今回の「没後50年 坂本繁二郎展」でもっとも私が見たかった作品がこの「壁」(1954、三菱一号館美術館)である。1970年の追悼展で初めて見た。そのご複製画を仙台にあった書店の丸善に無造作に掲げられているのを毎日のように学校の帰りに見に行った。しかし夏休み前に片付けられてしまった。夏休みに追悼展の図録を見たが、モノクロの図版しかなくてがっかりした。
紫の諧調がこの作品の眼目である。夕陽のような光が柔らかく左から指している。まずはこの赤紫の色に私は惹きつけられたのである。しかしあれから40数年、記憶も薄まり、今回あらためのこの作品に見入った。実は2006年の展示ではこの作品がなかった。会場で探して歩き回った記憶がある。とても残念であった。
1970年当時は気にならなかったが箱は少し遠近法を無視したところがある。下にある箱の蓋は遠近法に従っているようだが、手前の箱の本体は箱の上面が長方形で向こう側に狭くなっておらず、本体は遠近法に従っていない。
さらに箱は上から見下ろして描かれている。しかし能面は画面の真ん中よりやや下側から見上げるように描かれている。能面を見上げる視点から下面を見ると、初めは箱などの静物が目に近くに迫って見える。しばらく見ていると箱の中を見るように、上から見おろす視線に変化して、次第に箱が下に遠ざかっていく。これを繰り返すと箱が手前に浮き上がってきたり、舌に遠のいたりを繰り返す。当時はこの視線の変化に無意識だったが、これがこの作品をとても奥行きのある画面に見せているのではないかと思うようになった。
箱から再度能面に視線を移して行こうとすると箱の置いてある面と壁の接点である水平線には青い色が塗られている。これは波打ち際にも見える。そのすぐ左上にはうすく青紫に塗られて雲のようにも見える。とても奥行きのある風景かと錯覚する。そして能面を見上げるのである。
この視線の移動は目の錯覚を促し、能面は壁に掛けかけられているというよりも、空中に浮かんでいるように見える。ひょっとしたら沈む太陽かとすら錯覚する。その割にはギラギラしていない。
静物画というよりも人間の幻想を誘導するような作品である。
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