

この年になって、死ぬときはどうなるるのだろうと思うようになっている。それで皆さんが亡くなるときはどんな状況だったかを知りたいと思った。亡くなった時のことなどは告別式の時などに親族からの説明がある場合はあるけれど、多くはない。
そこでなくなる時の状況はどうだったのか知りたいと思ったらこんな本があった。
タイトルが「スターの臨終」まるで知らない人よりか、知った人の臨終の状況が解ってと思って購入にした。


とこらが読んみると、最初渥美清はまあ、最期の場面が書いてあるど、以後の有名人の最期に関しては、死因は表記されるものの、彼らの生きざまが語られていて、どうも納得がいかない。本のタイトル「スターの臨終」というのには程遠い内容でこれは違う。
残念だったとおもっていたら、別の本を見つけた。久坂部羊氏の「人はどう死ぬか」という本だった。
序文で書かれているように”一度限りの死を練習できないのであれば、せめてほかの人の死を参考にすべきでしょう。”とあったので、おっと目的にあっているとおもった。
著者は麻酔科医、外科医を経て作家にもなっている久坂部羊氏の本で結構この手の本を書いているみたいだ。
書いた通り、スターの死の現実がほとんど(スターの生だった)語られなったから不満に思っていたから、かなり明確な論旨にめぐりあった。
序文には”かぞくあ自分の死がまじかに迫った時、さいりょうの方法を選び、亡くなったあとに悔いを残さない世にするには、やはり実際を知ることが大切でしょう。だから私はこの本を、「市に関する新しい教科書」のつもりで書きました”とある。
多くの看取りをした著者が語る詩の現実は、私の思っていたこととはちょっとちがtっていて、そのことはとても良かったと思う。
新聞の死亡記事をみると高年齢で老衰とあると、いいなと思っていたけど、それもちょっと違うようだ。
ピンピンと元気に老いて、死ぬときは寝つかずにコロリと逝くことを「ピンピン・コロリ」といいます。それをそのように元気に老いようと、週に3回は5km以上マシーンであるき、3日は800mは泳いでいます。
この本の第6章「不愉快な事実は伝えないメディア」の一節。
若い時から健康増進に努めてきた人はなかなか死なず、ピンピンダラダラ・ヨロヨロヘトヘトになってしまいます。医療などかかったら、それこそ簡単に死なせてもらえませんから、様々な老いの苦しみを抱えたまま、人生の最期を過ごすことになります。
飲みたいだけ飲んで不摂生の方がいいのかと、でもオクサン納得しないでしょうね。
最終章は「”上手な最期”の迎えるには」だけど内容は書かない。
それぞれが見つけておかないとね。
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