<河童考>つづき
前回は、河童が身をもって公害の危険性を村人に伝えた話であった。
当初、村人は河童が発した重大なシグナルを見落とし、田畑の汚染が続いたことでやっと気づいたという顛末だったが、そもそも河童の正体は何なのか。
<河童とは、その源は水神と聞く。長い歳月の間に零落して妖怪になったとはいえ、人間に、水がおそろしい、水をきれいにしてくれえと訴えるとは、なんと哀れなことであろうか。穴馬にあるという汚染の元へ乗り込んで人間どもを懲らしめる、というわけにはまいらぬものであろうか。
この話には後日談があって、七年後河童の現代民話考をまとめるにあたり、和泉村を訪れようと思い、村役場へ話者の様子を問うたところ、谷さんはすでに鬼籍に入られており、河童の話など知りませんし、語る人もいませんと、役場のつれない返事であった。結局私はその時どうしても時間のやりくりがつかず、ついに和泉村へは行かずじまいになったが、この役場の対応も興味あるところであった。実は話者の谷さんが当時すでに九十歳を越えていたことをうかつにも知らず、七年後訪れようとした私も愚かであるが、かといって七年の間に村から河童の話がすべて消え去ったとは思えない。聴く耳があれば話者はまだまだいると思う。しかし村役場にとってみれば河童の話などは無縁のものなのであった。口承による伝承に対してもう少し村の行政機関がまなざしを当ててほしいと思うのである。
いま一つの興味は、谷さんがこの話をかつお氏や女子学生に、どのような心持で語ったかということである。河童の声を聞いた村人は十人を越えたという。寄り集まった村人のなかから生まれた話を、かくも見事な現代の民話にしたてた谷さんは、生来の話者であると思わずにはいられない。一つの事実、加うるに伝承、そして水の汚染という現代の危機を見事にからませてひとつの話しとして創りあげた・・・・いや語り手には、創ったなどという意識はなく、あったることとして語っているのである。ただその語りに、ほんの少しのにがりを無心に落とし、気がついて見ればそこに現代の民話という豆腐が生まれているのではなかろうか。
できたての豆腐は、かつおきんや氏という民話への視点を持つ作家によって掌に移され、さらに私の掌に移された。そして私は、ことあるごとにこの話を語る。どうかこの本を読まれた方も、語っていただきたいと思う。そのように生きたものとして捉えるのでなければ、現代民話考をまとめる、何の意味があるのだろうか。>
(つづく)
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