ウエイン・ショーターが亡くなった。89歳だそうだから衝撃ではないのだろうが、巨匠はいつまでもいるような気がしていた。
ジャズ・メッセンジャーズ、マイルス、ウエザー、VSOPとこの人のいるアルバムが枚数としては一番多いということで,じつは永きにわたっての存在だった。
何かを聴いて弔いにしようかと思って、これは昔を思い出しつつLPレコードから選んで聴くのが良いと思う。
それで昔聞き始めころの「JUJU」が良いかなと思ったけれど、「ODESSEY OF ISKA」から聞き始めた 。古いブルー・ノートは好きだけれど新しい音楽を作り始めた、このアルバムは、ショーターのその後の基本を示すアルバムになっていたと思う。
1970年8月の録音で、ビッチェス・ブリューの1969年を通り越した後の、ウエザー結成の直前アルバムということでとても意味のあるアルバムになっていたと思う。
ブルー・ノートでこんサウンドを作るというのも時代だし、ウエザーに行かなかったら、ショーターの音楽はどうなっていたかも想像を掻き立てる。
次はということで1976年のV.S.O.Pの演奏を聴いている。そこでのショーターの名曲”Nefertete",多くのグループが演奏する名曲を残していったのでした。このグループ、ハンコックの色が強いけれど、この曲はショーターの色で染まりました。
でもやっぱり「JUJU」これジャズの聞き始めのころ、中古屋さんで買ったもの。
あとLPであるのはマイルスのこれと
ウエザーのこれ
最後にジャズ・メッセンジャーズで占めておこう。「FIRST FLIGHT TO TOKYO:THE LOST 1961 RECORDINGS」、実はこれはCD、最近手に入れた。
永い間、ありがとう。
ジャズ・メッセンジャーズ、マイルス、ウエザー、VSOPとこの人のいるアルバムが枚数としては一番多いということで,じつは永きにわたっての存在だった。
何かを聴いて弔いにしようかと思って、これは昔を思い出しつつLPレコードから選んで聴くのが良いと思う。
それで昔聞き始めころの「JUJU」が良いかなと思ったけれど、「ODESSEY OF ISKA」から聞き始めた 。古いブルー・ノートは好きだけれど新しい音楽を作り始めた、このアルバムは、ショーターのその後の基本を示すアルバムになっていたと思う。
1970年8月の録音で、ビッチェス・ブリューの1969年を通り越した後の、ウエザー結成の直前アルバムということでとても意味のあるアルバムになっていたと思う。
ブルー・ノートでこんサウンドを作るというのも時代だし、ウエザーに行かなかったら、ショーターの音楽はどうなっていたかも想像を掻き立てる。
次はということで1976年のV.S.O.Pの演奏を聴いている。そこでのショーターの名曲”Nefertete",多くのグループが演奏する名曲を残していったのでした。このグループ、ハンコックの色が強いけれど、この曲はショーターの色で染まりました。
でもやっぱり「JUJU」これジャズの聞き始めのころ、中古屋さんで買ったもの。
あとLPであるのはマイルスのこれと
ウエザーのこれ
最後にジャズ・メッセンジャーズで占めておこう。「FIRST FLIGHT TO TOKYO:THE LOST 1961 RECORDINGS」、実はこれはCD、最近手に入れた。
永い間、ありがとう。