2014年3月18日に中桐雅夫の詩「海」を取り上げた。あれから中桐雅夫の詩をいくつか追いかけてきた。まだいくつか取り上げようとしたものもあったが、理解できない詩もある。とりあえず2年半かかった中桐雅夫の「荒地詩集」に掲載された詩を何十年間ぶりで目を通した。読んだことすら忘れた詩もあったし、頭の片隅に少し記憶していた詩もあった。どこかで戦争体験にこだわり、そして「死」の匂いのする詩がわたしの頭に残っていた。
再度出発点となった「海」を掲げてみる。いつまでもこの詩の印象から逃れられない私の鑑賞だとおもう。
ひとりの詩人の時間の経過に沿って、戦後の社会との対応関係を押えながら語り尽くすということはとても私の力量ではできないことでもある。自分の限界を突き付けられたと思っている。しかし強く心にひかれ、そして心に残っている詩であることは確かなことである。
海
根府川と真鶴の間の海の
あのすばらしい色を見ると、いつも僕は
生きていたのをうれしく思う、
僕の眼があの通りの色なら
すべての本は投げ捨ててもいい。
沖の方はパイプの煙のような紫で、
だんだん薄い緑が加わりながら岸へ寄せてくる、
岸辺にはわずかに白い泡波がたち、
秋の空の秋の色とすっかり溶けあって、
全体がひとつの海の色をつくっている、
猫のからたのようなやわらかさの下に、
稲妻の鋭さを隠している海、
ああ、この色を僕の眼にできるなら、
生きてゆく楽しさを人にわかつこともできるだろう。
希望が過ぎ去るように早く、その色は消える。
生きていたころのMの眼が
ちようどこんな色だったが、それもいまでは
泥土にうがたれた穴でしかない。
死は何と早く人と人とを引き離すものだろう、
前に君のことを思い出したのはいつだったかも想い出せないが、
ミイトキイナというビルマの地名を覚えているのは、
十何年か前、そこで君が戦死したからだ。
君が死んで、戦闘が終わった時、連合軍はビラを撒いた。
「諸君はよく勇敢に戦った、われわれ連合軍は
諸君に敬意を表せざるを得ない。」
そうだ、東京にいたころも君は勇敢な男だったが、
イラワジ川につかったまま二ヶ月も戦い続け、
ふくれあがった皮膚はちょっと指で押しただけで、
穴があいて、どろどろに腐ったウミが出てくる
そんな戦いにどのような賛辞が許されるだろう。
イラワジ川の水の色がどんなたったか、
僕は知らない、知ろうとも思わぬ。だが、
蜜柑の皮をむきはじめると
蜜柑のうえに涙が落ちた、君の好きだった蜜柑、
いちどきに十以上も食べた蜜柑。
僕の心はこわれかけた目覚し時計のように鳴りだし、
湘南電車はそれよりももっと鋭い音を発して
僕の心をえぐった。
いま過ぎたのがどこの駅か、
僕は知らない、知ろうともせず蜜柑の皮をむいていた。
再度出発点となった「海」を掲げてみる。いつまでもこの詩の印象から逃れられない私の鑑賞だとおもう。
ひとりの詩人の時間の経過に沿って、戦後の社会との対応関係を押えながら語り尽くすということはとても私の力量ではできないことでもある。自分の限界を突き付けられたと思っている。しかし強く心にひかれ、そして心に残っている詩であることは確かなことである。
海
根府川と真鶴の間の海の
あのすばらしい色を見ると、いつも僕は
生きていたのをうれしく思う、
僕の眼があの通りの色なら
すべての本は投げ捨ててもいい。
沖の方はパイプの煙のような紫で、
だんだん薄い緑が加わりながら岸へ寄せてくる、
岸辺にはわずかに白い泡波がたち、
秋の空の秋の色とすっかり溶けあって、
全体がひとつの海の色をつくっている、
猫のからたのようなやわらかさの下に、
稲妻の鋭さを隠している海、
ああ、この色を僕の眼にできるなら、
生きてゆく楽しさを人にわかつこともできるだろう。
希望が過ぎ去るように早く、その色は消える。
生きていたころのMの眼が
ちようどこんな色だったが、それもいまでは
泥土にうがたれた穴でしかない。
死は何と早く人と人とを引き離すものだろう、
前に君のことを思い出したのはいつだったかも想い出せないが、
ミイトキイナというビルマの地名を覚えているのは、
十何年か前、そこで君が戦死したからだ。
君が死んで、戦闘が終わった時、連合軍はビラを撒いた。
「諸君はよく勇敢に戦った、われわれ連合軍は
諸君に敬意を表せざるを得ない。」
そうだ、東京にいたころも君は勇敢な男だったが、
イラワジ川につかったまま二ヶ月も戦い続け、
ふくれあがった皮膚はちょっと指で押しただけで、
穴があいて、どろどろに腐ったウミが出てくる
そんな戦いにどのような賛辞が許されるだろう。
イラワジ川の水の色がどんなたったか、
僕は知らない、知ろうとも思わぬ。だが、
蜜柑の皮をむきはじめると
蜜柑のうえに涙が落ちた、君の好きだった蜜柑、
いちどきに十以上も食べた蜜柑。
僕の心はこわれかけた目覚し時計のように鳴りだし、
湘南電車はそれよりももっと鋭い音を発して
僕の心をえぐった。
いま過ぎたのがどこの駅か、
僕は知らない、知ろうともせず蜜柑の皮をむいていた。