持ち帰りください。」最後にこの店に行ったのは,母が亡くなった翌日,お骨をお寺に預かってもらうためにお寺に来たときでした。息子と二人,昔はよく来たねえと、おうどんをすすります。羅臼昆布もいつものままたらいに入っています。店内撮影禁止です。一昨日は,まだお店が開いていませんでした。

 自分の作る味の原点を見つけた小さな路地にある「かろのうろん」です。

コメント (2)
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