糸魚川のけんか祭りはこれまで書いてきたように、大変に男らしい祭りである。
糸魚川市に生まれても、一の宮の氏子である寺町区、押上区、大町区、一の宮区の男にだけ参加が許され、実際に神輿を担げるのは寺町区と押上区の男に限るから、この二つの町の男たちはことさらに郷土愛が強いのではないだろうか。
しかし典型的な男祭りといえども、実のところ女たちが支えている事を忘れてはいけない。
祭りの当日の早朝に禊に行く男たちよりずっと早く、女たちは起きて祭りの支度をしている。
もち米を蒸して自家製のアンコロ餅を作るのだ。
中にコシアンを入れて俵型に整えたヨモギ餅に、黄粉をまぶした餅である。
透き漆が塗られた細長い蓋付きの箱は、餅を搗いた時に並べるハレの日の道具で、かって糸魚川の家ならどこの家にでもあった。
禊を終えた男たちは、出来立てのアンコロ餅で腹ごしらえをしてから祭りに赴くのである。
アンコロ餅に供されるのは温かいオボロ汁。
乾し椎茸で出汁をとった薄い醤油味の汁で、具材はオボロ豆腐のみ。
トロミを付けた後に刻んだ柚子皮を香味に散らしたシンプルな汁物だが、温かいオボロ豆腐が腹を温めてくれて元気がでる。
オボロ汁は糸魚川で冠婚葬祭の時に出される郷土料理。
糸魚川市にIターンして何年も経った人でも、けんか祭り関係者が友人知人にいないと食ったことがない料理だが、地元の人も郷土料理という自覚はないほどの隠れた郷土料理なのだ。
男たちを祭りに見送った後は、ごっつお(御馳走)を重箱に詰めて一の宮に応援に行くのが女たちの仕事・・・といっても今時は珍しい光景となった。
女たちが観ているからこそ男たちは頑張る。
無様な姿は見せたくないし、例え婆ちゃんや子供でも女の声援が男を奮い立たせる。
女たちには祭りの後、泥だらけになった祭り装束の洗濯が待っている。
クタクタになった男たちの世話だってある。
さて、来年は新幹線が開通する。
どうだろう?
けんか祭り当日は、糸魚川駅と一の宮でアンコロ餅とオボロ汁を振舞っては?
糸魚川市の郷土料理というと海産物と山菜を思い浮かべる人が多いと思うが、この二つは誰も郷土料理・・・厳密に言えばけんか祭りの・・・と思っていないほどに身近なハレの日の食い物なのだ。
どこでもありそうだけど、どこにもないけんか祭り。
どこでも食えそうだけど、けんか祭りの時にしか食べられない郷土料理。
けんか祭りは、女しょ(女の衆)が支えている。