Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

本日の購入本

2010年05月28日 19時03分44秒 | 読書
中井久夫「私の日本語雑記」(岩波書店)2,100円
25日発刊の本がようやく有隣堂に並んだ。病院によった帰りに購入。
しかし本屋でもどこの書棚にするか悩んだものらしく、検索画面で出た棚(日本語一般)にはなく店員も右往左往、倉庫の中から探してきてくれた。
私も当初は作者名から心理学の棚を探してしまった。

しばらくは、白川静「桂東雑記拾遺」と、田中善信「芭蕉」(中公新書)の三冊、交互にゆっくりと楽しむことにする。

ツユクサとムラサキツユクサ

2010年05月28日 10時37分20秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
「特には本の話でも‥」に触発されて‥‥

ムラサキツユクサ


 露草と紫露草とは別物とは知らなかった。露草が紫がかっているから別名紫露草と思っていた。紫露草が北米からの外来種で、理科の実験によく使われるらしい。露草は染色の下塗りとして使われるとのこと。
 横浜の小学校で通学途中で咲いていた花はどちらだったのだろう。蕾の時の見てくれや花の形状と花の色からは紫露草のような気がする。
 ただし理科の実験といっても浸透圧や減数分裂の観察に使うとの事なので、小学校の実験で扱ったことはないと思う。
 それでも小学校の行きかえりに、よく蕾の時に花を取り出して紫の汁の美しさに感心したものである。手についた紫がなかなか取れなかったが、嫌な感じはしなかった。
 中学生になってから、小高い丘の上をようやく登りきった道端に咲いていたのが印象に残っている。翌年からは通学経路が変わったが、はやり通学途中にある、卒業した小学校とは別の小学校の正門の横に毎年咲いていた記憶があり、これも紫露草のような記憶がしている。
 また傍にめったに人が訪れることのない鉄の門が閉まりっぱなしの根岸外国人墓地というのがあった。今は入れるようになったとの情報もあるので一度行ってみたいが、そこの門の脇にも昔、紫露草があったように思う。
 中学生になって手を紫に染めることはなかったが、妙に心に残る花であった。紫露草として認識していたのではなく露草として認識していた。
 高校3年の夏休み明けに、中1からの思い出の作文を原稿用紙2枚に書けといわれた。中1の時のその露草を再発見した記憶を書き、高校3年の時に中1の後輩が露草を指し「これは何の花か」といっているのを見て、6年前の自分を思い出した、5年間露草のことが頭から抜けてしまっていたことを思い出した、というようなことを書いた覚えがある。どういうわけか、全クラスで読み上げられたが、私の名は秘して読まれた。「あっ俺のだ」と自分で言ったが周囲から「嘘つくな」とかるく無視されたことを記憶している。
 6月ごろから咲くため、入学して梅雨時分、ようやく緊張が取れた季節にあじさいなどとともに目に付いて印象に残っているのだろう。そんな思いがあの文章ではうまく書けずに少し悩んだことも思い出した。

ツユクサ

 大学生時代、花が小ぶりで、紫とはいえない青い露草のようなものを野草園や追廻住宅、旧魯迅記念館のあたりで見た記憶がある。街中ではめったに見なかった。東北では露草は横浜と違い矮性化するのかな、あるいは別のものなのか、と大して気にも留めなかった。というか身近な身の回りの植物に眼が向くような生活ではなかったと思う。

 ただ色は違うが紅花の花のあの色は眼に残っている。畑ではなく農家の庭先にいくつか咲いているのを見て、「これが紅花」と直感した。図鑑で見る限り直感は正しかったことまでは記憶しているが、それがどこの場所だったか、なぜそのような場所にいったか、よく覚えていない。トラックの助手で一晩4号線を北上して、さびしげな定食屋で朝食を取ったときの記憶かもしれないが、あいまいである。
 もうひとつ、アザミと思っていたのが棘がなく「たむらそう」であった。これは私の目にはアザミより鮮やかな紫に輝いている。坂上田村麻呂にちなんだ名かどうかはしらぬが、蔵王、朝日連峰、飯豊連峰、秋田駒ケ岳、栗駒、早池峰、吾妻、どこでも懐かしく目に付いた。
 そしてアザミではなく「たろらそう」であるということを知ったのもごく最近だ。

 出羽なれば薊はまして色の濃き

 この句を作った直後に棘のないことを思い出し、インターネットで調べてわかった。私の記憶のかぎり、それはアザミで良しとしよう。

 露草に話を戻す。横浜に戻ってきてから、紫露草も露草も見かけることはほとんどない。植生にも消長があるのだろう。園芸品種のようにはやりすたりもあろう。あるいは空き地が極めてすくなくなったこともあろう。花が服につくと色が付くのが嫌われてしまったのかもしれない。

 見かけなくなるとともに、露草は私の記憶からすっかり消えかかっていた。「時には本の話でも‥」に触発されて記憶が、戻ってきた。