広島に原爆が落とされてから68年目の「原爆の日」。
NHKスペシャルで7時半から、今も原爆の後遺症で苦しむ人たちの
「終わりなき被爆との闘い~被爆者と医師の68年~」を放映します。
新聞各紙の社説と、
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NHKスペシャルで7時半から、今も原爆の後遺症で苦しむ人たちの
「終わりなき被爆との闘い~被爆者と医師の68年~」を放映します。
NHKスペシャル 終わりなき被爆との闘い~被爆者と医師の68年~ 2013年8月6日(火) 午後7時30分~8時28分 原爆投下から68年。今、被爆者の間で「第2の白血病」と呼ばれる病気になり、亡くなる人が増えている。原子爆弾が爆発した時放出された放射線によってつけられた、幾つもの遺伝子の傷。その一つが、今になって発病に至ったと考えられる。被爆者の遺伝子には、あの瞬間、いわば幾つもの「時限爆弾」が埋め込まれ、それが次々と爆発するように発病していることが、長年の研究でわかってきた。 原爆投下の年に、見た目は無傷の多くの人の命を奪った急性障害。急性障害の猛威が去ったあと、被爆者に多発した白血病。様々な固形がん。そして「第2の白血病」。 被爆者の命を救うため患者に向き合い、病状などを記録し、メカニズムの解明に取り組んできた広島・長崎の医師たちの日々に密着し、ようやくわかってきた最新の知見も盛り込みながら、人々を苦しめ続ける「終わりなき被爆」の実態を明らかにしていく。 |
新聞各紙の社説と、
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【社説】原爆忌に考える 風立ちぬ、いざ文学よ 2013年8月6日 中日新聞 核の非人間性を広島から世界へ伝えた詩人たち。峠三吉没後六十年。書き継がれ、語り伝えられ、色あせることのない叙事詩。そして今3・11文学へ。 広島市在住の詩人、御庄(みしょう)博実さん(88)は、ゆっくりと、壊れ物でも扱うように、横長の赤い冊子の表紙を開いて見せました。 <贈呈 御庄博実様 風立ちぬ いざ生きめやも 峠三吉 一九五一・九・二三> か細い青い万年筆の文字。「原爆詩集」の初版です。 もう一枚開きます。 あの有名な「序」は、ガリ版刷りの手書き文字のようでした。 <わたしをかえせ わたしにつながる にんげんをかえせ> わずか八行、すべて平仮名のそれを目にしたときの衝撃を、御庄さんは今も忘れられません。凝縮された怒りと悲しみが、体中を貫いていくような。 岡山医大生だった御庄さんは肺結核で療養中に、同じ病を養う峠の詩に出会い、魅せられ、峠たちが創刊した反戦詩の同人誌「われらの詩」の編集に三号から参加した。 病状が落ち着いて復学が決まり、広島の峠の家へあいさつに訪れたとき、インクのにおいが立ち上る「原爆詩集」を贈られた。刷り上がって三日目でした。 八歳年上の峠を御庄さんは、兄というより姉のように慕っていたそうです。そう言われれば、「序」に表れた、まっすぐで強い怒りだけではない、全編を貫く<にんげん>へのやさしいまなざしが、詩の言葉に命を注いでいるように思えてなりません。 肺結核は、当時死の病。血を吐きながら詩作に挑む日々。自らの病と命に向き合いながら、峠三吉は、理不尽に命を奪うものへの激しい怒りを、どうやって、やさしさに昇華させたのか。死を凌駕(りょうが)する詩の力というのでしょうか。 出版統制かいくぐり 自費出版で五百部だけ印刷された小さな詩集は、連合国軍総司令部(GHQ)が報道や出版を統制したプレスコードの網をかいくぐり、版を重ね、広がった。 <にんげんをかえせ>は一九七八年、ニューヨークの第一回国連軍縮特別総会でも朗読され、その韻律は世界の心を揺さぶった。 「原爆詩集」が贈られたその日、二人は夜を徹して、文学のこと、平和のこと、病気のこと、そして命のことを語り合いました。 御庄さんは、その夜、峠に「叙事詩ヒロシマ」を書いてほしいと迫ったことが、忘れられません。 あの日広島で起こった出来事を、真実を、より具体的に、そして永遠に歴史に刻み込むような壮大な作品を。 峠も興味を示していたそうですが、果たされず、峠三吉は二年後に三十六歳で亡くなりました。 御庄さんは、今も叙事詩を書いています。先月末に出版されたばかりの詩集「川岸の道」。あとがきには、こうあります。 <「歴史不在」のままに「原子力の平和利用」という言葉に呪縛されつづけて半世紀が過ぎた。僕たちはいま「生命」と「歴史」とに、飾りなく赤裸々に、真正面から向きあわなければならないのだ> ヒロシマの光景がフクシマのそれに重なって見えるのは、広島の時間が福島のそれに、つながっているからではないのでしょうか。 御庄さんや峠だけではありません。栗原貞子の「生ましめんかな」が命の尊厳をうたい上げ、井伏鱒二や井上ひさしが原爆の罪の深さを告発し、「はだしのゲン」が子どもたちの心に平和の種をまき、「夕凪(ゆうなぎ)の街 桜の国」を戦争を知らない世代が描き継いで、そして…。 <ヒロシマ文学>はそれ自体、長大な叙事詩なのではないか。だとすれば、ひと続きの歴史を踏まえ、その先に持続可能な未来の光を示すことこそ、このごろ目立って増えてきた<3・11文学>の役割なのかもしれません。 想像力を働かせねば 例えば、いとうせいこうさんの「想像ラジオ」が「まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らはなんなんだ」と嘆き、想像の翼を広げて、死者の声に耳を澄ませと、訴えているように。 死期を知り、だが書き継がれる未来を信じて峠は、自著の扉に「風立ちぬ…」と書いたのか。 私たち読者も、想像力を働かせねばなりません。ともすれば歴史の底に沈んでしまう声なき声を拾い上げ、命の重さをくみ取って、自分なりの未来を思い描けるように、いざ生きめやも、なのです。 |
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社説:広島・長崎と福島―凶暴な原子の力、直視を 2013年 8月 6 日(火)付 朝日新聞 核兵器と原発は長年、切り離して扱われることが多かった。それは正しかったのだろうか。 68年前の広島、長崎の原爆被害に続き、福島でも核エネルギーによる途方もない被害を生じさせてしまった。 核が抱える想像を絶するリスクに正面から向き合うことが、もはや待ったなしの時代だ。 ■「核の飢餓」の恐れ 核兵器の非人道性に焦点を当てて禁止につなげよう――。今年4月、ジュネーブで開かれた核不拡散条約(NPT)準備委員会に提出された「核兵器の人道的影響に関する共同声明」は、外交交渉での原点回帰の動きを示すものだ。 非人道性を憎み、化学兵器や生物兵器だけでなく、クラスター爆弾や対人地雷も禁止条約ができているのに、核兵器が禁止されていないのは道理に合わないのではないか。国際NGOの力強い主張が近年、多くの政府に浸透し、外交の表舞台でも共有されるようになってきた。 80カ国が賛同した「共同声明」は、核兵器が使用された場合の制御不能な破壊力、無差別な惨害の非人道性を指摘する。 パウエル元米国務長官が朝日新聞の取材に「極めてむごい兵器で、軍事的には無用」と発言するなど、かつて核保有国で安全保障政策を担った重鎮が次々と核廃絶論を公言している。保有国は「共同声明」に賛同していないが、核はますます「使えない兵器」と化している。 「共同声明」は、核戦争が国境を越えて環境を破壊し、次世代から健康、食料、水などを奪うとも主張する。 米ロの全面核戦争では、舞い上がったすすや粉じんで「核の冬」が訪れるとされてきた。 アラン・ロボック米ラトガーズ大教授(環境科学)らの最新研究は、インドとパキスタンがそれぞれの保有量の約半分の広島型原爆50発を使う地域核戦争(世界の核兵器爆発力の0・03%)が起きると、すす・粉じんによる気温低下やオゾン層の破壊による紫外線増加で、世界は「核の飢餓」に直面する恐れがあると指摘する。 私たちはいまも、核戦争による破滅の縁にいるのである。 ■核拡散の60年 原子力にはそもそも核兵器への悪用、つまり核拡散のリスクがある。 60年前、アイゼンハワー米大統領が国連総会で「平和のための原子力」演説をしたことが原発利用拡大のきっかけとなった。大統領は核物質と核技術の国際管理を提案し、軍事から民生利用への転換を促した。 演説のあと、国際原子力機関(IAEA)とNPTが生まれた。しかし、国際管理は実現せず、拡散が進んだ。米ロ英仏中に加え、インドとパキスタン、北朝鮮が核実験。イスラエルも核保有が確実視され、イランの開発疑惑も続いている。 今後、途上国での原発急増が予想されるが、核兵器用の高濃縮ウランやプルトニウムを入手する隠れみのになりかねない。 原発経由の核拡散リスクをどう考えるべきか。 オーストリアはNPT準備委員会で、原発事故や核テロ、核拡散を懸念し、「平和利用という権利を使わない選択をした」と表明した。破滅リスクを避ける脱原発政策は傾聴に値する。 ■原発政策も見直せ 日本政府は米国の「核の傘」への影響を考慮して「共同声明」には賛同しなかった。将来の賛同には含みを残した。 だが、核の非人道性を確認するだけでなく、核リスク脱却と逆行する原子力政策の転換にもっと力をこめる必要がある。 安倍政権は原発輸出に前のめりだが、核拡散だけでなく被曝(ひばく)・環境汚染のリスク、放射性廃棄物問題の輸出になりかねない。NPTに背を向けるインドと原子力協定を結べば、NPT空洞化を進めることになる。 日本の余剰プルトニウム保有への世界の厳しい目に対しても、自覚が足りない。安倍政権は明確な削減計画を示さないまま、使用済み燃料からプルトニウムを取り出す事業の継続を表明している。倒錯した政策は一刻も早く放棄すべきだ。 むしろ、リスクを増幅するような甘い核拡散防止体制の改革を主導することこそ、世界が日本に期待するところだろう。 今後、「共同声明」の趣旨を世界の基調にしていくには、発想の切り替えが不可欠である。 広島原爆がテーマの戯曲「父と暮(くら)せば」を書いた井上ひさしは生前、「遅ればせながら『心の被爆者』になろうと思う」と被爆者の手記を読みあさった。 より多くの日本人が被爆地の惨禍をもっと思い起こし、福島の被災者の苦境もきちんと知る。ヒバクによる健康被害の不安や恐怖などを共有し、「心のヒバクシャ」となって、人類と核の間に横たわる矛盾を内外に発信していくべきではないか。 私たちはいま、非核時代へ世界を向けられるかどうかの岐路に立っている。 |
社説:原爆の日 人類の教訓語り継ごう 毎日新聞 2013年08月06日 広島は6日、長崎は9日に「原爆の日」を迎える。被爆から68年。全国の被爆者の平均年齢は78歳を超え高齢化が進む。私たちはヒロシマ、ナガサキの被爆体験をしっかりと継承し、核廃絶を目指す国際世論を広げていきたい。 先月、「ノーモア・ヒバクシャ」というメッセージを世界に訴えた長崎の被爆者、山口仙二さんが亡くなった。昨年12月には、広島での被爆体験を基に漫画「はだしのゲン」を描いた中沢啓治さんが死去した。平和運動をリードした被爆者の死が相次いでいる。私たちは被爆体験の継承という課題と向き合わねばならない時代を迎えている。 被爆者たちの思いは確かに伝わっている。「はだしのゲン」は英語をはじめ約20カ国語に訳されて読み継がれている。広島と長崎では被爆体験伝承者や体験記の朗読ボランティアの養成など、語り継ぐ人材を育てる取り組みも進んでいる。 世界には約1万7000の核兵器があると推計される。簡単に人類を破滅させられる量だ。オバマ米大統領は2009年のプラハ演説で「核兵器のない世界」に向けて行動すると言明し、今年6月には米国が配備する戦略核兵器をさらに3分の1減らす考えを示した。だが北朝鮮やイランなど核開発を進める国もあり、核の脅威はむしろ強まっている。 だからこそヒロシマとナガサキの訴えはより重要性を増している。広島、長崎両市が20年までの核兵器廃絶を目指して呼びかけた世界平和市長会議に加盟する自治体は昨年より約400増えて5700を超えた。広島で開かれている今年の総会は、核兵器禁止条約の早期実現に向けた取り組みを強めることを決めた。 一方、日本政府の姿勢は消極的だ。4月にジュネーブで開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で「核兵器がいかなる状況下でも二度と使われないことが人類生存のためになる」とした共同声明に80カ国が賛同したが、日本は「いかなる状況下でも」という文言の削除を求めて賛同しなかった。 長崎市の平和祈念式典で読み上げられる平和宣言は、政府が共同声明に賛同しなかったことは被爆国として矛盾する行為だと指摘する。広島市の平和宣言は、政府が核兵器廃絶を目指す国々と連携を強化するよう求める。安倍政権はこうした声を受け止め、被爆国としての明瞭なメッセージを世界に発信してほしい。 広島と長崎の被爆体験は人類全体への教訓であり、日本は世界に伝えていく責任がある。核兵器の脅威をなくすためには核廃絶しかないという原点を見失わず、「核なき世界」へ一歩ずつでも前進したい。 |
クローズアップ2013:きょう広島原爆の日 核廃絶、日本二の足 毎日新聞 2013年08月06日 東京朝刊 唯一の原爆被爆国である日本の政府が、核を非難する共同声明への署名を拒んだり、核廃絶決議に棄権したりする例が目立っている。国際社会に核廃絶を求めながら、米国の核抑止力に依存する「二重基準」によるものだ。同時に、日本の国会議員では、北朝鮮による再々の核実験や中国の軍事力増強に対抗して「日本核武装」の検討派の割合が増加。「非核」の足元が揺らぐ中で広島は68回目の原爆の日を迎える。【吉村周平、村瀬優子、鈴木美穂】 ◇禁止条約・声明、加わらず 米の核の傘意識 日本政府は1994年以降、国連総会で核兵器の全面的廃絶の理念を訴える決議を毎年提案している。しかし、非核国が中心となり核兵器の包括的禁止を具体的に探ろうという近年の動きに対し、日本政府の姿勢は消極的だ。 NPO法人「ピースデポ」(横浜市)によると、2012年の国連総会で提案された核兵器関連21決議のうち、「核兵器禁止条約」を作るための交渉開始を求める決議など4本を日本は棄権した。日本政府は、核保有国が賛同していない現状を指摘し、「核軍縮の着実な進展を達成するには現実的な措置が必要」と説明している。 また核兵器の非合法化に向けた努力を訴える共同声明が昨年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会と同10月の国連総会軍縮委員会で発表され、賛同国は前者は16カ国、後者は34カ国に上ったが、日本はいずれも署名を拒否。直ちに核兵器の禁止を求める声明が、米国の「核の傘」に依存する日本の安全保障政策と矛盾するためだ。 今年4月にスイス・ジュネーブであったNPT再検討会議の第2回準備委員会に出された「核の非人道性」を訴える共同声明は、日本や北大西洋条約機構(NATO)諸国など核抑止力に依存する国々に配慮し、核兵器使用の人道的影響という「一般論」にとどめ80カ国が賛同した。しかし日本はこの声明への署名も拒否。外務省は「基本的な訴えには賛同している」が、一部の文言を巡り合意しなかったと説明した。菅義偉官房長官は4月の記者会見で、「いかなる場合でも核兵器を使用しないことが人類の生存に資する」とする一文のうち、「いかなる場合でも」のくだりを削除するよう求めたことを明らかにした。 日本政府の対応を、広島を知る外国人識者はどうみているか。「北朝鮮の脅威に過剰反応している」と分析するのは、韓国人の金美景(キムミキョン)広島市立大広島平和研究所准教授(49)だ。「広島や長崎は平和主義や反核を重要なメッセージと考えているが、日本政府には届いていない印象だ」と指摘。一方、米国人のスリ・ジュレミ・アブリル広島大客員教授(40)は「米国の核の傘に頼っている現状で、声明に署名するのは矛盾すると考えるのは理解できる」と日本政府を擁護する。 米国出身の詩人で、被爆者に関する作品も多いアーサー・ビナードさん(46)は「核をなくそうと取り組む世界の人々は、もう日本政府を相手にしないのではないか」と批判した。 ◇核武装「検討」の議員急増 「非核三原則」を国是とする日本で、核武装に対する国会議員の意識が変化している。毎日新聞は2003年衆院選から国政選挙のたびに、日本の核武装に関する考え方を立候補者に聞いてきた。各選挙の当選者で「国際情勢によっては検討すべきだ」と答えた割合は12年衆院選で29%に上り、09年衆院選時の7%から急増。参院選でも10年選挙の18%から、今年7月の選挙では28%と伸びている。 一方、「核兵器を将来にわたって検討すべきではない」との回答は、12年衆院選で61%に下がり、7月の参院選でも64%にとどまった。特に民主党が政権を取った09年衆院選(87%)から、自民党が政権を奪還した12年衆院選で26ポイント下がり、初めて6割台になった。自民党の当選者のうち、「検討すべきではない」と答えた人は今年の参院選で43%にとどまり、「国際情勢によっては検討すべきだ」(46%)を下回った。 核武装により積極的な「検討を始めるべきだ」は12年衆院選で5%、7月の参院選で3%だった。肯定的な議員が増えているのは、自民党の議席増に加え、北朝鮮の核・ミサイル開発への懸念が背景にある。後房雄名古屋大教授(政治学)は「対中国、韓国外交がうまくいっていないことへのフラストレーションが要因だろう。外交力がないまま核兵器を持ったとしても影響力は行使できないし、外交力さえあれば核兵器はいらない」と分析する。 ◇非人道性、徐々に世界へ浸透 原爆被害の特徴は、熱線、爆風とともに放出される放射線による深刻な人体への影響だ。爆発時の放射線被ばくは免れても、原爆投下後に市内に入ったり、被爆者の救護に当たったりして、残留放射線などを浴び、下痢や脱毛、歯茎からの出血などの急性症状に悩まされた人がいる。被爆者の間では固形がんや白血病の発症が増え、被爆していない人と比べリスクは半世紀以上たった現在も高いままだ。 核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部長を務める広島県医師会の平松恵一会長は「放射線の健康影響は一生続くもので、このような核兵器の残酷さ、非人道性を広く世界に伝え、二度とヒロシマ、ナガサキが繰り返されないことを強く願う」と訴える。 国際的NGOネットワーク「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」も、核兵器使用時の「救護不可能性」や放射線による長期的な人体影響を「核の非人道性」と強調している。ICAN共同代表の川崎哲さん(44)は「核の非人道性」に焦点を当て、「国家の安全保障」の観点から語られることが多かった核軍縮議論を「人間の安全保障」議論へとシフトさせようとする最近の動きを「市民の『常識』に、国際政治の議論が近づいてきた」と歓迎する。こうした非人道性を最も知るのが日本なだけに、対米配慮によるあいまいさは理解を得られにくい。 |
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