《ものごとというのは20秒で理解できることと、20秒では理解できないけれども、15分あれば理解できることと、1時間半あれば理解できること、1年くらいかければ理解できることと、段階があるんですよ。「資本論」は、理解するのに1年かかる》(163ページ 佐藤さんの発言)
日頃わたしも、佐藤優さんと同じようなことを感じている。
人によって、多少のバラツキはあるだろうが、写真一枚見るだけならば2-3秒であろうか?
世の中全体が、視覚優先型社会になっている。だから人びとは、「見た目」を気にする。若い世代の場合は、とくにそれがハッキリしているから「見られる自分」をつねに意識しているということになる。
Webでも、そういった現象が顕著。
見てから、数秒で判断したい・・・判断する。
したがって、一つのページに、ごくわずかしか滞在しない。パパッと見て、パパッとつぎのページへ移動する(^^;)
たしかに・・・まあ、これはわたしの場合だけれど、パソコンのディスプレイで長い文章を読むのは苦痛で、そういう必要が生じたときには、印刷物にたよる。
印刷物、つまり本ならば、2-300ページはさして苦痛ではない。ただし、昔の文庫本のように、活字が小さいとはじめから読むのをあきらめてしまう。高齢化とともに、老眼、かすみ目が進行し、活字が大きくなった本を、買い直したりしている(。>д<)
本書はマルクス「資本論のすすめ」である。かなり親切・丁寧に、ビギナーをガイドしている。大部な本のどこに注意を払って読んだらいいかも、指南してくれる。
一般のビジネスマン、サラリーマンにとって、「資本論」は非常に敷居が高く、仮に手に取った人でも、数ページで投げ出してしまうことが多い。「資本論」それ自体を、最後まで読み通したという人と、わたしはお会いしたことがない´Д`|┛
概説書のようなもの、入門書のようなもの、イラスト入りの「1時間でわかる資本」のようなもの。
「ああ、資本論ね」とわかったような顔をする人でも、こういったところが実情だろう。かくいうわたしもその一人(^^;)
佐藤さんはさきの引用文で資本論を読むだけで3カ月、理解するには1年かかるとおっしゃっている。
これは、忙しい(・・・というか、せせこましい)現代人にとっては、たいへんなハードル。
何しろ、コンビニで2-3分待たされただけでイラつくのが、現代人の特徴なのだから。
本書では、知の怪物のような佐藤さん、教養主義の大卸問屋池上さん、このお二人が、対談によって「資本論」のガイド役をつとめている。じっくりと腰を落とし、時間をかけて読むだけの価値が「資本論」にはあると、折り紙をつけている。名著の中の名著「資本論」。
わたしもわかってはいるけど、情けなくもいまだ入門書止まり。
資本主義とは、いったい何であるのか?
現代におけるグローバル資本主義が、われわれの卑近な日常や、家計や、給与と、どうかかわっているのか?
むろん、民主主義だって、資本主義の枠組みの中の民主主義なのである。佐藤さんも池上さんも、この世の中を生きる、ある種の“心得”、いや究極の心得として、「資本論」を推奨している。
《ピケティ氏の議論(「21世紀の資本」のこと)では物足らないと思う人を念頭において、この本は構成されています。》(184ページ)
佐藤さんは、かのピケティはマルクス、とくに「資本論」はまったくといっていいほど読んでいないと喝破している。
本書には巻末にピケティさんと佐藤さんの対談が再掲載されているから、佐藤さんの鋭い指摘の内容を検証することができる。
佐藤さんにとって、ベストセラーとなった「21世紀の資本」は、物足りず、不徹底な議論だ・・・ということなのだ。
文庫でわずか全207ページ。巻末には「読み解くための8冊」がリストアップされている。
「現代社会を生き抜く最強の武器!」
「資本論」とは、そういう書物だということを、お二人が口をすっぱくして教えてくれる。
とっつきやすいのは向坂逸郎訳の岩波文庫だというけど、現行本で全9冊。しかも、活字はやや小さめ・・・なのである。
さあて、どうしようか!?
いまの世の中、生きにくいと感じている現代人、非正規雇用が40%を超えるような状況はなぜもたらされたか? それに対し、どうのように武装(知の武装)をすべきか?
その大いなるヒントが、「資本論」にあるということである。
まず資本主義の内在的論理を理解し、自分自身の生活へと結びついていく、その曲がりくねった糸をさぐっていこう。もつれているかも知れないが、必ず解きほぐせると、本書は語っている。
評価:☆☆☆☆
日頃わたしも、佐藤優さんと同じようなことを感じている。
人によって、多少のバラツキはあるだろうが、写真一枚見るだけならば2-3秒であろうか?
世の中全体が、視覚優先型社会になっている。だから人びとは、「見た目」を気にする。若い世代の場合は、とくにそれがハッキリしているから「見られる自分」をつねに意識しているということになる。
Webでも、そういった現象が顕著。
見てから、数秒で判断したい・・・判断する。
したがって、一つのページに、ごくわずかしか滞在しない。パパッと見て、パパッとつぎのページへ移動する(^^;)
たしかに・・・まあ、これはわたしの場合だけれど、パソコンのディスプレイで長い文章を読むのは苦痛で、そういう必要が生じたときには、印刷物にたよる。
印刷物、つまり本ならば、2-300ページはさして苦痛ではない。ただし、昔の文庫本のように、活字が小さいとはじめから読むのをあきらめてしまう。高齢化とともに、老眼、かすみ目が進行し、活字が大きくなった本を、買い直したりしている(。>д<)
本書はマルクス「資本論のすすめ」である。かなり親切・丁寧に、ビギナーをガイドしている。大部な本のどこに注意を払って読んだらいいかも、指南してくれる。
一般のビジネスマン、サラリーマンにとって、「資本論」は非常に敷居が高く、仮に手に取った人でも、数ページで投げ出してしまうことが多い。「資本論」それ自体を、最後まで読み通したという人と、わたしはお会いしたことがない´Д`|┛
概説書のようなもの、入門書のようなもの、イラスト入りの「1時間でわかる資本」のようなもの。
「ああ、資本論ね」とわかったような顔をする人でも、こういったところが実情だろう。かくいうわたしもその一人(^^;)
佐藤さんはさきの引用文で資本論を読むだけで3カ月、理解するには1年かかるとおっしゃっている。
これは、忙しい(・・・というか、せせこましい)現代人にとっては、たいへんなハードル。
何しろ、コンビニで2-3分待たされただけでイラつくのが、現代人の特徴なのだから。
本書では、知の怪物のような佐藤さん、教養主義の大卸問屋池上さん、このお二人が、対談によって「資本論」のガイド役をつとめている。じっくりと腰を落とし、時間をかけて読むだけの価値が「資本論」にはあると、折り紙をつけている。名著の中の名著「資本論」。
わたしもわかってはいるけど、情けなくもいまだ入門書止まり。
資本主義とは、いったい何であるのか?
現代におけるグローバル資本主義が、われわれの卑近な日常や、家計や、給与と、どうかかわっているのか?
むろん、民主主義だって、資本主義の枠組みの中の民主主義なのである。佐藤さんも池上さんも、この世の中を生きる、ある種の“心得”、いや究極の心得として、「資本論」を推奨している。
《ピケティ氏の議論(「21世紀の資本」のこと)では物足らないと思う人を念頭において、この本は構成されています。》(184ページ)
佐藤さんは、かのピケティはマルクス、とくに「資本論」はまったくといっていいほど読んでいないと喝破している。
本書には巻末にピケティさんと佐藤さんの対談が再掲載されているから、佐藤さんの鋭い指摘の内容を検証することができる。
佐藤さんにとって、ベストセラーとなった「21世紀の資本」は、物足りず、不徹底な議論だ・・・ということなのだ。
文庫でわずか全207ページ。巻末には「読み解くための8冊」がリストアップされている。
「現代社会を生き抜く最強の武器!」
「資本論」とは、そういう書物だということを、お二人が口をすっぱくして教えてくれる。
とっつきやすいのは向坂逸郎訳の岩波文庫だというけど、現行本で全9冊。しかも、活字はやや小さめ・・・なのである。
さあて、どうしようか!?
いまの世の中、生きにくいと感じている現代人、非正規雇用が40%を超えるような状況はなぜもたらされたか? それに対し、どうのように武装(知の武装)をすべきか?
その大いなるヒントが、「資本論」にあるということである。
まず資本主義の内在的論理を理解し、自分自身の生活へと結びついていく、その曲がりくねった糸をさぐっていこう。もつれているかも知れないが、必ず解きほぐせると、本書は語っている。
評価:☆☆☆☆