伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

遺伝子の帝国 DNAが人の未来を左右する日

2014-07-28 19:32:27 | 自然科学・工学系
 DNAの利用について、指紋等に代わる個人識別の方法として犯罪捜査等のために進められているDNAのデータベース化(第1章名探偵DNA)、DNAから個人の人物像を描き出し捜査に利用(DNAプロファイリング)したり性格的特徴を予想する(第2章肖像画家DNA)、DNAから祖先の居住地域や民族的人種的出自を割り出す(第3章系図学者DNA)、遺伝子の変異による疾病に対する遺伝子治療や遺伝性疾患の事前予想・出生前診断(第4章医師DNA)の4つの側面から、推進する人々の期待・思惑・商業的利益とDNA研究の実情と限界・問題点を論じる本。
 著者の立場は、「科学者の社会的な役割は、生物の複雑さをごまかして、自分たちの能力以上のことを吹聴しながら大衆に夢を見させる(お金を払わせる)ことではない。われわれ科学者の責務は、『一〇年後の科学ができるようになることなんて、一体誰にわかるだろう』という、単純にしてやむことのない疑いを一掃してしまうのではなく、自分たちの最新の知識を、正直に詳しく伝えることだ。」(176ページ)という言葉によく表れています。
 DNA型データベースは登録者が拡大され続けているが、犯罪捜査に役立っているかは実際のところ評価できず(捜査で見つかった持ち主不明の遺留DNAと容疑者のDNAの一致は直接比較すれば足りデータベースはいらない。データベースが犯罪捜査に本当に役立つ場合は、捜査線上に浮かんでいなかったデータベースに登録されている人物と一致した場合等に限られるが、そういうケースに限った数字は発表されない)、他方DNA型データベースはゲノムの非翻訳領域のマーカーを用いているので個人識別以外の遺伝的特徴は知ることはできないとされてきたが研究の進展により今まで個人識別以外に何の役にも立たないと紹介されてきた塩基配列から生体機能や医学上の情報を入手できるようになると予測されており、個人識別の精度を上げるためにマーカーが増やされていることと登録者が増えていることを考慮すると漏洩したときのリスクが大きくなっていることが指摘されています。そして、他方において、イギリスではデータベースの構築により、「犯行現場からDNAの痕跡が見つからない事件の場合、捜査効率への配慮から、警察は捜査に積極的に取り組まなくなる」ことが指摘されているそうです(58ページ)。
 遺伝子治療も、その疾病が「治った」場合でも代わりに白血病になったり、発癌に至っていないものの癌と関係があるタンパク質が過剰に生産される傾向が確認されたりしており(175ページ)、遺伝子検査で発病や発病のリスクがわかっても治療法は遺伝子治療以前からのものでヒトゲノム解読の効果とは関係がない(179~180ページ、219ページ等)など、過大に宣伝されていると、著者は評価しています。むしろ、平均よりも遺伝的リスクが低いと評価された者は、安心して公衆衛生の一般的施策(適当な運動、バランスの取れた食事、定期健康診断等)など自分にはもはや関係ないと思うかも知れないというマイナスも懸念されます(219ページ)。
 ゲノム・遺伝子の偏重は、環境や人の努力を無意味なものと感じさせ、まるですべてが遺伝子により生物学的に決定された宿命であるという意識を強め、そして遺伝子的に近い者との紐帯が運命的必然的なものという国粋的・民族的・優生学的な傾向へとつながりがちです。ゲノムを商業的・利権的に推進したい企業・学者たちと、支配の道具としたい官僚たちのゲノム称揚・誇大宣伝に踊らされずに、その実態と限界、問題点を見据えていきたいものです。
 なお、15のコラムが挿入されていますが、これが著者ではなく訳者が書いたものであることが訳者あとがきの最後の方で明かされます。読みながら日本のことが書かれていたりするので変だなぁと思いましたが、そういうことは訳者あとがきではなく、最初の方で断っておくべきだと思います。


原題:ADN:superstar ou superflic? 
カトリーヌ・ブルガン、ピエール・ダルリュ 訳:坪子理美、林昌宏
中央公論新社 2014年6月25日発行 (原書は2013年)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする