3月22日、桜に誘われるように上野に出かけ、国立西洋美術勧で「ラファエロ展」を見てきた。混雑が心配だったが、思ったほどではなかった。それでも人の並ぶ隙間から絵をのぞくことも多かった。ラファエロなどの絵はイタリアにでも行って実際に見る機会でもない限り、実際の絵を見る機会はまずない。案内書や美術全集やネットで見るぐらいだ。
1月の末にエルグレコ展を見ているので、どうしても対比して見てしまう。両者の、実際に絵画制作などで活躍した時代を比較すれば、ちょうど1世紀の隔たりがある。ラファエロはイタリアのルネサンスの最盛期を代表する画家。エルグレコはマニエリスム後期の画家あるいはバロックの画家であるとされている。
1世紀という時間の差はかなり大きい。ヨーロッパは内部で激動の時代を経ている。ラファエロの亡くなった1514年の直後、1517年にルターのカトリック批判が公然と開始され、キリスト教をめぐる環境は大きく揺れ始める。しかもスペイン王も兼ねる神聖ローマ皇帝カール5世が1527年にはローマに侵入し略奪の限りをつくしたという時代に突入する。このカール5世の軍の兵士にはルター派の信者が多くいて軍の統制が取れなくなったのが一因とも言われる。
宗教改革によってスペインのフェリペ2世は皮肉にもエルグレコの時代にはローマカトリックの後ろ盾としての地位を確立している。
以下、私のあくまでも偏執的なエルグレコ観であり、ラファエロ観であることを承知をして読んでほしい。
このような時代の中で、ローマカトリックの強い影響の下にいた二人の画家の展覧会を見る機会を得たのだが、私はエルグレコのあのうねり、長大化した破壊的ともいえる人物像や画面の構成に圧倒された。
正直にいうと、ラファウロのどちらかというと静かなたたずまいの人物造形には、それほど心を揺さぶられなかった。ラファエロ、どうも私には高貴すぎるような気がする。出来すぎていると言っていいのかもしれない。
どこか破綻というか、大きな冒険というか、破天荒というか、破壊的というかそんなところがある絵が私の性にはあっている。
ラファエロの絵を見て私は「赤」、それも衣服・布地の赤が大変印象に残った。当時の高位の男性は公式な場面では赤の衣服を着用したのだろうか。男の人物像にこの赤の衣装が多いように感じた。しかしこの展覧会で、聖母子像のマリアや父なる神、あるいは他の女性などにも赤の衣服が使われているのに気づいた。そしてこの赤がとても効果的に画面を引き締めいてるように思った。エルグレコの絵では赤・黄・青・緑がバランスよく配置されているのだが、私が今回見た限りでは緑はラファエロではあまり使われていない。他に印象的な色はうすい青があり、ラファエロは効果的に使っているのではないだろうか。
<追記>(以下3行)
後日教えてもらったのだが、聖母の衣装は赤と青という決まりとなっているとのことであった。ラファエロをはじめ、この赤と青についてはそれぞれの画家の個性がよく滲み出るように思う。
人間が人間らしく、劇的な動きの中で表現される15世紀のルネサンス絵画は遠近法と人間性を軸に一世紀の間に飛躍的に絵画の世界を変容させたと思う。人体への解剖学的な探求と現実を、画面での効果的に融合させようという努力が多くの画家によって試行錯誤された。その頂点がダ・ヴィンチであり、ミケランジェロであり、そしてラファエロということなのだろう。ラファエロの1500年代初頭はまだ、現実の肉体と画面構成との間で矛盾をきたすように、現実の肉体表現が大きくゆがめられたり、実際にはありえないポーズもあるが、最晩年になるにしたがいそのような破綻のような印象はなくなってくる。
どの写実的な人物像も、聖母子像もごく自然な姿態に描写されるようになる。夭折した天才画家という評価だが、やはり発展過程で亡くなったという感じはする。
一般的にはあのふくよかな赤子の造形に多くの人が惹かれる。決して現実の赤子とは同じではないが、しかし絵の中ではごく自然な造形に見えて、しかもほほえましい。ある意味ルノアールの女性像のようにあまりに整いすぎて現実味を失うような危惧すらしてしまう。
ミケランジェロの影響を受けて、よりドラマチックに、より勇壮に変容しようとしていたラファエロの画業が死によって断絶したのは私にはとてもさびしい。もっともっと飛躍があったのではないだろうか。
展覧会では有名な「大公の聖母」に人だかりがしていた。この絵、人の肌の色と青と赤の三色ぐらいしか目に付く色はない。あとは黒い背景の中から浮かび上がってくるように人物が静かにたたずんでいる。人物を浮かび上がらせるように、スポットを当てたように人物を描いたのかと私は思っていた。
解説を見たら背景の黒は後世の書き込みとのこと。エックス線写真による解析では、背景にはダヴィンチのモナリザのように、ルネサンス期の特徴の背景が描かれていたとのこと。ちょっとビックリした。同時にこれは是非その当時の復元も見たいとは思ったが、不可能であるらしい。この背景の黒を消すことも技術的に無理なようだ。しかし長年、この黒がいい、と思っていた私はとても不思議な感覚に襲われた。
さて、これは是非イタリアに行って見たいのだが、「アテナイの学堂」などの4部作のフレスコ画があるヴァチカン美術館の「署名の間」。これはミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画にある「天地創造」などともに、見逃したくない。
展覧会では、建築家としてのラファエロにも光をあて、さらにはギリシャ時代の遺跡の保存などにも力をいれたラファエロという人物像にも言及がある。当時画家は、絵画・建築装飾などの総合的な工房の主宰者として活躍していたと聞く。そして版画を手がけ自らの絵画がヨーロッパ全体に広がり、名声を獲得していったとのこともよくいわれる。そのことを再確認して、会場をあとにした。