携帯では全体が見えないので、論旨の破綻はあると思いつつ、容赦ねがって‥
1本の鉛筆があれば、戦争はいやだと私は書く。(松山善三「1本の鉛筆」)
この言葉に触発されて思い出を…。
学生の頃や就職してしばらくは「教え子を再び戦場に送るな」「赤紙(召集令状を)配らないために」などが労働運動などの社会運動のスローガンとして叫ばれていた。分かりやすく受け入れやすいスローガンとして随分ともてはやされた。私もなるほど、と思っていた。しかし就職後しばらくしてこのスローガンが上滑りしていると感じるようになった。
社会的に運動が大きな影響力を持っているときは「徴兵や徴用がおこなわれたそんな時代にしたくない」という意味合いで意味をもっている。そして一般的にも受け入れられてきた。しかし運動が下火になりはじめると、実際に教員や自治体の当該職場や文書配達の担当の労働組合員を前にこのスローガンや方針を説明するとき躊躇を覚えるのではないだろうか。そういう場面に私は幾度か直面した。「そういう事態にならないために運動に参加していこう」というのは、何かを誤魔化していないだろうか?と感じた。
スローガンは具体的な現場からながめると、とてつもなく大きな圧力となってのしかかってくるものだと認識をした。ある意味では強迫観念のようだ。「もしそんな風になったら、拒否行動はできるのか、法的根拠は何か?社会的にも、法的にも、雇用上も実害はないのか?」出来てもいない法律や、なってもいない事態とわかっていても、組合員は首を傾げる。
社会的な運動が後退局面となると加速度的に、スローガンが上滑り、空洞化する。組合員の意識・疑問との乖離とは、相互に増幅し合うらしい。しかも運動が先細りとなるにしたがい、「活動家」といわれる多くの部分は「決意」性を全面に組合員を説得・「折伏」を始めた。曰わく「赤紙を配った負の遺産を乗り越えて…」「軍事教練を容認し、侵略に荷担した教員…」「赤紙を生産する製紙会社でも政治ストを実施しなくてはならない」「労働組合は労働者をそのように教育すべきだ」云々。これでは「一億総懺悔」と同じだ。
私はここに、労働運動に大衆的な政治運動や社会的運動の基盤を依存する社会党-総評ブロックの主導する社会運動の限界を見たと思った。理論などではなく、体で理解したと感じた。労働組合や労働運動は、政治運動の代行をしてはいけないし、請け負っても基本を踏み外す。
何故労働組合が平和運動・反戦活動・市民運動としての基地問題に取り組むのか?根拠は常に明確でなければならないと思う。ほとんどが「労働組合だから」式の答しか返ってこなかったと記憶している。
労働組合の活動根拠は、組合員の労働環境・雇用条件をめぐる要求は徹底的に個別具体的だ。当然これまで培ってきた労働条件との整合性は考慮しながら、要求を整理して、労働支配権をもつ資本や当局に、必要ならば法的規制にかかわるものについては政府に要求をぶつけていく。雇用を守る・労働条件を維持向上する・安全な労働環境を守る、これだけを考えればそれは「保守的」な要求でもある。
基地の騒音や安全性に抵触する企業や職場が基地の撤去の要求を掲げて取り組むことに、私は反対をしないしそれは当然であろう。地域の同様の課題で集まる市民運動との連携も想定されるだろう。それぞれにかかわる政治活動家がお互いの組織の利害を調整して同一の行動をとることも理解できる。今のところ私にはそれ以上のことはいえない。
さて、今の時代の中では、声高なスローガンの連呼による動員型の反戦闘争より、個々の人々の建前ではなく「1本の鉛筆があれば、戦争はいやだと私は書く」行為が、声高なスローガンやお仕着せの方針よりも、人の気持ちを動かすことは確かだ。それが表に出なくて日記やノートの片隅でもだ。口ずさむ程度でも。
ただし気持ちが動いたからと言って、体が動くわけではない。政治的な動きとして見えるわけでもない。一票という投票行為につながる時代でもなかろう。さらに「一人の善意の総和で世の中が住みよくなる」なんて幻想もないし、「一人ひとりの平和の希求の総和が世界平和をつくる」などということはあり得ないことも承知をしている。
このかすかな、しかし確実な思いを、新しい政治の枠組みの創出、政治理念の創出、政治的な共同性の創出が、戦後政治の克服による新たな政治を志すものの責務ではある。少なくとも40年近く前に本当にささやかな政治的行為をかじり、たったそれだれで政治を断念してしまった時点から、私は、このような政治理念が提出されることを願いつつ、管見の範囲でこれを検証はしていこうと考えてきた。私のこの思いを満たすものは見えてこない。
民主党の政治理念・政治行動が私の思いと合致するとも思えない。とくに「事業仕分け」を見ていると、政治主導ではなく国会議員という名をもったばかりに有頂天になっている人間性に深みのないものに、偉そうに世の中を裁断されたくないという思いが先にたつ。新しい試みであることは否定しないし、オープンな議論はプラス判断はできる。しかし自らが世の中を裁断しているという思い上がりが消えなければ、政治が全てに優先するという戦後の政治の失敗を繰り返すことになると思う。
素人の政治が常に正しいわけではない。時間と経験がどれほど蓄積されるか、観察は必要である。自民党的な政治にはとても戻ってもらうわけにはいかない。
これがこの40年の私のささやかなこだわりである。
1本の鉛筆があれば、戦争はいやだと私は書く。(松山善三「1本の鉛筆」)
この言葉に触発されて思い出を…。
学生の頃や就職してしばらくは「教え子を再び戦場に送るな」「赤紙(召集令状を)配らないために」などが労働運動などの社会運動のスローガンとして叫ばれていた。分かりやすく受け入れやすいスローガンとして随分ともてはやされた。私もなるほど、と思っていた。しかし就職後しばらくしてこのスローガンが上滑りしていると感じるようになった。
社会的に運動が大きな影響力を持っているときは「徴兵や徴用がおこなわれたそんな時代にしたくない」という意味合いで意味をもっている。そして一般的にも受け入れられてきた。しかし運動が下火になりはじめると、実際に教員や自治体の当該職場や文書配達の担当の労働組合員を前にこのスローガンや方針を説明するとき躊躇を覚えるのではないだろうか。そういう場面に私は幾度か直面した。「そういう事態にならないために運動に参加していこう」というのは、何かを誤魔化していないだろうか?と感じた。
スローガンは具体的な現場からながめると、とてつもなく大きな圧力となってのしかかってくるものだと認識をした。ある意味では強迫観念のようだ。「もしそんな風になったら、拒否行動はできるのか、法的根拠は何か?社会的にも、法的にも、雇用上も実害はないのか?」出来てもいない法律や、なってもいない事態とわかっていても、組合員は首を傾げる。
社会的な運動が後退局面となると加速度的に、スローガンが上滑り、空洞化する。組合員の意識・疑問との乖離とは、相互に増幅し合うらしい。しかも運動が先細りとなるにしたがい、「活動家」といわれる多くの部分は「決意」性を全面に組合員を説得・「折伏」を始めた。曰わく「赤紙を配った負の遺産を乗り越えて…」「軍事教練を容認し、侵略に荷担した教員…」「赤紙を生産する製紙会社でも政治ストを実施しなくてはならない」「労働組合は労働者をそのように教育すべきだ」云々。これでは「一億総懺悔」と同じだ。
私はここに、労働運動に大衆的な政治運動や社会的運動の基盤を依存する社会党-総評ブロックの主導する社会運動の限界を見たと思った。理論などではなく、体で理解したと感じた。労働組合や労働運動は、政治運動の代行をしてはいけないし、請け負っても基本を踏み外す。
何故労働組合が平和運動・反戦活動・市民運動としての基地問題に取り組むのか?根拠は常に明確でなければならないと思う。ほとんどが「労働組合だから」式の答しか返ってこなかったと記憶している。
労働組合の活動根拠は、組合員の労働環境・雇用条件をめぐる要求は徹底的に個別具体的だ。当然これまで培ってきた労働条件との整合性は考慮しながら、要求を整理して、労働支配権をもつ資本や当局に、必要ならば法的規制にかかわるものについては政府に要求をぶつけていく。雇用を守る・労働条件を維持向上する・安全な労働環境を守る、これだけを考えればそれは「保守的」な要求でもある。
基地の騒音や安全性に抵触する企業や職場が基地の撤去の要求を掲げて取り組むことに、私は反対をしないしそれは当然であろう。地域の同様の課題で集まる市民運動との連携も想定されるだろう。それぞれにかかわる政治活動家がお互いの組織の利害を調整して同一の行動をとることも理解できる。今のところ私にはそれ以上のことはいえない。
さて、今の時代の中では、声高なスローガンの連呼による動員型の反戦闘争より、個々の人々の建前ではなく「1本の鉛筆があれば、戦争はいやだと私は書く」行為が、声高なスローガンやお仕着せの方針よりも、人の気持ちを動かすことは確かだ。それが表に出なくて日記やノートの片隅でもだ。口ずさむ程度でも。
ただし気持ちが動いたからと言って、体が動くわけではない。政治的な動きとして見えるわけでもない。一票という投票行為につながる時代でもなかろう。さらに「一人の善意の総和で世の中が住みよくなる」なんて幻想もないし、「一人ひとりの平和の希求の総和が世界平和をつくる」などということはあり得ないことも承知をしている。
このかすかな、しかし確実な思いを、新しい政治の枠組みの創出、政治理念の創出、政治的な共同性の創出が、戦後政治の克服による新たな政治を志すものの責務ではある。少なくとも40年近く前に本当にささやかな政治的行為をかじり、たったそれだれで政治を断念してしまった時点から、私は、このような政治理念が提出されることを願いつつ、管見の範囲でこれを検証はしていこうと考えてきた。私のこの思いを満たすものは見えてこない。
民主党の政治理念・政治行動が私の思いと合致するとも思えない。とくに「事業仕分け」を見ていると、政治主導ではなく国会議員という名をもったばかりに有頂天になっている人間性に深みのないものに、偉そうに世の中を裁断されたくないという思いが先にたつ。新しい試みであることは否定しないし、オープンな議論はプラス判断はできる。しかし自らが世の中を裁断しているという思い上がりが消えなければ、政治が全てに優先するという戦後の政治の失敗を繰り返すことになると思う。
素人の政治が常に正しいわけではない。時間と経験がどれほど蓄積されるか、観察は必要である。自民党的な政治にはとても戻ってもらうわけにはいかない。
これがこの40年の私のささやかなこだわりである。