■「ザ・カップ 夢のアンテナ/The Cup」(1999年・ブータン=オーストラリア)
監督=ケンツェ・ノルブ
主演=ウゲン・トップゲン ネテン・チョックリン ジャムヤン・ロゥドゥ
チベットからインドに亡命してきた僧たちが暮らす僧院を舞台にしたブータンの映画。世俗を離れて修行の日々をおくる僧侶たちだが、小坊主たちはサッカーで頭がいっぱい。折しも4年に一度のワールドカップが開催されているときだから、もう見たくて仕方ない。院を抜け出して先生に見つかり、炊事当番をさせられる。それでも見たいものは見たい。名高い高僧が監督したというから驚きだけど、実際に描かれるのは実話に基づいた微笑ましいエピソード。この監督はベルトリッチの「リトル・ブッダ」のシナリオに協力した人だそうで、それをきっかけに映画を撮ることになったとか。そんな裏話もなんか人間的な暖かみを感じさせるんだよな。見知らぬ国の初めて知る現実。住む世界は違っても夢中になれるものは同じ。そこがこの映画を観ていて一番嬉しいことなんだ。いつもは厳しい先生が、サッカーがよくわからない院長にサッカーが何たるか説明する場面が面白い。「どうして詳しい」と問われてニコッと笑う先生の笑顔がいいね。また主人公ウゲンが人の心の痛みを知って成長する様も印象的だった。
微笑ましいエピソードばかりではない。彼らの出身地チベットは中国からの独立をめぐって混乱が続く場所。そうした厳しい政治的背景を描くことも決して忘れていない。僧院の院長は部屋に荷物を積んだままだし、小坊主の口からも国歌なんて歌えるようになるのか?と言う厳しい言葉が出てくる。サッカーの試合でも「フランスはチベットを支援しているから応援するんだ」という台詞もさりげないが耳に残る。そしてこの映画のラストには、”心の憎しみを解き放てば敵を打ち負かすのと同じ。森羅万象の中に身を置き他者を慈しめ”との教えが語られる。戦乱が続くこの世は悲しい話ばかりだ。でもこの映画は90分間の心の平穏を約束してくれる。
(2004年筆)
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