みどりの一期一会

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沖縄慰霊の日 翁長雄志知事の平和宣言(全文)/新基地は造らせない「恒久平和の発信地」実現を

2015-06-24 15:18:42 | ほん/新聞/ニュース
昨日6月23日、戦後70年の沖縄全戦没者追悼式が
糸満市の平和祈念公園で行われました。

わたしは、その様子をテレビで見ていました。

こころ打たれたのは、翁長雄志知事の「平和宣言」と、
高校3年の知念君の「みるく世がやゆら」という自作の詩の朗読でした。

どちらも聴いていて、涙があふれてきました。

その言葉が、こころに響いている様子もなく、ペラペラと話す、
薄っぺらな安倍首相のことばには、怒りがこみ上げてきました。

いつもなら、安倍が出てくると聞きたくないので、
チャンネルを変えるのですが、昨日は最後までしっかりと聴きました。

安倍首相に対して、会場では、参列者からヤジや抗議の声が飛んでいたようですが、
NHKは、その生の沖縄県民の怒りの声を流しませんでした。

国家はひとを見捨てる!
70年前も、そして、いまも。
わたしは沖縄を忘れない、と心に刻んだ一日でした。

  沖縄慰霊の日 翁長雄志知事の平和宣言(全文)   
2015年6月23日 沖縄タイムス

 70年目の6月23日を迎えました。

 私たちの郷土沖縄では、かつて、史上まれに見る熾(し)烈(れつ)な地上戦が行われました。20万人余りの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。

 それは、私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。

 戦後、私たちは、この思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んでまいりました。

 しかしながら、国土面積の0・6%にすぎない本県に、日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73・8%が集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や本県の振興開発にさまざまな影響を与え続けています。米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小がなされても、専用施設面積の全国に占める割合がわずか0・7%しか縮小されず、返還時期も含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります。

 沖縄の米軍基地問題は、わが国の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべき重要な課題であります。

 特に、普天間飛行場の辺野古移設については、昨年の選挙で反対の民意が示されており、辺野古に新基地を建設することは困難であります。

 そもそも、私たち県民の思いとは全く別に、強制接収された世界一危険といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、「その危険性除去のため辺野古に移設する」「嫌なら沖縄が代替案を出しなさい」との考えは、到底県民には許容できるものではありません。

 国民の自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎(いしずえ)を築くことはできないのです。

 政府においては、固定観念に縛られず、普天間飛行場を辺野古へ移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。

 一方、私たちを取り巻く世界情勢は、地域紛争やテロ、差別や貧困がもととなり、多くの人が命を落としたり、人間としての尊厳が蹂躙(じゅうりん)されるなど悲劇が今なお繰り返されています。

 このような現実にしっかりと向き合い、平和を脅かすさまざまな問題を解決するには、一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要であります。

 戦後70年を迎え、アジアの国々をつなぐ架け橋として活躍した先人たちの「万国津梁」の精神を胸に刻み、これからも私たちは、アジア・太平洋地域の発展と、平和の実現に向けて努力してまいります。

 未来を担う子や孫のために、誇りある豊かさを創りあげ、時を超えて、いつまでも子どもたちの笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。

 慰霊の日に当たり、戦没者のみ霊に心から哀悼の誠をささげるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。

 2015年6月23日 
 沖縄県知事 翁長雄志


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 社説[全戦没者追悼式]今こそ辺野古見直しを 
2015年6月25 沖縄タイムス

 慰霊の日の23日、糸満市の「平和の礎(いしじ)」や「魂魄(こんぱく)の塔」には、沖縄戦で亡くなった肉親や兄弟を偲(しの)んで、朝早くから多くの家族が訪れた。

 体験者の高齢化とともに、とりわけ目立ったのは、孫やひ孫の世代にあたる小・中学生の姿が例年にも増して多かった、ことである。

 戦後70年。沖縄戦体験者が急速に減った。沖縄戦をリアルに語れる人が周りにいなくなり、若い世代が沖縄戦を聞く機会がめっきり減った。

 沖縄戦が忘れ去られ、戦争で亡くなった肉親や兄弟のことが忘れられてしまったら、沖縄はこれから先、どのような社会になるのだろうか。

 沖縄が近い将来、直面するかもしれない危機は、体験者不在による「歴史喪失の危機」「沖縄らしさ喪失の危機」である。

 次の世代にどのようにバトンを託すか。社会全体で問題意識を共有することが急務だ。

 平和祈念公園で開かれた全戦没者追悼式は、安倍晋三首相に参列者からやじや抗議が浴びせられ、異様な空気に包まれた。

 名護市辺野古への新基地建設を強行する安倍首相への積もり積もった怒りや不満が、堰(せき)を切ったように一挙にあふれ出たのである。

 参列者だけではない。あいさつに立った沖縄側代表からも政府批判が相次いだ。

    ■    ■
 照屋苗子県遺族連合会会長は「米軍普天間飛行場の県外移設を熱望すると同時に、戦争につながる基地建設には遺族として断固反対する」と強い口調で注文をつけた。

 翁長雄志知事は「平和宣言」で、米軍再編計画に基づいて基地の整理縮小を進めても「米軍専用施設の全国に占める割合はわずか0・7%しか縮小されず、負担軽減とはほど遠い」と指摘し、「固定観念に縛られず、辺野古への移設作業を中止し、沖縄の基地負担軽減策を見直す」よう求めた。

 戦没者追悼式という公式の場で、喜納昌春県議会議長を含め沖縄側代表がそろって、現行計画に異議を唱えたのである。

 安倍首相は「基地負担軽減に全力を尽くす」と言いながら、沖縄側の疑問に正面から答えることができなかった。 「不幸な歴史を深く心に刻み、常に思いを致す」とか「沖縄が忍んだあまりにおびただしい犠牲」とか、沖縄に寄り添うようなことを言いながら、いかにも空々しく心に響くような内容ではなかった。

 参列者から「言葉が軽い」とのやじが飛んだのは当然だろう。

 県立与勝高校3年の知念捷(まさる)君は「みるく世がやゆら」という詩を朗読した。今は平和でしょうかという意味だ。

「みるく世がやゆら」という題が、詩の中で何度も繰り返される。

 「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」。

 いにしえの琉球人が詠んだ琉歌を朗々と読み上げると、ひときわ高い拍手が起こった。

 戦後70年の沖縄全戦没者追悼式は、辺野古への新基地建設と安保法制に対する県民の強い危機感が噴き出した異例の追悼式であった。

    ■    ■

 政府と国会は、国政に責任を持つ行政府、立法府として沖縄のこの現実を直視しなければならない。

 県民は全戦没者を追悼する公式の場で、新基地建設計画を明確に否定したのである。これ以上の意思表示はない。

 沖縄の民意に反して基地建設を強行すれば、日米関係に致命的な影響が及ぶだろう。 安倍政権には、異見を正面から受け止め、権力行使を抑制し、対話によって現状を打開するという姿勢がまったく感じられない。

 そのような強硬姿勢を取り続けたとき、どのような事態が起こるかは、今回の全戦没者追悼式を冷静に吟味すれば分かるはずである。

 政府は当事者である沖縄の声を聞く義務がある。義務さえ果たせない政府は統治能力を失ったか、専制政治に堕したか、そのどちらかである。監視役としての国会が真価を問われる局面でもある。 


 <社説>知事「平和宣言」 新基地は造らせない 「恒久平和の発信地」実現を  
2015年6月24日 琉球新報

戦後70年の沖縄全戦没者追悼式が「慰霊の日」の23日、糸満市の平和祈念公園で執り行われた。各地で慰霊祭があり、恒久平和への願いが県内を覆う一日となった。
 県民の願いに応えるように、翁長雄志知事は平和宣言で沖縄を「恒久平和の発信地」とし、「輝かしい未来の構築に向けて全力で取り組む」と約束した。
 知事は政府に対し、新基地建設中止の決断も求めた。「恒久平和の発信地」「輝かしい未来」の最大の阻害要因は米軍基地である。当然の要求だ。日米両政府の壁を突き崩し、「恒久平和の発信地」の実現に向け、新基地は造らせないことを戦没者に誓いたい。

 県民意思を最も反映
 知事の平和宣言はここ数年の平和宣言の中で、県民の意思を最も反映したものだった。高く評価したい。
 知事は「国民の自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎(いしずえ)を築くことはできない」と強調した。
 過重な米軍基地負担のことだけではない。昨年の名護市長選や県知事選、衆院選沖縄選挙区で米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する候補が当選したことを、一顧だにしない日米両政府を批判したものである。
 安倍晋三首相とケネディ駐日米国大使も追悼式に参列した。知事の言葉は多くの県民の思いを反映したものだと受け止め、政策に反映させるべきだ。
 普天間飛行場の辺野古移設が「唯一の解決策」とする政府に、知事は「固定観念に縛られず」に移設作業の中止を決断するよう求めた。ケネディ大使には米政府にも同じことが求められていると受け取ってもらいたい。
 知事は「県民の思いとは全く別に強制接収された世界一危険といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、『その危険性除去のため辺野古に移設する』『嫌なら沖縄が代替案を出しなさい』との考えは、到底県民には許容できるものではない」と述べ、新基地建設断念を重ねて求めた。
 戦後70年も危険な状態を放置し、沖縄の要求に耳を傾けようとしない日米両政府に対し、多くの県民は知事と同じ思いを抱いている。真の民主主義国家なら民意の重みを無視できないはずだ。
 普天間飛行場の危険性除去については、占領下の民間地奪取を禁じるハーグ陸戦条約に反して土地を強奪した米政府、米軍に基地を提供する日本政府が責任を持って行うべきものである。理不尽な対応に終止符を打つべきだ。

 不誠実な首相の言葉
 首相は「沖縄の人々には米軍基地の集中など、永きにわたり安全保障上の大きな負担を担っていただいている」と述べた。続けて西普天間住宅地区が3月に返還されたことを成果とし「今後も引き続き、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と述べた。
 真に基地負担軽減に全力を尽くすならば、辺野古での新基地建設はあり得ない。首相の言葉は不誠実だ。
 首相は「筆舌に尽くしがたい苦難の歴史を経て、今を生きる私たちが平和と安全と自由と繁栄を享受していることをあらためてかみしめたい」とも述べた。
 「私たち」に県民は入っているのだろうか。米軍基地から派生する事件、事故は枚挙にいとまがない。県民は「平和と安全」を享受してはいない。
 首相は「戦争を憎み」「これからも世界平和の確立に向け、不断の努力を行っていかなくてはならない」と述べた。安保法制に見られるように他国が攻撃された場合でも、参戦できる国に変節させることがその内実である。
 沖縄戦の犠牲者を哀悼する追悼式で、空疎な言葉を繰り出すのはいかがなものか。
 「軍隊は住民を守らない」ことは沖縄戦が証明している。首相はいま一度立ち止まり、沖縄戦の教訓を学ぶべきだ。


 社説:慰霊の日と首相 沖縄の声は聞こえたか 毎日新聞 2015年06月24日 

 沖縄の「慰霊の日」、沖縄県糸満市で開かれた追悼式に出席した安倍晋三首相と翁長雄志(おなが・たけし)知事の「すれ違い」は、政府と沖縄の深い溝を改めて印象づけた。

安倍首相はあいさつで「引き続き沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と強調した。

 翁長知事は、普天間飛行場の名護市辺野古への移設作業を中止するよう求め、「嫌なら沖縄が代替案を出しなさいとの考えは、許容できない。自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎(いしずえ)を築くことはできない」と訴えた。

 基地のあり方を抜本的に見直さない限り、政府が負担軽減策をどんなに語っても、沖縄との距離は縮まらない。

 翁長知事は今春、菅義偉官房長官と会談した際「沖縄では『話のごちそう』というのがあって、いい話をして局面を乗り越えれば知らんふり。それが戦後70年の沖縄の基地問題だった」と批判した。

 一時的に基地負担が軽減されても、いつの間にか別の負担が加わっていた、という経験を沖縄県民は何度もしてきた。米軍基地の整理・縮小も、多くは県内移設が前提となっているため、全体として沖縄県内の基地面積はたいして減らない。

 沖縄からすれば「話のごちそう」はもういらない、ということだ。

 日本の安全保障は国民全体で負担すべきであり、沖縄だけが過重な基地負担を背負わされ続けるのはおかしい。昨年の一連の選挙で、辺野古移設反対の民意がはっきりと示された以上、政府は移設作業を中止し、計画を白紙に戻し、米政府と再交渉すべきだと私たちは考える。

 ただ、現実には一足飛びに、ことは進まないだろう。まず政府は沖縄の声に耳を傾け、溝を埋めることから始めるべきだ。話し合いを避けていては、解決策は生まれない。

 戦後70年という節目の慰霊の日に、首相は1年ぶりに沖縄を訪れた。それにもかかわらず、追悼式が終わると、まっすぐ東京へ戻った。一昨年と昨年は、当時の仲井真弘多(ひろかず)知事と昼食をともにしながら会談したが、今回は那覇空港に見送りに来た翁長知事と、観光など経済問題を5分程度話しただけだった。

 首相は今春、翁長知事と会談した際「これからも丁寧に説明しながら理解を得る努力を続けていきたい」と語った。今回は絶好の機会だったのではないか。知事だけでなく、幅広く沖縄の声を聴いてほしかった。

 これでは今春の知事との会談は、訪米でオバマ大統領と会談するのを前に、政府が沖縄と対話していることを見せるアリバイ作りだったと疑われても仕方なかろう。


 社説:戦後70年の慰霊の日―辺野古やめ沖縄に未来を  
2015年6月24日(水)付 朝日新聞

 沖縄はきのう、「慰霊の日」を迎えた。

 住民を巻き込み、20万人余が犠牲となった沖縄戦から70年。米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐって、政府と沖縄県の対立が激しさを増すなかで迎えた慰霊の日である。

 翁長雄志知事は追悼式での平和宣言で、政府に作業の中止を決断するよう求めた。沖縄にとって特別な日に発せられた知事の言葉を、日米両政府は重く受け止める必要がある。

■残る戦場の現実感
 移設に反対する市民は、昨年7月以来、辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前にテントを張って、24時間態勢で座り込みを続けている。

 工事車両が出入りするたびに、地元や県内各地、さらに全国から集まった人々が抗議の声を上げる。

 その中の一人、辺野古に住む島袋文子さん(86)は「基地がなければ、戦争は来ない。戦争は私たちでたくさん」と話す。

 15歳で沖縄戦に巻き込まれた。壕(ごう)に潜んでいる時、米兵の火炎放射を浴びて左半身にやけどを負った。「私は死んだ人間がつかっている泥水を飲んで生き延びた。生きている限り、戦争と基地に反対する」

 戦場のリアリティーが沖縄には強く残る。その感覚を、翁長知事は平和宣言で「私たち沖縄県民が、その目や耳、肌に戦(いくさ)のもたらす悲惨さを鮮明に記憶している」と言い表した。

 市街地にあって「世界一危険」と言われる普天間飛行場を一刻も早く閉鎖するのは当然である。しかし、その移設先がなぜ、県内の辺野古でなくてはならないのか。

■捨て石の思い、再び 菅官房長官や中谷防衛相は翁長知事と会談した際に、尖閣諸島周辺で中国公船の領海侵入が急増したことなどを例に、「わが国を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい」「日米同盟の抑止力の維持、(普天間の)危険除去を考えると、辺野古移設は唯一の解決策」と繰り返した。

 対中国抑止力の強化をめざす政府は、様々な局面で安全保障政策を転換させようとしている。安倍首相はいま、辺野古移設を進めることが日本の安全保障に米国を引きつける大事な要素だと考えているようだ。

 集団的自衛権の行使を容認する昨年7月の閣議決定に続き、今春の「2プラス2」と「新ガイドライン」、日米首脳会談、そして安保関連法案の国会審議と、政府は自衛隊と米軍の「一体化」による日米同盟深化の道を進む。

 法整備により「日本の抑止力は高まり、国民のリスクが下がる」と安倍首相は言う。

 だが、沖縄からは逆にしか見えない。

 米軍とともに自衛隊が武力行使すれば、日本が直接攻撃を受けるリスクは増す。まして日本国内の米軍専用施設の74%を抱える沖縄は、他地域よりはるかに「戦争」に近づく。

 沖縄にとっては再び最前線へと押しやられ、捨て石にされるとの思いが拭えない。

 県民が沖縄戦の記憶を呼び覚まし、辺野古移設を新基地建設だとして反発するのも当然なことである。外交努力による緊張緩和ではなく、中国脅威論を叫んで緊張を高めるやり方は、沖縄にとって最悪の選択だ。

■立ち止まって考える
 翁長知事は先ごろ訪米し、米国務、国防両省担当者に辺野古の新基地建設反対を伝えた。

 反応は冷たいものだった。「辺野古移設が唯一の解決策」「日米合意は揺るぎない」と、日本政府と同様の言葉が返ってくるだけだった。

 それでも、落胆する必要はなかろう。翁長知事の発言を聞けば、移設計画が簡単に進められないことに、米政府関係者も気付いたはずだ。

 前米国務次官補のカート・キャンベル氏は朝日新聞の取材に、「どんな合意でも、沖縄県や県民の支持がなければならないと思う。このような反対意見が出ていることは、我々にとって立ち止まり、考えさせられる状況だ」と答えている。

 日米両政府は再三、民主主義や自由、基本的人権、法の支配という「普遍的価値」を共有していると強調する。

 沖縄では昨年、名護市長選、県知事選、衆院選と、いずれも辺野古移設反対を訴える候補が当選した。選挙結果をことごとく無視して作業を続けることは、普遍的価値に反しないのか。再考すべきだ。

 平和宣言で翁長知事は「アジアの国々をつなぐ架け橋として活躍した先人たちの『万国津梁(しんりょう)』の精神を胸に刻み、アジア・太平洋地域の発展と平和の実現に努力する」と述べた。

 日米両政府、そして国民を挙げて、この沖縄の未来に協力しなければならない。本土防衛の捨て石にされ、非業の死を遂げた多くの沖縄戦の犠牲者を忘れることなく。


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