伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

情人

2020-03-22 18:09:56 | 小説
 阪神・淡路大震災の日、母親が若い親戚の男と密会していたことを知り、神戸から逃げるように大学入学とともに京都に移り住んだ笑子のその後の男性関係を描いた官能小説。
 第1章で描かれる阪神・淡路大震災が、母親の不貞を暴き、知人の死と故郷・日常の崩壊・喪失により笑子の思考とその後の人生に大きな影響を与えていることが見て取れ、災害・事件被害が及ぼす影響の深刻さが感じられます。当初は、それがテーマかなとも思えましたが、東日本大震災でも被災した場面は、東京が舞台で被害の程度が大きくないこともありますが、「あれ以上の災害はないと、何の根拠もなく思っていたのは私だけではないだろう。だからまさか、こんなことになるなんて思いもしなかった」(346ページ)と、東日本大震災を阪神・淡路大震災以上の惨事・この世の終わりと書きながら、笑子にとって、この作品にとっての東日本大震災は、爛れたセックスの背景として、東京での人間関係の変化の誘因として用いられているに過ぎません。惨事の現場で経験した阪神・淡路大震災の影響の方が深刻な人も当然いるわけで、それはそれとしてはっきりとそう言えばいいと思うのですが、なんとなくスッキリしないものを感じました。
 笑子の母親に対する蔑みと敵愾心の強さ、兄に対する蔑みと憎しみの強さには驚かされます。別段虐待・暴行をしたわけでもない家族に対してどうしてここまでの悪感情を抱くことができるのか、それも自分の行動を棚に上げて、そこまで思えるのか、私にはとても不思議に思えます。そして、家族だけではなく、他の者に対しても、笑子の視線は、社会活動に対する意識を持ちまた自ら行動しようとする者に対して反発し、蔑むという点で一貫しています。この笑子の、他者を蔑み、社会活動・社会貢献を志す者に対して反発と冷笑を投げ続ける姿勢が、この作品への没入を難しくし、読み苦しく共感を呼ばないものにしているように、私には思えました。


花房観音 幻冬舎文庫 2020年2月10日発行(単行本は2016年10月)
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