葛飾北斎の冨嶽三十六景(1831-34)のほうが有名であるが、そのあとに出版された歌川広重の冨士三十六景(1858)もまた味わい深いと思う。私の好きなシリーズものである。
北斎のほうが構図的に強調され、富士山は鋭角であるが、広重のほうが一般的な視点である。しかしハッとするような構図もある。これまでにいくつかは見ているが全体36枚を見るのは初めてである。
昨日図書館から借りてきたのは、「謎解き浮世絵叢書」の1冊で、監修が町田市立国際版画美術館で平成25年9月の発行である。
ゴッホの「タンギー爺さんの肖像」の真後ろにに描かれていることでも有名な「さがみ川」である。
ゴッホの作品からはこの広重の作品の全体はとてもわからない。私は手前の葦と鷺にまず目についた。葦の細い葉が印象的であった。次に手前の筏から上がる煙と上空にいて下を覗いている鷺らしい鳥が目に入った。
上下の鷺、葦、煙、手前の筏を操る人間、この縦の要素がまず目についた。その次に遠くの富士、手前の山(海岸近くの高麗山かと思っていたが、大山と解説に記載があった)と遠くの葦の原、向こう側の筏の水平の線が次に目に入った。
このような十字の線を強調した画面が新鮮に思えた。ようやく富士山、手前の山、筏を操る人の笠の三つの相似形に気が付いた。手前から奥へ広がる空間の描写が実に広々と感じる。空と水面の鷺の動きの差も効果的ではないだろうか。鷺・煙・筏・筏を操る人の棹という四者四様の動きの緩慢の差も画面から感じることができる。煙と波の動きはゆったりとしてのどかである。
実は右上の「さがみ川」と赤く記された短冊の下にもう1羽鷺がいるのに今気が付いた。この鷺がいるのといないとではどのようになるのか、これからの宿題である。