'15.02.10 『アメリカン・スナイパー』(試写会)@イイノホール
戦争映画はあまり得意ではないのだけど、この映画は見たいと思っていた。試写会当選したお友達のおこぼれに与って行ってきたー♬
ネタバレありです! 結末にも触れています!
「幼い頃から父親に射撃を習っていたクリス・カイルは、愛国心に燃えて志願し米国海軍に入隊。特殊部隊ネイビー・シールズに配属され、4回にわたりイラクへ派遣される。狙撃手として抜群の活躍を見せるクリスは、味方からは"伝説の狙撃手"、敵からは"ラマディの悪魔"と呼ばれるようになるが・・・」という話。これは良かった。実在の米軍狙撃手の映画だから、当然戦場が主な舞台となるわけで、銃撃シーンや緊迫したシーンも多く、眉間に皺よりっぱなしで見終わった後頭痛くなったけど(笑) でも、さすがクリント・イーストウッド監督だなという感じで、『ジャージー・ボーイズ』(感想はコチラ)の後にこれか?とも思うけれど、実は軸はぶれていないのかもしれない。
原作はクリス・カイル他による「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」で、13週連続第1位のベストセラー作品。毎度のWikipediaによりますと、2012年5月24日ワーナー・ブラザーズはブラッドリー・クーパー主演・製作で映画化する権利を獲得したことを発表。2013年5月2日にはスティーブン・スピルバーグが監督すると報道されたけれど、同年8月21日にクリント・イーストウッドが監督することが発表されたのだそう。個人的にはクリント・イーストウッド監督で良かったように思う。2014年12月25日に北米4館で限定公開され、63万3000ドルを稼ぎ出し、週末興行収入ランキング初登場22位となったそうで、3週間にわたる限定公開で330万ドルを稼ぎ出したとのこと。拡大公開3週目には公開規模が全米3885館にまで拡大され、3180万ドルを稼ぎ出し週末興行収入ランキング3週連続1位となった。この数字はスーパーボウル開催週の週末興行収入としては過去最高の成績だそう! 批評家からは高い評価を得ており、Rotten Tomatoesでの支持率は73%、平均点は10点満点中6.9点。
実は本作、著名人たちも感想をTwitterなどで披露していて、保守派とリベラル派の間で大きな論争が起きているのだそう。女優のジェーン・フォンダは高く評価し「ブラヴォー、クリント・イーストウッド」とtweetしたそうだけれど、マイケル・ムーア監督は「スナイパーは背後から人を撃つ臆病者だと教わった。ヒーローではない。」と発言し大きなニュースに。セス・ローゲンは『イングロリアス・バスターズ』のナチスのプロパガンダ映画と比較しTwitter上で炎上 ロブ・ロウや政治家のニュート・ギングリッチが2人を厳しく批判したり、ミシガン州の店が2人の入店拒否する騒動になったらしい。確かに、テーマがテーマなだけに、いろいろな意見があるかなとは思う。なので、感想が難しい・・・ ただし、映画としてはクリス・カイルを賛美も糾弾もしていないと思う。
クリス・カイル氏についてもWikipedia調べてみた。彼は、父親から「お前は弱い羊達を守る牧羊犬になれ、狼になるな」と言われて育ち、子供の頃の夢はカウボーイか軍人。1999年海軍に入隊し、厳しい選抜試験を突破しネイビー・シールズのチーム3に配属された。2003年にイラク戦争が始まると、2009年に除隊するまで4回派遣され、イラク軍およびアルカーイダ系武装勢力の戦闘員を160人(非公式には255人)を殺害し、味方からは"伝説の狙撃手"、敵からは"ラマディの悪魔"と呼ばれ、18万ドルの懸賞金がかけられた。ちなみに、狙撃するとライフル銃が跳ね上がり、狙撃手自身は確認できないため、別の兵士が双眼鏡などで確認するため、160人というのは確実な数値なのだそう。ラマディの戦いで目の前で親友ライアンが敵の攻撃で失明したり、同じく友人のマーク・リーが戦死したり、壮絶な体験をしたためか、自分が撃った相手を"悪人"と称し、狙撃したことに罪悪感はないと語ったのだそう。本人もPTSDに苦しんだため、医師に勧められ傷痍軍人と交流。PTSDに苦しむ帰還兵、退役軍人のためのNPO「FITCO Cares Foundation」を設立。社会復帰に向けた支援活動に取り組んでいたが、2013年2月2日、PTSDを患う元海兵隊員エディー・レイ・ルース(当時25歳)により射殺された。
と、いきなり前置きでほぼネタバレしてしまったけれど、Wikipediaを読んだ限りでは一部変更や映画的脚色はあるものの、ほぼ忠実に映画化されているので、ネタバレでもないかも? いつもは映画の展開を書きつつ、感想を加えていく感じで記事書いているけど、この作品の場合半分くらいは戦場で、戦闘場面を描写するのも辛いし、それもある意味見どころなので、今回はその辺りの描写は控えめにしようかと思っている。とはいえ、そんなにいろんな書き方が出来るほど器用でもないので、結局いつもどおりになるかもしれないけれど。と、言い訳をしつつ・・・(o´ェ`o)ゞ
冒頭、建物の屋上から、向かいの建物を見張る米軍兵士2人。1人は床に伏せて、ライフル銃を構えている。そこに現れたのは中東系の女性と、その息子と思われる少年。母親は息子に筒形の物を渡す。ライフル銃を構える兵士は、無線で上官に連絡を取る。少年が持っているのは対戦車用の爆弾だと思われる。すると自分の判断で撃っていいと指示が出る。引き金に掛かっている彼の指に力が込められたところで場面転換。ここから、主人公の生い立ちが始まる。この緊張の導入部は良かった! いきなり戦場。しかもドンパチの戦闘シーンではなく静かな緊迫感。しかも照準を合わせた相手は10歳くらいの少年。どうなるのか?!で、一呼吸。その答えは後ほど分かる。しかも、アッサリと・・・
クリス・カイルは幼い頃から父親に狩猟を習ってきた。獲物の狙い方だけでなく、銃の扱い方まで。少年時代、弟が虐められていれば、相手を徹底的に叩きのめす。弱いものは強いものが守るのだという教え。母親は父親の子育て法に異論があるようだけれど、諦めているのか反論はしない。父親の子育てが間違っているとは言わないし、クリスが弟を守ったのは立派。ただし、映されていた通りだとすれば、若干やり過ぎに感じる。そこまでやってしまうと、弟の立場がなくなってしまうようにも思う。自分を守ってくれる強いお兄ちゃんは誇りになるけど、度を越して暴力になってしまうと、弟の中にも違和感が生まてしまう気がする。とはいえ、弟が兄に憧れているのは間違いないと思う。この兄弟はその後も仲がよく、頼れる兄と気が弱いけれど優しい弟という構図は変わらない。ただ、兄を越えられない壁と思っていたかも・・・ 後のシーンでの弟の様子からすると、兄の存在が彼を戦場に引きずり込んでしまった部分もあるのかも? 父親に対して自分も認めて欲しいというような思いが、兄と同じ行動を取らせたというか・・・ と、熱く語ってしまったけれど、今作で弟はそんなに大きく扱われてるわけではない。ただ、戦地でのあの様子を差し込んだことには意味があると思うし、それが単なる弟のPTSDの描写というだけとは思えなかったので。若者を戦場に駆り立てるのは、単純に愛国心だけではないというような・・・
実際のクリス・カイルはちょっと違うようだけれど、映画の中では弟と2人で兵士募集のようなチラシを見て応募を決意する。こちらも実際は入隊後、ネイビー・シールズに配属されるようだけれど、映画の中では最初からネイビー・シールズを志願して訓練を受けている感じ。まぁ、ややこしいからその辺りの変更はいいかも。訓練は過酷。体力的にキツイのは当然だと思うけれど、言葉の暴力とも言えるような罵声を教官から浴びつつの訓練。脱落していく者もいる。これは捕虜になった時などに備えてなのかな? 訓練の場面が意外に長い気もしたけど、愛国心に燃えた彼の決意が、軽い気持ちではないということの描写だったりもするのかな?
ある日、訪れたバーでタヤという女性と出会う。兵士との出会いを求める女性が多い中、そうではないらしいタヤに惹かれるという設定になっているけど、実際の2人の出会いについては原作未読のため不明。2人の間も過不足なく進展していく。この映画で描きたいことの1つであるクリス・カイルは家族を愛する普通のアメリカ人だったという部分に繋がるので、2人の恋の始まりから結婚までを、きちんと見せつつ凡長もならず見せていたのはさすが。クリント・イーストウッド監督の演出は相変わらず無駄がない。2人で過ごしていた時、タヤに呼ばれたクリス・カイルが見たのは9.11テロの映像だった。これにより、イラク戦争が始まったという分かりやすい描写。実際の2人は既に結婚していたようだけれど、クリスの出兵が決まりそうなので、慌てて結婚式を挙げたように描かれている。後に3日間しか新婚旅行がなかったというタヤのセリフが入っているけど、新婚の日々のほとんどを一緒にいられないかったという方が、より家族の絆の危うさを表すことができるとは思う。そして、この船上での結婚式で、開戦が告げられる。
そして、冒頭のあの場面へ。ペアを組む兵士が間違っていたら軍法会議ものだと言うセリフが入る。少年の手にしている物が、対戦車用爆弾でなく、ただの筒状の物だった場合、彼を射殺してしまったとしたら軍法会議にかけられるとうこと? 確かに爆弾でないのであれば、無抵抗の民間人を撃ってしまうわけで、間違えましたでは済まされないよね・・・ だからこそ余計に、見ている側としては爆弾でありませんようにと祈るわけだけど、この時のクリス・カイルの心情は全く語られない。そして、少年が胸にしているものが、何であるのか見ている側にもハッキリと分かり、彼が戦車に向かって走り出した瞬間、クリス・カイルは少年を射殺する。彼が撃たれるのを目撃した母親は、泣き叫びながら爆弾を取り、戦車に向かって走りだす。「このアマ」的な発言をして、この母親も射殺する・・・ 衝撃的なシーンではあるのだけど、映画的な盛り上げは一切ない。この潔さがスゴイ。宿舎に引き上げたクリス・カイルは同僚に、初めて撃ったのは少年だったとやるせない思いを語り、少年が米兵を10人殺した可能性もあったと慰められるシーンがある。いくらか救いではあるけれど、それも本当にサラリとしている。サラリとしているから彼の後悔というか、罪悪感のようなものが伝わらないわけではない。ただし、それを感じていたとしても、この時点では、この任務に対しての疑問を持つとか、辞めたいと思ったりしているわけではないことも伝わる。嫌な事があったけど、それを消化しなければならないと思っているというか・・・・ 日本の普通のOLちゃんだって仕事で嫌な思いをすることはある。それは自分のミスかもしれないし、他人のミスかもしれない。でもそれを消化して仕事を終わらせなければならないわけで、どうにか折り合いをつけようとしたりする。その感じに似ているような気がした。もちろん人の命を奪っているわけで、その重さは比較にならないけれど・・・ このシーンは後のシーンとの対比になっていて、後に少しだけ救われることになる。
シーン描写はあまりしないかもと言いつつ、少年の射殺のシーンを長々書いたけれど、このシーンと後に出てくる対比シーンは、かなり自分の中で衝撃を受けたので、これは書いておきたかった。実際にクリス・カイルが最初に射殺したのは女性だったらしいので、これは後のシーンと対比して、彼の変化を描きたくて変更したのだと思う。シーンの順番はかなり後の方になるけれど、たしか4回目の派遣の際、クリス・カイルが射殺した男性の武器を少年が手に取るシーンがある。この少年が単なる好奇心で銃を掴んでしまったのか、それとも男性の代わりに戦うよう仕込まれているのか、クリス・カイルには判断がつかない。好奇心であっても、彼が味方に向かって銃を構えてしまえば撃たなければならない。冒頭のシーンでは、まだ新婚だったクリス・カイルも、この時点では2児の父となり、少年と同じ年頃の息子がいる。彼は必死で銃を置くように祈る。見ている側も彼と一緒に祈る。見ている側は少年をアップで見ているから、彼が好奇心で銃を手にしてしまったことが分かる。だから必死に祈る。そして、急に怖くなったらしい少年は、銃を置いて去る。クリス・カイルと共に観客もホッとする。こういう何気ないシーンで、彼の心の変化を入れて来るのが上手い。
映画の中でも、そして実際のクリス・カイルも、敵を殺したことについて後悔はなく、自分は悪人(字幕では蛮人)を殺しただけだと語っている。後悔していることがあるとすれば、それは救えなかった味方に対してだとも言う。クリス・カイルは"伝説の狙撃手"かもしれないけれど、完全無欠のヒーローではない。彼の中にアルカーイダの戦闘員だけでなく、イラク兵も蛮人だと思う気持ちがあったことは事実なのだろうし、意識していようが無意識だろうが、そう考えなければ心の均衡が保てなかったのかもしれない。そういう、彼の言動を隠すことなく見せ、擁護するわけでも糾弾するわけでもなく見せるのは潔いと思った。クリント・イーストウッド監督は反戦派だそうだから、この映画をアメリカ万歳に描くつもりもないのだと思う。保守派とかリベラル派とか、右とか左とか、厳密にどこで線引きするのか良く分からないし、あまり自分のblogに政治的なことは持ち込みたくないと思うので、出来るだけ避けたいと思うけれど、映画を見た保守派とリベラル派で論争が巻き起こったことは事実で、それがこういう描き方にあるのだとすれば、クリント・イーストウッド監督の狙い通りなのかもしれない。監督としては、クリス・カイルという人物の良い面も悪い面も隠さず、彼が体験したこと、そしてそれにより彼が受けた心の傷を描き、戦争が人々に与える影響を見せたかったのかなと思う。
まぁ、それだけではただのドキュメンタリー映画になってしまうので、映画的に盛り上がる部分もある。狙撃手は狙撃が任務なので、実際は建物の上などから敵を狙い狙撃するだけ。それだけだと動きがない。なのでクリス・カイルも突入任務に同行したりする。ただし、実際のクリス・カイルも突入に参加したりしていたらしいので、映画化に際しての脚色というわけではないのかもしれない。ある日、人の気配がして突入すると一家が暮らしていた。この辺りは一般市民は退去したはずだと言うと、自分は長老だから立ち退くわけにはいかないと言う。長老がザルカーウィー(Wikipedia)の側近を知っていることが分かり、彼と接触できるよう段取りをつけてもらうことになる。ところが約束の日、先に現れた側近"虐殺者"に長老の幼い息子を人質にとられてしまう。"虐殺者"が拷問する際に使用するのは電動ドリル。そう"虐殺者"は長老の息子の太ももに電動ドリルを・・・ このシーンは遠景で映されるので、ハッキリとは映されないけれど、泣き叫ぶ子供の声が真に迫っていて痛い・・・ この子供の泣き声が演技ならスゴイ! もちろん演技に違いないと思うけれど! この映画の中で明確な"敵"として描かれるのはこの"虐殺者"のみ。もう1人ある意味クリス・カイルのライバル的存在で、狙撃手ムスタファという人物が出てくるけれど、あるシーンから彼を"敵"とは思えなくなった。きちんと勉強していないので、詳しいことは言えないのだけど、そもそもアルカーイダ(Wikipedia)を作ったのはCIAだったりするわけで、何をして"敵"というのか深く考えると何がなにやら?(o゜ェ゜o) ただ、こういう戦争には明確な"敵"がいないと、兵士は目的を見失ってしまうよね。実際、帰還した兵士の多くがPTSDに悩まされているそうなので、これは単純に戦地での体験だけでなく、"何のために戦うのか分からない"ことから来る疲弊感もあるのかなと思った。戦地で短い再会をした時、クリス・カイルの弟はそんなセリフを言っていたし、彼の様子は明らかにおかしかった。
"虐殺者"の残虐行為を見たり、目の前で親友が失明したり、狙撃されて死亡したりと、"敵"への憎悪も芽生えたところで4回目の派遣。過去3回派遣されたわけだから、その間どのくらい間隔が空いているのかわからないけれど、クリス・カイルは明らかに様子がおかしくなっていく。大きな音に激しく反応してしまったり、車を運転していて後ろから煽られると恐怖を感じてしまったり、息子にじゃれた犬を殺そうとしてしまったり、新生児室で寝ている娘が泣いているのに無関心な看護婦に向かって怒鳴ってしまったり・・・ 自分では気づいていないふりをしているけれど、間違いなくPTSD。それでも、彼は戦場へ帰ってしまう。次に戦場に行ったら私たち家族はいないと思ってと言われても、やっぱり彼は向かってしまう。そこまで彼を駆り立てるのは何なのか? もちろん愛国心ではあるのだろうし、アメリカ人にとって9.11で母国が攻撃されたことは、想像以上にショックだったのだと思う。少なくとも映画の中のクリス・カイルのように自国がいつ攻撃されるか分からない!と、過剰反応してしまう人もいたのかもしれないけれど・・・
4回目の派遣。映画のクリス・カイルは今回、復讐のためにやって来たように見えた。彼の目的は友人の敵を討つこと。1人は"虐殺者"、もう1人は狙撃手ムスタファ。このムスタファが実在の人物なのか、映画独自のキャラなのか分からなかったのだけど、オリンピックで金メダルを獲得した腕前。電話などで仕事の依頼を受けているらしく、家で支度を整えて出かけて行く姿が2回ほど出てくる。2度目にはオリンピックの表彰台で金メダルを掛けた写真と、幼い子供を胸に抱く妻の姿が映る。妻子の姿は米国でクリス・カイルを心配して待つタヤの姿と何ら変わらない。アメリカの敵であるからには、世界の敵とも言える狙撃手ムスタファは、妻や娘にとっては愛すべき夫であり父親。彼女たちを守るためには、"敵"を狙撃することは正義。それはクリス・カイルと同じ。この鏡のような存在が、正義のあやふやさを表していて考えさせられる。どんな主義主張があろうとも、過去からの遺恨があろうとも、何の罪もない一般市民を巻き込むテロ行為は許されるべきではない。それをしてしまったのだから、テロ実行犯や指示した人間を"正義"だとは自分は思えない。でも、彼らにとってそれが"正義"であることが、どこまで行っても平行線なんだよね そしてアルカーイダやISILが、テロを行ったことにより明確な"悪"であったとしても、中東の国々やムスリムの方々が"悪"なわけではない。イラク戦争について、アメリカ国内でも未だに是非が分かれている理由の1つには、アルカーイダ=イラクとして攻撃してしまったことにあると聞いたことがあるように思う。だとしたら"悪"ではない人たちも殺されてしまったわけで、このムスタファはどちらの側だったのだろう?
戦場のクライマックスとしては、突入作戦を決行した後、周りを取り囲まれたクリス・カイルを含む米軍脱出シーン。上官の指示は応援が来るまで待機。でも、クリス・カイルは1.9km先にムスタファがいることに気づいてしまう。照準を合わせる。その映像が映るけれど、見ている側にはぼんやりとムスタファが頭に巻いているターバンのようなものが揺れているくらいしか分からない。ムスタファが戦友を狙撃した相手であることを知っている同僚は、クリス・カイルの判断で狙撃するように言う。当然、引き金を引く。1.9km先の相手も撃ち殺せるのね?! もちろん狙撃の腕があってこそだと思うけど、ライフル銃の性能もスゴイね・・・ 無敵のライバルを凄腕を披露して倒したのだから、映画的にはスカッとする見せ場のハズだけど、先ほど見せられた妻と子供の姿がチラついて虚しい。ただし、このシーンからの一連の流れは圧巻! ムスタファを狙撃してしまったことで敵を刺激してしまい、当然一斉に攻撃を仕掛けられる。と、同時に激しい砂嵐が襲ってくる。この砂嵐が迫って来る映像がスゴイ! モーニング・グローリーみたいに、グルグル渦巻く砂嵐が帯状になって迫って来る! その砂嵐の中、迎えに来た車両に向かって走る! もう誰が誰だか分からない・・・ もちろんウキウキするシーンではないけれど、このシーンは最大の見どころだと思う。
この砂嵐の中、クリス・カイルはタヤに電話をかけている。もう家に帰る! その言葉通り、無事帰還した彼は軍を辞めたらしい。帰国しても、家族が待っていてくれるのか不安で、直接家に帰ることが出来ない描写が入る。自分が家族を守るという大義のもと戦場に向かったことは、残された家族にとっては身勝手な行動でしかなかったのかもしれないという思いは、あまりにも悲し過ぎるけれど、そういう側面があったことを認めることから始めないと、家族の元には帰れなかったのかも。とはいえ帰国するたび言われ続けてきたけれど、クリス・カイルの心は戻ってこない。家の中で心ここにあらずの状態で、ボーっとしている姿は衝撃的。自分でもどうしようもないのかもしれない。BBC版「SHERLOCK」の第1話の冒頭で、ジョン・ワトソンはカウンセリングを受けている。彼はアフガニスタンに軍医として派遣され、帰還したもののPTSDにより右脚が動かなくなっている。でも、シャーロック・ホームズと出会い、彼と殺人事件を追ううち、生き生きとしてきて、杖なしで走り出す。挙句、シャーロックの兄マイクロフト・ホームズに、君は戦場を恋しがっていると言われる。自分は戦場に行ったこともないし、行きたいとも思わないので、ワトソンの気持ちが理解できているわけではないのだけど、一度そういう極限状態を経験してしまうと、またその興奮状態を求めてしまうことはあるのかなと思った。クリス・カイルもそうだったのかもしれない。それを"国を守るため"と定義づけしただけだと言ってしまったら、あまりにも乱暴だけど・・・
気がすすまない様子でカウンセリングを受けるけれど、医師の問いに対して前述した言葉を繰り返す。自分が殺したのは蛮人だから、殺したことは後悔していない。自分が後悔しているのは、救えなかった味方に対してだけ。もっと救えたという思いが消えない。それに対して医師は、その意見を特に肯定も否定もすることなく、傷ついた兵士たちはこの病院にもたくさんいると言う。実際のクリス・カイルも医師の勧めで傷痍軍人たちと交流したそうなので、クリス・カイルを癒す方法としては、PTSDに悩む元兵士たちを救うことが有効だということなのかもしれない。映画ではあまり詳しく描かれていないけれど、実際のクリス・カイルはNPO団体「FITCO Cares Foundation」を設立したそうなので、彼が射撃を教えていたのはその活動の一環なのかな? 良き家庭人としての姿を取り戻したクリス・カイルは、息子を連れて狩猟に行く。息子ちゃんに教える姿は、幼い頃の父親とクリス・カイルに重なるけれど、その言葉自体は父親のものとは違っていたような? 正確な言葉は忘れてしまったけれど、力だけが全てというような感じではなかったような? 違ったかな? まぁ、父親の言葉もそういう意味ではなかったかもしれないけれど、聴いていた時には違和感があったので・・・
2013年2月2日、良き父親、良き夫としての姿が映し出された朝。母親から頼まれたからとPTSDを患う元海兵隊員の青年と出かける。挙動不審な青年の様子、心配そうに2人を見つめるタヤ。これは死亡フラグか?!と思ったらそうだった クリス・カイルは退役軍人のチャド・リトルフィールドと共に、元海兵隊員エディ・レイ・ルースに射撃訓練をしていたところ、ルースが突然カイルとリトルフィールドに向けて発砲。2人は死亡。ルース容疑者は死刑を望んでいると言われており、2015年2月に裁判が始まる予定だそう・・・ ラストに流れた映像は、実際のクリス・カイルの葬列の様子なのかな? 彼の遺体を乗せた車の後ろには、長い車の列が続く。道の両脇では国旗を手にした多くのアメリカ市民が見送っている。柩には多くのバッジが打ち込まれている。これ、戦友の葬儀でクリス・カイルも行っていたのだけど、これは軍関係者の葬儀であるということなのかな? 軍服姿の男性たちが、柩に掛けられていた国旗を丁寧に畳む・・・
キャストは良かったと思う。シエナ・ミラーは『スターダスト』(感想はコチラ)と『ファクトリー・ガール』(感想はコチラ)しか見てないし、『スターダスト』は出てたことも覚えてない(o´ェ`o)ゞ 『ファクトリー・ガール』ではイット・ガールと呼ばれたイーディー・セジウィックを演じていたし、ファッション・アイコン的な印象だったけど、老けたね・・・ まぁ、タヤさんは普通の主婦だからかもしれないけど、まだ33歳なのにあの老けっぷりは・・・ 特別シエナ・ミラーじゃなきゃダメという役でもなかったように思うけれど、でも夫が戦場に4回も派遣され、その間1人で2人の子どもを産み育て、家庭を守りながらも夫を支える妻を好演していたと思う。時々ヒステリックになる部分についても共感できた。虐殺者の残虐非道ぶりがすごかったけど、役者さんの名前は分からず・・・(´・ω・`) ムスタファのサミー・シークは、セリフはほとんどなかったと思うけど、孤高の狙撃手という感じで良かったと思う。役柄の是非に関係なく、彼にとっては妻子を養う仕事であり、彼らを守る正義でもあるわけで、その感じは伝わった。
とはいえ、今作はやっぱりブラッドリー・クーパーに尽きる! 自ら製作も手掛け、体重も増やしての熱演。愛国心と正義感に燃えて志願し、4回に渡る派遣で疲弊して行く。でも、家では疲弊しているけど、戦場では生き生きしてたりする。その辺りや、クリス・カイルが罪悪感は無いと言い切ってしまうところは、意図的にしていると思うので、その誰の目から見ても"THE 正義"ではない感じのバランスが素晴らしかったと思う。"THE 正義"ではないけど、もちろん彼は"悪"ではないので、嫌悪感を与えてはいけない。見せたいのは"普通"の人が、戦場で"伝説"となったけれど、その結果PTSDに悩まされているということ。その辺りは見事に演じていたと思う。アカデミー主演男優賞に3年連続ノミネートされているけど、今作はどうかなぁ・・・ 個人的には良い演技だったと思うけど、アカデミー賞はない気がするけれど・・・(o´ェ`o)ゞ
戦場の撮影はモロッコで行われたそうだけれど、中東の乾いた感じが出ていて、戦場の緊迫感を感じさせていたと思う。クリント・イーストウッド監督は、相変わらず重いテーマを、重過ぎずも軽くなることなく、言い過ぎることもなく言い足りないこともない無駄のない演出。84歳にして初めて戦争を描いたそうだけれど、今も続く"中東"問題を選んだところが、さすがだなという気がする。批判も甘んじて受けるというような強い意志を感じた。あれ?『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』があるから初めてじゃないか?! エンドロールは監督の意向で、途中から完全に無音になる。音楽がない分、映画の余韻にひたることが出来る。その時感じたモヤモヤを、この記事に全て書けたわけじゃないし、そのモヤモヤが"正解"ってわけでもないと思う。でも、何かが浮かんだなら、その事自体は間違っていないのかなとも思った。
これはオススメするタイプが難しい でも、今こそ見るべき映画という気もする。クリント・イーストウッド監督作品好きな方オススメ! "役者"ブラッドリー・クーパー好きな方是非!