三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第310回。4月18日、日曜日。
14日水曜日、母親が老健施設から帰宅しました。
在宅介護が始まります。
昨年12月24日、力なく滑るように倒れ、町立病院に運びそのまま入院しました。
脳が委縮していてアルツハイマー型認知症という診断が下されました。
病院に寝ていても何の対処もできないため、1月28日老健施設への入所となりました。
ただし、長期入所のベッドは空いていないので短期ならばという条件で3月末までの入所をお願いしました。
入院以来直接に会うことができず、ガラス越しに一度顔を見ただけでした。母の孫たちも会いたがっています。
少しは介護したいという思いもあり、ようやくの帰宅となりました。母にとっては約4か月ぶりとなります。
去年の今頃までは自分で外にも出て、草も少しはむしったと思います。
それから徐々に衰え始め、秋ごろからは言葉も笑顔も少なくなりました。
入院月以来、足に力が入らないらしく、ついに介護度4の寝たきり状態となりました。
1年でこんなに変わってしまうのかと思います。
帰宅して、どんなに喜ぶのかと思いましたが、言葉と表情がわずかなのでなかなか読み取れません。
私とカミさんの顔は分かるようで、話しかけると少し反応があります。
しかし今の介護環境は充実しています。
介護度4のサービスを最大限利用すると、週4回のデイサービス、週2回のヘルパーを利用することができます。
家族だけでの対応は週に1日だけです。都合がある時はショートステイをお願いすることもできます。
介護用ベッドも車椅子もスロープも安く借りることができます。
ケアマネージャー曰く「介護度4での在宅は家族が大変なので私たちも全力でサポートします」と。
どれほど大変かも分からないので、やれるだけやってみようということにしました。
帰宅した晩、台所での食事後、カミさんと二人でベッドに寝かせようとすると匂いがします。
おしめをめくってみると大きい方をしていました。
施設の人が「帰宅前にしているので朝まで大丈夫ですよ」とのことでしたが、帰宅して緊張がほぐれたのか、早速試験をされたような形です。
赤ちゃんと同じような態勢で何とか二人がかりで取り替えました。
次の日介護士に報告すると、「そういう態勢だと骨折させる場合もあります」と驚かれて、早速、おしめ交換のコツを教えに来てくれました。
赤ちゃんと似ていながら違うところがあるのでした。
おしめに排泄するのは抵抗があるように思いますが、それも慣れてくるものなのか。それとも脳の萎縮によってその感覚が鈍くなってきているのか。
この時は排便していても全く表情に変化は見られませんでした。
下半身を晒す羞恥心もなくなったのか、あるいはありながら仕方ないと諦めて、ないようにふるまっているのか、それとも認知症は羞恥心も奪ってしまうのか、真偽は分かりません。
ただ、脳の障害がなければ、おしめに排泄する気持ち悪さは慣れるようにも思われないし、息子に下半身を晒すことなどとても耐えられないと思います。
もし、認知のためにその苦痛と羞恥心が薄れているのだとすれば、それは救いだと思ったことでした。
金曜日は孫ひ孫も顔を見せて、一緒に食卓を囲みました。
大きな声で泣いたり笑ったり、賑やか過ぎるほどで、疲れたかと思い「そろそろ寝るか」と誘うと「まだいい」とはっきり言いました。
表情にほとんど変化がないので楽しんでいないのかと思いましたが、そうではなかったのでした。
表情からだけでは感情が読み取れないのだと知りました。声をかけたり尋ねたりしながら意志の確認をしていかなければなりません。
父親の時もそうでしたが、母親に対しても、元気なうちはなかなか優しい声もかけられず、邪険にあたったりしました。
介護が必要になってようやく優しく接することができるようになっています。
進行性のアルツハイマーはどんなスピードで進行するのか、こういう状態がどれほどの期間続くのか、また、こちらがどこまで頑張れるのか、分かりませんが、せっかくのチャンス、介護をさせてもらおうと思っています。
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
14日水曜日、母親が老健施設から帰宅しました。
在宅介護が始まります。
昨年12月24日、力なく滑るように倒れ、町立病院に運びそのまま入院しました。
脳が委縮していてアルツハイマー型認知症という診断が下されました。
病院に寝ていても何の対処もできないため、1月28日老健施設への入所となりました。
ただし、長期入所のベッドは空いていないので短期ならばという条件で3月末までの入所をお願いしました。
入院以来直接に会うことができず、ガラス越しに一度顔を見ただけでした。母の孫たちも会いたがっています。
少しは介護したいという思いもあり、ようやくの帰宅となりました。母にとっては約4か月ぶりとなります。
去年の今頃までは自分で外にも出て、草も少しはむしったと思います。
それから徐々に衰え始め、秋ごろからは言葉も笑顔も少なくなりました。
入院月以来、足に力が入らないらしく、ついに介護度4の寝たきり状態となりました。
1年でこんなに変わってしまうのかと思います。
帰宅して、どんなに喜ぶのかと思いましたが、言葉と表情がわずかなのでなかなか読み取れません。
私とカミさんの顔は分かるようで、話しかけると少し反応があります。
しかし今の介護環境は充実しています。
介護度4のサービスを最大限利用すると、週4回のデイサービス、週2回のヘルパーを利用することができます。
家族だけでの対応は週に1日だけです。都合がある時はショートステイをお願いすることもできます。
介護用ベッドも車椅子もスロープも安く借りることができます。
ケアマネージャー曰く「介護度4での在宅は家族が大変なので私たちも全力でサポートします」と。
どれほど大変かも分からないので、やれるだけやってみようということにしました。
帰宅した晩、台所での食事後、カミさんと二人でベッドに寝かせようとすると匂いがします。
おしめをめくってみると大きい方をしていました。
施設の人が「帰宅前にしているので朝まで大丈夫ですよ」とのことでしたが、帰宅して緊張がほぐれたのか、早速試験をされたような形です。
赤ちゃんと同じような態勢で何とか二人がかりで取り替えました。
次の日介護士に報告すると、「そういう態勢だと骨折させる場合もあります」と驚かれて、早速、おしめ交換のコツを教えに来てくれました。
赤ちゃんと似ていながら違うところがあるのでした。
おしめに排泄するのは抵抗があるように思いますが、それも慣れてくるものなのか。それとも脳の萎縮によってその感覚が鈍くなってきているのか。
この時は排便していても全く表情に変化は見られませんでした。
下半身を晒す羞恥心もなくなったのか、あるいはありながら仕方ないと諦めて、ないようにふるまっているのか、それとも認知症は羞恥心も奪ってしまうのか、真偽は分かりません。
ただ、脳の障害がなければ、おしめに排泄する気持ち悪さは慣れるようにも思われないし、息子に下半身を晒すことなどとても耐えられないと思います。
もし、認知のためにその苦痛と羞恥心が薄れているのだとすれば、それは救いだと思ったことでした。
金曜日は孫ひ孫も顔を見せて、一緒に食卓を囲みました。
大きな声で泣いたり笑ったり、賑やか過ぎるほどで、疲れたかと思い「そろそろ寝るか」と誘うと「まだいい」とはっきり言いました。
表情にほとんど変化がないので楽しんでいないのかと思いましたが、そうではなかったのでした。
表情からだけでは感情が読み取れないのだと知りました。声をかけたり尋ねたりしながら意志の確認をしていかなければなりません。
父親の時もそうでしたが、母親に対しても、元気なうちはなかなか優しい声もかけられず、邪険にあたったりしました。
介護が必要になってようやく優しく接することができるようになっています。
進行性のアルツハイマーはどんなスピードで進行するのか、こういう状態がどれほどの期間続くのか、また、こちらがどこまで頑張れるのか、分かりませんが、せっかくのチャンス、介護をさせてもらおうと思っています。
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。