「画聖 雪舟の素顔 天橋立図に隠された謎」(島尾新、朝日選書)を読み終えた。
「「慧可断臂図」の達磨の衣の線はマーカーで引いたよう。こんな太細のない線は「気韻生動」を旨とする水墨画の線の常識を覆している。上目づかいの顔はほとんどキャラクターデザインで、しかも完全なプロフィール(横顔)。ユーモラスに見えながら、笑えそうで笑えない不思議な迫力がある。そして、主人公であるはずの達磨は、周りの岩に飲み込まれそうで、足も手も縮こまり衣の墨色も薄い。雪舟による新たな達磨像への、そして水墨表現への朝鮮なのである。拙宗時代の達磨から四十年、禅の人物画もこのような破格へと行き着いている。」(第5章 豊後と美濃への旅)
「「破墨山水図」は、雪舟によるほとんどダメ押しのような自己プロデュースだった。‥後世に残された「本人のことば」が「雪舟神話」のもととなったことは繰り返すまでもない。すでに山口の老大家として不動の地位を築き、中国での成功譚も知られるようになった上での京都へのメッセージ。画風も都の趣味を意識して、柔らかく瑞々しいものにしている。雪舟は、若いころの挫折感を生涯引きづっていたようだ。あえていえばこの絵と自題は、天下も狙える西国の大大名のもとで成功した画家の、京都へのちょっとした逆襲であり、その胸の内にはまだ都への思いが生きていた。」(第5章 豊後と美濃への旅)