紅蓮(ぐれん)のポケット

子どもの本の作家・三輪裕子のふつうの毎日
2015年夏。三宅島で農業を始め、東京と行ったり、来たりの生活になる

パリ・ドイツの旅・9

2008-07-10 06:55:50 | 5・旅の日記
■オッフェンブルグでレンタカーを借りる

今までに、アメリカ、カナダ、イギリス、アイルランドでレンタカーを借りたことがある。海外で借りた場合、一番難しいのが借りた街を抜け出して、幹線道路に入るまでである。アメリカでも、たいていうろうろして、やっと目的の道に入ることができた。

それで、今回オッフェンブルグで借りることにしたのは、その辺のハーツの営業所がある街の中では、一番小さい街だと思われたからだ。街が大きければ大きいほど、街を抜け出すのが大変なのは、今までで経験ずみだった。

オッフェンブルグにトントンがやってきた。(なんか奇跡って気がした・笑)
駅前のようす。




けっこう長い距離歩いて、インフォメーションに行って地図をもらい、そこから、またたくさん歩いて、ようやくハーツの営業所にたどり着いた。
予約した3時少し前に到着した。

そこで、予想外だったのは、ハーツの人が誰も英語が話せなかったことだ。私たちはドイツ語が全くわからない。

そこに、外国人の若者たちがやってきて、先に車を借りた。そのうちの1人が英語が話せるから、その人と話しをしろという。ところが、その人は英語を少しは話すけれど、ほんとうに片言しか話せない。でも、ハーツの人は、ちゃんと通じていると思っている。

まあいいかと思い、インフォメーションでもらった地図を出し、オッフェンブルグから、その日の目的地、トリベルクに行く道に入るまでの道筋をハーツの人に聞く。そうしたところ、言葉ではわからないので、「ズズズズズズズ・・・。」といいながら、ボールペンで印をつけてくれる。なんかややこしそう。一度じゃきっと入れないね。




そんなことをしているうちに、3時半になってしまった。トントンはおなかが空いたといって、店の片隅でペトロさんにもらったブレッツェルを食べている。
その時、ハーツの社員が急に私たちの荷物を外に運んでいき、大きな乗用車に載せてしまった。どうも、私たちが借りる車がそこにはなくて、どこかに行くようである。私たちも乗るのか身振りで聞くと、乗りなさいといっている。

ハーツの人が運転する車は、すごいスピードで走り始めたかと思うと、あっという間にアウトバーンにのり、150kmのスピードでどこかわからない所に向かって進んで行った。早くて目が回りそうである。
そうして、アウトバーンをおりて、何回か曲がったりして、約30分後たどり着いたのは、修理工場。
私たちか借りる車は、そこで修理されていたのだ。




ハーツの人は、車の中を掃除して、はいどうぞと、キーをくれる。その時になって、ギョッとした。
「オッフェブルグまで連れて行ってくれないの?」 
こういう時は、日本語だって通じるのだ。
「ノーノー、自分は乗ってきた車を運転して帰らなくちゃならない。」
「そんなこといったって、ここがどこかもわからないのよ。」
地図を出して教えてもらったところ、「Achern」 アハーン? アヘーン? そんな風な名前の町。
本日の目的地、トリベルグとは全く反対の方向である。
「どうやって、オッフェンブルグまで行くのよ。」というと、「今と同じようにアウトバーンにのれば、すぐすぐ。30分で着く。」というのである。

「アウトバーンでは運転できない。」というと、ハーツの人はなぜ? という顔をしたけど、意味がわかった修理工場の人が、ふつうの国道に行く道を教えてくれた。
私もトントンも、自慢じゃないけど、日本の高速道路だって、2-3回くらいしか走ったことがないのだ。いきなりアウトバーンを走れるはずがない。
すぐに、ハーツの人は「バイバーイ。」と手を振って去っていった。

キーをあけて、乗ってみる。全く椅子の動かし方もわからない車だよ。おまけに、エンジンをかけたら、ヘッドライトがついてしまい、消し方がわからない。また修理工場の人を探して聞いたら、ヘッドライトはどうやらついたままのようである。

こんなんで、今日トリベルグまで行けるのだろうか。しかも、気づいてみたら、せっかくとってきた国際免許証も何も、全く見せてもいない。トントンと2人で運転するのだけど、ふつうなら、2人ともサインするはずだけど、それもしていない。
オッフェンブルグまでだって、行けるかどうかあやしい感じなのだった。

つづきは次回。
そして、この回の写真がほとんどないのは、撮る余裕がなかったからである。

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