みどりの一期一会

当事者の経験と情報を伝えあい、あらたなコミュニケーションツールとしての可能性を模索したい。

食材による子どもの内部被ばく不安解消へ=早野龍五/原発防災域 30キロに拡大案

2011-10-21 21:10:42 | 地震・原発・災害
福島原発事故を受けて、国の原子力安全委の作業部会は、
原発防災地域を、原発から30キロ圏内に見直すと発表した。

福井県の敦賀原発の30キロ圏内には、岐阜県の揖斐川町の一部が入ったとの報道。

原発事故の被害は、30キロ県内にはとどまってくれない。
風向きによっては70キロにも80キロにも拡大する。
そうなれば・・・岐阜県のほとんどが入ってします。

半径50キロ圏内には、内部被ばくを防ぐヨウ素剤が備蓄される、とのことだが、
その対象自治体の本巣市は、山県市のお隣り。
とうとう岐阜県もおしりに火がついた。

敦賀の原発やもんじゅの事故が起きるのを心配して暮らすよりも、
全原発を止めるほうが、早いと思うんだけど。

中日新聞は、本気で浜岡原発を止めるつもり、と思える勢いの記事を
次々に書いている。
浜岡原発で事故が起きれば、本社のある名古屋市に放射能は飛散するだろうし、
なにより、中日新聞の購読者がくらす地域は、すべて被災地になるんだもの。

 揖斐川が敦賀から30キロ圏内 原発防災地域の見直し案 

 国の原子力防災指針の見直し案で事故に備える範囲が拡大され、県内では、防災対策を準備する半径30キロ圏内に、敦賀原発(福井県)の距離から、揖斐川町の一部が入った。ヨウ素剤を準備する50キロ圏内には同町の広い範囲や、本巣市の一部も含まれる。見直し案通りに決まれば、2市町や県は防災計画の見直しが求められる。
 「30キロ圏内と言っても集落のない山間地で、住民避難などの想定が難しい」。揖斐川町の宗宮孝生町長は計画改定の困難さを口にする。本巣市総務課は「危機意識を持つきっかけにはなる」と受け止め「具体的な対応はこれから」と話す。いずれもヨウ素剤の備蓄はない。
 県はすでに敦賀原発の事故を想定した放射能の飛散想定図の作成を開始。来夏の完成予定で、国の指針見直しを含めて地域防災計画の改定に反映させる。
 ヨウ素剤は東日本大震災後にメーカーから3万5000人分の寄付を受け、県内の7医療機関に配布した。災害時には製薬業界などから10万8500人分の提供を受ける予定になっている。 


  原発防災域 30キロに拡大案/京都   
2011年10月21日朝日新聞

13.4万人対象「どう避難」
 原発事故の防災対策の重点区域を30キロ圏に拡大する国の原子力安全委の作業部会による見直し案。府内では、これまで「対岸の火事」だった京都市や、重点区域を20キロ圏に想定して避難計画づくりを進めてきた北部の自治体などに、戸惑いが広がった。
 府は今年5月、重点区域を半径10キロ圏から20キロ圏に拡大する地域防災計画の暫定計画をまとめた。原発15基が立地する福井県と隣接する事情から、国の判断を待たずに独自に見直した。
 10キロ圏では舞鶴と綾部の2市だけだったが、20キロ圏では宮津、南丹の両市と京丹波町が加わり、対象人口は約1万3千人から約8万8千人に。さらに、今回の30キロ圏案では福知山市と伊根町、京都市も巻き込んで約13万4千人に膨れあがる。
 府幹部は「驚きはない。暫定計画を応用して対応できる」と冷静に受けとめる。さらに、関西電力に締結を求めている原発立地県並みの安全協定についても、「重点区域の人口が増えるので、協議を有利に進められる材料になるだろう」という期待も寄せた。
 一方、「住民をどんな手段で避難させるか、府北部から市内に避難してきた住民をどこで受け入れるか。全く白紙だ」(吉田不二男・京都市危機管理課長)との声もある。
 市は6月以降、防災対策を検討する委員会で議論。8月の中間報告では「緊急時に避難すべき地域は、20キロ圏」とし、12月に最終報告をまとめる予定だった。
 今回、30キロ圏に入ったのは、左京区の広河原地区と久多(くた)地区の一部。市消防局によると、この一帯は山林で民家はないが、両地区全体には、約200人が住むため、避難ルートの設定などが求められるという。
 国の見直し案では、原発から半径50キロ圏でも、内部被曝(ひばく)を防ぐ安定ヨウ素剤を備えるとされたが、市には備蓄がない。鞍馬寺や貴船神社など市北部の観光スポットも含むため、観光客をどう避難誘導するのかといった課題も出てきた。
 京都市と同様、新たに重点区域に入った福知山市と伊根町。福知山市では高津江など3地区(124世帯)が含まれる。担当者は「すでに30キロ圏を想定して内部で検討を始めた」。一方、伊根町の担当者は「国と府に頼るしかない」と打ち明ける。
 20キロ圏を想定していた自治体にも動揺が広がった。
 「市ごと移転するような避難になる。バスや避難所、病院の確保はどうするのか想像もつかない」。30キロ圏に大部分が含まれる宮津市の担当者は、ため息をつく。9月にまとめた避難計画案では、20キロ圏の住民はバス36台などで市中心部の体育館に避難させることなどを決めた。だが、30キロ圏については「府と連携して車両を確保する」としか定めていない。
 ほぼ全域が含まれる舞鶴市の担当幹部も、来年3月をめどに見直しを進めてきた防災計画について、「計画がどうなるか不透明だ」。京丹波町では、20キロ圏にある5地区の122世帯に向けた避難計画案を17日夜に説明したばかり。綾部市の担当者は「市外への避難は今の計画に盛り込んでいない。避難所を新たに考えなければならない」と話す。
 住民も不安を募らせる。住民の8割が70歳以上という左京区久多地区の久多自治振興会副会長の梶谷則夫さん(62)は「こんな山間部で迅速に情報が入るのか、高齢者をどう避難させるのか。対策を練る必要がある」と不安を隠せない。



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これが言いたい:食材による子どもの内部被ばく不安解消へ=早野龍五 

◇給食1食分ミキサー検査を--東京大学大学院・理学系研究科教授、早野龍五
 東京電力福島第1原子力発電所の事故で設定した緊急時避難準備区域の指定を政府が9月末に解除し、各地で除染への取り組みが進む。その中で多くの方々が放射性物質により汚染された食材による内部被ばく、特に子どもへの影響を心配しておられる。
 厚生労働省のホームページには自治体が公表した各種食材に含まれる放射性物質のサンプリング検査結果が連日掲載される。また、給食食材のサンプリング調査結果を公表する自治体も増えている。
 しかし「不検出」とされた食材にも実際は1キログラム当たり数十ベクレルの放射性セシウムが含まれているのではないか、基準値以上の放射性物質を含む食材がサンプリング検査をくぐり抜けて流通しているのではないか、などという不信は根強い。
 そこで提案したいのが、食材のサンプリング検査に加え「給食まるごとミキサー検査」を行うことである。調理済みの学校給食1食分をまるごとミキサーにかけて放射性セシウムの量を精度よく測り、結果を毎日公表し、数値を長期にわたり積算するのだ。
 これにより、子どもたちが実際に何ベクレルの放射性セシウムを摂取しているかを知ることができるし、その地域の日常的な食事の汚染の有無もある程度推定できる。また、給食食材は食中毒対策などのために保存義務があるので、仮に高い数値が出た場合には、原因を追究して対策をすることが可能である。
 この提案について、インターネットで簡易アンケートを取ったところ、2日間で約7000件(うち53%が給食年齢のお子さんをお持ちの方)の回答があった。「賛成」が約90%、「食べてからでは遅い」が約7%、「判断できない」と「反対」が合わせて約3%であった。
    *
 仮に高い数値が出てしまった場合の混乱を恐れ、検査に消極的な意見も行政側にあると聞いている。それこそ事故直後にSPEEDI(大気中に放出された放射性物質の拡散状況などを予測する緊急時迅速放射能影響予測システム)の予測値の公表をちゅうちょしたのと同様の過ちである。測定して結果を公表することによってのみ、国民の信頼が得られ、有効な内部被ばく対策につながる。
 文部科学省は第3次補正予算案で学校給食の食材を優先的にサンプリング検査すべく、自治体の検査機器の整備費用の一部を補助するという。しかし、整備が想定されている簡易検査機では、給食の放射性セシウム量を十分な精度で測定し、積算することはできない。給食まるごとミキサー検査は、検査機関に外注する費用を国が負担する方が現実的である。
 BSE(牛海綿状脳症)問題で全頭検査体制が確立していた牛肉では1キログラム当たり1ベクレル以下でも検出するほどの高精度で測定している例もある。それなのに、実際に子どもが食べている給食を測定していないのは、検査機器・人員の偏った使い方だ。
 前述のアンケートは、人口比でいうと福島県からの回答が最も多かった。内部被ばくへの関心の高さが分かる。給食まるごとミキサー検査を最も必要とするのは、空間線量率の高い福島県を中心とした地域である。外部被ばくと内部被ばくの和を知り、それを低減する努力が必要だからである。
 そのうえで、全国各地でも検査を行えば、汚染食品の流通の有無が明らかにできるであろう。政府と自治体は、早急に取り組んでほしい。
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 「これが言いたい」は毎週木曜日に掲載します
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 ■人物略歴
 ◇はやの・りゅうご
 専門は素粒子原子核物理学。反物質研究により08年度仁科記念賞受賞。
毎日新聞 2011年10月20日 



 【社説】原発立地寄付 悪い循環を断ち切ろう  
2011年10月21日 中日新聞

 東京電力二十年余で四百数十億。中部電力三年で二十六億。原発立地地域には巨額の寄付金が注がれ、電気料金に上乗せされてきた。これが本物の地域振興なのか。電力消費者も考えたい。
 原発のある自治体には、巨額の原発マネーが流れ込む。
 立地に伴う国からの交付金、稼働中の原発に対する核燃料税、固定資産税、そして寄付金だ。
 これまでに支払われた原発マネーの総額は、約三兆円にも上る。
 交付金の財源は、電源開発促進税。これは私たちの電気料金に上乗せされてきた。毎月一世帯平均百十三円程度の負担を強いられている。大型原発一基に付き、建設の準備段階から運転開始までの十年間で五百億円近い交付金が、立地地域に配分されて、公共施設の整備などに充てられる。
 自治体の財政にとっては“あぶく銭”であるはずが、いつの間にか、それを基本にまちづくりが進んでいく。歳入の過半を原発マネーが占める町もある。
 ところが、十年を過ぎると交付金の額は一気に減額される。資産価値も目減りする。膨らんでしまった財布を維持するために、自治体側は原子炉の増設を要望し、寄付をねだることになる。まさに悪循環である。
 原発マネー依存の自治体を一概には責められない。過疎地に原発をつくるのは、膨大な都会の消費を賄うためだ。膨らむ危険の代償として、都会から過疎地へ原発マネーが流されるという、もう一つの悪循環があるからだ。
 原発が本当に安全で、クリーンなものならば、原発マネーは必要ない。迷惑施設と呼ばれることもないだろう。核燃料をリサイクルするプルサーマル発電や、運転開始後三十年の老朽原発には交付金の加算がある。これらこそ危険と不安への対価にも見える。
 福井県の元原発担当者から、こう聞いたことがある。「福井は四、五十年かけて原発が地元に根付くよう努力してきた。交付金で橋や学校、温泉ができた、みたいなこともあるけれど、苦楽をともにというか、目の前に原発があって、農業や漁業を営みながら、原子力とともに歩んできた」
 脱原発には脱原発依存型の地域振興が必要だ。政府の手助けも必要だ。一方、都会の消費者も、原発マネーの悪い流れの中にいる。立地地域に“苦”を強いる、その弊害を意識して、原発依存の暮らしを見直すときだ。 


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記者の目:偏見に苦しむ性的マイノリティー=中川紗矢子/境界を生きる:性分化疾患・決断のとき(中・下)

2011-10-20 18:28:11 | ジェンダー/上野千鶴子
セクシャルマイノリティーの記事に関しては、
他紙よりはるかにすすんでいる毎日新聞を応援している。

原発に関しては、ちょっとなこれは、と思うところもあるんだけど・・・。

14日の「記者の目」も、性的マイノリティーへの差別と偏見に対して、
真正面からとらえた視点が、秀逸です。
署名入りで論じる記者もよいけれど、それを書く場を設けている新聞社の姿勢も好感が持てます。

記者の目:偏見に苦しむ性的マイノリティー=中川紗矢子(北海道報道部)  

◇「多様な性は自然」の認識共有を
 「レインボーマーチ」という催しがある。性的マイノリティーとされるLGBTの人と支援者が、その存在を知ってもらい、共生できる社会の実現を呼び掛けるパレードだ。札幌市は、おおらかな土地柄もあるのだろう、9月18日のパレードで15回目を迎え、全国で最多を数える。
 参加者がどんな生活を送っているのか知りたくて、2月に北海道紙面で「レインボーマーチが聞こえる 性的マイノリティーの日常」を計9回連載した。彼らの人間的魅力と同時に、LGBTが抱える深刻な生きづらさと、背景にある社会の無理解を知った。
 同性愛者などは、どんな時代、どんな地域にも、一定の割合で存在している。それは育成環境や趣味嗜好(しこう)の問題ではなく、生まれついての自然なものだ。

 ◇結婚、財産など不当な扱い多く
 だが、日本の法や制度は、こうした性的指向の存在を前提としていない。結婚が認められない結果、財産の共有や遺産の相続など配偶者なら得られる権利が与えられず、公営住宅入居やパートナーが集中治療室に入った際の面会などで不当に扱われることがある。何よりの問題は、存在を否定するような認識や仕組みの中で当人も自身を肯定できなくなる場合が多いことだ。
 宝塚大看護学部の日高庸晴准教授(医療行動科学)が01年に大阪市の繁華街で若者約2100人を調査したところ、「異性愛者ではない」と答えた男性の自殺未遂率は、「異性愛者」と答えた男性の約6倍に上った。05年のインターネット調査(有効回答約5700人)では、ゲイやバイセクシュアルの男性の66%は自殺を考えたことがある。取材したゲイ男性のほとんども、ゲイなど身近な人を自殺で失った経験がある。
 特に危険なのが思春期。日高准教授の別の調査(99年)では、ゲイやバイセクシュアル男性が最初に自殺を図った年齢の平均は17・7歳、自尊感情も10代が最も低かった。カミングアウトしても親子関係が破綻するなど、ストレスや葛藤でうつ病などを発症するリスクも高いとみられる。
 自身もゲイであることを公表し、LGBTに対応した医療で知られる「しらかば診療所」(東京都新宿区)で心理カウンセリングなどを担当する平田俊明医師は「世の中が同性愛者を『いないもの』として動いているため、自分が必要とされる感覚が弱い人が多い。人を好きになることや性といった人間の本質的部分が偏見の対象になっているので、アイデンティティーへの影響も大きい」と指摘する。
 同性愛者への嫌悪感を「ホモフォビア」といい、同性愛者ら自身もこうした感情を持っていて、自己肯定感を持てない原因にもなっている。このホモフォビアを培う大きな要因が、教育とメディアだ。教員が同性愛者らに偏見を持つ発言をしたり、テレビのバラエティー番組でゲイをあざけりの対象とするのを見ることが当事者に深い傷を残す。

 ◇性同一性障害と同性愛を混同も
 LGBTのうち性同一性障害については、条件付きで戸籍の性別変更などを認める特例法が04年に施行され、その前後からテレビドラマや新聞でも取り上げられるなど啓発も進んだ。しかし同性愛に関する正しい情報は、相変わらず少ないと感じる。日高准教授は近年、健康教育に関する講演で、同性愛と性同一性障害を混同した教員らから相談を受けることが多くなったという。同性に恋愛感情があることを教員に告げた生徒が「病院で(性別適合)手術が必要」と言われたケースもあり、正しい知識の共有は急務だ。
 札幌でレインボーマーチを始めた桑木昭嗣さん(35)は「オープンにして生きていく方法もあると仲間に提案したかった」と振り返る。第1回を企画した96年、仲間からも「周囲にゲイだとばれる」と非難されたという。しかし先月のパレードには800人以上が参加し、歩道やビルの窓から手を振る市民の姿が見えた。当事者の努力と明るさが、周囲の目も変えつつある。
 同性間の結婚を認めている国も世界には10カ国以上ある。法整備には国民全体の議論が必要だろうが、最初の一歩として、多様な性は自然なことであり、LGBTは人権問題なのだという認識を共有するところから始めたい。
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 ■ことば
 ◇LGBT

 レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人=性同一性障害)を指し、国連などで人権問題に関する用語として使われている。この中で最も多いとされる同性愛は、インターネット調査で日本人の4%が該当するとのデータもある。
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 ご意見をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「記者の目」係/kishanome@mainichi.co.jp
毎日新聞 2011年10月14日  


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毎日新聞生活面では、「境界を生きる:性分化疾患・決断のとき」の連載が、昨日でおわった。

結びの言葉が、とてもいい。
「性分化疾患に『正しい答え』はなく、第三者が当事者の決断を批判することはできない。
普通と違う人をどれだけ受け入れられるか、社会の成熟度が問われている」。


この連載を担当している五味さん、もともと感性のよい記者さんだったけれど、
生活報道部に行かれて、ますます水を得た魚のように、よい記事を書き続けていますね。

 境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/中 「自分でなくなる」投薬中止 

◇「普通の男性」望んだが 成人後始める治療、継続困難
 大学1年の冬、サークルの合宿で仲間と風呂に入るのが急に恥ずかしくなった。21歳になっていたが、陰毛はなく、声も小学生のままだった。新潟大歯学部5年の大田篤さん(24)は人目をはばかり民間病院を受診したが、結局自ら通う大学に紹介され、2年の夏に性分化疾患の一つ「低ゴナドトロピン性性腺機能低下症」と診断された。ホルモンの異常で2次性徴が起きない疾患だった。
 「原因があったんだ。治療すれば治るんだ」。ショックはなく、むしろ肯定的に受け止めた。
 週1回、腹部に自己注射するホルモン治療を始めると、数カ月で変化が表れた。声が低くなり、ひげや陰毛が生え、初めて射精した。「なよなよした体」は筋肉質に変わり、鏡を見るのが楽しくなった。初めて経験する性欲には戸惑った。「無意識のうちに視線が女性の胸元に行くなんて、思ってもみなかった」
 しかしある時、ふと疑問がわいた。「これは望んでいたことか」。治療は「普通の男性」になるためだったのに、まるで飢えた獣にでもなってしまった感覚だった。大田さんは「それこそが思春期なのかもしれないが、僕の場合は薬で人工的に変化したので、何かが違うと感じた」。
 治療を始めて1年9カ月後の昨冬、すっぱりと治療をやめた。ホルモンが足りず不健康になるだろうし、子どもを作ることもできなくなるが、それでもよかった。主治医に告げると「最近、中性がはやってるからね」と笑い、反対もしなかった。「自分は男」という認識が揺らいだことは一度もない。医師の言葉にカチンときたが「そうじゃない。自分が自分でなくなるのが嫌なんだ」という心の叫びはぐっとのみ込んだ。
 こうした疾患を診ることが多い池田クリニック(熊本県合志市)の池田稔院長は、治療が持続するかどうかは開始した年齢と深く関係すると感じている。不妊をきっかけに結婚後に治療を始めた患者は、男性ホルモンの重要性を理解はしても、妻が妊娠するとほとんど来なくなる。一方、10代で始めた患者は今も全員が治療を継続しているという。
 池田院長は「思春期に男性ホルモンが低い状態で自己を確立した人は、成人後に治療でホルモンを平常値にしても、自分でないような感覚になるのではないか」との仮説を立てる。
 ホルモン治療をした大田さんは、後悔の念にさいなまれている。「注射を打つたび男らしくなっていくのが、あれほどうれしかったのに」。太くなった声や筋肉質の体は元に戻らない。ひげや体毛にも嫌悪感がある。一度は劣等感から解放してくれた治療が今は恨めしい。下宿の隅に積んでいた未使用のアンプルは、捨てた。
    *
 「娘の人生を私が決めてしまった」「いいえ、選んだのは私」。神奈川県在住の佐藤真紀さん(45)と長女(24)には互いを思いやるやさしさがあふれている。
 89年正月、帰省先の福島県で長女は脱腸を起こし、緊急手術を受けた。手術中に廊下に出てきた医師の言葉に佐藤さんは耳を疑った。「睾丸(こうがん)が見つかりました。腸と絡み合っているので切り取ります。おなかを開いたままなので時間がありません。いいですね」。長女は出生時に膣口(ちつこう)が開いていなかったが、染色体をはじめ10日ほどかけてじっくり調べ、女性で間違いないと診断されていた。

 東京にいる夫とは連絡がつかない。「娘は男だったんだ。でも、私の一存で男として生きる可能性を断ち切ることになる」。そんな思いが頭を駆け巡ったが、医師は「お母さん、どうしますか」と迫ってくる。「じゃあ、切ってください」と言うしかなかった。手術室のドアがしまると、義母の前で号泣した。すべてが終わった後、ようやくつながった電話で夫は「そばにいてあげられなくてごめん。一人で大変な決断をさせてしまったね」と謝った。
 東京の大学病院で再検査を受けると、女性としての発達が不十分になる「ターナー症候群」だが、性染色体に男性化とかかわりが深いY染色体のかけらがある特殊な例だと分かった。
 佐藤さんには他に3人の子がいる。「弟や妹と比べると違いがよく分かる。男女どっちでもないというか、どっちでもあるというか……」という。
 小学4年のとき、学校での性教育が近いと知り、佐藤さんは長女に初めて詳しい話をした。「おなかの中にあるはずの赤ちゃんの部屋がないかもしれないんだ」
 長女は答えた。「他の子と違うみたいだと、何となく思っていた。赤ちゃんを産むのは怖いからいいよ」。しかし「本当はショックだった」と今、打ち明ける。
 中学生になると、骨粗しょう症の防止などでホルモン治療が必要になった。幼少時の手術の決断を十字架のように背負っている佐藤さんは「男女どっちを選んでもいいんだよ」と言ったが、長女は女性ホルモンを選んだ。「あまり女性的にはなりたくない」と生理が来ない程度の量にした。17歳のときには「簡単な手術で膣口も作れる」と医師から勧められたが、断った。
 「本人の意思を尊重しているが、決まった道を行くのと違い自己責任がある。可哀そうな面がある」。佐藤さんはいう。
 長女はいま税理士事務所で働く。一人でも生きていけるようにと、税理士を目指している。「両親はずっと『どんな道を選んでも、あなたが好きなことに変わりはない。味方だからね』と言い続けてくれた。それが私を支えている」。長女は穏やかな表情でふり返る。
    *
 「男性ならこう生きるべきだ」「女性ならこんな治療を受けるべきだ」。性分化疾患の当事者たちは、男女に二分された社会でプレッシャーを受けながら、自分らしい生き方を模索している。【丹野恒一】

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 ◇低ゴナドトロピン性性腺機能低下症

 精巣の働きに深く関係する脳の視床下部や下垂体からのホルモン分泌が悪いために2次性徴や精子形成ができなくなる疾患。陰茎の発達も悪く、陰毛や脇毛が生えない、においを感じにくい、といった症状が出ることもある。若年では見過ごされることも多く、不妊をきっかけに見つかるケースが少なくない。

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 ■ご意見お寄せください

 ご意見や感想、体験を募集します。郵便は〒100-8051(住所不要)毎日新聞生活報道部あて、ファクスは03・3212・5177へ。メールは表題を「境界を生きる」とし、kurashi@mainichi.co.jpへ。
毎日新聞 2011年10月18日



境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/下 「判断妥当か」医師に重圧 

◇年月経て、疑問持つ患者も 未解明な「脳の性分化」
 「カルテを開示してほしい」。3年前、診察室で向き合った20代の患者に言われた時、独協医大の有阪治教授は「その時が来たか」と覚悟を決めた。患者は男性として育ってきたが、性染色体は女性型のXXだった。カルテには書かれていたが、患者自身は知らないはずだった。
 患者は極端に大きな陰核の外見から、男児と判定されて育てられた。体の発達に違和感を覚えた両親が3歳の時、東京都内の大学病院を受診させ、性分化疾患の一つ「先天性副腎過形成」と診断された。子宮や卵巣はあるが、男性ホルモンが過剰に分泌され外性器などが男性化することのある疾患だ。
 このまま男児として生きた方がいいのか。染色体や内性器に合わせ女児に変えるべきか。当時20代の駆け出しの研修医だった有阪医師は、師事していた主治医の教授が治療方針に悩み、海外の文献をひもといて似た症例を必死に探す姿を見ていた。「夜も眠れない」と漏らすのを聞いたこともある。
 最後は両親の意向を尊重し、引き続き男児として育てる方針が決まった。その後、子宮は摘出した。教授は「将来、この子が自分の体に疑問を持って訪ねてきた時、自分はもうこの世にいないはずだ。誰が答えてくれるのだろう」と懸念を口にしていた。
 年月がたち、予想は的中した。
 この患者を引き継ぎ主治医となっていた有阪医師は、「事実関係をきちんと説明しよう」と連絡を待った。開示されたカルテを見て、電話をかけてきた患者は「俺を実験材料にしたんだろう」と怒りをあらわにした。「包丁で切り刻んでやる」とメールで脅されたこともあった。「詳しい理由は分からないが、やはり生き苦しさがあったのかもしれない」。やがて攻撃的な言動は収まったが、有阪医師には苦い思いが残った。
 昨春、一人の新生児が性分化疾患と診断され、独協医大に転院してきた。有阪医師は主治医として初めて中心的に性別判定にかかわった。1カ月にわたりさまざまな検査を行い、結果が出る度にどんな治療をすべきか迷った。「同じ立場になってみて、あの時の教授の重圧が分かった」。両親の希望で、新生児は染色体の型を重視して男性として育てる方針が決まり、形成手術も行った。判断は妥当だったのか、年月がたたないと答えは出ない。
   *
 「性別の確定は戸籍法の期限である14日にとらわれず、生後1カ月までに」。日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は、性分化疾患の新生児を診る医師に慎重な対応を求める手引をまとめた。だが実は、1年かけたとしても真に適切な性別判定はできない。未解明の「脳の性分化」という課題があるからだ。
 昨年12月に大阪府立大が開いたシンポジウム。性分化疾患の研究で世界的に知られるハワイ大医学部のミルトン・ダイアモンド教授が変わった言い回しで訴えた。「性別を決定するのは、両足の間にあるものではなく、耳と耳の間にあるものです」。大切なのは、性器の状態ではなく、自分自身を男だと思うのか女だと思うのか、つまり心(脳)の性だ、という意味だった。
 70種以上ある性分化疾患の中には、性別判定の難しさから、育てられた性と心の性が食い違いやすいものがある。例えば男性器が未発達で女性と判定されがちな「5α還元酵素欠損症」。女性として育てられても心では男性だと自覚する確率が59%という海外のデータがある。男性として育てた場合は0%だ。疾患ごとにこうした傾向がつかめれば、出生時に性別を判定する重要なポイントになりうる。
 厚労省研究班は全国の小児内分泌医と小児泌尿器科医に昨年初めて実施した実態調査を基に、数種類の疾患にしぼり追跡調査した。8月に出そろったデータを分析している山梨大名誉教授の大山建司医師によると、最も患者が多い性分化疾患の一つ「21水酸化酵素欠損症」の場合、約150症例のうち子どもの性同一性障害(心と体の性の不一致)の診断基準に当てはまる患者が3~4%いた。大山医師は「児童精神科医の協力も得ながら、データを詳しく読み解きたい」と話す。
   *
 92年に複数の診療科の医師とケースワーカーなどで性別判定委員会を作るなど先進的な取り組みをしてきた大阪府立母子保健総合医療センター。一昨年から本格的に、看護師が親子それぞれと面談する「看護支援」を始めた。
 親は子どもが性分化疾患だと知った段階からショックや自責の念を持つことがある。40組以上の親子と面談してきた石見(いわみ)和世看護師は、「親の愛情が形成されるのを手助けしていくことが、子どもの成長のために何より重要」と話す。
 面談では、学校生活での心配、結婚や出産はできるか、子どもに病気をどう説明するか、さまざまな質問が出る。じっくり話し合い、時間を共有するなかで、多くの親が涙を流し、病気に立ち向かう決断をしていく姿を目にしてきた。「この病気について心を開いて話せる場所なんて、今までどこにもなかった」。その言葉に、石見看護師は、患者家族の孤独と強さを思うばかりだ。
   *
 性分化疾患はかつて医療界でもタブー視されていたが、患者の立場に沿った対応も進み始めている。日本小児内分泌学会の堀川玲子・性分化委員長はいう。
 「性分化疾患に『正しい答え』はなく、第三者が当事者の決断を批判することはできない。普通と違う人をどれだけ受け入れられるか、社会の成熟度が問われている」【丹野恒一、五味香織】

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 ◇脳の性分化

 心(脳)が自覚する性のこと。人はどんな仕組みで自分の性を認識するのか、決定的な研究はまだない。容姿や言動が男性的なことと、心が自覚する性が一致するとも限らない。人の性別は染色体や性腺、性器の性などで総合的に決められるが、本人の「生きやすさ」のためには最終的に「脳の性」まで解明されることが必要だ。

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 ■ご意見お寄せください
 ご意見や感想、体験を募集します。郵便は〒100-8051(住所不要)毎日新聞生活報道部あて、ファクスは03・3212・5177へ。メールは表題を「境界を生きる」とし、kurashi@mainichi.co.jpへ。
毎日新聞 2011年10月19日 東京朝刊



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【書評】ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ(上野千鶴子著)/無農薬米の稲刈り開始

2011-10-19 17:50:02 | ジェンダー/上野千鶴子
無農薬栽培のお米、初霜(ハツシモ)の稲刈りが始まりした。

今日は畑の横の田んぼの稲を、若い生産者たちが手刈り。
このお米は、はさがけして自然乾燥します。
ここは6月に手植えした田んぼです。

米を作付けしている田の全部はとても手刈りできないので、
来週早々には、コンバインによる稲刈りをします。



田んぼの横の畑の野菜たちも、無農薬栽培で順調に育っています。
   

   

     

午後からは、「女ぎらいの会」があったので、
わたしは、稲刈りの写真を撮っただけで、出かけました。


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午後の「女ぎらいの会」は、著者の上野千鶴子さんを招いての温泉合宿の打ち合わせ。

第一部は、なんと「WAN上野ゼミ」の出前編
《上野千鶴子さんと語る「女ぎらい」》です。
日程は、先日東京に行ったときに上野さんと相談して、
年明けの1月7日(土)の午後に決定。

女性だけでクローズドで続けてきた読書会ですが、
メンバーだけで上野千鶴子さんの話を聞くのはもったいないので、
「WAN(サポート)会員で女性限定、人数限定」で参加者を募ろうということになりました。

詳細や申し込み方法については、
「WAN上野千鶴子web研究室」にアップする予定です。
ときどき「ちづこの手帖」をチェックしてくださいね。

    WAN上野千鶴子web研究室
 
東大で「ケアの社会学」の書評セッションが開催された日曜日の朝、
朝日新聞の書評欄に、中島岳志さん(北海道大学准教授)の評による
『ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ』が掲載されました。

温泉合宿が終わったら、来年は『ケアの社会学』の読書会、やりたいなぁ。

ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ [著]上野千鶴子 
[評者]中島岳志(北海道大学准教授) 
[掲載]2011年10月09日 朝日新聞 

■家族介護を解体し、共助のしくみ追究
 私たちは人類史上はじめて「超高齢化社会」を経験している。なぜなら人が簡単に死ななくなったからだ。過去にはありえなかった社会構成が出現している。
 また、介護保険法の成立によって、これまで家庭内の「不払い労働」だった介護が、家庭外の「支払い労働」へと拡大している。「介護は家族が担うのが当然」という規範は根強い。しかし、はたして家族介護は「自然」の行為といえるのか。それを無条件で「望ましいもの」とみなしていいのか。
 上野は、家族介護は神話であり、解体する必要があると論じる。そして、ケアは「愛の行為」ではなく「労働」と捉えるべきことを強調する。ケアを「有償の労働」とみなす時、「無償の愛だからこそ価値がある」という反論が常になされる。愛に基づく行為には感謝や生きがいといった貨幣に還元できない報酬が与えられており、その価値の獲得によって報われているというのだ。
 上野は、この議論の背景にはジェンダーと階級のバイアスが潜んでいると指摘する。そしてこのバイアスこそ、ケア労働が全ての労働の下位に置かれ、「支払い労働」になっても安い賃金しか支払われない要因になっているという。
 ケアは女であれば誰でもできる「非熟練労働」とみなされ、供給源が無尽蔵だと捉えられる。上野は、ケアを母性的な女の仕事と考える前提は思い込みであり、ジェンダー要因を崩さない限り、「タダのサービスになぜ高い報酬を支払わないといけないんだ」という見解は消えないと指摘する。
 さらに、問題は女性の側にも存在する。中産階級の主婦で有償・無償のケアボランティアに従事する人は「家政婦扱いされたくない」という差別的プライドから、低賃金ケアワーカーと自分を区別しようとする傾向がある。その意識から「自らのサービスの値段をすすんで切り下げ」、結果的に「低賃金のパート労働に出ざるをえない人々を排除」してしまう。ケア労働の賃金が安いのは、「わずかの価格差で、『崇高な奉仕』という正当化をあがなうためのイデオロギー価格なのだ」。上野はここに女性の階級問題を発見する。
 上野は新時代の介護事業の担い手として、「協セクター」の存在に注目する。本書では自助でも公助でもない「共助のしくみ」が追究され、フィールドワークに基づく具体的な事例が紹介されている。
 上野が若き日の代表作『家父長制と資本制』を出版してから21年。この間、常に議論をリニューアルし、問いを発展させてきた持久力は圧巻だ。自らの生き方とアカデミックな探求を合致させ、その理論と実践を徹底的に追究してきた集大成の成果に圧倒された。    ◇
 太田出版・2993円/うえの・ちづこ 48年生まれ。社会学者、東京大名誉教授、NPO法人WAN理事長。『家父長制と資本制』『おひとりさまの老後』など。 


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境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 「男子と女子、どっちがいい?」/性別確定「生後1カ月まで」

2011-10-18 19:06:15 | ジェンダー/上野千鶴子
二日間留守にしていて、きょうはまた朝から、
「議員と市民の勉強会」の課題の仕事に戻っています。

たくさん撮った紅葉の写真はまだ整理できていません。
今年の紅葉が終わる前にアップしなくちゃ、と焦っています。

きょうは留守にしていた間の、新聞記事の話題です。

夜10時からの「IS 男でも女でもない性」を放映中は毎週見ていたのですが、
先月、終わってしまいました。
視聴率はあまり高くなかったようですが、考えさせられるよい番組でした。

 「IS(アイエス) 男でも女でもない性」(テレビ東京)

この番組に影響を与えたのは、毎日新聞に連載している「境界を生きる:性分化疾患』だと思うのですが、
その連載が、16日から再開しました。

同じ日、この連載担当の丹野恒一記者の記事が載りました。
連載がきっと「学会」も動かしているのでしょう。

性分化疾患:性別確定「生後1カ月まで」…学会が手引 

 外性器などが未発達で男女の区別が難しい性分化疾患の新生児について、日本小児内分泌学会と厚生労働省研究班は性別を確定する目標時期を「生後1カ月まで」とする医療者向けの手引を初めてまとめた。戸籍法は出生届の期限を14日以内と定めているが、十分に精査されずに性別判定されるケースがあるため。学会は法務当局の判断を仰いだうえで、期限の延長が可能としている。
 性分化疾患は2000人に1人の発生頻度との調査があり、90年代に解明が進んだが今も十分な知識を持たない医師が多い。子宮も卵巣もある女児が外性器で男と判断され、男性ホルモンを投与されるなど、最低限の検査なしでずさんに性別判定されるケースが後を絶たない。
 手引は染色体やホルモン、遺伝子など必要な検査や、内科と外科それぞれの治療内容を示した。性別確定まで1カ月としたのは、検査結果が出そろうのに14日以上かかる場合があるほか、経験豊富な医師の意見を仰ぐことを求めたためだ。
 戸籍法には出生届の遅延に対する罰則規定がある。同学会は、手引作成時に東京法務局に問い合わせ、医師の証明があれば性別や名前を空欄で出せることを確認。後に必要事項を埋める「追完」という方法で、14日を過ぎた届け出ができるとしている。ただ周知されておらず、医師も親も「14日以内」にとらわれているのが実態だ。
 厚労省研究班のメンバーで手引作成の中心になった堀川玲子・国立成育医療研究センター内分泌代謝科医長は「医学的には男女どちらとも言えない性があるが、『中間の性』という通念はまだない。性の変更を社会が受容する環境も整っていない以上、性別の判定は慎重を期すしかない」と話す。【丹野恒一】

 ◇性分化疾患◇
 通常は男女どちらかで統一されている性器や性腺(卵巣・精巣)、染色体の性がそれぞれあいまいだったり、一致せずに生まれてくる病気の総称。70種類以上ある。「半陰陽」「両性具有」などとも呼ばれてきた。

 ◇解説…判定の難しさ配慮
 今月開かれた日本小児内分泌学会では、両親が性別の決定を迷った末、男性と届け出るまでに1カ月半以上かかった事例が発表された。治療の選択肢や成人後の生き方も考えれば、決断が困難になることの表れだ。
 この子は陰茎がない状態で生まれた。それ以外は性腺も染色体も男性型で、医師は男性を選択するのがよいと考えた。しかし将来にわたり機能する陰茎の形成が非常に難しく、不完全な外性器で暮らすことを両親が悩み時間がかかったという。
 診断や治療法の指針は「ガイドライン」ではなく、学会はあえて弱い「手引」という用語を選んだ。「現時点の判断が将来も妥当であるかは分からない」(堀川玲子医師)との認識に立ったという。経験豊富な専門家でも性別の判定は難しいが、より長い時間が与えられたことには意味がある。
 手引は私たちにとっても人ごとではない。「性別が分からないはずがない」「性器がはっきりしないのはおかしい」という思い込みが親を追い込んでいることも忘れてはいけない。【丹野恒一】
毎日新聞 2011年10月16日 


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 境界を生きる:性分化疾患・決断のとき/上 「男子と女子、どっちがいい?」  

◇思春期に男性化する疾患の長女、小4で告知受け混乱
 染色体やホルモンの異常により男性か女性かの区別がはっきりしない「性分化疾患」。医学的には未解明な部分が残り、男性と女性の枠組みしかない社会で生きる難しさも伴う。性の選択を迫られた時、治療方針を決める時--。当事者と家族、医療者のそれぞれの決断の場面を追った。
    *
 昨年7月、大阪市の大阪警察病院。夏休みに入った小学4年の長女(当時9歳)に付き添い、関西地方の夫婦が小児科を受診した。「そろそろ私から本人に説明しましょうか」と切り出した望月貴博医師に、夫婦は顔を見合わせ黙ってうなずいた。病気のこと、受けることになるかもしれない性器の手術のことを話した後、医師は長女に尋ねた。
 「男の子にもなれるし、今のまま女の子を選ぶこともできる。どっちがいい?」。しばし流れる沈黙。父は「男と言ってくれ」と祈ったが、長女は消え入るような声で「女の子がいい」と答え、しくしく泣いた。
 父が「男」を願ったのには理由がある。
 夫婦には2人の子がいる。いずれも女の子と思っていたが5年前、陰核(クリトリス)の肥大などをきっかけに性分化疾患の一つ「5α還元酵素欠損症」とそろって診断された。性染色体はXYの男性型だが、ホルモンの異常が原因で男性器が発達せず生まれ、大半が出生時に女性と判定される。しかし2次性徴期になると、程度の差はあれ確実に男性化する特徴がある。
 日本では下腹部に隠れている精巣を摘出して女性ホルモン剤を服用する治療が行われてきたが、欧米では女性として育った人の多くが性別の違和感に悩み、約6割が男性に性別変更したとのデータもある。
 長女が思春期を迎えた時、声も体形も男性化し、小さめの陰茎(ペニス)ほどに陰核が育っていったら……。本人の驚きと戸惑いを想像すると胸が痛んだ。
 病気がわかったとき、望月医師から「将来、妊娠はできない。男性としてなら子を作れる可能性はある」と言われた。小学校入学が目前に迫り、ピカピカの赤いランドセルも準備していた。夫婦は入学を心待ちする長女を男の子に変える気持ちにはなれなかった。
 翌年、今度は次女の幼稚園入園が迫った。望月医師は「性別を変えるなら、新しい社会に入り人間関係も変わる今のタイミングがいい」と促した。1年前から悩み抜いてきた夫婦は、長女の時とは逆の決断をした。「出生時の性別判定は間違い」との診断書を家庭裁判所に提出し、入園直前に次女の戸籍は「長男」となり、名前も変わった。
 男の子になった弟はとても陰茎が小さく、立ち小便ができないため個室トイレしか使えない不便はあるが、学校生活を楽しんでいる。夫婦の心配は長女だ。制服以外はスカートをはかず、野球やサッカーが大好きで、遊び相手も男の子だ。
 父は「男性化が進んでも女の子でいたいというなら、人格を無視してまで性別を変えることなどできない。男の子を望むなら、誰も何も知らない町に転居して、再スタートする覚悟はできている」と唇をかむ。
    *
 主治医の望月医師にとっても、治療方針の決定は容易ではない。
 次女の入園が迫った時、性別をどうすべきかを症例の豊富な医師たちに尋ねたが、男の子に変えるのは反対だというメールが次々返ってきた。「ちんちんがあまりに小さく、将来コンプレックスになる」という率直な意見もあった。診断にかかわった藤田敬之助・大阪市立総合医療センター元副院長も「思春期にどれだけ男性化するかは個人差がある。本人に性別を選ばせたいので、留保してはどうかと伝えた」と振り返る。
 望月医師は「絶対的な答えがあるわけではないが、私はより新しい国際的な知見を重視した。時代は変わってきているのです」と胸を張る。長女については、男性的な2次性徴が始まったら薬でいったん止め、本人に考える猶予を与える治療法を検討している。
    *
 「どちらの性別で育てますか?」
 東海地方の主婦(28)は2年前に長男を出産してから医師に「選択」を迫られ続けてきた。性器の発達が不十分だった。産院を退院してすぐ、大学病院にかかりさまざまな検査を受けた。「断定はできないが、染色体は男性型だから男で大丈夫では」。あいまいな言葉でも医師を信じるしかなく、2週間の期限ぎりぎりに長男として役所に届けた。性別を保留できることは当時は知らなかった。
 その後、別の医師からは「精巣がなく、子宮がある可能性がある。女の子として生きる方がいいのでは」と言われた。迷い続けてたどり着いた小児専門病院でも、男性の外性器の形成手術が難しいことを理由に、女の子を勧められた。「心も女の子になるんですか」と尋ねても明確な答えはなかった。
 この春、詳しい検査で子宮や卵巣のないことが分かり、男の子として育てていく気持ちがやっと固まった。まずは陰茎を大きくする。将来子どもを持つのは難しいが、声も体も大人の男性になれるよう、定期的に男性ホルモンを注射していく。
 「来年はスカートかも」。少し前は子ども服を買うのもためらったが、いま、性別そのものへの迷いは晴れた。【丹野恒一、五味香織】
==============

 ◆関西地方の夫婦が次女の性別選択で考慮した点(望月医師の説明による)
 ◇女性の場合
子宮と卵巣はなく膣(ちつ)も不完全
外陰部や膣の形成は男児にする場合より容易
妊娠できない
精巣を放置すれば思春期に男性化する可能性
乳房の発達などのため女性ホルモンの内服が生涯必要

 ◇男性の場合
精巣はある
外陰部の形成は女児にする場合より難しい
子どもが作れる可能性
思春期に自然に男性化する可能性
陰茎が小さいままの可能性

==============
 ◇「境界を生きる」とは
 連載「境界を生きる」は09年9月にスタート。近年まで医療界でさえタブー視されてきた性分化疾患や、心と体の性別が一致しない性同一性障害の子どもたちの苦悩を追い、社会の無理解などを問いかけてきた。
==============
 ■ご意見お寄せください
 ご意見や感想、体験を募集します。郵便は〒100-8051(住所不要)毎日新聞生活報道部あて、ファクスは03・3212・5177へ。メールは表題を「境界を生きる」とし、kurashi@mainichi.co.jpへ。
毎日新聞 2011年10月17日


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秋深し、錦おりなす「天生湿原」(天生県立自然公園)/岐阜の宝ものに認定

2011-10-17 21:21:36 | 花/美しいもの
今年も、天生(あもう)湿原の紅葉をみに行ってきました。

数年前までは、秋は東北まで「紅葉と新そばと温泉の旅」に出かけていたのですが、
ここ数年は、山全体が赤く色づく飛騨の紅葉、特に岐阜県でも秘境といわれる天生県立自然公園に行っています。

たまたま10月16日の岐阜新聞に、天生県立自然公園が「岐阜の宝もの」に認定されたという記事が出ていました。

 天生県立自然公園と三湿原回廊、岐阜の宝ものに認定 
2011年10月16日 岐阜新聞

 県は15日、全国に誇る県の新たな観光資源とする「岐阜の宝もの」に、飛騨市と一部大野郡白川村にまたがる「天生県立自然公園と三湿原回廊」を選定、岐阜市内で開いた「第5回飛騨・美濃じまんミーティング」で代表者らに認定証を贈った。岐阜の宝もの認定は計四つになった。
 天生県立自然公園は、飛騨市河合町と白川村にまたがる総面積約1600ヘクタールの森。天生湿原3 件やブナの原生林で知られ、年間約8千人が訪れる。ミズバショウの群生で有名な「池ケ原湿原」(同市宮川町)と、クロベやダケカンバなどの巨木が覆い茂る秘境「深洞湿原」(同市神岡町)と合わせて、エコツーリズムとしての人気が高まっている。
 選定にあたり、22人というガイドの充実や、天生湿原3 件で携帯トイレ用のテントを配置するなど環境に配慮した取り組み、新緑と紅葉の季節にJR高山駅発着のシャトルバスを運行させ交通アクセスの確保に努力している点などが評価された。
 認定式では、井上久則飛騨市長が「地元のガイドたちが一生懸命観光資源として磨き上げてくれたおかげ」と喜びを語った。
 「岐阜の宝もの」認定委員会の須田寛会長は「岐阜の宝ものに選定済みの下呂市の小坂の滝めぐり、高山市の乗鞍山麓五色ケ原の森と連携して、岐阜の新たなブランドをつくってほしい」と期待を込めていた。
 岐阜の宝ものになる可能性のある「明日の宝もの」には、「中山道と太田宿・伏見宿・御嶽宿・鵜沼宿」(美濃加茂市、可児郡御嵩町、可児市、加茂郡坂祝町、各務原市)と、「岩村城跡と岩村城下町」(恵那市)が選ばれた。 


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新聞を見て訪れる人が多いと思い、早めに着いたのですが、
平日なので、駐車場はまだ空いていました。

天生峠への上り口の白川郷はどぶろく祭りの真っ最中。
人手がおおそうなので、通過しました。

   
天生峠(天生県立自然公園)に到着。
   
天生(あもう)県立自然公園

ちょっと曇り気味ですが、峠の紅葉は最高。
入り口で地元の人に聞くと、
少し高いところにある天生湿原の紅葉は散っているとのこと。
     
天生湿原は熊の生息地ですが、特に今年は熊が多いとの注意書き。
協力金500円を払って、天生湿原めざして上り始め。
     

山道から見た、錦おりなす全山紅葉の景色。


天生湿原の入り口。
熊よけの一斗缶がつるしてあります。
これをたたいて、クマに来訪を告げるようです。
 

紅葉まっさかりを過ぎた天生湿原。


地元の人の話では上は紅葉はおわった、とのことでしたが、
まだまた見どころ満載の天生湿原です。






遅くなってしまったので、つづきは、またアップします。

天生峠経由シャトルバス(飛騨高山・飛騨古川⇔天生峠⇔合掌の里白川郷シャトルバス)
天生峠へはシャトルバスも出ています。

峠付近が最高潮の紅葉は、この一週間くらいの間に、上から下へ降りてくるでしょう。
東からでも西からでも、途中のどこかで真っ赤な紅葉に出会える
天生峠は、とっておきの紅葉の穴場です。

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急接近:柳川喜郎さん 言論封じる暴力に社会が立ち向かうには/【社説】「知る権利」を侵すな  秘密保全法制 

2011-10-16 17:37:18 | ほん/新聞/ニュース
東日本大震災と大津波と、福島原発事故で、市民生活が困難に直面しているなか、
国の対応は後手後手に回り、政策としてその有効な対策もできていない。

事実や情報も隠蔽され、東電の責任や補償もあいまい・・。
この国の、危機管理能力のなさが、露呈している。

政権交代してからは、何も聞こえてこないし、何もみえてこない、
情報を秘匿し、国民を無視する方針に転換したのでは、と勘繰りたくなる。
うすうすわかってはいたけれど、この国の民主主義は、その程度だった、
と改めて認識させられている日々。

そんななか、「秘密保全法制」の準備が着々とすすみ来年の国会に提出されるということだ。

そんなことをしてる場合か!、もっと優先順位が高いことがあるのに。
国は、この法律を成立させて、国民の「知る権利」を制限して、
都合の悪い情報を、「恣意的に」秘匿したいのだろう。

非常事態が起きると、国というものがどのように動くのか、
人が見捨てられていくようすが、よくわかる。
情報は選別され、大本営発表のように、為政者や権力側が「知らせたい」情報だけが流通し、
本当に「知りたい」情報は、市民の側に届かない仕組み。

わたしは、もともと「国」というものに、期待も希望を持っていなかった。
だから、市民に何ができるか考え、行動してきた。

それにしても・・・・

あまりにひどいあり様じゃないか、と思う。


【社説】「知る権利」を侵すな  秘密保全法制  
2011年10月14日 中日新聞

 政府が進める秘密保全法制は、外交などの秘密をさらに厳重な国家管理下に置くものだ。国民の「知る権利」を侵しかねない法律制定に強い懸念を持つ。
 秘密保全法制が射程に入れているのは(1)国の安全(2)外交(3)公共の安全および秩序の維持-の三分野である。
 行政機関が所有する秘密情報の中でも、重要なものを新たに「特別秘密」と規定して、保全措置の対象とする。故意に漏えいした場合は、懲役五年以下か、十年以下の厳罰を科すという。

あいまいな特別秘密
 国家公務員ばかりでなく、事業委託を受けた独立行政法人や民間事業者までも適用対象となる内容だ。政府は次期通常国会に提案する方針である。
 まず問題なのは、特別秘密とは何か判然としていないことである。政府の有識者会議の報告書では「事項を別表などで具体的に列挙する」としている。
 ただし、秘密の指定はそれぞれの行政機関が権限を握る。これでは行政の恣意(しい)が働く恐れがある。政府・行政にとって、不都合な情報は意図的に特別秘密と指定することができよう。
 報告書では特別秘密について、形式的な秘密ではなく、保護するに値する実質的な秘密であることを要件としている。しかし、「実質秘」だと判断するのも、行政機関に任されているから、結果的に不都合な情報は覆い隠される。
 そもそも、この法制は昨年、尖閣諸島沖で起きた中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事件をきっかけに着手された。海上保安官が衝突ビデオの映像をインターネット上で流したことが、政府の逆鱗(げきりん)に触れたのだ。
 国家公務員法の守秘義務違反に当たるとこぶしを振り上げてみたものの、検察側は刑事責任を問うのは困難だとして起訴猶予処分の判断をした。

情報公開の改良こそ
 このため、当時の仙谷由人官房長官が「抑止力が十分でない」と発言し、有識者会議を立ち上げたのが経緯である。つまり、政府にとって尖閣ビデオ問題は、外交上の不都合な情報を隠したかったからに他ならない。
 衝突映像を多くの国民はネットやテレビで目の当たりにした。こうした情報をも特別秘密として、政府が秘匿し続ける可能性があるのだ。まさに情報統制そのものではないか。
 むろん公務員は萎縮するに違いない。守秘義務違反なら一年以下の懲役などの定めがあるが、これが大幅に厳格化・厳罰化されるからだ。
 取材の自由への脅威にも十分になりうる。「正当な取材活動は処罰対象とならない」としているものの、公務員への「そそのかし」は処罰対象と判断される恐れがあるからだ。取材活動は国民の利益にかなう情報について、知恵や努力を働かせ、相手を説得して獲得するものだ。説得行為をそそのかしとみなすのだろうか。
 有識者会議の報告書は、違法な取材の事例として、「沖縄密約」を暴いた外務省機密漏えい事件を挙げた。だが、密約は政府が「沖縄をカネで買い戻すという印象を持たれたくない」と隠し続けたものである。
 返還協定に含まれない巨額な「秘密枠」などのカネは、密約であるがゆえに、国会の承認を受けることなく、米国に支払われた。議会制民主主義を無視した歴史の汚点でもある。
 同種の情報を特別秘密として封殺できるのが、今回の法制の特質でもある。外交などに秘密が伴うのは理解できるとしても、憲法を踏みにじっていいはずがない。「知る権利」を脅かす法制は、民主主義への挑戦状とも受け止められる。
 福島第一原発の事故でも、政府や東京電力などは重要情報を秘匿したり、情報操作を続けた。放射能の拡散予想を長く公開しなかった事実などは、国民の生命や財産をないがしろにしたのと同然だ。
 時代の潮流は、情報を閉ざすことではなく、情報をできるだけ国民に公開することだろう。
 情報公開法に「知る権利」を明記することで、行政サービスではなく、行政機関の義務として公開するという発想に百八十度転換できる。同法の改正こそ目指すべき方向である。そもそも「開かれた政府」は、民主党の党是ではなかったのか。
悪夢の再現ではないか
 一九八五年の中曽根康弘首相時代に「国家秘密法案」が出されたが、メディアや世論の反対によって廃案に追い込まれた。悪夢がよみがえったような印象である。政府情報に投網をかけて丸ごと覆い隠すような法制には、強い憤りを禁じ得ない。 



  社説:秘密保全法制 「知る権利」は大丈夫か(10月13日)
2011.10.13 北海道新聞

 政府は国の秘密情報の管理を徹底し、漏えいさせた国家公務員らに厳罰を科す法案を来年の通常国会に提出したい考えだ。
 防衛や外交に関する重要な情報を「特別秘密」に指定。ネット上などに流出して世界へ広がることがないようにする。
 背景には情報管理が不十分な日本政府とは秘密情報を共有しづらいとの各国政府の懸念があるという。
 しかし秘密の範囲を広げたり管理を厳しくすることで国民の知る権利を制限するおそれがある。
 既に国家公務員法や自衛隊法などが守秘義務を課している。現行法で不十分なのかも不透明で、慎重に進めるべきだ。
 法整備のきっかけは、沖縄県・尖閣諸島沖で昨年起きた中国漁船衝突の映像がネットに流出した事件だった。当時の仙谷由人官房長官は「罰則が軽く抑止力が必ずしも十分でない」と厳罰化する考えを示した。
 これを受け有識者会議が今年8月に報告書をまとめた。
 報告書は特別秘密の対象を防衛、外交、公共の安全・秩序維持に関する重要な秘密情報と規定。特別秘密を取り扱う者には居住歴や犯歴、薬物・アルコール依存がないかなどを調べる適性評価を実施するとした。
 国家公務員法が懲役1年以下としている守秘義務違反の罰則を同10年以下と重くすることも検討する。
 問題は知る権利との関係だ。
 特別秘密の指定範囲を広く取れば情報公開が制限される。厳罰化することで公務員が萎縮し、取材に対する制約が強まれば「報道の自由」を侵しかねない。
 また、独立行政法人や民間企業、大学が持つ情報も特別秘密の対象に含める方向だ。自由な研究活動を妨げる不安も生じる。
 報告書は法整備が知る権利を害さないと強調しつつ「運用を誤れば国民の重要な権利利益を侵害するおそれ」を指摘。「国民において運用を注視していくことが求められる」と行き過ぎを監視するよう促す。
 そうまでして新たな法制が必要なのか。慎重な検討が必要だ。
 きっかけとなった漁船衝突のビデオ映像には流出以前から公開すべきだという声があった。特別秘密に当たると言えるのか疑問だ。
 流出させた海上保安官は国家公務員法違反容疑で書類送検され起訴猶予となった。ネットへの漏えいは現行法で対処できないわけではない。
 民主党は情報公開推進を党是としてきたが政権交代後は後ろ向きだ。
 内閣官房報償費(機密費)の使途は未公開だし、情報公開法の改正も足踏みしている。秘密保全法制より先にやるべきことがある。 


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15年前、御嵩町の柳川喜郎町長が襲撃された夜、わたしは御嵩町にいた。

ゴルフ場問題岐阜県ネットワークの運営委員会で、各地から御嵩町議の家に集まって、会議を開いていたのだ。
銃撃事件が起きたことは、産廃に反対しているメンバーでもある町議宅への電話で知った。
柳川さんの命が危険であるということで、緊急手術が行われている、ということも。

衝撃事件現場から、さほど離れていないところにいても、パトカーの赤色灯や、
サイレンの後も聞かなかった。

会議を終えたのは、10時ころ。

その日は。奇妙に静かな夜だった。
事件が起きて、襲撃犯は逃走中だと思われるのに、
帰り道では、検問もなく、パトカーも警察官の姿もみなかった。

家に帰ってみると、警察官と名乗る男性の声で奇妙な留守電が入っていた。
「警察は襲撃を知っていた。警察は犯人をみ逃がした」と。
産廃を計画している企業には地元署からの天下りもあり、
警察との密着ぶりは、当時、地元では知られていたことだったので、
全く作り話しの電話とも思えなかった。

報道が大騒ぎを始めたのも、翌日のこと。
翌日、柳川さんの様子が心配で御嵩町役場に行ったが、
初動捜査の遅れは秘匿されていて、警察からは何の発表もなかった。

県警が重い腰を上げて動き出したのも、事件数日後のこと。
当時の梶原拓知事は産廃企業ともべったりで、御嵩の産廃施設の超推進の立場だったので、
本気で産廃問題との関連にメスを入れる、という感じでもなかった。

その後、わたしは朝日新聞の産廃問題の連載に執筆してほしい、という依頼で、
わたしの意見を書いた覚えがある。

おなじころ、産廃関連で秘密裏に告発状を出そうと準備していた前日、
わたしたちの持っている携帯電話のベルが鳴り、
たまたま持っていたわたしが電話に出ると、
「やめんと殺すぞ」という男の声がして、電話は切れた。
わたしたちは、県警に被害届をだし、わが家には長い間、
警察が設置した防犯カメラが、市道に向けて、これ見よがしについていた。
あまり効果があると思えなかったけれど、抑止力になるとのこと。
もしも事件が起きたら、あとでとモニータでテープを解析できるとのこと。

あの当時、大きな利権が動く産廃やゴルフ場問題の運動にかかわる、
ということは、いのちの危険も伴うことだった。

柳川喜郎町長襲撃事件の時効まで、あと半月。
事件が起きたのは、産廃問題の真っ最中、警察は本気で、この事件を解決しようとしたのだろうか。

柳川さんの言葉がいまも、忘れられない。
「わたしはパンドラの箱を開けてしまった」。

急接近:柳川喜郎さん 言論封じる暴力に社会が立ち向かうには 

<KEY PERSON INTERVIEW>
 岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長(当時)が襲撃された殺人未遂事件の公訴時効(15年)が30日に迫っている。町で進められていた産廃処理施設計画が背景にあるとみられているが、真相は闇の中。言論を封じる暴力に社会はどう立ち向かうべきか。柳川さんに聞いた。【聞き手・三上剛輝、岡大介、写真・大竹禎之】

 ◇情報公開に徹し団結を--殺人未遂事件の時効が迫る前岐阜県御嵩町長・柳川喜郎さん(78)
 --事件は夕暮れ時に起きました。
 ◆ 役場の仕事を終えて自宅マンションのエレベーターを降りようとしたところ、左側にいた男と目が合いました。普段は人に会わないので「珍しいな」と思った直後、棒状のもので突然頭を殴られました。すぐ後ろから身長180センチくらいの男も加わり、めった打ちにされました。不思議と痛みは感じませんでしたが、骨が砕ける衝撃は、はっきり覚えています。医者に「あと数センチずれていたら死んでいた」と言われるほどの大けがでした。

 --産廃処理施設計画にストップをかけたことが事件の背景だと主張されています。
 ◆ 利益率が20%を超えるといわれる産廃業界の甘い蜜には、これまで暴力団や右翼団体が群がってきました。御嵩町の計画でも多額の金が動いたようです。そんな中、計画凍結を打ち出した私が疎ましかった人は多いでしょう。県警は報告書で産廃施設計画を「魑魅魍魎(ちみもうりょう)の温床」と表現しました。
 計画は密室の交渉で進められました。前の町長時代、産廃施設計画に否定的だった町が、業者から35億円の協力金を受け取るとの条件で容認するようになりましたが、住民には一切知らされなかった。その後、反対派には脅迫や嫌がらせが相次ぎました。記者として海外の軍事政権を取材し、言論弾圧を経験していた私は「民主主義国家でこんなことがまかり通っていいはずがない」とカッとなりました。
 計画地は巧妙に選ばれていました。名古屋市などの水源となる木曽川の取水口が近く、水質汚染の危険性がありましたが、御嵩町民は別の川の水を飲んでおり、直接の影響はありません。また、町はかつて亜炭の採掘で栄えましたが、近年は近隣の市のはざまに埋没しています。産廃施設は誰もが嫌がる「迷惑施設」ですが、住民に直接の悪影響がなく、財政が潤うのならば、田舎町は建設容認に傾くでしょう。しかし、名古屋市民など500万人の水が汚される恐れがあったのです。

 --警察は柳川さんの失脚を狙って自宅を盗聴した11人を逮捕し、関連事件を含めると計34人を検挙しましたが、襲撃事件は未解決です。
 ◆ 県警が必要十分な捜査をしたかは疑問です。犯人が逃走したのに緊急配備をかけませんでした。実行犯として浮上した男もいましたが、つぶしきれていないようです。

 --行政への暴力や不当要求をなくすため何が必要ですか。
 ◆ 大原則は情報公開の徹底です。計画の立案から決定までの流れ、予算編成などをオープンにする。情報を隠すと、そこからおかしくなる。御嵩町は「知る権利」を明記した情報公開条例を制定しました。ただ、それだけでは暴力団や右翼団体の圧力は止まらないでしょう。毅然(きぜん)とした態度で臨み、首長や窓口の担当者を孤立させないことが大切です。栃木県鹿沼市では01年、市と廃棄物処理業者の癒着を正そうとした職員が殺害されました。職員は孤立無援の状態でした。泣き寝入りや責任の押しつけをせず、団結して立ち向かうことです。

 ◇議論重んじ民意に戻れ
 --事件後の97年に産廃施設計画の是非を問う住民投票を実施し、8割が反対に回りました。
 ◆ 以前は立ち話や井戸端会議でも産廃の話はタブーでした。「もの言わない社会」は民主主義に反します。民主主義は「説得」の繰り返しです。どんなことにも賛成、反対意見がある。時間と手間をかけて議論し、皆が納得いく結果を導き出す。これを省くと独裁や隠蔽(いんぺい)、暴力につながります。私は町内41カ所で説明会を開きました。
 住民投票は万能ではありませんが有効な手段です。間接民主主義は現在、議員の質の低下などで金属疲労を起こしています。首長と議会がねじれた場合や、地域にとって重要な事項を決定する場合は、原点の直接民主主義に戻るべきです。ただ、民意はムードで決まってしまう恐れがあるので、時間とエネルギーをかけて議論できる風土を作ることが大切です。

 --東日本大震災で大量に発生したがれきの処理が問題になっています。
 ◆ 産廃施設計画の凍結を打ち出した時、「処分場はいずれ満杯になる。お前たちもごみを出しているのに、受け入れないのは無責任だ」との批判もありました。しかし、計画が中止になって処理施設が足りなくなったという話は聞きません。環境意識の高まりから産廃の排出量が減り、リサイクルに力を注ぐようになったのです。
 震災のがれきも構図は同じです。処分場建設に向け、暴力団や右翼団体が群がる可能性もあります。処分場を造るにしても、偽りのロジックにだまされてはいけない。中和や破砕などの中間処理にコストをかければ、量を減らすことができるはずです。処分場の建設の是非やその内容は、オープンに議論してほしい。

==============
 ■ことば
 ◇御嵩町長襲撃事件
 96年10月30日、御嵩町の柳川喜郎町長(当時)が帰宅時に2人組の男に襲われ、一時重体になった。事件は未解決。背景とされた産廃処理施設計画は、是非を問う住民投票が97年6月に行われ、8割が反対。08年3月に白紙撤回が決まった。

==============
 ■人物略歴
 ◇やながわ・よしろう
 東京都出身。名古屋大卒業後、NHKでジャカルタ支局長や解説委員を務め、95年4月の御嵩町長選で初当選。産廃処理施設計画に反対し、情報公開を推進。3期12年を務め、07年に引退した。
毎日新聞 2011年10月15日
 


    

  


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初物「利平栗」と3年物の山芋/『優生思想と健康幻想 ―薬あればとて、毒をこのむべからず』八木晃介

2011-10-15 20:00:29 | おいしいもの/食について
昨日は、「議員と市民の勉強会」の課題「一般質問の事後評価」のレジメの提出期限。
何とか仕事を済ませて、今日一日はのんびりしている。
また来週になると、忙しくなりそうです。

先日、岐阜県図書館で、新刊ばかり8冊借りてきたのだけど、
なかなか読んでいる時間がない。
時間がなかったので、新着図書コーナーに置いてあった本のなかで、
なんとなく、読んでみたい本を直感で借りてきたのだけど、
そのなかで、
『優生思想と健康幻想 ―薬あればとて、毒をこのむべからず』がおもしろい。

     
『優生思想と健康幻想 ―薬あればとて、毒をこのむべからず』
八木晃介 /批評社 (2011/07)

本書は、喫煙やアルコール依存症などの生活習慣病や、いわゆるメタボリックシンドローム、
健康診断、脳死や臓器移植、高齢者の認知症などをめぐる医療政策について
「健康幻想」というキーワードを挙げて読み解くもの。
「世間の常識の背後でいったい何が起きているのか。(出版社サイトより)」


原発事故のこと、老いとエイジズム、優生批判から医療の問題、
第4章「当事者」概念をこえて、には、
上野さんの『当事者主権』にある「当事者」についても論じている。

買いたい本を目的に本屋さんを探すのもありだけど、
ふらっと訪れた図書館で、自分では買わない本に出会うのも、わくわくする。
だから、やっぱり図書館通いはやめられない。

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東京に行く前日に、利平栗をいただいた。

今年は他の栗も交じっているそうだけど、粒が大きくておいしそう。

ひと月ほど、0度くらいのところに冷温保存すると甘みが増すそうだけど、
チルドが空いてなかったので、そのまま冷凍庫に入れてしまった。

昨日の昼間、課題のレジメを読む合間に、
栗を冷凍庫から出してきて、凍ったまま、20分ほど蒸した。

  

ちょうどよいくらいに蒸しあがって、
手が空くと、ときどきむいて食べている。
   
チョコやアーモンドなどのナッツ類は、脳に良いというけれど、
疲れると栗に手が伸びるので、脳が栗を欲しがって、手と口を動かしているのかもしれない。

夕ご飯は、白菜の間引き菜たっぷりの野菜鍋。
 
久しぶりに買い物に出たので、半額のマグロのお刺身も。

3年物の山芋も掘ったので、のくずいもを炊いて食べたら、美味だった。
   

一年ぶりの栗と山芋。

収穫の秋には、おいしいものがたくさんとれます。

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浜岡原発永久停止を牧之原市が決議/原発周辺で20メートル津波の可能性/浜岡廃止訴訟 初弁論

2011-10-14 21:07:15 | 地震・原発・災害
9月末に浜岡原発(御前崎市)に隣接する牧之原市の市議会が県内で初めて「浜岡原発の永久停止を求める決議」を可決した。
浜岡原発に対しては、原発の廃止を求めた訴訟が起こされているが、
その裁判がはじまり、第一回口頭弁論が、13日静岡地裁で開かれた。

おりしも、静岡市で開かれている日本地震学会では、
同じ13日、浜岡原発立地の海岸に、高さ15~20メートルの津波が押し寄せる可能性があることが発表されたとのこと。

浜岡原発廃止の包囲網が、じわじわと狭まっている。
浜岡原発に津波蛾押し寄せて、福島原発のような事故を起こせば、東京も名古屋も大きな被害を受けることは目に見えている。

浜岡原発、もう廃止するしかないだろう。
と、わたしは思うのですが、あなたはどう思いますか。

 浜岡原発:廃止訴訟 初弁論 原告、司法の責任訴え 中電、全面的に争う姿勢/静岡 
毎日新聞 2011年10月14日

 県内の弁護士や三上元・湖西市長ら原告34人が、中部電力に浜岡原発(御前崎市)の廃止などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が13日、静岡地裁(山崎勉裁判長)で開かれ、三上市長や県内の住民、弁護士ら8人が意見陳述し「事故が起きれば生活基盤が奪われる」と訴えた。一方、請求の棄却を求めた中電は閉廷後の会見で、「浜岡原発は安全だ」と述べ全面的に争う姿勢を示した。第2回口頭弁論は来年1月12日に開かれる。【平塚雄太】

 ◇「過ち繰り返さないで」
 原告側の意見陳述は、持ち時間1人3分間で行われた。
 下田市でトマトや大根などを栽培する小林弘次さん(72)は「農業を続けたい。東海地震の震源域にある浜岡原発で何かあれば福島第1原発の事故どころではない大災害になる」と述べた。
 三上市長は、「福島の災害を見て脱原発運動をする決心をした。原発は火力発電より高価で環境破壊の元凶だ」と述べた。
 鈴木敏弘弁護団長は、浜岡原発運転差し止め請求訴訟で原告側の訴えを退けた07年の静岡地裁判決にふれ、「福島の事故で判決は誤りだったと証明された。同じ過ちを2度と繰り返してはいけない」と司法の責任を訴えた。
 原告側は閉廷後に会見を開き、提訴時に123人だった原告側の弁護士が275人に増えたことを明らかにした。三上市長は、「湖西市は浜岡原発から60キロ離れている。福島第1原発から60キロの伊達市では、各学校が1校あたり2000万円かけて(放射性物質に汚染された)校庭の表土を削り、引き取り手のない危険な土砂を一角に埋めていた」と事故の恐ろしさを指摘した。
 一方、中電は寺田修一法務部長が会見し、「浜岡の安全性についてしっかり主張をしていきたい」と述べ、12月に政府が出す予定の福島第1原発事故の中間報告を受け、来年3月1日の第3回口頭弁論で、浜岡原発の安全性を説明する書面を提出することを明らかにした。
 原告側が会見で、「中電の反論が遅すぎる」と批判したことについて、「福島第1原発(の事故)に関連した安全性への質問があるので、中間報告を見た上で出すのが良いと考えた」と述べた。 


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浜岡原発:周辺で20メートル津波の可能性 想定の倍 

 静岡県御前崎市の中部電力浜岡原発が立地する海岸に、遡上(そじょう)高(内陸へ駆け上がる津波の高さ)15~20メートルの津波が押し寄せる可能性があることが、明応東海地震(1498年)を調査した東京大地震研究所の都司嘉宣(つじよしのぶ)准教授(地震学)の分析で分かった。中部電が津波対策の根拠としている最大想定遡上高10メートルに比べ、1・5~2倍の高さとなる。静岡市で開かれている日本地震学会で13日、報道陣に明らかにした。
 都司准教授は静岡県内の古文書や伝承を調べ、明応東海地震で浜岡原発の西約30キロの同県磐田市掛塚付近で遡上高約10メートルの津波があったとの分析を発表。
 報道陣は、この分析を浜岡原発が立地する海岸に当てはめるとどうなるかと質問。これに対し都司准教授は、浜岡原発立地点は浅い海底が外洋に突き出すように広がり、津波のエネルギーが集中しやすい地形になっていると指摘、「浜岡原発には(明応東海地震で掛塚を襲った津波の)5割増し、もしかしたら2倍の津波が来る可能性がある」と述べた。
 中部電は、東海・東南海・南海の3連動型地震よりもさらに大きなマグニチュード9の地震が発生した場合、高さ10メートルの津波が浜岡原発を襲うと想定し、浜岡原発に高さ18メートルの防波壁の建設を進めている。高さ20メートルの津波が襲う可能性があるとの分析は、今後浜岡原発の安全性を巡る論議に一石を投じそうだ。
 中部電は毎日新聞の取材に対し「都司准教授の研究の詳細を知らないのでコメントできない」と話している。【平林由梨】
毎日新聞 2011年10月13日 


浜岡原発永久停止、周辺自治体理解示す 牧之原市が決議 
2011年9月27日 中日新聞

「拙速だ」批判も
中部電力浜岡原発の地元市の一つ、牧之原市の市議会が県内で初めて「浜岡原発の永久停止を求める決議」を可決した26日、周辺自治体には地元地域の足並みの乱れを懸念する声がある一方で、牧之原市の姿勢を支持し追随する動きもある。中電は再稼働を目指して大規模な津波対策に着手したが、地元の「脱原発」表明で再稼働は極めて難しい状況となってきた。
 決議では「浜岡原発の確実な安全・安心が将来にわたって担保されない限り、永久停止すべき」と、再稼働に含みを持たせた。西原茂樹市長はさらに踏み込み「どんなに地震や津波対応をしようと100パーセント確実に事故が起きないというものではない」として「再稼働は認められない」と言い切った。
 議会後の会見で西原市長は「福島を見て残余のリスクがあると分かった以上、永久停止すべきと感じて当たり前の判断をしただけ。一般市民、企業の思いも一緒」と述べた。
 同市には、年100万台を超える四輪エンジンを生産するスズキ相良工場がある。この「四輪の心臓部」のリスクを回避するため、スズキは相良工場の一部生産ラインの移転を検討している。

■十分な議論を
 牧之原市議会の「永久停止」決議を受け、御前崎市の石原茂雄市長は「再稼働に高いハードルができた」と話す。「市民の生命や財産を守るのは、われわれの使命で共通の認識」と強調した上で、決議の是非には触れず「周辺自治体の姿勢に影響が出る」と複雑な表情だ。
 石原市長は「決議を前に4市対協でしっかり議論したかった」と述べ、掛川市の松井三郎市長も「再稼働の問題は今後、4市対協で議論され、意見集約される」と原発10キロ圏内の4市でつくる浜岡原発安全等対策協議会での議論を重視する姿勢を示した。
 「現段階では拙速」(桜井勝郎・島田市長)との批判も。桜井市長は「中電が原発の安全対策を考える中、早々と永久停止を表明するのはいかがか」と疑問を呈し、「牧之原市の考えは尊重するが、周辺市町と十分協議の上で表明すべきだ」と強調した。
 一方、再稼働は必然性がないと明言してきた袋井市の原田英之市長は「議会の皆さんと話し、個人的な見解から(進んで)認識を共有したい」と牧之原市への賛意を表明。藤枝市の北村正平市長は「もっともな判断だと思う」、焼津市の清水泰市長は「再開は難しい。人間がコントロールできる段階ではない」とそれぞれ述べた。
 菊川市議会では「市民が安心できる安全対策がなければ、再稼働は認めない」との意見書を国や中電に出すことを開会中の9月定例会で審議する。「問題意識はどこの議会も同じ」と小笠原宏昌議長。ただ決議には「もう少し時間をかけ、結論に至るまでの過程を説明してほしかった」と述べ、太田順一市長は「是非について意見を言うのは避けたい」と談話を出した。

■県も同じ立場
 牧之原市議会や西原市長の強い意思表明について、川勝平太知事は26日の定例会見で「安全が確保されない限り、再稼働はないと言ってきた県と立場が同じ」と評価。さらに「不安は当然で、私も共有している」と決議に共感を示した上で「中電や国が安全と言っても、真に安全かチェックできる能力がなければならない」と語り、県として安全性を独自に評価することの重要性を強調した。
 牧之原市議会の決議を受け、中電は同日、「津波対策を着実に実施し、安全性をいっそう向上させるとともに、丁寧に説明することで地元をはじめ社会の安心につながるよう全力で取り組む」(広報)とコメントした。中電は、海抜18メートルの防波壁を柱とする津波対策が完了する再来年以降の運転再開を目指す方針を崩していない。運転再開には少なくとも、静岡県と地元4市の同意が不可欠。再開へのハードルはさらに高まった。

市議会決議文骨子
▽福島第一原発事故で原発の安全神話は崩壊
▽福島原発周辺では多くの住民が避難し、コミュニティーも崩壊
▽放射性物質汚染は全国で深刻な影響を及ぼしている
▽浜岡原発は東海地震の震源域真上に立地
▽浜岡原発の確実な安全・安心が将来も担保されない限り、永久停止にすべき

牧之原市長の「浜岡原子力発電所の今後」要旨
 福島第一原発の事故原因の特定もされず、原発への国民の不安や不信は最大で、原発への拒否反応が国民に浸透している。国は再稼働に向けストレスチェックを始めているが、浜岡原発の隣接市として、このような拙速な動きを心配する。
 多くの避難者が福島を離れ除染完了のめども立っておらず、浜岡原発の再稼働はあり得ない。どんなに地震や津波への対応をしようが「100パーセント確実に事故が起きない」というものではない。
 市民や議会は再稼働は認めず、使用済み燃料の後処理を含め、放射能被害のまったく心配のない地域にすることを願う。課題はたくさんあり、今後、周辺市町や県と話し合う機会があるが、市民の安全と安心のために永久停止は譲れない。


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東海第2原発:東海村長、村上達也さん「廃炉」要請 「脱原発」鮮明に/JCO臨界事故から12年

2011-10-13 20:23:33 | 地震・原発・災害
疲れたときは、庭に出て花を見る。

今の季節は、萩(江戸絞)やシュウメイギクなど、
ピンク系の花がやさしげに咲いて、風に揺れている。



  

昼間は汗ばむような日もあるけれど、
朝晩の気温が低くなったので、酔芙蓉の色の変化もゆっくりで、
花も長持ちしている。

   

ピンクの花色も、ゆっくりと赤色にうつりかわっていく。

  

咲いたばかりの白花と、咲き終わりの赤花が、一つの枝に寄り添って咲いている。
  

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話しは変わりますが、
昨日、茨城県東海村の村上達也村長が、
国に対し、東海第2原発の廃炉を求めた。

原発立地の首長として、廃炉を求めたのは初めて。

村上達也さんは、福島原発事故以来、さまざまなメディアで脱原発を明言してきた人だ。

「原子力ムラは50年以上の歴史を持つ牢固(ろうこ)たる社会だ。
徹底的に自己批判も含めてやらないと原発の将来はないし、また事故は起きる。
そう簡単に変わるとは思えないが、その中で知恵を働かせてバランスをとる仕組みや組織を作る必要がある。
鍵を握るのは政治力だ。」という言葉が重い。

 東海第2原発:東海村長、「廃炉」要請 「脱原発」鮮明に/茨城 

◇「一定の理解得られた」
 東海村の村上達也村長は11日、都内で細野豪志原発事故担当相、中川正春文部科学相と相次いで面談し、村内に立地する東海第2原発の廃炉を強く求めた。村上村長は既に、記者会見などで「脱原発」の姿勢を強調してきたが、同原発の廃炉に直接言及したのは今回が初めて。国内全原発の運転・管理を日本原子力発電に集約させることも提案するなど、今回の面談では一歩踏み込んだ形で、村が掲げる「脱原発」の方向性を明らかにした。【大久保陽一】

 面談は非公開で15分間程度行われ、地元選出の高野守衆院議員(民主党)と前田豊・村理事も同席した。村上村長は自身の考えを記した書面を両大臣に提出。書面によると、東海第2原発が、東京都心から約110キロの距離にあり、原発の半径30キロ圏内も100万人規模の人口密集地帯であることなどを指摘したうえで「避難計画の策定が困難で廃炉にすべきだ」と求めた。
 また、東京電力福島第1原発事故後の対応について、原子力安全保安院と原子力安全委員会は「信用失墜が甚だしい」として、国が新たな原子力規制機関を早期に整備するよう要求。機関の名称も「安全」ではなく「規制」の文言を入れるべきだと求め、その上で「新たな規制体制の確立なしに、停止した原発の再稼働は受け入れられない」と強調した。
 一方、現行の国内9電力会社による地域独占体制の解体と発送電分離は不可欠と指摘。日本原子力発電を準国策会社とし、国内全ての原発の運転・管理を行うことを提案した。
 村上村長によると、細野氏との面談は「時間が短く具体的な話はなかった。(東海第2原発の廃炉についての)回答もなかった」という。だが、面談の最後に「貴重な提言を頂いた」と返答があったことから、「(我々の意見を)聞き届けてもらえたのでは」との期待感を示した。
 中川文科相との面談では、村内に立地する原子力研究施設との共存を目指したまちづくりを展開する「原子力センター構想案」への支援も求めた。面談後、村上村長は「大臣自ら原子力機構の体制強化や減原発について説明してくれた。一定の理解は得られたのでは」と感想を述べた。
毎日新聞 2011年10月12日


 急接近:村上達也さん JCO臨界事故から12年、教訓は生かされたか 

<KEY PERSON INTERVIEW>
 茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」の臨界事故から9月末で12年がたった。東京電力福島第1原発事故に当時の教訓は生かされたのか。福島原発事故後、「脱原発」を唱えている村上達也・東海村長に聞いた。【聞き手・八田浩輔】

 ◇原発持つ資格欠ける国--茨城県東海村村長・村上達也さん(68)
 --福島原発事故での政府の対応をどう評価しますか。
 ◆ 事故拡大を防げなかっただけでなく、住民保護の観点からも対応は後手に回った。計画的避難区域への指定が遅れた福島県飯舘村などの住民は、浴びる必要のない放射線に長時間さらされた。原発で全電源喪失による事故が想定されていなかったことが示すように、原発に対する楽観的で安易な考えが背景にある。JCO事故から何も学んでいない。原発を持つ資格に欠ける国だと思った。

 --JCO事故の教訓は生かされなかったと。
 ◆ 当時も想定外と言われたが、慢心が招いた事故だった。政府を含む「原子力ムラ」は、原子力産業周辺の不届きな会社が法令違反で起こした事故と総括してふたをし、再び安全神話に浸って原発拡大路線を突き進んだ。また、当時は対策本部があちこちにできて情報共有ができなかった。その反省を受け、すべての原発にオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点施設)ができたが、福島では機能しなかった。その結果、現地対策本部は福島原発から(約65キロ)離れた福島市に置かれた。これも対策の遅れにつながった理由と思う。JCO事故で感じたのは(放射線量のように)距離の2乗に反比例して緊迫感は落ちる。風評被害は逆だ。遠方になればなるほど厳しくなる。

 --村長の持論だった経済産業省と原子力安全・保安院の分離が来春にも実現します。
 ◆ JCO事故後、01年に原子力規制を強化する目的で保安院ができたが、実態はまったく逆方向に進んだ。福島事故後の再稼働を巡る問題などをみる限り、やはり保安院は規制組織ではなかったと思う。分離して環境省に移す形は良いと思うが、中身が見えない。本当に事故を防げなかった真摯(しんし)な反省から分離するのか。あるいは停止した原発を再稼働するために分離するのか。権限も分からない段階でどうこう言えないから期待もしていない。

 --福島原発事故後、脱原発の姿勢を鮮明にされています。
 ◆ 福島原発は3基の原子炉が事故を起こしたという面ではチェルノブイリ原発事故以上の事故だ。世界を震撼(しんかん)させ、ドイツ、イタリアは脱原発に向かうことになった。本来、日本が真っ先に脱原発を真剣に考えるべきではないか。まずは地震列島の日本に原発はふさわしいのか改めて考える必要がある。村にある東海第2原発(日本原子力発電)を例にとれば、30キロ圏内で100万人規模が暮らす。東日本大震災では、東海第2もあと70センチ津波が高ければ全電源喪失に陥る可能性もあった。国の原子炉立地審査指針は「原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること」とあるが、現実と合っていないのは明らかだ。理論と実態が破綻する中、原発に依存して地域社会をつくるのは限界で、そこから脱したまちづくりを考えるべきではないか。

 ◇原子力ムラの総括必要
 --日本で初めて「原子の火」がともった東海村の将来像は。
 ◆ 私は原子力の研究開発からの脱却を訴えているのではない。脱原発を唱えても廃炉や廃棄物の処理や安全対策についての研究は重要で、研究開発拠点としての東海村の存在意義はむしろ高まる。最先端の原子力科学や基礎研究の推進、国際的な原子力人材を育成するために東海村の経験と施設の蓄積を利用する。ただし原発のように膨大な電源交付金や固定資産税が入ってくることに比べれば、研究主体のまちづくりは簡単ではない。大変な課題だが、10年もたたないうちに変わると思う。

 --脱原発を支える研究拠点を目指すということですか。
 ◆ そうとらえてもらって結構だ。原子力イコール発電だけではないし、旧来の原子力エネルギー開発にしがみついていては先に行けない。そうした考えは捨てるべきだ。

 --東海第2原発の再稼働の判断について住民投票を示唆されていますね。
 ◆ 具体的な案はまだないが、住民投票でも住民側による請求もあれば、大規模アンケートという方法もある。いずれにしても住民の皆さんが是非を積極的に判断すべきだ。利害関係が網の目のように張り巡らされた原発所在地で脱原発はすぐに割り切れる話ではない。ちなみに私が脱原発と言ってから直接非難する人には村で一度も会っていない。「よく言った」と言ってくれる人はいるが。

 --原子力ムラは変わると思いますか。
 ◆ 絶対に総括しなければいけない問題だ。一つの利益集団ができると、磁石のごとく人が集まって反対勢力を排除し圧迫する。原子力ムラは50年以上の歴史を持つ牢固(ろうこ)たる社会だ。徹底的に自己批判も含めてやらないと原発の将来はないし、また事故は起きる。そう簡単に変わるとは思えないが、その中で知恵を働かせてバランスをとる仕組みや組織を作る必要がある。鍵を握るのは政治力だ。

==============
 ■ことば
 ◇JCO臨界事故
 99年9月30日、茨城県東海村のJCO東海事業所でウラン溶液の混合作業中、核分裂反応が連続する臨界事故が発生。死亡した作業員2人を含む666人が被ばくした。違法操業が原因として業務上過失致死罪などでJCOと事業所元幹部の有罪が確定している。

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 ■人物略歴
 ◇むらかみ・たつや
 茨城県東海村出身。一橋大社会学部卒。常陽銀行支店長などを経て、97年9月から現職(4期目)。1期目でJCO臨界事故を経験し、福島原発事故以前から原発に依存した地域振興策の限界を訴えてきた。
毎日新聞 2011年10月8日 東京朝刊


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【社説】民の声を恐れよ 脱原発デモと国会/世田谷区で高い放射線量/放射性廃棄物の最終処分場問題

2011-10-12 20:54:34 | 地震・原発・災害
11月の「議員と市民の勉強会」に向けて、
「一般質問の事後評価」「一般質問の組み立て」のレジメが、参加者から届いていて、
毎日9時からから夜6時まで、ファイルを読んでコメントを書くというお仕事に追われている。

自分で出した課題とはいえ、一日中、参加者の議員の皆さんの書いたレジメを読み込むのは疲れます。

わたしの座っているパソコンデスクからは、外の景色がよく見えて、
いまは、満開になった萩の花がきれい。
   
目を休めるために、時どき外を眺めています。

頭がぼーっとしたら、時どき休憩して、コーヒータイム。

もう少し熟したほうがおいしいとは思いながら、
誘惑に負けて「新高梨」を半分食べました。
  
半分でも、ゆうに普通の梨の二個分くらいあります。

長十郎梨が好きなので、幸水や新水よりまだ少し硬いのですが、気になりません。
甘みは濃厚、水分がたっぷりでジューシーです。
ちょっと休んで、また仕事に戻ります。

コーヒーを飲みながら読んだ、今朝の中日新聞。

社説は、9月19日の脱原発集からはじまる「民の声を恐れよ 脱原発デモと国会」。
一面下のコラム「中日春秋」もテーマは脱原発。
脱原発の輪が、かくじつに広がっている。

   【社説】民の声を恐れよ 脱原発デモと国会 
2011年10月12日 中日新聞

 原発の是非をめぐり大規模な集会やデモ、住民投票実施に向けた動きが広がっている。国会にこう訴えかけているのではないか。「民(たみ)の声を恐れよ」と。
 九月十九日、東京・国立競技場に隣接する明治公園で開かれた「さようなら原発五万人集会」。呼び掛け人の一人、作家の大江健三郎さんはこう訴えた。
 「私らは抵抗する意志を持っていることを、想像力を持たない政党幹部とか経団連の実力者たちに思い知らせる必要がある。そのために何ができるか。私らには民主主義の集会、市民のデモしかない。しっかりやりましょう」

◆「お母さん革命」だ
 この集会には主催者発表で約六万人、警視庁の見積もりでも三万人弱が集まったという。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故を機に、脱原発を目指す運動は燎原(りょうげん)の火のごとく、全国各地に広がっている。
 子どもたちが学校で受ける放射線量の限度をめぐり、文部科学省が当初設定した年間二〇ミリシーベルトから、一ミリシーベルト以下に引き下げさせたのは、「二〇ミリシーベルトの設定は子どもには高すぎる」と行政に働き掛けた保護者たちだった。
 満身の怒りで国会、政府の無策を訴えた東京大アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授は、原発事故後、子どもの命と健康を守るために立ち上がった市民の動きを「お母さん革命」と表現する。
 原発反対、推進のどちらにも与(くみ)せず、極めて重要な案件は国民一人一人が責任を持って決めるべきだとの立場から、東京や大阪、静岡では原発の是非を問う住民投票実施に向けた動きも始まった。
 自分たちの命や生活にかかわることは自分たちで選択したい。この思いは、国会開設を求めた明治期の自由民権運動にも通底する政治的衝動ではないだろうか。

◆政治過信の果てに
 背景にあるのは「国民の厳粛な信託」(日本国憲法前文)を受けた国民の代表者であるはずの国会が、「国民よりも官僚機構の顔色をうかがって仕事をしているのではないか」という不満だろう。
 代議制民主主義が、選挙で託された国民の思いを正確に読み取り、国民の利害が対立する問題では議会が持つ経験に基づいて調整機能を働かせれば、国民が直接行動しなければという衝動に駆られることもなかった。
 例えば原発建設。地震頻発国のわが国に、なぜここまで多くの原発が造られたのか。安全性をめぐる議論は尽くされたのか。
 国民は素朴な疑問を抱いていたにもかかわらず、国会はそれを軽んじ、官僚と電力会社主導で原発建設が進んだのではないか。深刻な事故後も脱原発に踏み込めないのは、政官財の利権構造を守るためだと疑われても仕方がない。
 増税もそうだ。少子高齢化社会の到来に伴い増大する社会保障費を賄うためには、いずれ消費税を含む増税が不可欠だとしても、その前にやるべき行政の無駄や天下りの根絶は不十分だ。
 難しい課題にこそ与野党が一致して取り組んでほしいと国民が望んでいるのに、霞が関への遠慮からか、遅々として進まない。
 二〇〇九年の衆院選で民主党への政権交代が実現したのは、官僚主導から政治主導への転換に対する期待感からではなかったか。
 その民主党政権が二年間の試行錯誤の末、行き着いたのが結局、官僚との共存路線だった。野田佳彦首相に問いたい。菅前内閣のように官僚を排除する必要はないが、それは国民が民主党に望んだことだったのか、と。
 政治不信といわれて久しいが、むしろ私たちは政治を「過信」していたのではあるまいか。
 選挙は主権者たる国民が主権を行使する唯一の機会だが、選挙後は「どうせ政治は変わらない」と諦めて、声を発しようとしない。そもそも投票する人が減り、あらゆる選挙の投票率は低下傾向にある。そんな「お任せ民主主義」で政治がよくなるわけがない。
 仏革命に影響を与えた十八世紀の哲学者ルソーは社会契約論で「彼ら(イギリスの人民)が自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民はドレイとなり、無に帰してしまう」(岩波文庫版)と英議会制度の欠点を指摘し、直接民主制を主張した。

◆代議制を鍛え直す
 ルソーは代議制の陥穽(かんせい)=落とし穴を言い当てているが、二十一世紀の私たちは選挙後に待ち受ける代議制の落とし穴にはまらず、奴隷となることを拒否したい。
 政策決定を政治家や官僚任せにしないためにも、私たちには「民の声」を発し続ける義務があり、負託を受けた議員は最大限くみ取る。そうした当たり前の作業が代議制を鍛え直す第一歩になる。

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【コラム】中日春秋
 風を切る、その風が、心地よい。今は一年で一番、自転車でどこかへ出掛けてみたいと思う時候である
▼だが、歩行者の立場になってみると、いささか怖い存在だ。朝夕など特に、歩道を相当なスピードで走り抜けていく人が少なくない。さらに、このごろは、おっかないものが流行(はや)っている。ピストと呼ばれる競技用自転車だ。それにはブレーキがない
▼後輪と連動したペダルの回転を遅くすることで減速するが、急には止まれない仕組みらしい。販売店が、道交法に則してブレーキを付けて売っても「不格好だ」と外してしまう人が多いとか。警察も最近、摘発に注力している
▼使う人が、止めようと思えば止められる。人の動かすもの、なべてそうでなくては剣呑(けんのん)だが、やはり連想は原発へと飛ぶ。洗濯機や扇風機なら、例えば異音でもして危ないと思えば、スイッチか電源を切れば止まる。だが、あれは違う
▼福島の事故では、止めようと思っても止められず制御不能に。「暴走」が続き、延々と放射能がまき散らかされた。いわば、いざという時、動きを止めるブレーキやスイッチがないのだから、怖い
▼脱原発に傾く世論に対し、何とかして原発を止めさせまいとするパワーも強力だ。だが、原発推進政策自体だって同じ。国民が止めようと思っても止められないとすれば、それも、負けずに怖いことではないか。
(2011年10月12日 中日新聞)


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ブログを書きながら聞いている9時からのNHKニュース。
福島から200キロ離れた、東京都世田谷区で高い放射線が現出されたとのこと。
世田谷区長は保坂さんだ、と思って見たら、保坂さんが出ていました。

高い放射線量のホットスポットは、きっと世田谷だけではないでしょう。
他の区長なら高い放射線量を隠したかもしれませんね。

世田谷区の道路で高い放射線量 
2011.10.12 NHK

今月初め、東京・世田谷区の区道で1時間当たり最大で2.7マイクロシーベルトという高い放射線量が検出され、世田谷区は、この場所に立ち入らないよう呼びかけるとともに今後の除染を検討しています。

高い放射線量が検出されたのは、世田谷区弦巻の区道の歩道部分です。世田谷区によりますと、今月3日、区民から「放射線量が高い場所がある」という情報が寄せられたため、区が測定したところ、1時間当たり最大でおよそ2.8マイクロシーベルトと周辺に比べて高い放射線が検出されたということです。このため高圧の洗浄器を使って歩道部分の洗浄を行いましたが、放射線量はあまり下がらず、1時間当たり最大で2.707マイクロシーベルトが検出されたということです。原因について世田谷区が専門家に聞いたところ、問題の場所は雨水が集まって放射線量が高くなったことが考えられるということです。この区道は小学校の通学路にもなっていることから、区は、12日朝からこの場所をコーンで囲って立ち入らないよう呼びかけるとともに今後の除染を検討しています。世田谷区は、ことし7月から8月にかけて区内の小中学校や保育園、それに幼稚園で放射線量を測定しており、その際、高い放射線量は検出されていませんでした。世田谷区は、子どもへの影響を重視し、今月下旬から来月下旬にかけて区内の砂場がある258か所の公園について調査することにしています。

東京・世田谷区で検出された1時間当たり2.7マイクロシーベルトという放射線量は、文部科学省が積算の放射線量を計算する際に用いている、1日のうち、屋外で8時間、屋内で16時間過ごすという条件で計算すると、1日の被ばく量が38.88マイクロシーベルト、1年間にすると14.2ミリシーベルトになります。これは国が避難の目安としている年間の放射線量の20ミリシーベルトを下回っています。計画的避難区域に指定されている福島県の飯舘村役場では、12日、移動式のモニタリングポストを使って計測された放射線量が1時間当たり2.1マイクロシーベルトで、世田谷区の値はこれよりもやや高くなっています。首都圏では、比較的高い茨城県の北茨城市で、12日、0.14マイクロシーベルトが計測されています。放射線影響研究所の長瀧重信元理事長は「文部科学省などによる上空からの測定では、世田谷区では放射線量の高い場所は確認されなかったので、このような値が出たことに驚いている。ただ、地形や天候の関係で局地的に高い線量になることはあり得ると思う。周辺の土壌や草木などから放射性物質の種類を調べたり、どこから放射線が出ているのか調べて原因を突きとめるとともに、ほかにもこうした場所がないか調査する必要がある」と話しています。

世田谷区環境総合対策室の斉藤洋子室長は「現場は小学校の通学路で、近くには幼稚園や保育園もある。心配する保護者の方がいると思うので、専門家とも相談してできるだけ速やかに除染などの対応をとりたい」と話していました。 


記者の目:放射性廃棄物の最終処分場問題=袴田貴行(東京社会部) 

◇福島の思い胸に皆で考えよう
 「原発周辺は国が買い上げ、高レベル放射性廃棄物の最終処分場にするくらいのことを考えてもいい」。連載企画「この国と原発 第1部 翻弄(ほんろう)される自治体」(8月19~25日朝刊)で、福島第1原発事故に伴う警戒区域の元町議からこんな声が出ていることを紹介した。事故後、脱原発世論が一気に高まったが、最終処分場の問題の論議は深まっていないように感じる。この問題は避けては通れない、国全体の課題だ。避難生活が長期化している福島の人たちだけに可否判断を強い、苦悩させるのは酷だ。

 ◇避難住民が語る福島第1周辺案
 震災後、取材班の一員として何度も福島県を訪れ、福島第1から半径20キロ以内の警戒区域への一時帰宅にも同行した。半径20~30キロ圏の緊急時避難準備区域は9月30日に解除されたが、警戒区域を解除する見通しは立たない。
 過酷な現実を前に、ふるさとを追われた人から、悲壮な決意も聞こえてくる。双葉町から郡山市に避難している天野正篤さん(73)は、帰郷の望みは捨て、原発周辺の汚染地帯を高レベル放射性廃棄物の最終処分場にすべきだという考えに行き着いた。国に新たな土地で復興できるよう補償を求めていきたいという。天野さんは「晩節に入ってこれ以上の苦しみはないが、国家のために何ができるかを考えた時、それしか浮かばない。その代わり、要求すべきものは要求していく」と話す。
 福島第2原発が立地する富岡町の元町職員も「本当は自分たちの土地にそういう物は置きたくないが、ここより危険な地域はどこにもない以上、狭い国土全体にリスクを分散させるわけにはいかない」と苦渋の判断を口にした。
 原発から出る「核のごみ」の最終処分は法律で、ガラスと一緒に固めてステンレス製の容器に密封し、地下300メートル以上の地中に埋めることになっている。それでも、放射能が危険レベル以下に下がるには10万年かかるとされる。
 経済産業省の認可法人「原子力発電環境整備機構」によると、最終処分場建設が決まっているのは、世界でもフィンランドとスウェーデンだけだ。日本では、同機構が02年に立地自治体の公募を開始。地震・噴火の記録や岩盤の強度などを調べる3段階の調査があり、初期段階の調査に応募しただけで、関連自治体に最大20億円の交付金が出る。07年に高知県東洋町が応募したが、議会や住民の反発を招き、出直し選挙を経て新町長が撤回。その後、選定作業は暗礁に乗り上げたままだ。

 ◇なし崩し的に六ケ所村へ?
 現在、国内に貯蔵されているガラス固化体は約1700本で、国は21年ごろには約4万本に達すると試算する。最終処分場建設のめどが立たない中、青森県六ケ所村の一時貯蔵施設が多くを引き受けているが、村民の間には「なし崩し的に最終処分場にされる」との疑念がくすぶる。「この国と原発」の連載で取材した、同村の元幹部は「最終処分場などできっこない。100~200年置かれるなら、有事にも対応できる地下300メートルの施設を造るべきだ。国を守るためなら、そのまま最終処分場になってもやむを得ない」と苦悩を語った。
 よくよく踏まえないといけないのは、福島や六ケ所の人たちの「故郷への思い」だ。「福島の原発跡地を最終処分場にしてもやむをえない」という主張には、当然反発が強い。全域が警戒区域の渡辺利綱大熊町長は「原則反対。町民にも核のごみ捨て場にしてはならないという思いがある。国の責任で除染に取り組むのが先で、それもやらないうちから『帰れない』と言うのはあまりに理不尽」と話す。
 岡山県の親戚宅に避難している同町の木村紀夫さん(46)は、自宅を津波で流された。父(当時77歳)と妻(同37歳)が亡くなり、次女(8)は行方不明。帰宅の見通しは立たず、父と妻の遺骨も代々の墓に納骨できない。「10年や20年かかっても、3人の思い出が詰まった故郷に帰りたい。そこを核の墓場にするというのは、あまりに残酷すぎる」
 通常、「記者の目」欄は筆者の意見や主張を書いて締めくくる。だが、私にはそれができない。あまりにテーマが重く、明快な結論は浮かばないからだ。「国策に翻弄された福島の被災者に、最終処分場まで押しつけるなどとんでもない」という思いは強い。だが、原子力という「パンドラの箱」を開けた以上、その後始末をしなければならないという現実も、直視する必要がある。今、国民に求められているのは、この深刻な課題に皆で向き合い、真剣に考えることだ。私も国民の一人として、そうしていきたいと思っている。
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 ご意見をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「記者の目」係/kishanome@mainichi.co.jp
毎日新聞 2011年10月7日 東京朝刊



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